作文小論文講座

苦手な作文を得意に。小学生から受験生まで、文章上達のコツを項目別に解説。作文検定試験にも対応。

意識

2012-07-31 | コラム
 言葉の森の中学2年生の課題長文に、地球交響曲(ガイアシンフォニー)でおなじみの龍村仁さんの文章があります。龍村さんは、アポロ9号の乗組員だったラッセル・シュワイカートの話を紹介し、宇宙から地球を眺めた宇宙飛行士たちはみな、「私」という個体意識から「我々」という地球意識への脱皮を体験していると綴っています。

 私たちの意識は、通常、自分に関わる狭い範囲に向けられていることが多いのではないでしょうか。その枠を越えて、外に出たとき、初めて自分の意識がいかに小さなものだったかに気づかされるのでしょう。そして、意識を外の世界へと広げていくと、新しい世界が見えてきて、いくつもの新しい発見をすることができるのだと思います。

 たとえば、狭い部屋の中で、その部屋の中にある物だけに意識を向けていると、視野が狭くなり、新しい考え方をすることができなくなります。この部屋の外はどうなっているのだろうと意識を...外側に向けると、想像が広がり、外の世界に飛び出してみたいという意欲も生まれます。まずは、意識をどこに向けるかがキーポイントになると言えるでしょう。

 また、何か一つの問題について、同じ視点からあれこれ考えているだけでは、たいした解決策は浮かばないものです。視点を変えて、その問題を外側から見てみると、異なる次元から、思わぬ解決策を思いつくことは少なくありません。

 確かに、ときには、一つのことを深く掘り下げて考えることも必要です。しかし、その考えが、独りよがりの狭い視野に限られていたのでは、自分を成長させることはできません。自分の意識の方向と広さに気を配ったり、どこに視点が置かれているかを確認することは、自分の世界、自分の可能性を広げるためには不可欠だと思います。

 ちょっとしたトラブルがあって、宇宙空間に一人取り残されたとき、ラッセル・シュワイカートは、「今、ここにいるのは『私』であって『私』でなく、すべての生きとし生ける者としての『我々』なんだ。それも、今、この瞬間に、眼下に拡がる、青い地球に生きるすべての生命、過去に生きたすべての生命、そして、これから生まれてくるであろうすべての生命を含んだ『我々』なんだ。」と、確信したそうです。

 また、龍村さんは、「シュワイカートが宇宙空間で体験したこの『私』という個体意識から『我々』という地球意識への脱皮は、今、この地球に住むすべての人々に求められている。」と書いています。

 私たち一人一人は小さな存在ですが、意識は無限です。意識の持ち様によっては、宇宙から地球を眺めた宇宙飛行士たちが体験した感覚を、地球にいながら味わうことも不可能ではないかもしれません。そして、今、地球が抱えている問題も、視点を変えて、誰もが「我々」という意識で考えたなら、新しい解決法が次々に生み出されるに違いありません。


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第1回 言葉の森 講師資格講習、終了しました。

2012-07-29 | お知らせ
 6時間に及ぶ言葉の森講師資格講習が終了しました。

 テキストも厚いのですが、講習も熱かったです。(外はもっと暑い(笑)。^^; )

 とにかく、内容の濃い講習で、私自身も参考になることが多かったです。

 すぐに教室を開く予定のない方や、これからお父さん、お母さんになる方にもおすすめです。

 第2回 言葉の森 講師資格講習は、8月26日(日)午前10時より、大井町で開催予定です。

 http://www.mori7.com/sikaku/

 言葉の森の生徒の保護者以外の方も、キャンペーン期間中の今なら、同じ料金で講習を受けることができます。

 このチャンスに是非!

道草

2012-07-25 | コラム
 バス通学をしていた小学校低学年のころ、バスに乗らずに友達と歩いて帰ったことがありました。何か特別な事情があったわけではなく、ただいつもと違うことをしてみたかったのです。毎日バスの窓から眺める歩道を、友達と二人、てくてくと歩きます。歩道の片隅に咲いているタンポポ、桜の花びらを乗せてゆっくりと流れる川、ペット屋さんに並べられた籠の中でさえずる小鳥たち、あちこち寄り道をしながら歩き続けます。いつもならバスであっという間に通り過ぎてしまう場所ですが、子供の足でゆっくり歩くといろいろな発見があるものです。

 最初のうちは元気よく歩いていた二人も、予想以上に遠い道のりに少し疲れてきました。背中のランドセルがずしりと重く肩にのしかかります。そんなとき、一軒のお店が目に入りました。それはお茶屋さんでした。お茶の芳(かぐわ)しい香りにさそわれて、お店の中をのぞき見ると、お店のおばさんが出てきて、にこにこしながら「一杯お茶でも飲んでいきなさい。」と冷たいお茶を飲ませてくれました。優しいおばさんのおかげで、二人は元気を取り戻し、またてくてくと歩き始めるのでした。

