牛田の光明学園幼稚園の壁に大きな時計が取り付けてあります。
左から「核の時間」、真ん中は「現在の時刻の時計」、右は「環境危機時間」の時計です。
左の時計は『世界終末時計』とも言い、
「核の時計」は核戦争による地球の滅亡を「世の終わり」になぞらえて、
その終末(午前零時に設定)までの残り時間を象徴的に示す時計だそうです。
この時計は、原爆投下から2年後の1947年にアメリカの科学誌「原子力科学者会報」の表紙に初めて掲載され、
実物はシカゴ大学にあり、同誌によって管理されていて、毎年新年号に何時かが掲載されている。
現在の時刻は、11時55分で人類の核などによる終末まで、あと5分に危機です。
これは、2007年の北朝鮮の核実験強行 、イランの核開発問題、 地球温暖化の更なる進行 などにより
後5分になったのです。
だから、核の破壊の恐ろしさを知っている広島は、もっと「核の恐ろしさ」を訴え無ければならない。
右の時計は、地球温暖化などによる人類存続の危機を示す「環境危機時計」と言います。
この時計は、日本の「旭硝子財団」が1992年から国内外の専門家を対象に毎年調査して、
回答のアンケートの結果を発表している。
「環境危機時計」は0時から12時で表され、時間が進むほど不安度が高いことを示します。
今年は、9月10日に発表されて、地域別では日本が9時42分(前年比プラス8分)、
西欧9時44分(同21分)、北米10時13分(同33分)となっている。
写真は撮影が2008年9月26日だが、日本は2006年は9時15分、2007年が9時34分だから、
2006年のままだったようだ。
核の時計のように、後5分の危機ではないが、環境破壊の地球温暖化の進行を早く食い止め無ければ、
後5分の危機になるのは、あっという間に来る。
アメリカ(北米)はもう、1時間47分しかない。
アメリカは知っているのだろうか?
オバマさんが大統領になってアメリカは変わるのだろうか?
日本も、変わるのだろうか?
日本は、「極めて不安」の2時間18分しかない。
倉敷の美観地区に遊びに行った時に、トイレに行きたくなったらどうしますか?
まず、公衆トイレを探しますね。
私は倉敷の美観地区には、毎年瀬戸内倉敷ツーデーウォークに参加していますので10回以上は行っています。
しかし、今まで倉敷川の美観地区の公衆トイレの場所を知りませんでした。
柳並木の倉敷川がL型に曲がる所に中橋が有りますが、その橋を渡り蔵造りの倉敷市消防団の
倉敷東分団の備品庫の横に有りました。
瓦がコンクリート塀の上に載せてある壁の向こうが一段下がったトイレでした。

1.美観地区の中橋の公衆トイレ。2008/9/25
位置はここをクリック
中橋の公衆トイレの前を通り、美観地区の裏の本通り商店街に出ると、色々のお店が新装開店して賑わっていました。
道路も下水管を埋めたりして整備中でしたが、アーケードが有る倉敷えびす通りの所まで歩いてくると、
左手に低いコンクリートの構造物に気づきました。
これも、公衆トイレでした。

2.鶴形山公園上り口の公衆トイレ。2008/9/25
位置はここをクリック
まず、公衆トイレを探しますね。
私は倉敷の美観地区には、毎年瀬戸内倉敷ツーデーウォークに参加していますので10回以上は行っています。
しかし、今まで倉敷川の美観地区の公衆トイレの場所を知りませんでした。
柳並木の倉敷川がL型に曲がる所に中橋が有りますが、その橋を渡り蔵造りの倉敷市消防団の
倉敷東分団の備品庫の横に有りました。
瓦がコンクリート塀の上に載せてある壁の向こうが一段下がったトイレでした。

1.美観地区の中橋の公衆トイレ。2008/9/25

中橋の公衆トイレの前を通り、美観地区の裏の本通り商店街に出ると、色々のお店が新装開店して賑わっていました。
道路も下水管を埋めたりして整備中でしたが、アーケードが有る倉敷えびす通りの所まで歩いてくると、
左手に低いコンクリートの構造物に気づきました。
これも、公衆トイレでした。

