ロンドン。
西の海を支配する海洋帝国の首都で、そのせいかミーナの祖国と違い海に近い。
古くは大国ヒスパニアの無敵艦隊を打ち破って以来、オランダ、ポルトガル等の欧州のライバルを打ち破ってきた。
海洋を支配することはすなわち貿易の富を独占するに等しい。
海上貿易がもたらす富は自給自足の経済よりも大きく、また陸上の貿易よりも規模が大きく見返りが大きく。
市場である植民地を世界各地に建設することで、経済の優位性を築き、世界帝国としての地位を実現させた。
無論、西洋文明の走りである偉大なる帝国、ローマと同じく衰退は免れなかった。
現在こそかつての植民地人であるリベリオンの追い上げが激しく、帝国としての地位が揺らいでいる。
だが、無邪気な大衆は未だに扶桑皇国とならぶ世界帝国としての誇りを抱いている。
それは現在という時間軸なら正しいが、将来と現状を予測できる人間、選ばれたエリート達の見解は違った。
ことに、部隊長のミーナだけでなく、ロンドンのカールスラント大使館で論ずる眼の前の男も同じだった。
「知ってるかね?ヴィルケ君。
今この机に並んでいる菓子の原料の大半はリベリオンのレンドリリースで賄われていることを。」
部下が街角で購入した油っぽい菓子を掴みながらアイカシア大佐が言う。
「それは兵器にもいえて我が祖国も同じだ。
正面装備こそ国産だが、トラックなどの補助は全部リベリオン産だ。」
「ええ、そのくらい。
39年の時点で私も嫌という程、実体験しましたから。
世界に冠だる偉大な祖国といえども植民地人の助けがなければ、今頃私自身もここに存在してなかったでしょう。」
苦々しい思い出とともにミーナが言葉を綴る。
頭脳に映像と共に映し出されるのはリベリオン製品が溢れかえっていた戦場での日常。
特にスパムの缶詰などもう見たくもないほど大量にあった。
ここで一つ<史実>の話をしよう。
電撃戦を初めとして対ソ連での戦争で戦史に名を残す機動戦を繰り広げてきたドイツは機械化された軍という印象がある。
しかし、以外かもしれないが、その実<史実>のドイツ軍は完全な機械化ができていなかった。
装甲師団に装甲擲弾兵師団(機械化歩兵師団)こそトラックは充足していたが、
通常の擲弾兵師団は何かと非難の的にされる旧日本陸軍と同じく、人の足と馬匹による移動力しかなかった。
なお、五カ年計画で軽工業を犠牲に達成された重工業国家のソ連も、
終戦までトラックはアメリカ頼りであり、当時自前で完全な機械化を達成できたのはアメリカだけであった。
「で、大佐。
私はこの間出現した『特殊ネウロイ』に、
ついて情報をもらえると聞いてここまでやって来たのでありますが。」
「おお、そうだった。
すまない、自分はどうしてもこういった話が好きでね。つい、無駄話をしてしまった。」
にこやかに答えるアイカシア大佐。
が、その本心はミーナを試していたことは試された側は熟知していた。
ただの前線指揮官か、それとも大局から判断できる司令官かどうか。今後の昇進を左右するだろう。
「では、説明しよう。
結論から述べれば人間が作り出した可能性がある。」
「な・・・っっっ!!!」
驚愕に声を挙げそうになったが、何とか耐える。
幾らブリタニアにある唯一のカールスラント領内でも、誰かが聞いているかもしれないから。
特にウィッチ隊に対してあまり友好的でない司令官、マロニー空軍大将などが。
「正直、我々も困惑している。
冗談かと思ったが、様々な情報を整理した結果だ。
信じたくないかもしれないが、『特殊ネウロイ』はブリタニアの手で誕生した可能性がある。」
淡々と大佐は語る。
「なんて、ことを。」
ミーナは頭がクラクラする感覚を覚える。
超えてはいけない倫理をついに人類は超えてしまった事実に衝撃を受けたのだ。
何せ、バルクホルンが言うには『生きたまま』怪物へ変化させていたと言う。
「本来、この件については、」
ミーナが衝撃から立ち直るのを見計らってやや間を置き、アイカシア大佐は口を開く。
「本来、
君のは知らせないつもりだった。この件はあまりに危険すぎるから。」
続けて言葉をつなげる。
「だが、君が指揮する501はあまりにも政治的な位置にある。
もし、501に何かあれば我が国の損害になるゆえ、君は知る義務がある。」
統合戦闘航空団は各国精鋭を集めた部隊。
その分、本来前線部隊にありえないはずの政治的争いの渦中に巻き込まれる危険が高い。
その気になれば、わざと特定のウィッチを使い潰し、特定国の発言権を削るよう裏から手をまわししかねない。
最近動きがあやしいマロニーなどは警戒するに越したことはない。
「味覚障害どもが考えることは、まだ完全に把握していない。」
部下が購入した油っぽい菓子をかじる。
「が、覚えておきたまえ、ヴィルケ君。
君が愛する501は常に狙われていることに。」