還り見れば酔生夢死か?

80歳代の聾人でネットの話題を書いています。足が悪いので家で得ることが出来るネット情報と私自身の唯我独尊の偏向文です。

だ~れ、も居ない?

2007-01-10 10:32:49 | 手話
昨日 夕方、家に帰るとカミさんの車がない?

あれ!

何処に行ったのだろう?

居間に座っても手持ち無沙汰である。

TVは壊れていて、室内は異常に静かである。

家に自分以外誰も居ないこととは、こういうことを差すのだな!と感じた。

なるほど、

「屁を垂れても面白くもなし、独り者」というところか?

仕方なく先ほど「郵便受け」から受け取って来た手元にある夕刊に目を通す。

そして今日(昨日のこと)の一日を振り返る。

昨日は久し振りに「田浦手話の会」に行く。

教室では、すでに来ていらっしゃった会長さんと役員さんが何時もと違い机を半円形に並べ替えておられた。

「あれ?」と思ったが、鈍い私には分からない。

そのうちに机の上にお茶と、お菓子が並べられ、これは今年初めての教室であるから今日は簡単な新年会だ!

と気がつく。

会員が見え、それぞれ持参のお菓子を出された。

私は手持ち無沙汰であった。

なんと気が利かないことだ。

やがて会が始まると会長の挨拶の後にO氏(私の他で、ただ一人の男性で先生格の方)の手話の話が始まる。

手話は分かり易いようにユックリとなされているが未だ私には早い。

O氏は「私は言葉が言えず、耳も聞こえ無い為出かけると、よく孤独感を味合うが、この教室に来ると手話が話せて、その感じは全く無い。

そして正月に東京に行かれ酷い雨にあった話しなど織り交ぜイロイロと手話で話された。

会長さんが大きな声で口訳されたので、なんとか私にも分かる。

手話は自分で話すより相手の手話を解読(理解?)するほうが難しい。

私はアレコレあったため、この会を長く休んだので、振り出しに戻った感じだった。
兎に角、分からなくて惚けっとしていても教室に出なければ駄目だな。

何時ものことながら、そのように感じる。毎度のことである。

手話の会員の方は皆さん親切ですが中でも役員の方でNサンは私の相変わらずの初心者的な質問にも親切に答えて頂き、つい甘えてしまう。

会がお昼に終わり、その足で「ベルク」に車を飛ばす。お昼は何時ものように煉瓦館

ですまして横須賀囲碁教室に参加した。

成績は昨年から連敗続きだ。

なんとか今年の試合始めに1勝をと思うが中々勝てない。

私が自分の「対戦記録表」を取り出した処にS女史が見え早速、対戦を申込む。

本年初めての対戦である。

第1戦目は見事に20目くらいの大敗を喫した。

2戦目に入る。

今度は先ほどのお返しが出来た。

そして天下分け目の3戦目である。

戦況は混沌として私は、それと無く自分の地目数を目算してみた。

どうも私のほうが少し足りないかな?2~3目くらい足りないと踏んだ。

そこで起死回生の博打を打ちコウに持ち込む。

これは大きなコウとなった。

このコウで勝負が決まる。

お互い必死である。

目数にして10目以上はある。

これでコウに持ち込んだ私が負ければ、また大敗である。

S女史も必死に考えている。

勿論、私も同じだ。

私が仕掛けたコウである。

勝たねば!と言う思いが先走る。

結果はコウが無く4~5目のコウ材で相手が、それを捨てて自分の手を守って終わる。

計算をすると、黒38目対白37目で、なんと1目の差で私が負けた。

残念!至極だ。

「また、負けたか8連隊」(?)意味は知らないが子供の時によく言っていた。

帰りは5時頃になったが、もう辺りは明るい。

つい、先ごろまでは5時ともなると随分と暗かったが季節の移り変わりは速い。

今晩は帰ったら読みかけの吉村昭著の「大黒屋光大夫」の続きを読まなければ図書館に後一週間で返さなくてはならない。

アレコレ考えながら帰宅すると前述の如く、だァ~れも家に居ない。

なんだか、一人とはこんなものかと改めて感じた。

目下、居間はTVはあるが故障で映像も音も出ない。

映像は兎も角、音の無い世界である。

以前読んだ外国の翻訳本の一節に「朝起きると何の音もしない不気味な音のない世界だった。小鳥の囀(サエズ)りも、動物のなき声もしない・・・・」こんなことが書いてあった。

内容は近代文明の社会の公害を題材に書いたものと覚えているが定かでない。

囲碁の戦いに刀折れ、矢(も)尽き、疲労困憊して帰った所為か

そんなことを思い出した。

静かな居間の一刻だ。

くそ爺も家の静けさに、つい、

感傷に耽ったものだ・・・












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