2.鶴形山公園上り口の公衆トイレ。2008/9/25

倉敷駅前で三輪車を見つけた。オートバイの後輪が2輪になっている。
ミニカーは4輪だし、オート三輪は荷台が有るのに、これには無い。
いったい、なんと呼んだらいいのか?
こんな時はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ですぐ調べる。
エンジン付き二輪車をベースとした三輪車は「トライク」と言うそうだ。

ナンバープレートは、「1」ナンバーだ。
「1」ナンバーは普通貨物車でトラックなどだ。これが、普通貨物車には見えないが・・・。
「倉敷」ナンバーはご当地ナンバープレートだ。ご当地ナンバーは全国で18箇所あるそうだ。
次の「あ」はあいうえお順に登録するので、まだこの普通貨物車の登録は少ないようだ。

前から見ると、普通のオートバイだ。

メーターも普通のオートバイと同じのようだ。
走行距離はまだ413km、スピードメーターは120km/hまで表示されている。
この「トライク」がそんなにスピードが出せそうにないけど。

この「トライク」の持ち主は、このカッティングサロン「毛美刈(けみかる)」のオーナーだろう。
このオーナーは「トライク」を持ち、お店を「毛美刈(けみかる)」と名付けるなど、物凄く個性的な人物だろう。
マニアックでオタクかも知れない。
知らないので、言いたい放題でオーナーごめんね。
だけど、お店は繁盛すると思う。

ミニカーは4輪だし、オート三輪は荷台が有るのに、これには無い。
いったい、なんと呼んだらいいのか?
こんな時はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ですぐ調べる。
エンジン付き二輪車をベースとした三輪車は「トライク」と言うそうだ。

ナンバープレートは、「1」ナンバーだ。
「1」ナンバーは普通貨物車でトラックなどだ。これが、普通貨物車には見えないが・・・。
「倉敷」ナンバーはご当地ナンバープレートだ。ご当地ナンバーは全国で18箇所あるそうだ。
次の「あ」はあいうえお順に登録するので、まだこの普通貨物車の登録は少ないようだ。

前から見ると、普通のオートバイだ。

メーターも普通のオートバイと同じのようだ。
走行距離はまだ413km、スピードメーターは120km/hまで表示されている。
この「トライク」がそんなにスピードが出せそうにないけど。

この「トライク」の持ち主は、このカッティングサロン「毛美刈(けみかる)」のオーナーだろう。
このオーナーは「トライク」を持ち、お店を「毛美刈(けみかる)」と名付けるなど、物凄く個性的な人物だろう。
マニアックでオタクかも知れない。
知らないので、言いたい放題でオーナーごめんね。
だけど、お店は繁盛すると思う。

前日に行われた、安芸の宮島&ひろしまツーデーウォーク大会の広島会場のスタート、ゴールの中央公園から、
基町の高層アパート群の中を歩いて自宅に帰る途中に、風呂センターの中を覗きながら歩いていたら、
手押しポンプを見つけました。道路際にあります。

114.中区基町20番…中矢風呂センター横。2008/9/22
茶色のペンキが塗られている。ポンプが乗っているコンクリート製の台には6角形の形が抜かれている。
こんな台は始めて見た。
ポンプの台のサンプルなのか?昔は、風呂センターがポンプの販売もやっていたのか?
広島なら津田式を販売するはずなのに?疑問だらけだ。

ポンプのメーカーは丸金?これも始めてみるマークだ。

敷地内だけど道路際に設置して、誰でも使えるようにしてある。しかし、ポンプはパッキンが完全に駄目になっていて、
タバコの空箱が入っていた。

中矢風呂センターの向こうには、市営高層アパートが見える。
市営アパートには浴室はあるが、風呂桶とボイラーは付いていないので、個人で購入して据え付けるようになっている。
だから、この風呂センターが有るのです。
このアパートが建った頃はそうだったが、最近の市営住宅については知りません。
据え付けなくても、この団地の中に平和湯と言うお風呂屋さんが有ります。
安芸の宮島&ひろしまツーデーウォークは雨の中に行われたので、参加者の中にはゴールして、
平和湯に入って帰られた人も居ました。

