松下啓一 自治・政策・まちづくり

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☆職員基本条例を考える(1)

2020-08-14 | 地方自治法と地方自治のはざまで
 令和時代の団体自治を考えてみよう。住民自治に比べて、団体自治は、思いの外、きちんと議論されていない、地方を地方政府と考えれば、国と同じような自治行政権、自治財政権、自治立法権が発想できるが、現実には、地方自治は、国全体の統治機構のひとつなので、竜頭蛇尾に終わっている。

 あらためて振り返って見ると、ニセコ町のまちづくり基本条例は、団体自治をターゲットにした自治基本条例ということなのだろう。何か、見えたような気がした。

 何回かにわたって、自治行政権のうちの職員を対象に、職員基本条例を考えてみよう。職員基本条例については、2014年の講義内容をまとめた記録がある。このときは、自治制度の基本から、考えてみようという授業だった。記録を読み起こしても、自由闊達な地方自治論になっている。

 職員基本条例の概要を論じているので、再掲して見よう

(2014年7月1日)
 地方公務員法では、どんな地方公務員像を語っているのか。あらためて地方公務員法に遡って,考えてみた。

 地方公務員法は、昭和25年に制定された法律である。この制定当時、どういう議論があったのか興味深い。GHQも、地方自治の本旨が基本理念である地方公務員については、悩んだとのことである。しかし、昭和25年にもなれば、さしものGHQも、日本再生の熱意も理念もすっかり弱ってしまったのだろう。結局、国家公務員に準拠した地方公務員制度となった。

 国家公務員法と地方公務員法はよく似ている。勤務条件なども国準拠で、地方公務員法24条第3項、第5項でも均衡の原則を定め、「職員の給与や勤務時間その他職員の給与以外の勤務条件についても、国の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない」としている。そこから、さまざまな関与、干渉が行われる。

 機関委任事務がメインであった時代ならば国家公務員に準拠してもよいが、地方分権の時代は大きく異なるはずである。地方分権とは、国と地方とでは、その特質や行動原理は違うということを認めるというものであるから、当然、地方公務員制度も国家公務員制度と異なったものになるはずである。さらには、地方ごとでも、一定範囲で違いが許容される。

 地方公務員制度の基本とされるのは、成績主義、政治的中立性、情勢適応の原則などである。テキストには仰々しく書いてあるが、公共の利益のために、その力を発揮すべき公務員にとっては、当たり前のことである。公務員にとって必要最低限の条件である。

 逆に言うと、わが町の自治体職員は、どうあるべきかは、地方公務員法には書かれていないということである。たしかに1700も自治体があり、人口380万人の横浜市から、180人の青ヶ島村まで、事情は同じではない。当然、期待される職員像も、同じはずがない。それゆえ、地方公務員法にはそこまで、書くべきではないし、実際、書くこともできなかったのだろう。

 つまり、地方公務員法は、地方公務員について最低限を規定するだけで、あとは地方ごとの事情を踏まえた公務員制度を許す制度である。本来ならば、自治体ごとに、わが町の職員像について、きちんとした条例を制定することが期待されているのだろう。ところが、職員関係については、ほとんど手つかずで、広大な空白地帯として放置されている。

 そこで、職員基本条例の出番である。ここでそれぞれの町ごとに、自治体職員のあるべき姿が語られるはずであるが、おそらくキーワードとなるのが協働だろう。協働とは、市民が存分に力を発揮することができるように、知恵を出し、助力できる職員となるということである。

 ちなみに、大阪市は職員基本条例を持っているが、これは倫理規範や懲戒に力点が置かれた条例で、どちらかというと地方公務員法の詳細バージョン条例である。地域ごとの事情があってのことであるが、これが「職員の基本」というのは、寂しい。第一、これでは職員が、「よしがんばろう」という気にならないだろう。
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