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桂枝雀 始 末 の 極 意

2015年10月14日 | 落語・民話


始 末 の 極 意

【主な登場人物】
 わけの分かったような分からんような二人(ふたぁり)

【事の成り行き】
 昨年秋にADSLを導入して、NET回線繋ぎっぱなし状態になってます。
といいましても、電気代がもったいないのでモデムとPCの電源は使うとき
にしか入れません。モデムの電気代なんていうのはたいしたこと無いですけ
ど、PCの電気代は結構目に見えます。

 17インチモニタ、700Mhzのマシンで約100W。1時間約2円として1日20円、
1か月600円、年間7,200円の計算です。

 どうしてこんな細かな計算を? 仮隠居生活というのは収入ゼロで蓄えを
食い潰していくわけですから、自然と家計に細かくならざるを得ないのです。
有り余る自由時間を得た代償とでもいうんでしょうか。

 しかし、これが体質に合っていたのか、細かな計算をして始末に心がける
ことに苦痛を覚えるどころか、小さな喜びを見出すことがあるのにはちょっ
と複雑なマゾ快感……、がないとも限らんなぁ。

 ほとんどの時間を家で過ごすようになると、昼間事務所に出ていた頃に比
べ光熱費の支出が倍増するであろう、これは容易に想像できます。そこで、
電気代については間接照明を白熱電灯から蛍光灯に変更。昼間はカーテンを
大きく開けて自然光を取り込む。見もしないのにつけていたテレビはスイッ
チオフ。

 暖房はエアコンとガスヒーターを比較して体感温度が高いガスをメインに、
室内温度を21度、ホットカーペットを導入して足下を暖めることで頭寒足熱
の原則どおり、従前よりも快適な生活が送れるようになりました。

 この冬12月~2月、三か月の電気代・ガス代を前年度と比較してみると、
さて、どれだけの支出増で済んだか? 皆さん驚いてはいけません、何と増
どころか1割ほど少なくて済んだのです。「始末」をバカにしてはいけませ
ん。苦痛を伴わない合理的な節約を見付け出す過程で、いかに「無駄」が多
いかに気付きます。けど、日本経済のためにはなりません。(2002/03/17)

             * * * * *

■さぁさ、こっち入り

●へ、上げてもらいますのんです

■こないだ始末についてお前(ま)はんにいろいろ言ぅてやったんやが、どや、やってるかいな?
始末ちゅうこと

●へぇ、やってます。わたしもねぇ始末、倹約、質素、簡略、
そぉいぅことにつきましては人にひけ取らんよぉに思てましたんやが、あん
たには恐れ入りましたなぁ。

■恐れ入ったか?

●恐れ入りましたねぇ、いろいろと話聞かしてもらいまして。けど何やねぇ、あ~たの言ぅてなはる始末、倹約、ちょっと危なぁ~いとこがおますねぇ

■わたしの始末に、どこが危ないとこが?

●そぉだんがな、あ~た言ぅてなはった一枚の紙が三通りに使えるちゅう話ねぇ……

■そぉそぉ、あれなぁ。紙に真っ黒けになるまで字ぃ書いてしもたら、じき
にクシャクシャッと丸めて放ってしまう、あんなもったいないことはないで。
字は書けぇでも、ほかのことに使わんかいな。紙っちゅうもんは何も字を書
くためだけのもんじゃありゃせんで。

■これで鼻をかむ、何ぼ真っ黒けでも鼻はかめるやないか。鼻かんださかい
いぅて、またクシャクシャッと丸めて放ってしまうよぉではいかん。これを
裏表よぉ日に当てて乾かして、お便所へ持って行って落とし紙にと……、ホ
ンマにするせんはともかくとして、そぉいぅふぅにものの考え方を広げてい
かにゃいかん。そこらが始末やといぅ話をな。

●そぉそぉ、その話でんがな。わたいね、面白い話聞かしてもろた思いまし
てね、家帰って真っ黒けになるまで書いて、いつもやったらクシャクシャッ
と放るんですけど、始末はここやな、言ぅてはったんここやなっと思いまし
てね、とりあえずそれ、お便所持って行ったんです

■何がいな?

