水道料金の時効に関しては、とても貴重な体験がある。
水道局で所長をやっていたころである。美容院の店主から、水道料金がおかしいという申し出があった。最近、店のほうは景気が悪いのに、いやに水道料金が高いというのである。不思議に思って調べてみると、美容院が依頼した工事店が、メーターを取り付ける位置を誤ってしまったために、結局、美容店とその裏側にあるアパートをダブルカウントしてしまっていたのである。美容室は他人の水道料金まで支払っていたのである。遡るとその期間は21年にわたっていた。水道局とすると取り過ぎている料金を返すことになるが、どうするかである。
私たちの基本路線は、法律論的には時効にかかるが、料金を余分にとっているのは明らかであるので、何とか返す道を探ろうというというものである。
まず前提となる法律は地方自治法である。地方自治法236条では、地方自治体の金銭債権は、他の法律に定めがある場合を除くほか、5年間これを行わないときは、時効により消滅する。また、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないとされている。
ちなみに役所の債権と時効の関係は、次のように整理できる。
①公法上の債権は、公法上の法律の定めがない場合は、5年で消滅時効にかかることになる。これが236条に規定されている。
②それ以外の普通の取引に基づいて発生する私法上の債権は、民法・商法の適用となる。民法では原則10年間、商法は5年である。
③また236条では、公法上の債権のうち、法律の定めがある債権は、各法律の規定による。たとえば地方税は5年で、国民健康保険料は2年で消滅時効にかかる。
それまで、実務は、水道料金は、ずっと公法上の債権として処理してきた。水道実務では、水道料金は施設利用の対価と考えられている。分かりにくいが、水道は設備産業なので、水道料金は水という商品の売買代金ではなく、水道施設の使用料と考えているのである。公法上の債権であるから、5年を過ぎた分は、時効の利益の放棄もできず、簡単には払えないからである。
ところが、平成15.10.10に、最高裁判所が、「水道料金債権は私法上の債権として2年の短期消滅時効にかかる」という高裁の判断を容認した。その原審である東京高裁平成13年5月22日判決を見ると、概要、次のように言っている。「水道局は事業者として、一般私企業のそれと特に異なるものではないから、自治体と住民との間の水道供給契約は私法上の契約であり、従って、自治体が有する水道料金債権は私法上の金銭債権である」。また、水道供給契約によって供給される水は、民法173条1号所定の「生産者、卸売商人及び小売商人が売却したる産物及び商品」に含まれるものというべきであるから、結局、水道料金債権についての消滅時効期間は、民法173条所定の2年間と解すべきこととなる」。
私法上の債権ということになれば、時効の利益の放棄もできるので、理論的にはすっきりするだろう。ただ、その場合、議会の議決の必要になる。どのように説得するのかという別の厄介な問題が生じる。また議会で議論になってオープンになれば、住民監査請求の問題も出てこよう。
こうした難題を乗り越えながら、前に進めていくのが実務家の力量ということになる。ちなみに、当時、公法上の債権として、放棄もできず、21年分の取りすぎをどのように支払ったのか。その法理論をここで開陳する勇気は・・・まだない。