松下啓一 自治・政策・まちづくり

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★協働研修(廿日市市)

2018-03-19 | 2.講演会・研修会

 懐かしの廿日市市における協働研修である。

 廿日市は、協働のまちづくり基本条例のキックオフシンポジュームに参加した時以来だから、8年ぶりである。安芸の宮島があり、また、思い出深いところなので、『自治の旅』にも紹介した。連れ合いと、宮島へ渡る港のそばのホテルに泊まり、アナゴを食べ、宮島も散策した。

 その時の担当者であったのが、Nさん、Kさんで、お二人は、当日だけでなく、その後、中国地方で開かれた私の講演会にも、顔を出してくれた。この日も、会場の前で待っていてくれて、旧交を温めた。聞くと、Nさんは、次長さんに、Kさんは、秘書課の課長補佐さんになっていた(話しているうちに、依頼のために、サガジョにも来てくれて、カフェテラスで、お昼を食べたことを思い出した)。

 さて、この日は、午前中は、地域福祉やまちづくりの担当者の人たちの連絡会議に出させてもらった。そういえば、何十年も前、こういう仕事をしていたのかとか思うと懐かしくなった。ついつい、質問をしたり、こうしたら見たいなことを言ってしまったが、仲間として、受け入れてもらえたような気がした。

 午後は、講演会となった。ここでは協働の基本から話をした。廿日市市は、一緒にやらない協働、つまり、市民の活動を陰から応援するのも協働と考えている。つまり、「あたたかな眼差し」も、「感謝の言葉」も協働である。協働をこのように考えると、役所の中で、協働がないところはない。人事課にも協働があるが、そう言ったら、「私、人事課です」という人もいて、おもしろかった。

 この研修会の主催の協働推進課の課長さんは、初対面かと思ったら、はるか以前、幕張の研修所で、私の講義を聞いたとのことである。キックオフシンポジュームにも出ていたそうである。今回の担当のYさんとは、何度かメールや電話でのやり取りをしていたので、旧知の人のような感じである。旧い知り合いと再会した廿日市市だった(また会うような気がする)。 

私の本である『自治の旅』には、廿日市は、次のような書き出しで紹介している。ちなみに、この本は、とてもいい本だと思うが、ほとんど売れていないようだ。

協働のミスマッチはなぜ起こるのか(広島県廿日市市) 

廿日市市は、広島市から西に電車で20分くらいの町である。南に瀬戸内海が広がり、広島市のベットタウンとして、比較的早くから開発された。その廿日市市で、協働を基本としたまちづくり条例をつくることになり、そのキックオフシンポジュームで話をすることになった。

廿日市の名称は、毎月20日に市が開かれたことに由来する。全国に一日から十日まで市の名がつく町がたくさんあるが、廿日市というのは珍しいそうだ。たしかに20日だと月に一度しか市が開けない。廿日市は、中世以降は中国地方の木材集積地としても栄えたようだ。平成の大合併で、日本三景にひとつ安芸の宮島も廿日市市になったが、厳島神社詣の観光客が多く集まる町となった。

宮島の名物といえば穴子である。宮島口には穴子料理の店が並ぶが、明治34年創業という老舗うえのには、その二階に隠し部屋のような異空間がある。使い込まれた木と穏やかな光づかいは、旅人の心を和ませ、料理を一層引き立たせる。

廿日市市へは広島から電車で向かったが、途中、五日市という駅があった。連れ合いには、ここは五日市で、これから行くのは廿日市だから、まだ4分の1ほどを来ただけだろうと言ったが、次の駅が廿日市だった。五日からあっという間に二十日になった。


 

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