 不思議なもので、毎日バスに乗って帰っていたにもかかわらず、バスでの帰り道のことは、ほとんど覚えていません。一方、たった一度歩いて帰った帰り道のことは、今でもときどき思い出します。日常を越えた新たな世界との遭遇と呼ぶのは大袈裟かもしれませんが、今、振り返ってみても、道草をしながら歩いた時間は、どこか別の世界の時計の針が時を刻んでいたように思えるのです。

 誰でも、ときには冒険をしてみたくなることがあります。日常の枠を飛び出して、未知の世界に触れてみたくなることがあります。また、のんびりと休みたくなることもあるでしょう。そんな道草をすることによって、ものの見方が変わったり、新しい発見があったり、人の気持ちが分かるようになったりすることも少なくないと思います。目的地にいち早く着くことだけを目指す必要はないのです。

 長い人生、先頭を歩こうと焦る必要もありませんし、遅れを取ってはいけないと慌てる必要もありません。決められたレールの上をただまっすぐに進もうと必死になる必要もありません。そもそも、レールなど存在しません。そのときどきを楽しみつつ、ときには寄り道をしながら自分自身の心の声と相談しながら歩いていくことが充実した人生につながるのだと思います。

 あのとき歩いた道沿いに並ぶお店も、今ではずいぶん変わってしまいました。でも、その辺りを通りかかると、お茶屋さんの椅子に腰かけて、おいしそうにお茶を飲む二人の姿がよみがえり、心の中でくすりと笑ってしまうのです。


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言葉の森 作文講師資格制度

2012-07-24 | お知らせ
 これからの時代が求めているものは、費用や時間のかからない自学自習の教育、家庭での対話のある教育、子供たちの創造性を伸ばす教育です。

 言葉の森では、この時代のニーズにこたえるために、言葉の森の教材と指導法のノウハウを講師資格試験制度として提供することにしました。

 一生使える資格で、自分の子供や近所の子供たちに自宅で作文を教える機会が得られます。

 今なら、認定試験を含めて1日(約6時間)の講習で、講師資格を取得できます。

 ◇費用  49,800円
 ◇日時  2012年7月29日(日) 午前10時~午後5時
 ◇場所  言葉の森港南台教室(JR根岸線港南台駅徒歩3分)
 ◇定員  10名先着順

 この講習会は、今後も定期的に開催する予定です。

 詳細をお知りになりたい方は、お電話でお気軽にお問い合わせください。

 電話 0120-22-3987(平日9時~20時、土曜日9時~正午)

プレジデントFamily 9月号は本日発売されました!

2012-07-18 | お知らせ
        

  7月18日(水)本日発売の「プレジデントファミリー9月号」の特別付録は、言葉の森監修「作文、読書感想文のテクニック」です。

 夏休みの読書感想文の宿題に生かせるのはもちろん、公立中高一貫校の作文試験、高校、大学の小論文試験にも使えるテクニックが満載です。

 言葉の森オリジナルの指導法で、ほかのどこの作文教室でも教えていない作文の書き方のコツが載っています。

 売り切れにならないうちに、お早めにお買い求めください。

 プレジデントファミリーのホームページでもご注文いただけます。

 

プレジデントFamily 9月号の付録

2012-07-17 | お知らせ
 7月18日発売の「プレジデントFamily 9月号」の特別付録は、言葉の森完全監修の「作文、読書感想文のテクニック」です。この冊子は、2008年9月号の付録とほぼ同じ内容ですが、まだお持ちでない方は、是非このチャンスにお求めください。小学校1年生から高校生までの作文、小論文、感想文の書き方のコツがくわしく説明されています。また、本誌には、付録の使い方や最近の作文試験の傾向などについての話も載っています。

感情

2012-07-10 | コラム
 先日読んだ『「読む、書く、話す」脳活用術』(茂木健一郎著)の中に、「人生において正しい判断や決断を下そうと思うのならば、理性で考えることも大事ですが、その前提として感情を豊かに活性化させなければならないのです。」という一文がありました。

 行動の基盤となるのは感情です。熱烈な思いあってこその行動です。行動の部分だけに目を向けても本末転倒です。その行動が、本当にその人の感情に基づいたものなのかが重要だからです。そう考えると、子育てで大切なことは、行動の基盤となる感情を育てる...ことではないかと思います。

 確証はありませんが、私たちは、誰もが魂の目的を持ってこの世に生まれてきたのだと思います。何が目的なのかはその人にしかわかりません。その人自身が感じ取るしかないのです。たぶん、魂の目的にそって生きるときがいちばん充実していて、いちばん輝いているはずです。