●真っ黒けになって、いつもやったらクシャクシャッと放りまんねんけどね、
始末はここやなっと思て、とりあえずお便所へ持って行ったんでんねん

■違う違う、先鼻かむねん鼻を

●それ間違ごぉて、先お便所へ持って行ったんで
す。これ、裏表よぉお日さんに当てて乾かして、これで鼻が……

■これ、アホなことしないな

●あぁ、危なかった。

■「危なかった」て、危ののぉてかいな。あとさき反対になったらどんなら
んやないか。ものの考え方の幅を広げなはれっちゅう話をしてまんねんで。
そぉいぅふぅに考えると、この世の中は無駄なものは何一つないで

●さよか?

■「さよか?」て、そぉじゃがな。鉛筆の削りカスでもぎょ~さん貯めときゃ
焚き付けになるし、下駄の鼻緒の古いのは羽織の紐に……

●なりますかいな

■なれへんけど、ものの考え方を広げなはれっちゅうんねん

●なるほどねぇ。

●わたし今日ね、あ~たに誉めてもらおと思てね

■何や?

●一本扇子がおまっしゃろ、この扇子を十年の間持たす工夫ちゅうのんちょっと付けてみたんです

■ほぉ、扇子てなもんたいてい三、四年のもんやが、十年持たすか?

●十年持たしまんねん

■どぉするねん?

●まず、こぉ半分だけ広げまんねん。ここらがちょっとしたコツだんなぁ。
ここらがわたしの工夫でっせ。

これを乱暴に扱わんと、丁寧に丁寧に、ゆっくりゆっくり、ふんわりふんわり使いますと、まぁ五年は持ちます。ところが五年も経つと、さすが真っ黒けのボロボロになりますわ。

ホンマやったらこれでおしまいですけど、工夫がつけたぁるちゅうのはあと半分サラがおまっしゃろ。

こっちのサラを出してまた五年。

と、五年と五年で十年がとこ持ちまっしゃろ。

■なるほどなぁ。十年持つっちゅうことは、十年より持たんといぅこっちゃで

●そぉそぉ

■わしやったら、わが身一代と言ぃたいが、孫子の代まで伝えてみせるで

●孫子の代まで? 扇子一本で? どないしまんねん?

■お前らみたいに半分広げる、そこがケチ臭いやないか。ケチと始末は違うっ
ちゅうことを思わないかんで。始末はしてもケチはしてはいかん。半分、と
はケチ臭い。ピャァ~ッと広げるもんなら全部広げんかい。これをこぉ顔の
前に持って来て、扇子は動かさんと顔の方を……

●よぉそんなアホなこと言ぅてなはんなぁ、涼しぃことおまへんやろ

■暑い!暑さが辛抱でけんよぉではとても始末はでけんわい……

●妙な理屈言ぃなはんな。

■おまはん、この頃おかずにどんなもんやってんねん?

●この頃は三度三度塩だ。前はごま塩てなこと言ぅてましたけど、考えたらごまだけ余分なもん
だ、この頃は塩だけだ。これより安いもんまぁおまへんやろ

■塩なぁ……、塩はえぇけどあら減るやろ

●え?

■塩もえぇけど、あら減るやろっちゅうねん?

●当り前でんがな。ウソでもねぶったりしまんねん。何ぞ減らんもんおますか?

■おまはん、梅干やったことないか?

●偉そぉに「梅干やったことないか」て、やりました、あれあきまへんわ。朝皮食べまっしゃろ、昼は実ぃおかず
にしてね、晩はその残った種、口の中放り込んでロレロレロレロレ、何べんも口の中回してでっせ、塩気のないよぉになるまでいて、しまいにパ~ンと二つに割って中の天神さんまで出して食べてもねぇ、一日に一個いぅのは、
これえぇことおませんで、一日に一個は手荒いで。

■そんな贅沢なことしたらあかんがな

●ぜぇたく?

■贅沢や、そんなお大名
みたいな真似したらどんならんなぁ。梅干を食ぅてな、そんな大胆なこと誰
に教わったんじゃ……

●梅干、食いまへんかい?

