人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

セクシャリティは「趣味」なのか

2018-08-17 13:39:22 | 日記
こんにちは。
例の杉田水脈議員の記事についてのあれ、ですが。

「セクシャリティは趣味」「LGBTは生産性がない」
との文言について、日本文学研究者のロバート・キャンベル氏がご自身のブログで批判したことが話題になっています。
■「「ここにいるよ」と言えない社会」(ロバートキャンベル公式ブログ『つぶて文字』)

ロバート・キャンベル氏の批判はとてもまっとうなものですが、それはそれとして、若干もやもやするものが残ります。
というのも、私自身は
セクシャリティを確立することによって自己なり自我なりが形成されるという物語
を解体したい、と考えているからです。
その中心にあるのは異性愛主義ですが、異性愛だけではなく、そもそもセクシャリティに意味をもたらす構造自体を打ちたい、のです。
だから私が重視するのはアセクシュアルな感覚やセクシャリティはよく分からない、というあり方ですし(私自身も正直セクシャリティはよく分かりません)。

ですが、杉田氏の記事のような単純な偏見に対しては、アセクシャルな感覚や「よく分からない」セクシャリティは、対抗手段として複雑すぎます。
そうはいってもやはり、自分の立場からセクシャリティは「生を貫く芯みたいなもの」というふうに言ってしまうのはためらわれる。
それだと近代社会や近代小説の文法にからめとられてしまう。
そもそもが異性愛主義にのっとって社会保障や社会の仕組みがデザインされていることが問題だと思うので、そこを批判したいのですが、
ちょっとどうしようかな、ともやもやするのでした。

どんな意味でも「生産性」のないうちのわんわんたち。
   

売れる犬をどんどん繁殖させて売ることが「生産性」なのだとしたら、そんな「生産性」は要らないよね、ゆめちゃん。
  

というかそもそも、生まれてきた命をめいいっぱい幸せにすることが大事なんであって、
生まれてもいないものを殖やせとか殖えないとか意味分からない。
2年くらい前から心臓のわるいテリちゃん。気管も老化してるって言われたけど、健康に長生きしてほしい。


避妊・去勢手術をすると太りやすいので要注意。ぽてぽてしていて可愛いけれど、健康には悪い。
   

生んだ覚えはないけれど、私の子どもののすけちゃん。


一時預かり中のくりん君、里親さん募集中です。

詳細は保護主さんのブログ「おうちで暮らそう」でご確認ください。
→2020年1月2日に急逝しました。

【追記】
私としては、同性であれ異性であれ、生活を共有するために最適な相手とパートナーと慣れればよいと思うし、そのために必要な社会的保障があればなあ、と思うのです。
それは性的な意味でのパートナーと必ずしも一致しなくていいと思うし。
だから、その個人にとってセクシャリティが重要なものであるかどうかに関わらず、またどんなセクシャリティであるかに関わらず、ともかく生活しやすい社会であればそれでよいので。
私としては、のすけちゃんが懐いてくれて(これが一番難しい)、私に何かがあったときに、のすけちゃんの世話をしてくれる相手であればそれでいいんですけど。


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