シオンに襲われてまた寝込んで一晩。
街に漂う気配は不穏かつ不気味な空気をより一層濃く纏っている。
ネオン輝く繁華街も明かりは消え失せ、
オフィス街で働いていた人々は既に我が家へと帰宅済み。
と、まるで図ったかのように人の気配が早々と街から消え失せている。
元々タタリが流す不穏な噂で人々が怯えていたこともあるが―――――人の気配が無さすぎる。
そのくせあの神殿の名を冠したビルを軸として妙に血生臭い空気と臭いが街全体に漂っている。
だから黒レンに叩き起こされた時から直ぐに悟った。
いよいよタタリが動きだしたと。
タタリがどこにいるか調べなくとも『知っている』
そして志貴たちはどこへ行って戦っているは『分かっている』
だから屋敷から飛び出し、公園を通り抜けてあのビルへと急いでいたのだが・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
気配すらもなかったにも関わらずいきなり目の前に現れた不審人物。
姿、形から誰であるかは察しはつくけど、
「おいおい、沈黙なんて酷いじゃないか?
俺との仲だろ、怖い顔して何処へ行くんだい?」
「で、誰?
お約束だから名前を聞こうか?」
音声から既に察したが改めて問いただす。
「吾は遠野志貴の面影、七夜志貴。
吾は糸を巣と張る蜘蛛―――――。
ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」
そうドヤ顔でそう宣言した。
この着崩した制服を纏った青年の名を知っている。
遠野志貴の裏、「七夜」の部分が出た偽物、七夜志貴なのだが・・・。
「うわ、うわ、うわぁ・・・・・・」
知ってたけど、知っていたけど!
三次元で聞いて、見て、言われると・・・ドン引きだよ!
『中二病乙WWW』なんて笑い飛ばす余裕なんてまるでなかったぜ!
これが自分の深層心理と知ったら本人は恥ずかしさのあまり憤死まったなしだよ!?
これ以上ないドヤ顔なのが見ていて痛々しいし、
こーいうのが好きな白レンって・・・・・・ま、まぁ、好みは人それぞれだし。
「ハハハ・・・っ!
そんなに固くなるなよ、
俺とさつきで仲良く本音をぶつけ合って愛し合うだけだろ?」
「愛は愛でも殺し『愛』でしょ?」
「よく分かってるじゃないか!
眠っていた俺が偽の肉の檻を得て起きたことは、殺せってことだ。
さあ、殺し合おう!同級生同士で殺し合いをするなんてなかなかそそるじゃないか!」
「あー、はいはいはい、知ってたし・・・・・・」
型月ではもはやお約束となった概念「殺し愛」を正面からぶつけられ、
表情がチベットスナギツネみたく何とも言えない虚無の感情が出ていることは自分でもよーく分かった。
それは兎も角。
ここでこの七夜を倒さない限り先へと行けないことは確かである。
で、あるならやることは一つ。
最初はグー、じゃーんーけーん・・・。
「死ね―――――!」
公園の砂利を七夜へ向けて巻き上げるように蹴飛ばす。
吸血鬼の馬鹿力で飛ばされた砂利はさながら散弾銃から放たれた散弾のごとく高速かつ広範囲で散らばる。
常人ならばそのまま全身穴だらけ。
いや、潰れたトマトか挽肉になり「見せられないよ!」な状態になること待ったなしである。
「成程成程。
点ではなく面で潰しに来たか、怖い怖い」
しかし相手はあの七夜。
この程度避けることなど彼にとっては造作ない。
「いい挨拶じゃないか、ええ?
お陰様で腕を一本持っていかれたじゃないか」
とはいえ流石に全てを避け切ることはできなかったようで、
土煙から現れた時、左腕側の肘から先が無くなっていた。
「・・・だからと言って、
そっちは服だけを切り裂くとかどういう了見だ!
このエロガッパ!絶倫眼鏡!すけこまし!天狼星の代役!」
で、こっちも腕の一本くらい取られると思っていたけど、
何故か服だけ切り裂かれて上半身ブラジャー姿であった・・・痴女だよこれ!?
「仕方ないだろ?