■「食いまへんか?」て、そんな誤った大胆な考え方は捨てにゃ~ならんぞ。梅干は、ありゃ見るもんじゃ。

●見るもんですか?

■見るもんじゃ。梅干をお皿に一個乗せて前へ置くなぁ、
ご飯とお箸持って、これをグッと睨むんねん「ひょっと、この梅干し口へ放
り込んだら、酸っぱいやろなぁ……」と思てみ、口ん中へ酸っぱ~い唾が湧
くやろ、それおかずにガサガサがさっと……

●アホなこと言ぃなはんな、そないいつもいつも梅干ばっかり睨んでたんでは、段々唾湧かんよぉなりまっせ。

■そらそぉや、人間には慣れっちゅうもんがあるよってにな。いつもいつも
梅干ばっかしじゃいかんぞ、気を変えるためにザクロにしたり、夏ミカンに
したりするが……、やっぱり米の飯には梅干が一番やねぇ

●そんなアホなこと……

■前の家、良かったなぁ

●何です?

■ここへ越してくる前の家、良かったぞ

●何ででんねん?

■隣が鰻屋や。お昼ご飯どきになると、鰻焼くえぇ匂いが
プ~ンとこっち流れて来る、それおかずにガサガサっとやってたが、鰻はいぃ
ねぇ~

●「鰻はいぃねぇ~」って、あ~た匂いでしょ

■匂いかて、鰻の匂いは違うわい。結構や結構や言ぅて、毎日それでご飯食べてたら、月末になっ
たら鰻屋から勘定書きが来た。

●勘定書きが?■そぉや●鰻食べなはった?

■食べへんがな、匂いのかぎ賃やがな。まぁ勘定書き見たら高はわずかやが、匂いのかぎ代としたぁるねん
で。ここのオヤジもケチ臭いやないか、わしが匂いで食べてるとこ見よった
んやなぁ「うちは鰻を焼くえぇ匂いを外へ流して、それでお客の気を引いて
商売が成り立ってんねん。その匂いを無断でズゥズゥ横手から吸われたんで
は商いにさわる。何ぼか払ろてもらいたい」とな。

●ほぉ~、鰻屋のオッサンも考えましたなぁ

■考えよったなぁ

●で、どぉしました?

■まぁしかたがないよってに、財布持って来て、小銭ジャラジャラジャラっとあけた

●払いなはった?

■まぁ聞きぃな。ジャラジャラっとあけた。取ろとするよってに「匂いのかぎ代やから音だけでよかろぉ」ちゅうて、
またなおしてしもた

●あんたの方が一枚上手だっせ

■わしの方が上手じゃ。

●「上手じゃ」言ぅて、梅干睨んだり、鰻の匂いだけでは体がもちまへんで

■そらそや、そんなことばっかりしてたんでは体がもたん、ワシかてたまに
はお汁(つい)の一杯もこしらえて吸ぅぞ

●あ~たのお汁いぅのは、塩をお湯にといたよぉな

■バカなこと言ぅではないぞ。うちのお汁はホンマもんの鰹(かっつぉ)でダシが十分にとってあって、お汁の実には菜っ葉ぐらい浮いてるといぅ、結構なもんじゃ。

●「結構なもん」て、それでは金がかかりまんがな

■それが一文も要らへんねん。やり方教えたろか、教えたってもえぇがよそ行って言ぅてなや。よそ
でやられると、こっちがやりにくなるよってな

●誰にも言わしまへん、言ぅとくなはれ。

■まず、鰹節(かつぶし)の取り方やけどな、近所の鰹節屋へ行って「おい、
使いもんにするねん二、三十欲しぃねんけど、形の変わったん見せてくれへ
んか」こない言ぅねん。向こぉは商売や、亀節やとか長いのんとか短いのん
とか色々出して来よるわいな。

■「何じゃいな、鰹節っちゅうても色々あんねんなぁ。どれにしたらえぇか
いなぁ……、困ったなぁ……、ここで決めてしもてもえぇねんけど、うちの
嬶(かか)がボヤキで『何でうちに相談してくれなんでん』あとでボヤキよん
ねん。どぉしょ~かいなぁ……。済まんけど、うちの嫁はんと相談したいね
ん、家まで持って来てくれるか?」

