――――― 第 6 場 ―――――
俄に嵐がやってくる様子。風雨の吹き荒れる
音が、段々と大きくなり、船が不気味に軋む。
フェード・インする。と、船室。
(中央に一つの小さなタンス。)
中央に、手を組み不安気に佇むエンゼル。
側にヘンリー立つ。
ヘンリー「雨風が酷くなってきましたね・・・。」
エンゼル「・・・ええ・・・」
ヘンリー「(微笑んで。)そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。この
船は、そこら辺のボートやヨットなんかとは違いますか
らね。ちょっとやそっとで沈んだりしませんよ。それより
も僕は、明日の豪華な船上結婚式に、響きゃあしない
かと、その方が心配ですよ。我々の門出は、皆に盛大
に祝ってもらいたいですからね。(笑う。)」
エンゼル「・・・折角来て下さった、お客様達は大丈夫かしら・・・。
」
ヘンリー「屹度、心配には及ばないでしょう。今夜は皆、嵐のこと
など気にも止めないで、楽しんでいるでしょうから。この
船には、バーにプールに映画館、ビリヤード・・・ありと
あらゆる娯楽施設が整っていると言うのに、自分の部
屋へ閉じ籠って、嵐に脅えているのは馬鹿馬鹿しいで
しよう?」
エンゼル「・・・どうぞ私のことは構いませんから、皆さんと一緒に
楽しんでいらして下さい・・・。」
ヘンリー「僕が風雨に脅えている、可愛い花嫁を独りぼっちにし
て行くと思いますか?それは僕としては、些か心外だ
な。僕は紳士ですからね。」
エンゼル「・・・あなたは・・・私のことを、如何思っていらっしゃる
のですか・・・?」
ヘンリー「(少し驚いたように、エンゼルを見る。)つまらない・・・
質問ですね・・・。」
エンゼル「・・・愛して下さっているのですか・・・?」
ヘンリー「あなたは如何なのです?」
エンゼル「・・・私は・・・」
ヘンリー「所詮、結婚とはそう言うものです。愛しているとかいな
いとか・・・そう言うのは疲れるだけでしょう?もっと割
り切りましょう。私達のこれからの生活に、何の苦労も
ないのですから・・・。何か楽しみを見つけることです。
趣味とか・・・時には恋をするのも悪くない・・・。」
エンゼル「え・・・?」
ヘンリー「秩序ある大人の行動を守って頂けるのなら、好きな
男性がいたって構いやしません。心は其々自由なの
ですから。」
エンゼル「・・・あなたにも・・・そう言った、お相手がいらっしゃる
のですか・・・?」
ヘンリー「今のところはいません。しかし、僕も一人の健康な男
性ですからね。」
エンゼル「(何か落胆した面持ちで、ヘンリーを見詰める。)」
ヘンリー「(エンゼルを見て。)あの時、僕はハッキリと言った筈
です。結婚イコールビジネスだと。よく、そのことを考
えたうえで、あなたは今ここに、こうして明日に結婚を
控えた幸せな女性として、来ているのだと思っていま
したが・・・。」
その時、室外が俄に騒がしく、人々が何かを
叫んでいるのが聞こえて来る。
ヘンリー「(下手方を見て。)何か騒がしいな・・・。」
外の声「(遠くに。)沈没するぞーっ!!」
ヘンリー「(その声に顔色を変え。)・・・何かただならぬ様子です
ね・・・。少し見て来ます。あなたはここにいて下さい。
いいですね?」
ヘンリー、下手奥へ入る。
エンゼル「(ヘンリーが出て行くのを見ている。出て行くのを見計
らって。)・・・私が考えてるより・・・あの人はもしかした
