おしらべ日記

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歳をとるのも悪くないと思える人生作り

義父 亡くなる

2014年12月15日 | 徒然
義父が他界しました。

金曜日に通夜を行い土曜日が葬儀でした。

家族葬という形で、普通の家のような造りの 建物の中で20人ほどの親い者だけで行いました。

遺影がなかなか良いのが見つからなくて。
急な葬式ってこんな事からバタバタするものなんですね。
義弟の結婚式の集合写真を使いました。
堂々として、自信に溢れたお父さんらしい とても良い遺影になりました。







義母と離婚してからずっと一人暮らしの義父が体調を悪くしてからの数年は、義母がいろいろ世話をしに様子を見に行ってました。

プライドが高く、人に甘えることが下手で

義父は周りに迷惑をかけるのを一番嫌がる人のようでしたが、義弟はそれを「我が儘とはき違えてる」と言って怒っていました。
もっと甘えて欲しかったと。

亡くなる前日と思われる日に会っていた義母に「孫たちに会いたい」と絞り出すような口調でくどいたと言います。
そんな義父に義母は、私からは言えないから息子らに言ったら?と突き放したように言ってしまったことに深く後悔していました。
なんで、私から話してみるって云わなかったんだろうって。

仕事場にミ夫からかかってきた電話で「おやじ、死んだわ…」って聞いた時、しまった!!と思いました。
前から考えていた事、なんで早く実行しなかったんだと。
不仲の息子たちはほっといてでも、私と義妹とで 子供たち連れて会いにいけばよかった。

お父さん 淋しかったの、分かってたんです みんな。

分かっていたのに後回しにしていました。

みんなの心に残る後悔。

亡くなったことでやっと気付けたり素直になれたりしたけど。
遅かったですね。

義弟も生前は「あんなやつ…」とか酷い事いったり、親に対する態度とはとても思えないような行動とったりしてたけど
ここ数日の義弟を見ると、やっぱり心では父親を心配していたんだと知りました。


強い思いがあるからこそ、後悔も残るものなんですね。





お父さんはミ子を可愛がってくれ本当によくしてくれました。
小学校あがるまではお昼ご飯を一緒に食べに行ったりしてよく会ってましたが、大きくなってからはそれもなくなってしまい寂しい思いをさせてしまっていたと思います。

お正月の朝、お雑煮を作る私の手伝いをすると言って、ストーブでお餅を楽しそうに焼いくれてたお父さん。私のお雑煮を「美味しいから今年も作ってくれ」って言ってくれたのが嬉しくて、とてもよく覚えています。



私は義父が、嫌いではありませんでしたし、むしろ義母より気が合うように思います。

今はそのころの事がぐるぐる思い出されて、そう辛くはありませをんがぼんやりとしてしまっています。

日曜日に部屋を片付けに行ったことも精神的に疲れました。
父を思い出したのかも。



大嫌いな病院ではなく自分の部屋で、
ミ夫が配達して取り付けたテレビ(ミ夫とはそれが最後です)を見ながら眠るような姿勢で横たわっていたということです。

それを聞き、楽に逝けて良かったと思うことが出来たのですが、それもやっぱり父を思い出すことになってしまって、なんか疲れてしまいました。






喪主のミ夫はまだいろいろ忙がしそうですが、こんなに長い休みは結婚式以来?(笑)
水曜いっぱい休みみたいでちょっといつもより生き生きして見えるのは気のせい?(笑)
それとも後から疲れが来る?いちお一家の大黒柱でありますので体に気を付けてほしいです。

そして、義母さんもご苦労さま、今までずっとすべて請け負ってくれていたことに感謝します。


















ミ子の全国大会と葬儀がかぶってしまい。

通夜だけ出て、葬儀は参列できず。

まだ真っ暗な朝の4時、 埼玉アリーナに向けて出発しました。

その時のバスの中で迎えた朝だそうです。
ラインで送ってくれました。
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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
大変でしたね・・・・ (コペペン)
2014-12-16 07:07:14
義父さま、旅立たれたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。
返信する
こんにちは (ひめさん)
2014-12-16 12:20:57
この度は急なことのようで大変でしたね
お悔やみ申し上げます。
うーーんそうでしたか・・・ミ夫さん兄弟のお気持ちも複雑でしょうね

実は私の父も11月末に旅立ちました
父は90歳を目前の老衰でしたが、やはり単なる悲しみや寂しさ・・・とは異なる何とも言い得ない気持ちに時々おちいります
もう長くないのが分かってからの3週間ほど
父の痩せていくさまと、自分の予定を書いた手帳とを見続ける毎日でした。
いやほんとに、年賀状は買って良いものかとか、そんなことにまず気が回る自分も・・・何だかね・・・

とにかくそんな今年もあと2週間
すぐに年が明けますねぇ
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コペペンさん (ミロク)
2014-12-16 13:17:54
ありがとうございます。

いきなり でした。
でも、ほんと安らかな最後だったようで、それだけで私たちは救われました。
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ひめさん (ミロク)
2014-12-16 13:51:02
あ、お父様が…
御愁傷様でした。今ごろですがお悔やみ申しあげます。

つい最近 お父様の前で舞台をやるっておっしゃってたように思いますが。
そうか~。
ひめさんもお疲れ様でした。
私たちみたいに急なことならアッというまですが、その日を覚悟されてから過ごされる日はそれはそれで辛い。
身近な人を亡くすというのは、なんとも言えないやるせなさと寂しさと。
でもこの気持ちをどう受け止めるかで残されたた方の考え方も変われば人生も変わるような気がしました。
大切に受け止めたいと思います。
私にはまだ、あの問題ジジがおりますしね(^^;

ほんとに…一年一年が早いですね~。
ひめさんとも長い付き合いになります(*´∇`*)
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Unknown (黒兎)
2014-12-16 19:06:12
そうだったんだ…。
知らなかった、大変だったね。お疲れさま。
お悔やみ申し上げます。
急だったんだね、急だといろいろ周りも思うことが多いね。
安らかに逝けたことは本人のためにも周りのためにも有り難いことだね。
身近な人が亡くなるのはやっぱり気持ちにずしん、と来るね。
自然の理とはいえ…。
そちらのお仏壇に入ることになるの?
返信する
黒兎さん (ミロク)
2014-12-17 09:09:44
ありがとう。
病院にかかってはいたから、いつかは…とは思っていたけど。
でも、義父はたぶん病院に入って…とは思ってなかったから。
お義母さんが良くみててくれたから、本人の希望ならそれでもいいかなと。
でもやっぱり、部屋をかたしに行った時はここで一人で…と思うと、心が重くなったわ。
ただ、ほんと寝てるみたいな表情だったらしいので救われます。

しかしまだうちの問題ジジがいるからねぇ(^^;

まあ、彼はまた別だけど…
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Unknown (イッコ)
2014-12-25 18:23:33
死ぬっていうことは
もう会えないってことなんだなーって思います。

御愁傷様でした。


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イッコさん (ミロク)
2014-12-26 22:54:03
ありがとうございます。

そうですね、もう二度と会えない、って事なんですね。
だから大切な人を亡くしたら後悔が出ないわけないですよね。
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