■向こぉは商売や「これこれ、お供しなはれ」ちゅうて、丁稚さんが風呂敷
首へ括りつけて。これを家の前まで連れて行って「おいお咲、こないだ言ぅ
てた鰹節の一件やけどな、使いもんにしょ~言ぅてた一件、おいお咲、お咲。
なんじゃ留守かいな、せっかく来てもろてんけど留守や、最前も言ぅたよぉ
にうちの嬶ボヤキやよってなぁ、ここで決めてもえぇねんけど、あとでゴジャ
ゴジャ言われるのんかなんねん。うちのやつと相談するよってにとりあえず
預からしてんか」

■と、家は分かったぁるねん「よろしおます」ちゅうて、この丁稚さん帰ってしまう、あとに残ったこの鰹節や

●鰹節……

■欠いたり削ったりしたらあかんで、形が変わってしまうで。これ、まるのまま鍋ん中へバ~ンと放り込
むねん。下からグラグラ、グラグラッ……、もぉダシが十分に出るところま
で炊いてな、ダシが出たらそぉ~っと取り出して火鉢の灰の中へうずめるね
ん。これが心得ごとやで。水気が取れたら軒下へぶら下げて乾かす。乾いた
ら荒縄か何かでゴシゴシっとこすってみ、ピカッと光ってサラと見分けがつ
かんよぉになるで。

■明くる日「あのぉ~、きのうの鰹節どないなりました?」と鰹節屋が来る
「済まん、堪忍して。うちの嬶留守やったやろ、どこ行きよったんか思たら
鰹節買いに行とったんやないかいな。夫婦(みょ~と)の考えることちゅうた
ら似たよぉなこっちゃなぁ。向こぉの鰹節屋、遠い方の鰹節屋やろ、向こぉ
断るっちゅうわけにいかんねん。今回はとりあえず向こぉのん使うよってに、
今度何ぞ埋め合わせするよってに、今日のところはこれ持って帰っといてん
か。親っさんにあんじょ~言ぅといてや」ちゅうて持って帰らす。

■向こぉ、またほかの人に売るさかい別に損はかけんわなぁ

●店に損はかけんか知らんけど、この鰹節買ぉた人はどぉなります?

■買ぉたやつは災難や
なぁ、ダシも何も出んわ

●えげつないことしまんなぁ。で、菜っ葉の方は?

■朝早よぉ起きんねで、朝早よぉ起きるといぅことは体にもえぇこっちゃ。
土間へさしてムシロ二枚ほど敷ぃとく、なるたけよぉ乾いてケバケバッと毛
羽立ってるやつがえぇなぁ。八百屋やとか店屋で買ぉたらあかんで、近所の
お百姓が間引き菜かなんか、肩ギィ~シギィ~シいわしながら売りに来る、
こいつ呼び止めんねん。

■「うぉ~い、うち家内が多いねん、それみなもらおと思うねんけど何ぼに
しといてくれる?」「へぇ、みな買ぉてくれはんねんやったら、お安ぅ願ご
ときま」「ほな何ぼや?」「そぉでんなぁ、五十銭いただきまひょか」「五
十銭か、えぇ値やなぁ。それはえぇとして、それ中までえぇ菜ぁか?」「当
り前でんがな、ややこしぃよぉなん持って来たりしますかいな」「そぉか、
いっぺんムシロの上へぶっちゃけてみ」「よろしおます」ガサァ~ッとぶっ
ちゃけよる。

■「なるほど、こら中までみなえぇ菜ぁや」「採りたてだっせ」「採りたて
やなぁ、結構やなぁ……、五十銭なぁ……、言ぃ値で買うっちゅうのんオモ
ロないやないか、何ぼか負からんかい?」「朝商いのこってす、少々のこと
なら負けさしてもらいま」「そぉか、ほな五銭でどや?」「何です?」「五
銭でどやねん、ちゅうねん」「何とおっしゃる?」「五銭でどやっちゅうね
ん」