じつは、以前このアパート群の中で2台の手押しポンプを見つけていたので、まだあるのではないかと思って、
その後に、くまなく探索していたのにこのポンプを見落としていました。
中矢風呂センターの前の信号を渡り、風呂センターの向かいの道を歩いたのに、前を歩いていなかったのです。
この様に、まだまだ見落としている手押しポンプがあると思いました。
しかし、あまりキョロキョロして、車に撥ねられないようにしなくちゃ・・・。
114.中区基町20番…中矢風呂センター横。
この手押しポンプの位置は
基町の高層アパート群の中を歩いて自宅に帰る途中に、風呂センターの中を覗きながら歩いていたら、
手押しポンプを見つけました。道路際にあります。

114.中区基町20番…中矢風呂センター横。2008/9/22
茶色のペンキが塗られている。ポンプが乗っているコンクリート製の台には6角形の形が抜かれている。
こんな台は始めて見た。
ポンプの台のサンプルなのか?昔は、風呂センターがポンプの販売もやっていたのか?
広島なら津田式を販売するはずなのに?疑問だらけだ。

ポンプのメーカーは丸金?これも始めてみるマークだ。

敷地内だけど道路際に設置して、誰でも使えるようにしてある。しかし、ポンプはパッキンが完全に駄目になっていて、
タバコの空箱が入っていた。

中矢風呂センターの向こうには、市営高層アパートが見える。
市営アパートには浴室はあるが、風呂桶とボイラーは付いていないので、個人で購入して据え付けるようになっている。
だから、この風呂センターが有るのです。
このアパートが建った頃はそうだったが、最近の市営住宅については知りません。
据え付けなくても、この団地の中に平和湯と言うお風呂屋さんが有ります。
安芸の宮島&ひろしまツーデーウォークは雨の中に行われたので、参加者の中にはゴールして、
平和湯に入って帰られた人も居ました。

じつは、以前このアパート群の中で2台の手押しポンプを見つけていたので、まだあるのではないかと思って、
その後に、くまなく探索していたのにこのポンプを見落としていました。
中矢風呂センターの前の信号を渡り、風呂センターの向かいの道を歩いたのに、前を歩いていなかったのです。
この様に、まだまだ見落としている手押しポンプがあると思いました。
しかし、あまりキョロキョロして、車に撥ねられないようにしなくちゃ・・・。
114.中区基町20番…中矢風呂センター横。

以前から、倉敷のマンホールはどんなのか気にかかっていました。特に美観地区はどんなのかと…。
丁度、行く機会があったので、マンホールの写真を撮ってきました。
倉敷のマンホールの代表は下のでした。藤の花は倉敷市の市の花です。

このマンホールが有った所は、美観地区の裏通りで、現在下水道工事中で道路も敷石張りになるでしょう。
この色つきマンホールは少し古い形だと思います。
商店街や駅からのメイン道路の歩道にありました。ここの道はタイル貼りなどになっています。


色つきでないのもありました。 水路のある美観地区には、色つきでないマンホールが埋められています。しぶい!


藤の花だけのマンホールの大型と小型。この色つきは見つからなかった。


この二つは、路地で見つけました。中央は倉敷のクラをデザインした市章。


消火栓の蓋。目立つように色つき。美観地区では見なかった。 これが倉敷市水道局のマスコットなのか?


古い仕切り弁?


駅前のメイン道路に県警のもあった。

美観地区ではマンホールが目立たないように色無しを使うなど、意外と倉敷のマンホールは地味だった。
丁度、行く機会があったので、マンホールの写真を撮ってきました。
倉敷のマンホールの代表は下のでした。藤の花は倉敷市の市の花です。

このマンホールが有った所は、美観地区の裏通りで、現在下水道工事中で道路も敷石張りになるでしょう。
この色つきマンホールは少し古い形だと思います。
商店街や駅からのメイン道路の歩道にありました。ここの道はタイル貼りなどになっています。


色つきでないのもありました。 水路のある美観地区には、色つきでないマンホールが埋められています。しぶい!


藤の花だけのマンホールの大型と小型。この色つきは見つからなかった。


この二つは、路地で見つけました。中央は倉敷のクラをデザインした市章。


消火栓の蓋。目立つように色つき。美観地区では見なかった。 これが倉敷市水道局のマスコットなのか?


古い仕切り弁?