さつきは俺が腕を切った瞬間のカウンターを狙っていただろ?」
「・・・否定できない」
真正面から戦えば必ず負ける。
よって初手は面で制圧、それを突破してきたら相打ち覚悟のカウンターをする。
だが、この程度の考えなど戦闘民族な七夜には通用しなかった。
「それにしては―――――欲情するなぁ」
などと言いつつナイフを舐める事案案件な変態が目の前にいた。
「秋葉さんに言いつけるぞ、この変態」
ボクは元男なので七夜の視線や仕草からして、
本気なのが手に取るように分かる、分かりたくないかったけど。
「ああ、それなら問題ない。
むしろ互いに殺し合う都合が出来たと言える」
「同級生がラッキースケしたので妹に言いつけると言ったが、妹と殺し会いする良い切っ掛け」と返された件について。
・・・・・・おっかしーなー、ここは「シ○ルイ」の世界線か?
「秋葉とオレは兄妹。
だから殺さなきゃ本当の関係じゃない。
そして秋葉なら確実にオレを殺しに来る!
一切の躊躇も、遠慮も、隠し事もしない最高の妹だ!」
そして「全力で殺しに来るであろう妹」を称賛する兄がいた。
というか七夜であった・・・薩摩のぼっけもんもビックリな倫理観だよ・・・。
しかも「主人公を殺すほど愛している」型月ヒロインの一人である秋葉さんなら、と確信できるのが余計に嫌だ・・・。
これが漫画とかアニメ越しで一読者一ファンとして知るだけなら登場人物たちの個性に胸をときめかせたであろう。
が、ここは残念残酷無常無惨な現実。
当事者として関わっているボクとしてはもう頭が痛いどころでなく、帰って寝たい気分だ・・・。
「もっとも秋葉はさつきと違って服を剥いでも面白くない体だがな」
言わなくてもよい一言を言ってしまう。
いや、言ってしまい逝ってしまうのは志貴とまったく同じである。
遠野であろうと七夜であろうと何だかんだで根は同じ「志貴」なのを知りえたのは少しホッとする。
とはいえ、この後発生するであろう残酷無惨残虐劇場の開幕についてはもう自業自得と切り捨てるしかない。
何せ今夜がタタリとの決戦だと気づいてボクは【屋敷の主と共に飛び出た】のだから・・・。
「ぎ、ぎゃああああ、ぁぁぁあああああ!!!?」
突然七夜が絶叫する。
血とあらゆる体液が混ざった嫌な臭いが噴き出る。
七夜と言えども「全身から気化した体温が蒸気となって穴と言う穴から噴き出す」
という、ファラリスの雄牛のごとく責め苦に晒されては流石に痛みを表現するようだ。
屋敷を一緒に出る前に、
ボクが先行してタタリが使役する偽物と対峙し、
そっちはここぞといタイミングで介入すると話したけど・・・本当に容赦ない。
そしてこれを躊躇なくやってのける人物をボクは知っている。
いや、改めて見ると本当よく生き残ったなぁ、ボク・・・・・・。
何の魔術的前兆もなく強制的に対象の体温を略奪することができる人物なんて一人だけしかいない。
「あらあらあらあら、ミディアム程度で悲鳴を挙げるなんて情けないですわ―――――兄さん」
いや、絶対初手からウェルダンしてきたでしょうーに。
と、突っ込みを入れたいトコだが、空気が読める平均的日本人兼吸血鬼なボクは黙っておく。
何せ今の秋葉さんはかつてボクと対峙した時より絶好調―――――というか、ぶっちゃけコワイ!?
「弓塚さん」
「は、はい!?」
秋葉さんの呼びかけに対して思わず直立不動の体勢を取る。
「七夜については私にまかせてください。
ああ、弓塚さんが心配なさらずとも大丈夫です、
兄さんは逃げ足が速いのはよく知っているので、先に足腰を念入りに潰しました・・・」
「逃げられないように兄の足腰を潰した」とのたまう妹がいた、鬼だ、鬼だよこれ。
本当、型月ヒロイン道は茨道どころか覚悟完了、修羅道上等なのが多すぎぃ・・・。
「じゃあ、お言葉に甘えて!!」
ビシッと挨拶を決めてその場から即座に離脱する。
ボクの気持ちは一分一秒でもこの場から離れることとしか頭にない。
一瞬、七夜と眼が合って「タスケテ」なんて言ってたような気がするが多分気のせいだ、気のせい。
ネイビー。