■「あぁ、分かりました。五十銭から五銭引かしてもらいます。ほな四十五
銭で」「違う違う、五十銭から四十五銭引いて、五銭でどぉやちゅうねん」
言ぅたら、向こぉ怒るで

●そら怒りますわいな。

■「バカにしなはんな、盗んで来た菜ぁでもそんな値段で売られへんわい」
バァ~ッと押し込んでダァ~ッと出て行く。それ、もぉいっぺん呼び止める
「おぉ~~い、待った待った。何をしてんねんな、今言ぅたん冗談やないか、
嘘やないかいな。もらうっちゅうたらホンマにもらうねん、もぉいっぺんこっ
ち戻っといで」

■「朝商い忙しまんねん大将、なぶらんよぉにしとくなはれ」「なぶるもな
ぶらんも、あんなこと本気にする方がおかしぃやないかいな。もらうっちゅ
うたらホンマにもらうねん。もぉいっぺんこれへぶっちゃけてみ」もぉ一枚
のムシロの方へガサァ~ッ、ガサァ~ッ。

■「なるほど、見れば見るほどえぇ菜やなぁ。いま五銭ちゅうたん、あら殺
生や。むかついたやろ? むかついて当り前や、色付けよ。けど何やで、わ
しも男やで、色付けるとなったら二割増しの三割増しの、そんなケチなこと
は言わんねで」「当り前だんがな、五銭の二割増し、三割増して何ぼになり
まんねん」「そこじゃ、ポ~ンと倍に買ぉて十銭でどや?」

■今度はもぉ、ものも言わんぞ。こっちを怖い顔でグゥ~ッと睨んでたかと
思うと「覚えてけつかれぇ~ッ!」ダァ~ッ……。人間、腹立てたら損やっ
ちゅうのはこのこっちゃで、ムシロがよぉ乾いてケバケバ毛羽立ったぁるや
ろ、そこらじゅ~一杯に菜ぁがこびり付いたぁるで。それを一枚一枚、丹念
に拾い集めても、まぁ三日や四日の汁の実には事欠かんねぇ。

●えらいことしまんねやなぁ、そんなことしてひとつ間違ごぉたらたら、棒
でゴンといかれまっせ

■そんなもん、棒でゴンといかれてコブでもでけたら
「今日もまた、身が増えたなぁ」とでも思わな、始末はできんわい

●あんたの始末、命懸けだんなぁ。

■こんなことでびっくりしてたらあかんで。この前なんか一銭玉二枚、金高
にして二銭の金持って住吉っさんへご参詣して、四社(ししゃ)の社ことごと
くお賽銭上げて回って、帰りに買いもんのひとつもして、空の煙草入れに煙
草を一杯詰めて、尻から煙の出るほど煙草を吸ぅて、ご飯よばれて、その上
まだ土産までもろて帰ったちゅうのん、こんなんどや?

●ひ、ひぇ~っ、そんなんできますのんですか?

■できるかできんか、まぁわしの話聞ぃてみぃ……。住吉っさん、近所やさかいチョイチョイお詣りさ
してもらう。お賽銭、こら上げるべきもんやなぁ、お詣りをしましたといぅ
しるしやよってな。まずこの一銭玉二枚のうちの一枚、これを四社の社の賽
銭箱、中へ放り込んだらあかんで、こぉ横へ乗せてポンポン、拝んだら「お
下がり頂戴いたします」ちゅうて、次へ行く。乗せては拝み、乗せては拝み、
しまいに本社の賽銭箱、今度は景気よぉビャ~ッと放り込んで「ご一統さん
に」

●え?

■ご一統さんに

●ごいっとぉさん?

