還り見れば酔生夢死か?

80歳代の聾人でネットの話題を書いています。足が悪いので家で得ることが出来るネット情報と私自身の唯我独尊の偏向文です。

その② 携帯電話の巻

2008-10-31 05:50:02 | ネタ

夕食前に、散歩に出て錦帯橋の川原に出た。

右側の山の上に岩国城がチョコンと乗ってる



その2 携帯電話・・・

新幹線に乗車した時にすぐさま弟の携帯に

「今 新幹線 ”のぞみ”○○号に乗ったよ」とメールを打った。

我輩の携帯は何故か? 音がしない。設定が悪いのかも?

暫くして携帯を見ると既に弟から

「分かった!岩国駅に迎えに行く・・・」との返信が来ていた。

それを読み コリャあかん!

広島駅で普通電車に乗り換えることを報せなくては?とまた、

「広島駅で普通電車に乗りかえる、乗り換えたら、また連絡する。よろしく」と送信した。

折り返し「乗り換えたら連絡して~エ・・」と電話のような返信が来る。

カミさんに話して携帯のメールの文字を見せると「便利だね~~」と感心していた。

我輩の携帯は「爺・婆 携帯」であるが、それでもカミさんは携帯は使わない。
定刻に広島駅に着く。

丁度お昼なので新幹線の駅舎の売店で弁当を求めた。

我輩はかねてから食べてみたいと思っていた「あなご弁当」980円を求める。
カミさんは余り食欲はないと、おにぎりを一つ買っていた。

新幹線ホームから山陽線の普通電車ホームに移動する。

このホームの反対側には昔「宇品線」があり、そのホームの番号は0(ゼロ)番線だった。宇品線は既に廃線となっているが・・・。

過っての0(ゼロ)番線ホームが、その後どうなっているか?

知りたかったが、そこに4両編成の電車が入った。

早速 来た電車に乗るが、結構 混んでいて4人がけのシートはどこも誰かが座っている。女性一人が座っている席にカミさんと座るが、どうも向かいに若い女性が居ては弁当を広げる気にならない。

カミさんは、別に気にならないのか?

おにぎりを齧(カジ)り始め求めたお茶を飲んでいる。

宮島を過ぎて海側の席が空き我輩は一人そちらに移り念願の「あなご弁当」をひらく。



車窓からの瀬戸内の宮島?大野浦に近いか?

あなご弁当は期待が多き過ぎたのか?味はそれほどではなかった。


注:我輩が子供の頃の思い出に何故か“あなご“の思い出は全くないのだ!
されど”鰻の思い出“は沢山あるが・・・。

註:あなご弁当の写真を撮るのを例により忘れる。

食後、弟に「岩国駅に14時マル・マル分に着く。駅の表にでる。よろしく」と打電?

直ぐに「了解!表(オモテ)で待っている」と返信がきた。

岩国駅は裏(東側)にも通勤用の改札があるが、日中 開いているか?どうか?不明の為 駅の表に出ることにした。表にはタクシーも待っている。

この時は我輩も携帯は、まことに便利なものと改めて思った次第!

定刻に岩国駅に着くと弟一家のお迎えだった。

一家と行っても夫婦と一人息子の男の子である。息子は既に社会人である。
祖父の訃報で急遽帰省したようだ。

甥は一昨年から名古屋の I T 会社に勤め始めたのである。

一人っ子の、この甥を見た時は、少々驚いた。

たった2年見なかっただけなのに随分と逞しい顔立ちになっている。

働くと、こうも力強くなるのか?やはり、若い者はいいな~と感じた。

また弟も歳の所為か?随分と太って来ている。

「おい お前体重は90キロはあるだろう?」

「うん 90Kはあるよ」 若しかしたら100K 近いのかとも思うが黙っていた。

「お前 太りすぎだよ~気をつけないとだめだぞ!」

まア 我輩と比べれば90キロはいいか?なにしろ弟は背丈が180CMある。

弟の車で先ずは弟の家に行き、そこでフォーマルに着替えてから弟の奥さんの実家にお悔やみに行く。その日は何かといそがしい日となった。

我輩が就職したときの保証人になっていただいた叔父さんのところにも挨拶に行き、何かと懐かしく話が弾む。叔父さんは、なんと90才であるが、非常に元気そうだった。

夕刻、予約していた旅館に着く。部屋に入ると“お薄”が戴けた。



疲れていたのか?非常に落ち着く一服だった。(茶碗は岩国焼き)


早速 弟に「宿で“お薄”を戴いたよ。いい旅館だな!」と打電?した。

これは、此処を紹介してくれた妹に報せるべきだった。(妹よすまんの~オ)

折り返し弟から「明日の予定をおせエ~て・・・」と聞いてきた。

「明日の九時半に宿の駐車場に頼む」と返電!折り返しメール着信!

