行政や事業体から提起される新規事業の判断に有効に利用できるモノサシを、我々市民は意識して使うことに慣れる必要がある。そしてモノサシを有効に使うことで、我が国に見られる新規事業があまりに抵抗なくスムーズに進行していってしまう我が社会の悪癖であるツルツル感に、適度なザラツキ感を与えたいものである。そんなモノサシを提起してみたい。JR東海のMaglevの問題を例として。
***
前回のアセアンの話題の最後に、再開発・SDGs・カーボンフットプリントそしてカーボンオフセット・公金の問題の見える化といった話題を取り上げてみたいと記しておきました。
この話題を進めていく上で、JR東海の進めるMaglevの問題を例にとりあげ、世界規模の情報から見つめ直すという作業を行うことで、有効に利用できるモノサシを提起してみたいと思います。
先ず、主題として掲げる“公金”が、JR東海のMaglev(Magnetic Levitation 磁気浮上式列車)に該当するかどうかは、当初JR東海は自前の資金で自身の計画のもと本事業を遂行するとしていたものが、大阪まで延伸する最終完成予定(2045年)を早める目的で、2016年の臨時国会において、鉄道建設・運輸施設整備支援機構法の改正のもと、国の資金の投入が決定していることから、公金に関わる事業として考えても差し支えないと思います。
意識して有効に使いたいモノサシとして今回は、「カーボンフットプリント」と「社会的公正さ」とを先ずは取り上げてみます。「社会的公正さ」のモノサシは説明の必要はないので、カーボンフットプリントについて簡単に説明します。
カーボンフットプリント(Carbon Footprint:今後はCFと略す)という言葉は2007年英国で始まったとされ、スーパーなどで販売されている食品や日用雑貨品に対して、各商品のライフサイクル(原料調達段階・工場での製造段階・トラック等を使用する流通段階・消費者が購入し使用する実態・そして廃棄段階まで)において、それぞれの段階で発生すると予測されるCO2をふくむ温暖化効果ガス(Green House Gas:今後はGHGと略す)排出量を測定または計算して得られる各段階の排出量を総和した数字であり、各商品が内包して持っているGHG排出量の絶対値を示すものである。当然ながらスーパーや日用品販売店で販売されているものだけでなく、広く人間が行う経済活動行為全般に対してもCFが算出され、情報として提供されていくことが求められることとなる。
即ち、簡単に言うと商品や事業計画の持つGHG排出量を「見える化」する国際的な試みといえ、今後CFがモノサシとし世界市民に使われ、自身の、行政の、各事業体の、そして各国の行動の是非判断をする際の貴重な指標(GHG排出量であるCF値)になって行くだろうと期待されるものである。
従って、ここで話題にするJR東海のMaglev事業全体(構想段階から構造物に必要な資材自体のCF、そして工事現場までの資材運搬から現場での組み立てに要する機械のCFとそれを動かすエネルギー源のCF、そしてその後の営業開始後の操業用エネルギーのCF、そして維持管理にかかるCFと最終的な廃棄時のCFまでを含む)もCFの対象となる。
ここで、JR東海が現在、自身のMaglev事業に関する開示情報として市民へ提示している内容を見ておきたい。
JR東海はMaglevの環境性能の優秀さを印象付ける目的で、同じ速度域の航空機との比較を持ちだし、JR東海のMaglevの1人当たりCO2排出量が航空機の約1/3であるとし、JR東海のMaglevの環境性能の優秀さを謳っている。
また参考として最新型N700系新幹線の1人当たりCO2排出量は航空機の約1/12との情報を提供してJR東海が提供している新幹線ビジネスならびに今回進めている次世代型磁気浮上式列車Maglevの環境面での優越性を市民に植え付けたい心根が透いて見える。
しかし環境性能として求められる情報は航空機に対する相対的優位性のデータだけでは全く不充分である点に注意して欲しい。本当に必要であり求められるのは「JR東海のMaglevが全体として内包して持っているGHG排出量の絶対値、即ちカーボンフットプリント値」なのである。