■「みなさんで」ちゅうて「どぉぞみなさんで」そこは神さんのこっちゃさかい、喧嘩もせんとあんじょ~分
けはるやろ。さて、あとに残った一銭玉、これにもの言わすねんで。

■裏手へ出ると駄菓子屋がある、一銭出すとこんな大ぉきなどんぐりの飴を
一つか二つ紙に包んでくれる、これ食べてしもたらあかんで。そこらに遊ん
でる子どもの中で、なるたけ躾のよぉ行き届いてそぉな、賢そぉな好衆(えぇ
し)の坊(ぼん)見付けて「ボンボン、これ上げまひょ」ちゅうて、なんの気
なしにやんねん。この眼(がん)の付けよぉ間違ごぉたら元も子もないで。えぇ
しの子にやらなあかんねで。

■えぇしの子やさかいに、その場で口に放り込むてなことはせんと、いっぺ
ん家へ見せに帰りよる。そのあとを見え隠れに付けて行く。家の前で「これ、
よそのオッチャンにもろたんや」と言ぅてるとこへ、ちょ~ど通り合わすよぉ
に行かんならん。ここの呼吸難しぃで。子どもが見付けて「あのオッチャン
や」と言ぅてくれたらこっちのもんや。

■母親見て放っとけんわ「これわこれわ、どこのお方や存じませんけれども、
うちの健一が結構なものを頂戴いたしましたそぉで」「何をおっしゃる、ア
ホらしもない、お宅のお子さんですかいな。あんまり可愛(かい)らしぃよっ
てに、ついつい手が出てしまいましてん」「さよか、ありがとぉございまし
た。今日は住吉っさんへご参詣? まぁ、ご信心なこって。わたしとこ、こ
こですねんわ。よろしかったら、ちょっと一服していかはったら?」

■「さよか、実は朝から出て、足がくたびれてまんねん。えらい済んまへん
なぁ、ちょっとだけ一服さいてもらいます」「どぉぞ、どぉぞ」ちゅうて玄
関へ座り込む。座布団が出る、煙草盆が出る、お茶が出る、まぁお茶菓子ぐ
らいは出るわいな。

■「おおき、ありがと、済んまへん」てなこと言ぃながら懐から煙草入れを
出す。中が空やっちゅうことはよぉ分かったぁる、それを相手に見せながら
「煙草切らしてしもたなぁ、ご近所に煙草屋さんわ?」「まぁ、煙草だすか
いな? うちのが吸いますので、お口に合うかどぉか存じませんねんけど、
こんなんでよろしかったらどぉぞ」

■「さよか、煙草のみが煙草切らしたらかないまへんねん。さよか、ほな一
服だけ頂戴いたします」ちゅうて煙草に火ぃをつけてお茶のお替りを言ぅ。
向こぉが台所へお茶を替えに立ってるすきに、空の煙草入れへごっそりと煙
草を入れて、刻み煙草やさかい、あとふわぁ~ふわぁ~とさしとく。入れて
しもたらなおしてしもたらえぇがな、吸ぅのはせんど向こぉのん吸ぅたらえぇ
ねやよってね。

■お茶を飲んでは煙草を吸い、煙草を吸ぅてはお茶菓子をつまみ、ゴジャゴ
ジャしてるうちに時分どきになる、そこの亭主が仕事先から帰って来る。見
知らん人が玄関に座ってる「どなたはんや?」てな顔しよる「あんたからも
お礼言ぅとくなはれ、うちの健一がえらい結構なもん頂戴いたしまして」親
父まさか飴玉二つ、三つと思わんで「これわこれわ、うちの坊主が結構なも
んを頂戴いたしましたそぉで」

■「何おっしゃる、礼言ぅてもろたら損がいきます。ほんのお裾分けだんが
な。しかし感心しまんなぁ、うちらの坊主やみな、よそでものもろてもじき
にその場で口放り込みよります。それがどぉです、お宅のボンボン、ちゃ~
んとこぉしていっぺん親御に見せに帰んなはる。なかなか躾のよぉ行き届い
た可愛らしぃ、賢い、結構な、えぇボンボンでんなぁ」ちゅうて、頭のひと
つも撫ぜてみぃな、子どもを誉められて嫌がる親ないで。

■「何をおっしゃる、しょ~もない、腕白小僧でんがな。何が躾のよぉ行き
届いた、何が賢い、何が……。何してんねん、時分どきやないか気の利かん
やっちゃなぁ、お茶漬けでも出さんかい」と、こぉなるやろがな

●なりますか?

