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余録:高野山の奥之院には今も早朝と昼前の2回…
毎日新聞 2015年04月05日 00時06分(最終更新 04月05日 00時07分)
高野山(和歌山県高野町)の奥之院(おくのいん)には今も早朝と昼前の2回、精進料理を盛った御膳が運び込まれる。真言宗の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)空海(くうかい)がここに身をとどめて永遠の瞑想(めいそう)に入っているという信仰があるのだ
▲唐の都・長安(ちょうあん)で密教の法灯(ほうとう)を伝授された空海は816年、朝廷から高野山に修行道場を開く許しを得た。今年はそれから1200年目に当たり、高野山真言宗の総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)で2日、「開創1200年」を祝う大法会(だいほうえ)が始まった
▲高野山は1000メートル級の山々に囲まれた広い盆地である。117寺院が建つ修禅(しゅぜん)の場で、半分近くは参拝者らが宿泊できる宿坊だ。山内には二千数百人が暮らす。人気の観光地、パワースポットであり、ユネスコの世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」にも登録されている
▲長い歴史の中で高野山は数々の苦難を経験してきた。度重なる火災で存亡の機に立たされ、南北朝時代から戦国時代にかけての戦乱や豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし)による紀州攻めにも脅かされながら、争いを避けて中立を保つことで生き延びてきた
▲樹齢数百年の杉が立ち並ぶ参道わきには20万基を超える墓や供養塔がある。川中島で戦った上杉謙信(うえすぎ・けんしん)と武田信玄(たけだ・しんげん)。延暦寺(えんりゃくじ)を焼き払い高野山にも迫った織田信長(おだ・のぶなが)と謀反を起こした明智光秀(あけち・みつひで)。法然(ほうねん)や親鸞(しんらん)ら他宗派の宗祖たち。木材を食い荒らすシロアリまでがまつられている
▲高野山霊宝館副館長の山陰加春夫(やまかげ・かずお)さんは、高野山を支え続けてきたのは「怨親平等(おんしんびょうどう)」の精神だと言う。敵味方を区別することなく平等に慈しむ。テロや非情な犯罪が横行し国際関係がきしむ時代に、かみしめたい言葉ではないか。
ソース : http://mainichi.jp/opinion/news/20150405k0000m070125000c.html
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つぶやき
どなたかの言葉に「恨みからは何も生まれない。ただ そこに あるのは憎しみのみで そこには得るべき人の道はない」
法然 の父は対立する武将から夜打ちをかけられ殺されたが死の直前 我が子 勢至丸(法然)を枕もとに呼び「仇を討つことはない仇を討てば又 私の繰り返しだ。」と我が子を諭したと言う。そこで法然は京に上り仏門に入ったと言われる。
憎しみや恨みからは何も生まれない。人が人である生き方はそれを乗り越える知恵ではないだろうか・・・・。とは言うものの銃弾は現在も世界の各地で飛びかっているのが現実である。
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