株式会社プランシードのブログ

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その24.図面の通り作ると家は倒れる?

2012-07-10 14:39:40 | 制作会社社長の憂い漫遊記
今から20年くらい前まではPR映像も劇映画のように
脚本家が台本にし、監督が仕上げていた。
逆に監督が仕上げた物に脚本家が流暢なコメントをつけることもあった。
フリーになりたての頃、何本かは本を渡された。
大工の父はよく「設計士の書いた図面通りに家を建てると傾く。
大工の腕で家を家にする」と言っていたが
まさしくその通りで、いかに現場で台本と違うところを発見して
現場に即した物にするかが監督の腕だった。
発見のためのたたき台が台本である。


PR映像からフィルムが消えて久しいが
いまでは監督が台本も書くのが普通になった。
さらにインターネットが進み20~60秒の細切れになり、
もはや30分退屈させずに見せるテクニックは消滅しつつある。
映像とは感情を伝えるもので情報を伝えるものではない。
なぜなら編集・録音をしているとタイムリーでなくなるからだ。
情報はタイムリーが第一である。
よって映像を情報と位置づけるのではなく
感情を伝えるものだと位置づける方がはるかに大きな効果が得られる。
泣かせたり怒らせたり、自分の問題にさせるのがうまくなければ
映像の監督は務まらないのだ。



(大阪市の広報映画で、メルボルンから大阪湾に向け疾走する
 ヨットレースの模様を空撮するため八尾空港から飛び立つ。
 「大海原で疾走するヨットを見つけるのがこんなに大変だとは…
 双眼鏡で探すも海は広いな♪ヨットは小さいぞ♪」)

日本映画新社の久保 義明監督に助監督としてついた
水道局のPR映画で久保監督は編集が10分ほどまとまるごとに
「多田ちゃん、おいしそうに水を飲む少女のカットをここに挟も」とか
「噴水を逆光で撮ったキラキラカットを挟も」とか、本編の流れに関係なく
まるでCMが10分おきに入る感覚で挿入する。完成するとその部分には
ナレーションはなく、ただ音楽が流れるだけの15秒ほどの休憩タイムが入り
再び本旨に入っていく。
久保監督曰く「まぁ水道局のPR映画だから水に関係する映像を
10~15分おきに入れとけば、30分の大作でも一息ついて見てもらえる」
という。
飲んだ席でさらに突っ込むと「人間の集中力なんてそんなもんや」と。
確かに一理ある。
日本映画新社は記録映画の会社である。
古くは第二次世界大戦の従軍ニュース映画を撮り、
いまはもうないが東宝系の映画館では「日本ニュース」という形で
新聞の社説をニュースにしたようなものを流したりしていた。
企業PRでは竹中工務店が立てる超高層ビルや明石海峡大橋の建築記録映画を
撮っており、完成が1時間近くの作品もある。
久保監督が意味もなく入れるカットは、人間の心理をついた経験則なのである。
ただし、この技を受け継ぐものは少なくなっている。
PCの発達で映像は誰でも撮れ、誰でもが編集できるようになった。
それでもプロとアマの違いはハッキリ出る。プロとはそういうものだ。


(日本映画新社での私の名刺)

PRの世界で監督と脚本家を兼務しなければならないようになって
私は台本は書かずにラブレターを書くようになった。
まぁ取材形式の作品が多かったので、台本を書いても現場で発見していくと
大きく軌道修正せざるを得ないので、いっそのこと台本ではなく、
「こんな方向で作ります」という宣言、覚悟をつづったラブレターの方が
軌道修正が容易にしやすい。そのラブレターを第1稿として提出し
了解を得て、撮影に入る。

粗編集が終わって第1回目の試写で初めて台本がお目見えする。
ビデオの場合は私の声で仮のナレーションを入れる。
粗編集試写後、さらに編集を加え、CGやフィリップが挿入され、
人選したナレーター固有の癖や間も見込んで作品は研ぎ澄まされていく。
そして録音本番。その頃にはほぼ完成稿になっているが、
私の場合はナレーターの声を聞きながらさらに修正を加える。
フィルム系の監督は、録音時にはほとんどナレーションの変更はしない。
それほど研ぎすましてナレーション原稿を作成しているともいえるが、
録音のガチャガチャした環境では、まともな原稿が書けないとも言い切る。
その点、私は戦場のような現場を歩んできたので、
その場で変更するのに全く苦を感じない。バンバン変える。
いいのか悪いのかわからないが、スポンサーのオーダーにも
2~3案はその場ですぐに出せるようになっている。
まさにビンボー症なのだ。
プロデューサーから撮影前に台本を要求されてもよほどの事がない限り
「台本は作品が完成した頃にできあがります」と豪語する。
そんなわけで今でも台本ではなく、渾身のラブレターを第1稿としている。


(私の次女が子供の頃描いた名画?
 最初に台本を書く頃の私の頭の中のイメージはこんな感じなので
 どだい台本にするのは無理だし、こんなものを見せても
 スポンサーは意味不明のはず)


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