土地所有権の放棄は許されるか。
田舎の土地を相続したが、使い道もなく、また誰も買ってくれる人はいない。地元の自治体に寄付を申し込んでも、管理がかさむばかりで、いらないという。放置しているために、近隣から苦情が出ている。また固定資産税が毎年やってくる。その不動産が原因で他人に損害を与えたら、損害賠償の責任を負う。その危険性を知っていて放置しておいて事故が発生したときには,刑事責任をも問われることがある。土地の工作物等の占有者及び所有者の責任を定めた民法第717条には、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならないと書かれている。
動産の場合は不要な動産を捨てれば所有権放棄となり、それを誰かが拾得すれば、その人が新たな所有者となる(無主物先占 民法239条1項)。しかし、不動産については、無主物先占を認めていない。無主の不動産は、国庫に帰属するとした(民法239条2項)。アメリカの西部開拓のように、所有者がいない土地は,最初に占有(開墾)した者の所有になるという制度を民法は採用しなかった。
法文上をそのまま理解すれば,不動産の所有権が放棄されれば当然に国が所有者になると考えられるが、国は違う考えに立っているようだ。この件について照会に対する民事局の回答がある(昭和41年8月27日付民事甲第1953号民事局長回答)。
これは、ある神社所有の崖地が崩壊寸前で、補修に多額の費用が見込まれるところ、神社は、これを負担する資力がないため、所有権を放棄して国に帰属せしめ、国の資力によって危険防止を図ろうと考えて、神社本庁から、土地所有権の放棄は所有者から一方的にできるか、所有権放棄が可能であれば、登記の手続はどのようにするかが照会されたものである。
照会①「不動産土地所有権を放棄して所有権を国に帰属せしめたい」
回答①「所有権の放棄はできない」
照会②「不動産放棄の登記上の手続方法を指示して欲しい」
回答②「前項により了知されたい」
実にそっけない。
ちなみに国の考え方によれば、不動産の放棄者は、所有権を取得することになった国との共同での登記申請をすることになるが、結局、国の協力が得られないことから、所有権の消滅を登記できないという現実問題が生じる。しかし、登記は、第三者対抗要件に過ぎないから、登記の有無にかかわらず、所有権放棄の意思表示があれば、所有権消滅は、効果は生じているともいえよう。
どのように考えるべきか。
裁判所は、大阪高裁昭和58年1月28日判決(高民集36巻1号1頁、訟務月報29巻8号1489 頁、判タ506号101頁)では、「所有権の放棄は相手方のない単独行為であるから、少なくともその意思が一般に外部から認識できる程度になされることが必要であって、そのためには不動産についてはその旨の登記のなされることが望ましい」とし「みずから積極的にその所有権を放棄したものとは明示・黙示を問わず到底認め難い」としている。これは不動産については所有権放棄が可能であることが前提とされていた読むことができよう。
そもそも民法206条に規定されるように、所有者は、法令の制限内ならばその所有物を処分することができる。処分には、要らなくなった所有物を捨てるという処分も含まれる。不動産だからと言って、処分の自由の制限を受けるという説明は難しいだろう。法的には不動産の放棄はできないという理屈付けは簡単ではないであろう。また主権国家を前提とする限り、領土高権を持つ国は、最終的には国土(不動産)の行き先についても面倒を見ざるを得ないだろう。
問題は、所有者が持て余した不動産を国が引き取るということは、結局、国が負担を背負うことになることが、政治的・社会的に妥当なのかという問題である。引き取った不動産は管理しなければならず、もしその不動産が誰かに被害を与えたら、損害賠償の責任を負わなければいけない。つまり、国民の税金で管理しなければならず、国民にとっては、冗談ではないということになるからである。
具体的に問題になるのは、中古マンションである。中古マンションの耐用年限は、国税庁の減価償却だと47年である。実際の使用では、もっと持つと思うが、昭和30年代に建てたマンションは、すでに築60年である。こうした使えない(大規模修繕が必要な)中古マンションがどんどん増えてくる。
さらに怖いのは、首都直下型地震である。熊本でもマンションが被害にあったが、難しいのはその後の処理である。建て替えようという意見が出ても、老夫婦には、とても新たな負担をできないし、マンションはもういらないと考える人もいるだろう。これは負債なので、いっそ放棄するという人も出てくるだろう。もし地震が東京で起これば、膨大な数となる。
これを国が税金で抱えて万全を期して管理し、あるいは所有者としてマンション再建の当事者になったら、大変である。職員はいくらいても足りないし、受け取った不動産の管理費用の予算だけでも膨大になる。法的に不動産所有権の放棄はできると簡単に結論されても、国も簡単にわかりました、引き取りましょうとは言えない。税金を払う側の私たちだって、あまりに安易な対応では困るし、簡単にうんとは言えない。
何らかのルールを作らないと、パニックになるが、一つのアイディアは、デポジット付きの住宅(マンション)販売だろう。自動車のデポジットと同じで、処理コストを上乗せしてマンションを販売し、その費用をプールして保険的運用するものである(空き家処理コストも入れて販売するというのもその派生である)。
デポジットは、空き缶からスタートして、家電、自動車まで広がってきた。市役所のいたときに、ドイツやEUに調査に行ったことが思い出されるが、いよいよ不動産も射程に入ってきたと思うと、この20年のスピードに驚くばかりである。