涼しくなったので春のように散歩を頑張ろうと考えています。
昨日も今日も1時間ほど、買い物も含めて1時間半。
ノンビリペースなのに、後半足どりが重くなるのは
やはり夏の間サボったせいですね。。体力をつけるのは
容易でないのに落ちるのは悲しいほど簡単です
最近足がむくんでいるような気もするし・・・
みのもんたさん程になろうと思いませんが、ふくらはぎの
筋肉は第二の心臓だそうですから、もう少し鍛えなければ
さて、昨日の下調べで彼岸花が咲き始めていると
知っていましたので、デジカメ持参で出掛けました
曼珠沙華(マンジュシャゲ)
別名:彼岸花(ヒガンバナ)
花が終わった後で葉っぱが伸びて、花が咲く前に
消えてしまうのが不思議です。
写真を数枚撮る間カマキリは動いていませんでした
墓花だとか家に持ち込むと良くないなど言い伝えが
多いのは、根のところにリコリンという毒があるから
触らないようにという意味からだとか?
田んぼの畦道や土手でよく見かけるのは、その毒で
野鼠が穴を開けるのを防いだという説もあるそうです。
京都・奈良へ修学旅行に行った時、道路沿いに彼岸花が
ビッシリ咲いていて驚いた記憶があります。
田舎ではお墓や庭にしか咲いていなかったような??
もしかしたら新潟では田んぼを大きく整備してきたために
昔は畦に植えていたかもしれない彼岸花が
消えてしまったのかもしれません。
そういえば、今は稲刈り真っ盛りの頃ですが
機械化が進んだために風景が変わってしまいました。
新潟の水田周辺に彼岸花が咲いていたかは定かでありませんが
昔確かにあった稲架木(ハザギ)が無くなったのです。
昔は手で稲を刈って根元で束ねて干していましたね。
稲を干すために棒などにかけることを「はざがけ」と
言ったそうで、そのため畦道にズラリと木を植えて
支柱として利用したのがハザギです。
今回調べてみて分かったのですが、ハザギには
落葉高木のハンノキを使っていたとか。
詳しくは省略しますが護岸目的としても優れており
根の性質や枯葉が土壌を肥沃にしてくれた等、とても
一石何鳥にもなっていたようです。
機械化によって不要となり倒されて、少しだけ昔の風物として
保存されているという話。
親戚のオジサンがアマチュア・カメラマンで、そういう
風景を撮影しに出掛けると話していました。
棚田など田んぼが大きく出来ない場所では機械が使えず
今も残っているようです。
子供の頃は実家の周辺にもまだ残っていて、
秋遠足から帰ってきたら丁度近所の人がハザガケを
していたことがありました。
梯子に登った人に下から稲の束を放り投げるという
共同作業です。
今では機械が殆どやってくれるので、姉は農家の嫁なのに
稲刈りの手伝いはしたことがないとか。。
秋の澄み切った青空とハザギに並んだ黄金色の稲・・・
あの美しい風景がとても懐かしくなりました。
昨日も今日も1時間ほど、買い物も含めて1時間半。
ノンビリペースなのに、後半足どりが重くなるのは
やはり夏の間サボったせいですね。。体力をつけるのは
容易でないのに落ちるのは悲しいほど簡単です
最近足がむくんでいるような気もするし・・・
みのもんたさん程になろうと思いませんが、ふくらはぎの
筋肉は第二の心臓だそうですから、もう少し鍛えなければ
さて、昨日の下調べで彼岸花が咲き始めていると
知っていましたので、デジカメ持参で出掛けました
曼珠沙華(マンジュシャゲ)
別名:彼岸花(ヒガンバナ)
花が終わった後で葉っぱが伸びて、花が咲く前に
消えてしまうのが不思議です。
写真を数枚撮る間カマキリは動いていませんでした
墓花だとか家に持ち込むと良くないなど言い伝えが
多いのは、根のところにリコリンという毒があるから
触らないようにという意味からだとか?
田んぼの畦道や土手でよく見かけるのは、その毒で
野鼠が穴を開けるのを防いだという説もあるそうです。
京都・奈良へ修学旅行に行った時、道路沿いに彼岸花が
ビッシリ咲いていて驚いた記憶があります。
田舎ではお墓や庭にしか咲いていなかったような??
もしかしたら新潟では田んぼを大きく整備してきたために
昔は畦に植えていたかもしれない彼岸花が
消えてしまったのかもしれません。
そういえば、今は稲刈り真っ盛りの頃ですが
機械化が進んだために風景が変わってしまいました。
新潟の水田周辺に彼岸花が咲いていたかは定かでありませんが
昔確かにあった稲架木(ハザギ)が無くなったのです。
昔は手で稲を刈って根元で束ねて干していましたね。
稲を干すために棒などにかけることを「はざがけ」と
言ったそうで、そのため畦道にズラリと木を植えて
支柱として利用したのがハザギです。
今回調べてみて分かったのですが、ハザギには
落葉高木のハンノキを使っていたとか。
詳しくは省略しますが護岸目的としても優れており
根の性質や枯葉が土壌を肥沃にしてくれた等、とても
一石何鳥にもなっていたようです。
機械化によって不要となり倒されて、少しだけ昔の風物として
保存されているという話。
親戚のオジサンがアマチュア・カメラマンで、そういう
風景を撮影しに出掛けると話していました。
棚田など田んぼが大きく出来ない場所では機械が使えず
今も残っているようです。
子供の頃は実家の周辺にもまだ残っていて、
秋遠足から帰ってきたら丁度近所の人がハザガケを
していたことがありました。
梯子に登った人に下から稲の束を放り投げるという
共同作業です。
今では機械が殆どやってくれるので、姉は農家の嫁なのに
稲刈りの手伝いはしたことがないとか。。
秋の澄み切った青空とハザギに並んだ黄金色の稲・・・
あの美しい風景がとても懐かしくなりました。