「了解」と一言書いてあった。



夕食の御膳 右上は”岩国寿司”

  

(左)こちら「羹(アツモノ)」?  (右)床の間にかけてあった”草(ソウ)”の掛け軸。

旅館の夕食は好かった。


料理はこの後で次々と沢山出たが写真撮影を忘れた。食べきれなかった。

明日は錦帯橋を渡りお城山に登る予定・・・・。

その他 盛りたくさんの計画がある。

千キロ離れていても、近くの5キロでも携帯は全く違わない。

距離とは関係なく直ぐに連絡がつく なんと携帯は便利のよいものか?

その②「携帯の巻き」 終わる  また 次回に

PS:家に帰って携帯の設定を調べるとマナーに固定してあった。後の祭りでした。ボケています・・・。







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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
osamuさんへ (ベン)
2008-11-01 00:11:43
読んでいて私まで何となく懐かしくなり、昨年岩国の姉夫婦が迎えに来てくれた事など想像をしながら嬉しくなりました。 兄弟は良いですね。同じ日本国内で住んでいれば何時でも会いに行かれるのが羨ましいですね。 私も出来る事なら日本に住みたいと思っています。 自分の歳も考えないで勝手に想像しています。宮島とか大野浦などと名前を聞くだけでも懐かしいです。然し変われば変るもんですね。 私には全く浦島太郎の存在ですよ。 
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べんさんへ (osamu)
2008-11-01 05:52:31
ベンさんには懐かしい名前ばかりですね。現実に故郷の小路を歩くと車では見えない思わぬことが見つかります。家の入り口の脇に昔の石つくりの門柱がひっそりと立っていたり、家は新しくなっているのに表札は何故か?昔のままだったりして、表札の名前で子供時代の時のことを思い出します。
そうそう、ベンさんに創っていただいた表札我家の玄関の扉につけました。扉がなんだか威張ってきたようです(笑)。カミさんが付けましたよ。私は不器用なので任せられないのでしょう。
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Unknown (薬作り職人)
2008-11-01 18:25:31
私の母親も70を前に携帯を持ちました。
なかなか連絡がとれない事が多かったので、
私たちには一安心です。
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故郷 (沼じじ)
2008-11-01 18:37:43
故郷は恋しき懐かしですね。何年ぶりの帰郷ですか。

ふるさとに入りて先づ心傷むかな
道広くなり
橋もあたらし   ー石川啄木ー

私も何十年ぶりに故郷に帰り啄木の歌を実感しました。

故郷を訪ねるのはに兄弟姉妹との別れとなり、帰郷は
悲しく寂しくなりつつあります。
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薬作り職人さん へ (osamu)
2008-11-01 20:48:00
職人さんのお母様も携帯をお持ちになりましたか?携帯はいいですね。直ぐに連絡が取れます。歳をとりますと思いもよらないことが発生します。携帯はその点何があっても直ぐに連絡がとれて安心できます。
今回の帰省でも私は大変助かりました。

職人さんのブログの一位は指定席になったようですね。
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沼じじさんへ (osamu)
2008-11-01 20:59:41
ふるさとの 山に向かいて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな  ー啄木ー

二度と帰ることはないと思いますと全てが感無量でした。若しも私がもう少し歩ければアチコチと行って見たいと思いましたが、幾ら見ても尽きません。

万感の思いを残してこちらに帰りました。私の知る多くの方は既に幽冥ことを境にしています。
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沼じじさんへ (osamu)
2008-11-01 21:04:32
追伸です。私の帰省は10数年ぶりでした。前に帰省した時をよく憶えていません。
ダメですね~~ガックリです。
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