久々の投稿になる。公開政策討論会と自治基本条例との関係である。
1.自治基本条例は、信託論と協力・助け合いの2つでできている。信託論は、政府は(自治体政府も)、市民の信託でできているという理論である。信託論の非歴史性や仮構性を批判するのは簡単であるが、政府は市民の政府であるという理論は、魅力的である(ロックの抵抗権も、市民の政府だから、政府が市民に反したときは、これを壊すことができるという権利である)。
2.ニセコ町の自治基本条例はこの信託論が色濃く出されている条例である。市民の政府とするために(市民の意の通りの動くように)、行政運営のルールや手続きが詳細に書かれている。市民参加条例も、この信託論を具体化したものである。この20年から30年は、信託論から出発して、行政や議会を縛るための様々な制度や仕組みがつくられた。
3.それはそれでいいし、行政は議会は、その通り、しっかりとやってもらいたいというのが前提であるが、他方、信託する市民のほうは、きちんと信託できているのかというのが、今回の公開政策討論会条例の問題意識である。投票率は、新城市では何とか70%くらいになっているが、50%を切る自治体は全国に山ほどある。また投票の判断は、どのようにしているのだろうか。頼まれたから投票したみたいなことが行われていないか。要するに、信託はいいが、きちんと信託されていなかったら、市民の意のままに動くという前提が成り立たない。
4.では、きちんと信託するということを、個人の意識や努力にゆだねるだけでは、長続きしない。これを制度とするのが、「公開政策討論会条例」(仮称)である。主権者が、信託の前提である、市長候補者の主張、人となり、実現可能性等を、市民の前に示し、適切な判断(信託の前提条件)を整えるのが、この条例である。
5.そうすると、自治基本条例を改正して、信託の内実性を担保するという一文を入れるという議論が、当然必要になる。
6、では、自治基本条例に何と書くのか。
①市民の権利として、「代表者を選ぶにあたって、市民が適切に判断できるような権利を付与する」という書き方も一つである。ただ、たしかに、この権利は、行為規範であるので、訴訟にはならないと思うが、権利と銘打つと、しんどい場面が出てくるように思う。
②「代表者を選ぶにあたって、市民自らが考え、判断し、適正に選挙権を行使できるような機会をつくるものとする」といった、仕組みを規定するという方法のほうが無難のように思う。
7.もう少し考えれば、別のアイディアがあるかもしれないが、新城市は、今後、どうするのか。いずれにしても全国初のケースなので、注目したいと思う。