■「なりますか?」て、なるよぉに持って行かなあけへんやないか。

■そこは、初めてのうちやで「何をおっしゃっとくなはる、初めて寄してい
ただきまして、ご飯までいただては、それではあんまり……」「いやいや、
これをご縁にちょいちょい」「いえ、あぁ、そぉですか」と上がり込むなぁ。

●なぁ……、そこら、だいぶ厚かましぃいきまんねんなぁ

■こんなん、いっぺん切っ掛けはずしたら、二度と言ぅてくれへんよって、そこはえぇよぉに
上がり込む。まぁ、急場のこっちゃでご馳走(ごっつぉ)はないで、ご馳走は
ないけれども贅沢さえ言わなんだら「晩飯は食わいでもえぇ」といぅほどしっ
かりとお腹へ詰め込む。

■さてここで、何ぼ無いないと言ぅてもどこにでもあんのがお漬けもんや。
ことにあの辺のえぇしは家で独特のもんを漬けてるよって、これを三切れほ
ど残しといて、懐から紙切れを取り出して相手に見えるよぉな見えんよぉな、
見えんよぉな見えるよぉな要領で包みかけると「どぉぞそのまま、決して汚
いと思えしまへんので」

■「汚いとかもったいないと思て、こぉしてんのと違いまんがな。これお宅
でお漬けになったお漬けもん? そぉでっしゃろ、味が違います。いぃえぇ、
店屋で買ぉてはこぉはいきまへん。うちの嬶も漬けまんねんけど、ぶせぇ~
くなやつでね、どないぞしたら腐らしてしもたりしよりまんねんで。今日は
これをもろて帰って『漬けもんといぅもんはこぉいぅふぅにして漬けんのん
じゃ!』いっぺん頂かしてやりたいと思てまんねん」

■「まぁまぁ、妙なものがお気に入りました。そんなら持って去(い)んでく
ださい。まだぎょ~さんおまんねわ。お清、五、六本包んだげなはれ」と、
土産がでけたやろ。

●わ、わ、わ~っ。えらいもんだんなぁ……。感心も得心もしましたなぁ。
けど、何だっしゃろなぁ、わたし思いますのに、やっぱり始末には肝心かな
め、これっちゅう極意のよぉなもんがあんのと違いますか?

■偉いッ!

●ビックリしまんがな、大きな声出しなはんな

■おまはんは偉い、いま言ぅたよぉなことは枝葉のことじゃ。ホンマの始末は肝心かなめ、これといぅ極
意があるなぁ

●どぉだっしゃろ、その極意、わたいに教えてもらわれしまへんやろかなぁ?

■おまはんは見込みがあるよって教えてあげる。日が暮れになったらもっぺんおいなはれ

●さよか、お頼の申します。

 面白い男があったもんで、始末の極意といぅのを授かろぉといぅわけで、
日が暮れてやってまいります。

             * * * * *

●(トントントン)ちょっと開けとくなはれ、(トントントン)ちょっと開けとくなはれ

■これ、そぉドンドン叩いたらあかん、表の戸ぉが傷む。掛け金はかかってないで、開けて入っといなはれ。ひ、引きずったらあかん、戸ぉはソォ~ッと持ち上げて、摺ったらいかん。

●さよか……、イョットショッと。こんばぁ~~ん……、あらぁ~真っ暗けやなぁ。あんた、電気つけまへんのか?

■電気といぅよぉな、そんなもったいないもんは使わんぞ。人間といぅもんは昼明るい時に動いて、暗ろなったら寝てしもたらえぇねんやよって、電気やみな要らん。

●あんた、どこに居はるか分からしまへんで

■こっちやこっち、手ぇ叩いたろ(パンパン)、どや、分かるか?

 (パンパン)音のする方へ

●分かりました、えらいもんです、目が慣れてきました……。

え? あんた何ですかいな、着物着てまへんのか?

■着物てなもったいないもん着るかい。家に居る時は年中裸や。表でも裸で行きたいけど、表うるさいよってとりあえず着てるけど、家の中は裸や

●裸て、あんた寒(さぶ)いことおまへんか?

■何の寒いことあるかい、わしが今座ってるとこへこぉして座ったら、寒中でも汗が出るがな。今でも汗出たぁる。

●ホンマですかいな? まだそんな陽気やおまへんで、肌寒いんでっせ……、

あ、ホンマや。ジト~ッと汗ばんでまんなぁ

■どぉ~じゃ

●下にコタツか何か?