ら・・・いい人なのかも知れない・・・。でも、私にはそれ
が分からないのです・・・。“恋をしろ”と平気で言って退
ける、あの人の心が分からない・・・。このまま自分を押
さえ込んで、両親の引いてくれたレールの上を、歩き続
けて行くと、私は駄目になってしまう・・・。それは丸で、
生きるしかばね同然の、私にとっては苦痛以外の、何
ものでもないのです・・・。それならばいっそ・・・この手
で、この忌まわしい自分の呪われた運命に、ピリオドを
打つのが、せめて私に残された、唯一の自分の意志に
よる決定・・・。屹度、こんな考えは・・・人から見れば、
ただの私の我が儘・・・。何一つ、自分の意志で決めた
ことのなかった私は・・・自分の人生の・・・最後位・・・
自分で決めたかった・・・。(両手を胸の前で組み、膝を
付き天を仰ぐように。)神様・・・愚かな私をお許し下さい
・・・。神様が、折角お与え下さった命を、自らの手で断
ち切ってしまうことを・・・。けれど、これだけは分かって
欲しいのです。決して神様のお考えに背き、永遠に御
身から遠く離れて行こうとしているのではなく、神様の
足元へ跪く為に・・・お傍へ参り、かしずく為に・・・私は
自分から行くのです・・・。」
エンゼル立ち上がり、台の引き出しから小さな
包みを出し、それに包んであったものを口に含む。
再び引き出しから、短刀を取り出す。
エンゼル「・・・さようなら・・・お父様・・・お母様・・・。さようなら
・・・私が・・・愛したもの達・・・。永遠にもう、私はあな
た達にこの世では会えません・・・。けれど・・・悲しま
ない・・・で・・・。私は・・・今が・・・今・・・この時が・・・
一番・・・幸せなのだから・・・」
エンゼル、短刀を手首に押し当て、切り付けた後
短刀を落とし、ゆっくり倒れる。
エンゼルの声「サヨウナラ・・・」
風雨が、益々激しく吹き荒れるよう。
一時置いて、下手奥よりヘンリー、洋服に
掛った雨雫を払うように登場。
ヘンリー「いやぁ、参りましたよ、外はもの凄い嵐で・・・。何やら
小さなヨットが遭難したようですよ。こちらの船に助け
上げる間もなく、乗員諸共、海の底へ・・・(倒れている
エンゼルを認める。)・・・フランシス、如何しました?
気分でも・・・(言いかけて、ただならぬエンゼルの様子
に、慌てて駆け寄り揺する。)フランシス!?フランシス
!!(抱き起こし、エンゼルの頬を叩く。)フランシス、
一体・・・!?(手首の傷に気付いて、掴み見る。)・・・
これは・・・!!(下に落ちていた短刀を拾い見詰める。
)何故あなたは・・・自分の命を・・・!!」
音楽盛り上がって、紗幕閉まる。
――――― 第 7 場 ―――――
下手より傷心のクリスティーン、その肩を抱く
ようにジョーイ登場。中央へ。
クリスティーン「・・・私のせいだわ・・・。私が彼を行かせたから
・・・。(涙を堪えるように。)」
ジョーイ「馬鹿なことを言うんじゃないよ。」
クリスティーン「でも、ジョーイ!!私がもっと、彼に行かないで
と頼んでたら・・・!!」
ジョーイ「(クリスティーンの肩に手を掛けて。)クリスティーン、
あいつは君にいくら止められたって、行ってたよ。それ
に、それなら俺だって同じじゃないか・・・。あいつの
出発を知ってて、見す見す黙って行かせたんだから
・・・。」
クリスティーン「でも!!」
ジョーイ「いくら言っても・・・もう遅いんだ・・・。」
クリスティーン「じゃあ、ジョーイはこれでよかったと言えるの?
