日記の話
少し前に完結したアリソン(電撃文庫)
主人公ヴィルヘルム・シュルツが上級学校入学からその身分を消すまで綴る日記で、
主な物語の裏話的な話を主人公が語ります。
よくキャラクターの特性を把握し、丁寧なSSです。
また、オリ主とか腐とかなしの純粋(?)なSSなので安心して読めます。
彼がそれを見つけたのは部屋の整理をしていた時だった。
十数年ぶりに彼は自分の名前を名乗り、娘に父親として向かい、妻の夫としてこの家にいる。
そしてこれからはただの一人の男として、昔のようにここで暮らすのだ。そのための準備をしていた時だ。
引き出しを開けて、本を入れようとした時、彼はそれを見つけた。
古いノートだ。けれども彼はそれに見覚えがある。忘れるわけがない。
これは彼が彼を殺したときに、捨てるに捨てきれなくて押し込んでいったものだ。
それがまだ、こんなところにあるとは。
彼はそれを見て、妻は気が付いたのだろうかと疑問に思った。
そしてその次に娘はこれおみたのだろうかとさらに疑問に思った。たいそう疑問に思ったが、それを問うのは大層気恥ずかしかった。
ほんの少し前の、別の名前の軍人であった時ですら、これはひたすら憚れることだ。
記憶力の矢鱈いい彼は、その日記に何を何を書いたのかきちんと覚えていた。忘れようがない。
そんな体験をしたときに書いたものだ。
一度疑問に思ってしまったことはついつい考え込んでしまうのが彼の悪い癖だった。
故に彼は整理の手を止めて、日記を前に悶々とした。かつての部下たちが見たら驚いただろうし、
腐れ縁の親友が見たらにやにやと笑っただろうし、旧友が見たら昔の彼と結局変わっていないとしみじみとされただろう。
では、彼の妻と娘が見たらどうなのか。
最初にそんな彼に気が付いたのは、彼の娘だった
。一瞬かなり不思議なものを見たときのようにかなり驚いた顔をした後、
少しずつ隙間を埋め始めた父親にゆっくりと近づいて行った。
少し前の彼なら考えられないところまで近づかれた後で、彼は娘に気が付きたいそう驚いた。
そして少し前の彼とは違い、たいそう驚いた表情を素直にその顔に乗せた。
「それ、パパのでしょ?」
娘の言葉に彼は娘がそれを読んだ事実を知った。
気恥ずかしくてたまらず、彼は思わず娘から目をそらす。
娘がそんな彼を見てかなり面白がっているようだったが、そんな可愛らしい娘に構えるほどの余裕は彼にはなかった。
「ママののろけ話は沢山聞いてたけど、パパのママへの率直な思いはそれで初めて知った」
娘の言葉に、彼は自分の顔がさらに赤くなるのを感じた。
もう隠しようなどなかったが、せめてものあがきにと持っていた日記で顔を隠す。
耳まで赤い気がするが、本当にもうどうしようもない。そんな彼をよそに、娘はぽつりと言葉を紡ぐ。
「でも、パパがママのこと大好きだったって知って、とても嬉しかった」
そういってはにかむように笑う娘の気配がしたものだから。
彼はさらにその顔を赤くして、思わずその場にうずくまった。どうしようもない。
どうすることもできない。はにかみながら笑う娘の顔を直視することすらできず、
妻が今回に限ってたまたまぶらりと出かけてしまっていることにこっそりと感謝しながら、
相変わらず日記で顔を隠したまま 彼はぽつりと愛娘に告げた。
「……だったじゃないよ。今もだよ」
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