■アホなこと言ぃな、わしのコタツ頭の上や

●おわッ! 何だんねん、あれ?

■庭石の大きぃやつが縄でくくってぶら下げてあんねん。ヒョッとあの縄が切れて、あの石が落ちてけぇへんかと思うと、寒中でもタラァ~タラ。

●こっちおいなはれ、ケガしまっせホンマに

■庭へ出なはれ、庭へ

●庭へ?わたい、何も植木のお手伝いに来たわけやおまへんねん

■分かったぁる、庭へ出て始末の極意をな

●へ、始末の極意……。履きもん、履きもん……、
履きもんが見えんなぁ、明かりおまへんか?

■うちゃ、明かりない言ぅてるやないか

●履きもんが見当たりまへんねんけどなぁ

■ちょっと見えたらえぇのんか? お前の前に木槌がぶら下がってるやろ、それうちの明かりや

●え? 木槌が……、何だんねん?

■お前の目ぇと目ぇの間、バ~ンとひとつどつき

●そんなことしたら、目ぇから火ぃが出まっせ

■それで捜すねん。

●アホなこと言ぃなはんな……。ほぉ、結構なお庭でなぁ

■そこに梯子があるやろ、それこっち持って来てそこの松の木に。オッと、長いもん振りまわさんよぉに気ぃ付けて。掛けたら上がんねんで。横手へさしてシュ~ッと伸
びてる枝があるやろ、それへさしてブラァ~ンとぶら下がんなはれ。

●もし、こんなことと始末の極意と何の関係がおまんねん?

■黙ってなはれ、いま始末の極意教えたげる、黙ってなはれ。
一生懸命やらんとケガするで。
まず、左の手ぇ離しなはれ

●左の手ぇ……、離しました

■離した? 落ちたらケガするで、今度は小指をそっと離しなはれ、小指を。

●小指ですか……? 離しました、離しました

■離したか? 今度は、薬指をそっと離しなはれ

●薬指を? 離しました、離しました

■しっかり持ってなはれや、落ちたらケガするで。今度は高々指、離しなはれ

●……、でけるかいなぁ……、離しました、離しました

■今度は人差し指を離しなはれ。

●あ、アホなこと言ぃなはんな。こんなもんが離せますかいな

■よぉ離さんか?

●こ、こればっかりは、よぉ離さん!

■離すなよぉ~、これ離さんのが「始末の極意」や。


【さげ】
      


【プロパティ】
 サラ=新しいこと。強めてサラッピン。
 ねぶる=舐める。
 亀節=ふつう鰹節は一匹から雄節二、雌節二を取るが、小さい鰹を三枚に
   下ろして二つ取りしたものを亀の甲に擬してこう呼ぶ。血合いに小骨
   があるので値は安い。
 雄節=鰹の背側の肉で作った鰹節。背節。
 雌節=鰹の腹側の肉で作った鰹節。
 間引き菜=ダイコン・カブ・ハクサイ・コマツナなどの、間引いた若菜。
   汁の実・浸し物などにする。つまみ菜。
 住吉っさん=大阪市住吉区にある神社。底筒男命(そこつつのおのみこと)・
   中筒男命・表筒男命・神功皇后をまつる(四社(ししゃ)の社)。現在で
   は住吉大社と改称。
 ドングリの飴=「鉄砲玉」という五厘~一銭の飴玉のことを、その形が似
   ていることからドングリと呼んだ。商標ではない。
 好衆(えぇし)=両家の分限者。
 分限者(ぶげんしゃ)=金持ち。財産家。ぶんげんしゃ。
 アホらしもない=アホらしいことが無い、のではなく「ない」は切ない、
   せわしないなどと同様、甚だしい意。
 時分どき=食事の時間帯。
 ぶせぇ~く=不細工:不出来・不手際・無様・体裁の悪いこと。また、不
   器量。
 どつく=打つ・殴る・小突き回す。胴突くか?
 音源:桂枝雀 1982/07/25 枝雀寄席(ABC)

 

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