駅前のメイン道路に県警のもあった。

美観地区ではマンホールが目立たないように色無しを使うなど、意外と倉敷のマンホールは地味だった。
この夏に大分県に遊びに行った時に「火の見櫓」を探しました。しかし、中々見つかりませんでした。
大分市の郊外の「天地庵」に蕎麦を食べに行った時、東院公民館の向かいの建物に、半鐘が下がっているのを見つけました。
火の見櫓はありませんが、消防ホースを干す為の2本のコンクリート柱と消防機材庫の2階建ての屋上の物見台と半鐘。
火の見櫓と同じ機能を備えています。

№21.大分県大分市東院…大分市消防団第四方面隊・賀来分団・東院部2008/8/21
場所はここをクリック
半鐘に屋根が付いている。

日田市は天領の古いものを大切に残している町なので、火の見櫓も残っているのではないかと思って探しました。
朝の散歩の時、古い町の隈町をぐるぐる廻りました。
2時間の散歩ぐらいではほんの一部の地区ですので、簡単に見つかるわけはありませんが、
広島の竹原市の町並み保存地区では、短時間で3箇所の火の見櫓を見つけたことがあります。
とうとう、火の見櫓は一台も見つけることは出来ませんでしたが、隈町のはずれで区画整理された広い道路沿いに、
コミュニティ消防センターがありました。

№21.大分県日田市隈町…隈庄手分団コミュニティ消防センター。2008/8/22
場所はここをクリック。
現代風の建物の隈庄手分団の機材庫とコミュニティ消防センター。

消防ホースを乾かす2本のコンクリート柱、その上部に防災用サイレン、スピーカーが設置されている、近代的な火の見櫓でした。

今回は、昔の火の見櫓を見つけることが出来ませんでしたが、大分県内でも何処かに残されていると思います。
機会があったらまた、火の見櫓を探してみたいと思っています。
こんな火の見櫓を見つけたらそう思いますよ。

№1.山口県周南市太刀野地区・・・鶴の里に行く途中に見た風景。2008/1/19
大分市の郊外の「天地庵」に蕎麦を食べに行った時、東院公民館の向かいの建物に、半鐘が下がっているのを見つけました。
火の見櫓はありませんが、消防ホースを干す為の2本のコンクリート柱と消防機材庫の2階建ての屋上の物見台と半鐘。
火の見櫓と同じ機能を備えています。

№21.大分県大分市東院…大分市消防団第四方面隊・賀来分団・東院部2008/8/21

半鐘に屋根が付いている。

日田市は天領の古いものを大切に残している町なので、火の見櫓も残っているのではないかと思って探しました。
朝の散歩の時、古い町の隈町をぐるぐる廻りました。
2時間の散歩ぐらいではほんの一部の地区ですので、簡単に見つかるわけはありませんが、
広島の竹原市の町並み保存地区では、短時間で3箇所の火の見櫓を見つけたことがあります。
とうとう、火の見櫓は一台も見つけることは出来ませんでしたが、隈町のはずれで区画整理された広い道路沿いに、
コミュニティ消防センターがありました。

№21.大分県日田市隈町…隈庄手分団コミュニティ消防センター。2008/8/22

現代風の建物の隈庄手分団の機材庫とコミュニティ消防センター。

消防ホースを乾かす2本のコンクリート柱、その上部に防災用サイレン、スピーカーが設置されている、近代的な火の見櫓でした。

今回は、昔の火の見櫓を見つけることが出来ませんでしたが、大分県内でも何処かに残されていると思います。
機会があったらまた、火の見櫓を探してみたいと思っています。
こんな火の見櫓を見つけたらそう思いますよ。

№1.山口県周南市太刀野地区・・・鶴の里に行く途中に見た風景。2008/1/19
中電病院の裏の道路を歩いていたら、お寺の1階のピロティの向こうに手押しポンプが見えた。
「すみません、ポンプを見せてください。」と言ったが返事が無いので静かに入らせてもらう。

お墓の水場用のポンプだ。
左に立柱栓の蛇口が無いのがあるので、以前は水道水をお墓の水に使っていたが、
何かの理由で手押しポンプに変えたのだろう。
反対に、手押しポンプを水道水に変えるとか、手押しポンプをモーターポンプに変えた所が多いのに・・・。