 子供たちは純粋なので、潜在的にはそのことを知っています。でも、この世では、純粋に生きることがとてもむずかしいのです。社会の枠組みの中で、いかにうまく生きるかに重点が置かれているために悪意のない干渉が多いからです。

 知らず知らずのうちに自分たちが決めたルールの中で勝負を決めようとしているのが今の社会です。でも、その枠組みをいったんはずしたら、もっと自由で、もっと自然な世界が現れ、自分の心の真実にそって生きる人は、誰もが勝者になり得るのです。誰もが勝者なので、勝者という言葉さえ意味を成しません。

 絵空事のようなことを書いてしまいましたが、今の社会の中でも、大事なことは子供たちの心の声をきちんと聞くように努力することだと思います。自分の心の声を自分で聞き取れるように促す子育てをすることだと思います。そうすることによって、徐々に社会も変わっていくはずです。

 そのためには、親自身が目先のことにとらわれず、子供の持つ潜在的な力を信じることが必要だと思います。

 計算が速くできることも難しい漢字が書けることもテストで100点が取れることもマイナスではないかもしれません。でも、その能力を使うときの基盤となる感情が育っていなかったら、行動だけが空回りして、新しいものを生み出すことはできないでしょう。

 上記の本には、「単に「お金持ちになりたいから」「社長になりたいから」といった動機だけでは、絶対に長持ちはしません。自分が動くことで、世の中の何が変わるのかを意識すること。」とも書かれています。ほんものの心の声は、個人的な欲望を越えたもので、ときには世の中を動かすくらいのパワーを秘めたものなのだと思います。

 もちろん、これは子供たちに対してだけ言えることではありません。大人でも同じことです。何歳になっても、自分の魂の声に気づいて、その声に従って行動している人は幸せです。

 確かに回り道にも意味があります。紆余曲折があるのが人生です。でも、私たち大人が、子供たちの本当の思いを感じ取りながら、その個性を大事に育てていくことができたら、この世界はますます素晴らしいものになるに違いありません。


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試練

2012-07-08 | 日記
 言葉の森の小学5年生の課題に、星野富弘さんの文章があります。星野富弘さんは、大学卒業後、体育教師として高崎市の中学校に赴任するのですが、その2ヶ月後、体操部の指導中に宙返りの模範演技に失敗し、頸髄損傷の重傷を負ってしまいます。人一倍健康で体力もあり、中学時代は陸上部の選手として活躍した星野さんにとって、肩から下が麻痺して全く動かない状態に陥ったときのつらさは、私たちの想像を絶するものだったと思います。

 課題になっている文章には、星野さんの子供のころのエピソードが紹介され...ています。川で溺れそうになった星野さんは、必死になって、元いた岸へと戻ろうとします。でも、流れは急で、元の場所に戻ることはできません。そのとき、星野さんは、流れに逆らおうとするから苦しくなり、流れが恐ろしいものに思えるのだと気づきます。

「……そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」

 そして、体の向きを変え、下流に向かって泳ぎ始めます。しばらくして、川底を探ってみると、もう十分に足の届くところだったというわけです。

 ただただ流れに身を委ねる方法もあるのだという気づきをもたらしたこの経験は、後に闘病生活を続けることになった星野さんの人生を大きく変えます。全く動けないまま、過ぎた日のことを思い、将来のことを悩んでいたとき、星野さんは、この子供のころの出来事を思い出したのです。そして、動けない体と向き合って、歯をくいしばりながら戦うのではなく、現実をありのままに受け入れ、その現実から何かを学びながら自分のできることをすればいいのだという気持ちになったのです。

 「試練」という言葉には、苦しいこと、つらいことというイメージがあるので、できれば避けて通りたいと思う人が多いと思います。でも、試練は、誰にでもやってきます。ただ、その試練をどのように受け止めるかによって、試練の持つ意味が違ってきます。試練にあったとき、その試練を避けようとしたり、なぜ、こんな目にあわなければいけないのだろうとこだわりを持ち続けていたりすると、ますます試練がつらいものに感じられ、必要以上のダメージを受けてしまうものです。

「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか……流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ」

 試練にあったとき、そんな気持ちになれたら、苦しさで頑なになっていた心が次第に緩み始め、大きな気持ちで「試練」というものをとらえられるのではないでしょうか。人生の質が変化するのは、そんなときです。少しずつ考え方に余裕が出てきて、いつの間にか試練を乗り越え、その先の人生をも前向きにとらえることができるようになるのです。

 大きな試練にあったとき、すぐに気持ちを切り替えることはむずかしいかもしれません。でも、星野さんのように、一瞬の気づきで人生を転換させることもできるのです。試練とは、ただつらく苦しいだけのものではなく、人に明るい気づきを与えるきっかけとなるものだと思います。

 星野さんの文章の最後には、聖書の言葉が引用されています。

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」


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