これが私達がすべき、ベストの道だったと言い
切れるの!?」
ジョーイ「クリスティーン・・・いくら君が、ここで悔やんだところで、
あいつが生きて戻って来る訳じゃ・・・(思わず言葉に
詰まる。)俺っだって口惜しい・・・!!あいつを黙って
死なせた自分が許せない・・・!!」
クリスティーン「ジョーイ・・・」
ジョーイ「だけど・・・あの嵐じゃ、どうしょうもなかったんだ・・・。
立ちはだかる自然の猛威の前に・・・あいつはあれ程
憧れ続けた、広大な海に眠ることが出来たんだ・・・。」
クリスティーン「・・・ごめんなさい・・・。あなたを責めたりして・・・。
アレックスが亡くなって辛いのは、あなたも同じな
のに・・・。」
ジョーイ「・・・いいんだ・・・。君に問われたことは、尤もなことな
んだから・・・。」
クリスティーン「・・・何故・・・あの時、別れたりしたのかしら・・・。
アレックスがそう望んだとしても、私は如何して
すんなり受け入れたりしたのかしら・・・。本当は、
彼が待っていてくれと言うなら、何ヶ月だって・・・
何年だって待つつもりだったのに・・・。彼が海へ
出てからも・・・つまらない意地を張って・・・こんな
ことになるなら・・・こんなことに・・・(思わず声を
上げて泣く。)」
ジョーイ、優しくクリスティーンを抱き寄せる。
ジョーイ「・・・俺達は、あいつが残して行った思いを、大切に引
き継いでいかなければならない・・・。あいつの心を
・・・。」
音楽でフェード・アウト。(紗幕開く。)
――――― 第 8 場 ―――――
フェード・インする。と、島。
風が静かに戦ぎ、カモメは遠くに飛び交い、
波が押し寄せる。
中央、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、
後ろを向いて佇むアレックス。エンゼル、その
回りをチョロチョロしている。
ふと、アレックスを気に止め近寄る。
エンゼル「如何したの?」
アレックス「(振り返って。)ずっと考えてた・・・。これから俺が
すべきことを・・・。」
エンゼル「・・・すべきこと・・・?」
アレックス「ああ・・・。」
エンゼル「決まってるじゃない!」
アレックス「え?」
エンゼル「歩くことよ!」
アレックス「歩く・・・って・・・」
エンゼル、明るく歌う。
“何かが変わりそうな気がする
自分が目指したことへ
ほんの少しだけども
踏み出した今・・・
過去に過ぎ去ったことは
ただ遠い思い出
振り返ることをしないで
このまま進もう
(アレックスの手を取る。)
共に残した足跡は
良しも悪しも確かな道
目の前に広がる真っ直ぐの道も
確かな自分の道
だけど見ているだけじゃ何も始まらない
偶には振り返るのもいいけれど
今は真っ直ぐ突き進もう”
アレックス「(溜め息を吐いて、微笑む。)そんな風に前向きに
考えられるおまえが、如何して自分で自分の命を
終わらせようとしたんだ?もっと他に、解決する方法
なんていくらでもあっただろう・・・?」
エンゼル「あなたが言うように・・・今なら立ち向かって行けたか
も知れない・・・。」
エンゼル、思いを馳せるように、遠くを見遣る。
エンゼル「あの頃の私は・・・自分一人が悲劇のヒロインだった
のね・・・。今考えると、可笑しくなっちゃう・・・。ヘンリ
ーに結婚してからも“好きな相手を見つけろ”なんて言
われて・・・。小さい頃から思い描いてきた、私の理想
の結婚像が、見事に砕け散ったの・・・。結婚イコール
ビジネスだなんて・・・。」
アレックス「・・・エンゼル・・・そうだったのか・・・。軽々しく死を
選ぼうとしたことは、許されることじゃないが・・・何が
あったかを聞きもしないで・・・傷のことに触れたのは
軽率だったな・・・。ご免・・・。」
エンゼル「(首を振り、微笑む。)もう気にしてないわ。あなたに
聞いてもらったお陰で、私の心もスッキリしたし・・・。
あなたに元気づけられたのは、これで2回目よ・・・。
ありがとう・・・。」
アレックス「・・・2回・・・?」
――――― “未来への扉”6へつづく ―――――
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(どら余談^^;)
この作品・・・書いていて気付いたのですが・・・人形劇
などの作品に比べて、随分長いです・・・(^_^;)
一人一人の台詞も長いので、余計に長くなっているの
ですが、頑張ってお付き合い下さい^^;
http://www.geocities.jp/littlepine2005/
http://blogs.yahoo.co.jp/dorapontaaponta
http://blog.goo.ne.jp/axizgoo7227