ポンプはKOYO製だ。
このポンプの形は広島で沢山見ることが出来、広島で昭和35年位まで製造されていた
「津田式・ケーボー号」と同じ形です。
最近、津田さんと言う方の情報でKOYOは、広島のメーカーの津田式ポンプ製造を譲り受け、
現在もKOYOブランドで製造しているとの事。
KOYO:興陽産業製作所 広島市安佐北区下部町5丁目10-13
お墓の水場用の現役です。


お墓の方から見ると、2階建ての本堂が見える。
お寺の名前が分らないので探したら、庫裏の建屋に「曹洞宗・普門寺」と書かれてあった。


手押しポンプ(こんな所に有った)
クリックするとポンプの場所が分ります。
「すみません、ポンプを見せてください。」と言ったが返事が無いので静かに入らせてもらう。

お墓の水場用のポンプだ。
左に立柱栓の蛇口が無いのがあるので、以前は水道水をお墓の水に使っていたが、
何かの理由で手押しポンプに変えたのだろう。
反対に、手押しポンプを水道水に変えるとか、手押しポンプをモーターポンプに変えた所が多いのに・・・。

ポンプはKOYO製だ。
このポンプの形は広島で沢山見ることが出来、広島で昭和35年位まで製造されていた
「津田式・ケーボー号」と同じ形です。
最近、津田さんと言う方の情報でKOYOは、広島のメーカーの津田式ポンプ製造を譲り受け、
現在もKOYOブランドで製造しているとの事。
KOYO:興陽産業製作所 広島市安佐北区下部町5丁目10-13
お墓の水場用の現役です。


お墓の方から見ると、2階建ての本堂が見える。
お寺の名前が分らないので探したら、庫裏の建屋に「曹洞宗・普門寺」と書かれてあった。


手押しポンプ(こんな所に有った)

今日、饒津神社の横の歩道を歩いていて、神社の境内に彼岸花が咲いているのに気づきました。
と言うのは、饒津のガードに行くこの道は久しぶりでした。
最近は、牛田早稲田の我が家から広島駅方面に行く場合は、饒津裏より少し登って牛田第4小学校予定地の横を通るのが、
車の騒音や排気を避けることが出来るのでお気に入りの道になっています。
4~5本程度の彼岸花は、我が家の近くでも見ることが出来ますが、非常に沢山咲いていたのです。
ぐるっと廻って参道を通り、沢山の石碑が有る所に咲いていました。

地面から茎だけが伸びて、その茎に花だけが咲いているのは何か不気味。しかし、その花は怪しい美しさです。怪しいだけに球根には毒がある。

と言うのは、饒津のガードに行くこの道は久しぶりでした。
最近は、牛田早稲田の我が家から広島駅方面に行く場合は、饒津裏より少し登って牛田第4小学校予定地の横を通るのが、
車の騒音や排気を避けることが出来るのでお気に入りの道になっています。
4~5本程度の彼岸花は、我が家の近くでも見ることが出来ますが、非常に沢山咲いていたのです。
ぐるっと廻って参道を通り、沢山の石碑が有る所に咲いていました。

地面から茎だけが伸びて、その茎に花だけが咲いているのは何か不気味。しかし、その花は怪しい美しさです。怪しいだけに球根には毒がある。

9月20日・21日の二日間、安芸の宮島&ひろしまツーデーウォークの大会が宮島と広島市内で開催されました。
私は、20日の午後からと21日に、この大会のスタッフとしてお手伝いをしてきました。
この大会は、(社)日本ウォーキング協会とJWA中国ブロック協議会の主催で、全国各県で行われている
「オールジャパンカップ」と中国地方5県で行われている「中国マーチングリーグ」を継続させるため、
県内の有志と他県からの応援、本部からの後押しに依って開催にこぎつけたのです。
去年までは、福山で開催されていたのですが、今年は開催する広島県内の地方の協会が現われず、
準備期間が無い中Y.Tさんを中心に数少ないボランティアのスタッフの方々が走り回り、準備されたのです。
私は、その大会の当日のみの楽な応援をしてきたのです。
ウォーキング仲間のベテランのY.Tさんをもっとサポートすべきだったと反省しています。
開会式が小雨の中始まりました。
日本ウォーキング協会の役員さんと中国マーチングリーグ会長の挨拶。 雨がだんだん強くなります。雲の様子が怪しい。


