五代目柳家小さんの噺、「粗忽長屋(そこつながや)」によると。
浅草境内の仁王門を抜けると人だかりがしていた。
中は「行き倒れ」だと言う(猿回しではなかった)。
大きな人垣の股ぐらをくぐって最前列に出た。
世話役さんがコモの中の倒れた人を見せると、
「起きなよ。みんなが見ているから。・・・『生き倒れ』だと思ったら、『死に倒れ』じゃないか」。
顔を見ると隣人の熊さんそっくりであった。
引き取り手が見つかって良かったと世話役さんは一安心。
「私が引き取るより、身より頼りがないので本人を連れてくる。朝出掛けに気分が悪いと言っていたので、本人でしょう。」、
「いえ、これは昨夜から倒れていたので、人違いです」。
「人違いかどうか、本人を連れてくるので、一番確かな本人に渡してやってもらいたい」。
長屋に戻って、熊さんに事の次第を告げると、
「そんな気がしないよ」、
「お前はな、昨日の晩に死んでいるんだよ。夜何をしていた」。
「気味の悪い事言うなよ。吉原から酔って浅草寺の境内を抜けたのは知っているが、その後の記憶がない」、
「ほれみろ。それが証拠だ!気分が悪くなって浅草寺で倒れて、死んだのも分からず帰ってきたんだよ」。
「それでかな~、今朝は気分が悪い」。
「それで浅草に行くんだよ」、
「なんで?」、
「じぶんの死骸を引き取りに」、
「今更、これが私だなんて、恥ずかしくて言えない」、
「当人が行って、当人を引き取るのに何が恥ずかしい。だから俺も付いて行くよ」。
「そうかな?」、
「早く行かないと、別の人にお前を持って行かれるぞ」。
「どけどけ。当人が来たんだ」。
「また来たよ。違っていただろう」、
「当人に聞いたら良く分からないと強情を張っていましたが、話をすると気分が悪いので、そうかも知れないと気が付きました」。
世話役さんに挨拶して、熊さんは本人に対面した。
「汚い顔だし、顔が長いよ」、
「一晩夜露に当たったからだろぅ」、
「よ~ぉ、これは俺だ。やい!俺め!なんて浅ましい姿になって。これなら旨いものをもっと食っておけば良かった」。
二人して本人を担ぎ出そうとして、抱き上げると、
「う~~ん、兄貴、分かんなくなっちゃった。抱かれているのは確かに俺なんだが、抱いている俺はいったい誰なんだろう」。
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