表千家一期一会

「禅心茶話」

先日久しぶりに
本を1冊買いました

「禅心茶話」
著・柴山全慶 
発行・春秋社

初版発行が昭和44年です

1ヶ月ほど前に買ったものの
なかなか読む時間が無かったのですが
今日は珍しく一日お休みでしたので
じっくり腰を据えて
目を通してみました 

【目次】
一字関
露堂々
茶による禅問答上下
禅と茶道
古茶人の風光
茶席の倫理
利休居士の辞世について
韓利休辞世の説話


お茶と禅の関わりに興味のある方なら
この目次を見ただけで
ワクワクしてくるのでは
ないでしょうか

私自身小躍りして
飛びついたのですが
やはり禅僧の書かれた
禅問答の解釈は
私にとっては
かなりハードルが高い内容と
なっておりました

それでも
気になる所は付箋を貼りながら
なんとか最後まで読み通しました

今後また
気になる禅語については
何度も読み返してみたいと思いますが
今回は
私の心に残った文章からいくつか
ご紹介してみたいと思います

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(以下抜粋)

”われわれの日常生活は、
あまりにそうぞうしく目まぐるしい。
先哲の歩んだ道にふれる、
僅かなひとときのやすらぎが、
思いがけない
心の救いとなるのではなかろうか。
茶が精錬された生活文化であるとともに
幽深な宗教をひそめている所以だと思う。”

”父を殺し母を殺しては仏前に向かって懺悔す。
仏を殺し祖を殺して
いずれの處に向かって懺悔せん。
雲門曰く、露(五灯会元、巻十五)”

”寂とは、
寂静にして我が力真を完うするの義なり”

”「殺」という文字は「剣」という文字に関連して
用いられた文学的表現であり
必ずしも文字のままの「ころす」
という意味ではない。
居士は「祖仏共殺」の一句に
仏を越え祖師を越え
迷いも悟りも越えた
絶対の風光を
示したものにほかならない。”

”鶏寒うして樹に上り
鴨寒うして水に下る
各々その倫において
その妙旨を知る”

”真の茶道は
完璧も粗忽も含めて
いずれの上にも
輝いていなければならないと
存じます”

”胸の覚悟一つ(信念の深さ)
作分一つ(自由な企図)
手柄一つ(見事な創造性)
この三ヶ条の調うたる者
(第三の類型の茶人について)”
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