好事家の世迷言。

調べたがり屋の生存報告。シティーハンターとADV全般の話題が主。※只今、家族の介護問題が発生中です。あしからず。

事件224『探偵事務所籠城事件』(第73・74巻)考察。

2014-04-27 | 『名探偵コナン』原作考察
探偵事務所で事実上、立てこもり犯の人質となった蘭・小五郎・世良の三人。
彼らの前に突きつけられた事件のカギとなるのは、ネットツールであるツイッターだ。
こうして、次々とアイディアを得ていく作者の貪欲さには、純粋に頭が下がる。

蘭と世良との関係についても興味深い。
彼女らは二人とも、「自分が生き延びる」事は容易だ。
しかし、その先の考えが、それぞれ違う。

「犯人を殺し、他の全員を確実に救う」と考える世良と、
「犯人をも生かし、他の全員を危険に晒しながらも足掻く」と考える蘭。

この二つの考えは、どちらが正しいとも言えない。
「正義とは何か」という哲学的な問いと言える。
因みに私個人は、基本的には世良の考えに近いが、少年漫画的には蘭の考えを尊重したい。

ただ、出来れば蘭には、『網にかかった謎』の時のように、
貫く「正義」を自分の言葉で語ってほしかった。
あの言い方だと、新一への責任転嫁になりかねないように思える。

そしてやっぱりこの事件でも、コナンの言動に危機感がない。
少年探偵団の前で無防備に声変えて、世良たちと会話してる様は、
シリアスに徹するかギャグで流すかどっちかにしろと言いたくなる。主に作者に。

また、記憶力に優れているはずのコナン曰く、
「知り合いの誰かに似てて」「どっかで会った気がする」
というご都合主義にも閉口せざるを得ない。
かつてキールが昏睡した時のように、物語は無限に続けられる状態に陥っているのだ。

それでは。また次回。
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