きょうから如月 2009-02-01 06:48:11 | 季節 きょうから如月!(キサラギ:2月) 普通には春は3,4,5月を指すが、古くは冬は立春までで、立春を過ぎれば春に替わる。 この如月(キサラギ)の項を「神宮館高島暦」でみると今月は「雪または冷雨の日が多く、まだまだ寒波、寒風の荒れ狂うときである」と記されている。 その他、少しみると 「冠」 とくにこの項に入れることでないが「立春」(4日)は陰暦の正月で太陰太陽暦を使用する東洋の占い上の新年の起点とされている。の下りがあった。(*旧元日は1月26日) 従って立春前日の節分までは前年の生まれになる。この月は一ヶ月最小日の特異月で、しかもほぼ四年に一回の閏日(ウルウ・ビ)がある。(* 閏年:昨年オリンピッがあった年) 「婚」 婚礼に直接関係はないが、14日は「聖バレンタインデー」といい、欧米ではこの日、女性から男性にプロポーズをしてもいいという風習がある。 もともとバレンチヌス司教の殉教の日であるが、これにギリシャ神話の女神のロマンスが重なったものらしい。 最近ではわが国でもプレゼントするならわしをまねて、女性から男性に渡すチョコレートなどが盛んに売られるようになった。 「祭」 「節分(3日)」は本来は四季の移り変わるときのことを言うのであるが、とくに暦上の一年の最初の日の立春の前日で、地方によっては旧暦の大晦日として、それぞれ伝統ある行事が行われている。 一般的には「福は内、鬼は外」と福豆(大豆を炒ったもの) をまき、この豆を年齢の数(地方によっては一粒多く)だけ食べる厄除けがある。 柊(ヒイラギ)の枝にイワシの頭をさしたり、ニンニクなど強い臭気のあるものを添え「邪気」よけを行う風習もある。 福豆をまき悪鬼を払うので鬼追い追儺(オニヤライ)といい古くから神社仏閣で、この儀式は年男により行われている。 11日は「建国記念の日」として、国民の祝日になっている。太平洋戦争前は紀元節といって四大節の一つであったが、終戦後は読んで字のように、日本国建国の記念日に定められた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その記事の所為ではないが今朝も起きた時は、なにやら肌寒いひんやりした感じを受けた。居間に降りると部屋の中はヒヤ~とする。 居間の室温は18度、湿度45%。室温は兎も角、湿度が異常に低い! 鼻の中の乾燥を感じる。 近頃は寝るときもマスクをして寝ているが、目が覚めたときは大抵外されている。 無意識のうちに外すらしい?それでも寝るときはマスクは必要だ。 呼吸が苦しくないかとよく聞かれるがそれほど苦しいとまでは感じない。 歳をとって何事も感覚が鈍くなったのかも? きょうは「神宮館高島暦」から2月(如月)の転載となった。 PS:私が子供のころは、この「紀元節」の日は国民学校に登校して校庭に全学童が並び国旗掲揚、国家斉唱。その後校長の「教育勅語」の朗読があり我々は頭(コウベ)を垂れて“御名御璽(ギョメイ・ギョジ)”の言葉を聞くと最敬礼の後に教室に入ると紅白の饅頭を頂き、大事に家に持ち帰ったものである。 勿論 授業はない! この饅頭何故か甘く美味しかったことはよく憶えている PS2:日の出 6:41 日没:17:08 満潮 8:10.20:01 干潮 1:57、 14:35 #我が家ニュース « 蟹? | トップ | ユルス(許す)! »
4 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 紀元節 (沼じじ ) 2009-02-01 08:46:35 紀元節「雲に聳ゆる高千穂の・・・」物忘れが多くなっているのに、明治節・天長節の歌は口ずさむことが出来るのです。祝日の流れは同じでした。奉安殿から勅語と御真影を式場に運ぶ時も頭を下げ、御真影のすだれを上げ、下げる間頭を下げていた。一度も御真影は拝見することはなかった。子供たちの起立姿勢は今とは格段の差を感じる。 返信する 沼じじさんへ (osamu) 2009-02-01 18:27:18 確かな記憶ですね~。驚きました。私も思い出しました。校門で礼をして校舎の入り口の側に奉安殿がありそこで、また礼をして校舎に入ったことを・・。その奉安殿から勅語を白い手袋した教頭先生か?が出して校長先生に渡し、それを恭しく捧げて、包みを広げて出して、重厚な口調で読まれた事を・・。私が、よく憶えていたのは、ギョメイ・ギョジと紅白の饅頭でした。それと毎朝の朝礼です。直立不動で動けば拳骨が来ました。当時は背丈順に並んでいたので、私はチビで最前列でしたね。動くと目立ちました。 返信する 如月? (ベン) 2009-02-02 06:12:42 [如月!(キサラギ:2月)]なんて言葉は私にとって初めて聞く言葉で全く知りませんでした。又紀元節、天長節など懐かしい昔の祝日、沼さんが仰る様にそう言われてみれば私も歌や文句も思い出します。最近日本でもバレンタインの日には女性から男性宛てにチョコレートをプレゼントする様になりましたが、何故女性からなのか私には未だに理解出来ません。この本場のアメリカでは男性が女性にプレゼントを贈る慣わしなのに...? 然し贈り物をする事は結構な事ですね。 女性から頂けると有れば尚更嬉しい事ですね。 今日、此方は暖かい日を迎えています。午後1時過ぎで17度です。 返信する べんさんへ (osamu) 2009-02-02 06:47:56 詩歌によく使われてます。沼じじさんとのやり取りの中で久しく忘れていた昔のことをよく思い出します。こちらは物忘れが激しいので、何事も霧の中のようです。バレンレタイン・デーの日に女性から男性にチョコレートを送ることは日本のチョコレート製造会社が企画したことで、これはよく当たりました。相当流行っています。その代わり4月の○○日にはお返しを必要とします。日を忘れました。貰うのも大変です!中には「義理チョコ」もありますから・・・。この年ではもう関係はないようです。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
祝日の流れは同じでした。奉安殿から勅語と御真影を式場に運ぶ時も頭を下げ、御真影のすだれを上げ、下げる間頭を下げていた。一度も御真影は拝見することはなかった。
子供たちの起立姿勢は今とは格段の差を感じる。
その奉安殿から勅語を白い手袋した教頭先生か?が出して校長先生に渡し、それを恭しく捧げて、包みを広げて出して、重厚な口調で読まれた事を・・。
私が、よく憶えていたのは、ギョメイ・ギョジと紅白の饅頭でした。
それと毎朝の朝礼です。直立不動で動けば拳骨が来ました。当時は背丈順に並んでいたので、私はチビで最前列でしたね。動くと目立ちました。
最近日本でもバレンタインの日には女性から男性宛てにチョコレートをプレゼントする様になりましたが、何故女性からなのか私には未だに理解出来ません。この本場のアメリカでは男性が女性にプレゼントを贈る慣わしなのに...? 然し贈り物をする事は結構な事ですね。 女性から頂けると有れば尚更嬉しい事ですね。
今日、此方は暖かい日を迎えています。午後1時過ぎで17度です。
こちらは物忘れが激しいので、何事も霧の中のようです。バレンレタイン・デーの日に女性から男性にチョコレートを送ることは日本のチョコレート製造会社が企画したことで、これはよく当たりました。相当流行っています。その代わり4月の○○日にはお返しを必要とします。日を忘れました。貰うのも大変です!
中には「義理チョコ」もありますから・・・。
この年ではもう関係はないようです。