開会式は中断。狭いテントに避難。 物凄い雨脚。これぐらいでは中止にならない。
8時からの1時間で24mmの雨が降った様だ。


それでも、少し小降りになったので30kmコースは出発。続いて15kmコースも出発。参加者数は、全部で200人ぐらい。
昨日の宮島では480人だったが、今日はこの雨では辞めた人が多いのだろう。
北は、北海道・青森、南は大分・長崎から事前申し込みは300名以上だった。

10時半頃のテント。多くのスタッフはコース案内、誘導、チェックポイントでの押印、コースリーダー、
アンカー歩行者としてウォーカーが安全にそして楽しく歩ける様に出払っている。

ウォーキングの途中の様子などの写真は写している余裕が無かった。
私も、参加者の手荷物の預かりや預かった荷物が雨に濡れないように移動させたりとバタバタ。
そして、チェックポイントに担当者の送迎などをしてテントに帰る。
大会の横幕。

この後すぐ(10時半)、15kmコースの最初人がゴール。次々と雨でびっしょりとなりながら帰ってこられました。
そして、最後は30kmコースの女性の方が2時過ぎに無事ゴールされました。
第1回目の大会で、準備時間が無い中を開催にこぎつけ、事故も無く無事大会が終了したが、
参加者の中には、この雨の中楽しく歩けたし、来年も必ず開催してくれと言われる人も居られ有難かった。
又、本部の方には、来年は参加者1000名を目標にやりましょうと激励され、大成功で終了した。

スタッフで参加した感想は、「大会で40kmを歩いた方が楽だ」!!!
私は、20日の午後からと21日に、この大会のスタッフとしてお手伝いをしてきました。
この大会は、(社)日本ウォーキング協会とJWA中国ブロック協議会の主催で、全国各県で行われている
「オールジャパンカップ」と中国地方5県で行われている「中国マーチングリーグ」を継続させるため、
県内の有志と他県からの応援、本部からの後押しに依って開催にこぎつけたのです。
去年までは、福山で開催されていたのですが、今年は開催する広島県内の地方の協会が現われず、
準備期間が無い中Y.Tさんを中心に数少ないボランティアのスタッフの方々が走り回り、準備されたのです。
私は、その大会の当日のみの楽な応援をしてきたのです。
ウォーキング仲間のベテランのY.Tさんをもっとサポートすべきだったと反省しています。
開会式が小雨の中始まりました。
日本ウォーキング協会の役員さんと中国マーチングリーグ会長の挨拶。 雨がだんだん強くなります。雲の様子が怪しい。


開会式は中断。狭いテントに避難。 物凄い雨脚。これぐらいでは中止にならない。
8時からの1時間で24mmの雨が降った様だ。


それでも、少し小降りになったので30kmコースは出発。続いて15kmコースも出発。参加者数は、全部で200人ぐらい。
昨日の宮島では480人だったが、今日はこの雨では辞めた人が多いのだろう。
北は、北海道・青森、南は大分・長崎から事前申し込みは300名以上だった。

10時半頃のテント。多くのスタッフはコース案内、誘導、チェックポイントでの押印、コースリーダー、
アンカー歩行者としてウォーカーが安全にそして楽しく歩ける様に出払っている。

ウォーキングの途中の様子などの写真は写している余裕が無かった。
私も、参加者の手荷物の預かりや預かった荷物が雨に濡れないように移動させたりとバタバタ。
そして、チェックポイントに担当者の送迎などをしてテントに帰る。
大会の横幕。

この後すぐ(10時半)、15kmコースの最初人がゴール。次々と雨でびっしょりとなりながら帰ってこられました。
そして、最後は30kmコースの女性の方が2時過ぎに無事ゴールされました。
第1回目の大会で、準備時間が無い中を開催にこぎつけ、事故も無く無事大会が終了したが、
参加者の中には、この雨の中楽しく歩けたし、来年も必ず開催してくれと言われる人も居られ有難かった。
又、本部の方には、来年は参加者1000名を目標にやりましょうと激励され、大成功で終了した。

スタッフで参加した感想は、「大会で40kmを歩いた方が楽だ」!!!