【しかもJR東海は図らずもMaglevが最新型N700系新幹線に比べて一人当たり4倍のCO2を排出することを、自ら開示している。最新型N700系新幹線で大阪まで2時間27分、一方Maglevで67分とされる。一方は「地上の景色」を眺めつつの移動、Maglevはほぼ「トンネルの中」。「ほんの少しの移動時間の違い(1時間20分)」と「CO2排出量の4倍の違い、即ち、電気を余分に食い散らかす様および温暖化を余計に推し進める様」とを秤にかければ、自ずと大半の人はMaglev中央新幹線でなく従来の東海道新幹線を選ぶのではないか。望ましい資金と資源の使い方は従来の新幹線の維持管理そして、そのレベルアップであろう。しかもコロナ禍でリモート会議・リモート営業の良さが認知される中、相模鉄道は旅客数数十%ダウンを見込む事業計画の見直しをついこのあいだ行っている。MaglevがJR東海のお荷物になり、国民に助けを求める醜態が容易に見えるのだが。この極めて常識と思われる感情がいとも簡単に引っ込まされ、無理筋ではないかという事業がどんどん進行する様が、我が社会が悪癖として持つツルツル感だと思っています。】
ご存じのように、世界は2050年を目途にカーボン排出ネットゼロを目指して産業革命時代前の水準に比べて2℃以内(可能なら1.5℃以内を目指す)に温暖化を抑え込む努力を推進している最中である。
そして購入する商品なり、行う経済行為の持つGHG排出量が「見える化」されつつある現在、我々は個人的にどれだけのCO2を、食を通じて、自身の移動手段の方法を通じて、そして暑さ寒さを凌ぐ自身の生活スタイルを通じて、排出しているかを知ることが可能な時代になってきている。我々はこの「CFの見える化」時代を上手に使い、個人でできるCO2排出量削減の行動を行いつつあるのが現状である(2013年当時には日本の市民一人当たりCO2排出量は10トン強だったのが、現在は8.5トン程)。
我々市民はさらに一歩進んで、行政の、各事業体の、そして各国の行動に対しても、「見える化されたCF」の情報提供を正当な権利として求めていき、そのCFをもとに行政の、各事業体の、そして各国の行動にもっと関心を持つ必要があろう。
このように進んでいる「CFの見える化」時代到来の景色から見ると、JR東海が行っている現在のMaglev事業の情報開示が如何に不充分であり、不満足なものであるかが、ハッキリするだろう。そしてJR東海の事業化へ認可を与えた政府の責任やその責任の所在を追及すべき議会関係者らの責任感の無さも浮かび上がると思う。
我々市民は、これらのモノサシの大切さを意識して有効に使うこと、これらのモノサシから要請される必要な情報は提供させていく、ということに慣れる必要があるだろう。
前書きはここまでにして世界のmaglev事情を知ることで、JR東海のMaglev状況を見つめ直し、彼の国々と我が国との違いを見ていきたいと思います。
世界のmaglev事情を調べようとして見つけた最初の資料がつぎのものです。
CatoInstituteのRandal O´Toole氏が、モノサシとしての「CF」そして「社会的公正さ」を、連邦鉄道局が出したBaltimore-Washington間のMaglev計画に関しての環境影響評価準備書(Draft Environmental Impact Statement: DEIS)に対して、どう使っているかを見ていただきたい。逐次訳ではなく、かなり意訳し編集している点をことわって置きます。
***
Baltimore-Washington間のMaglev計画に関する環境影響評価準備書(DEIS)
CATO Institute Randal O´Toole 2021年5月7日
地球規模の気候変動問題は現代の最重要の環境課題。年間数十億ドルがこの問題の理解ならびに解決の為に使われている。温室効果ガスを削減する政策であると銘打てばいかなる政策も、自動的に良いものだ、とされる状況が背景として米国社会に存在している。
かかる状況下で、Baltimore-Washington間のMaglev計画に関する環境影響評価準備書DEISは出された。この報告書は654ページと長いが、GHG排出に関するMaglevの影響についてはいくつかの簡単な言及があるのみである。
ひとつは、超伝導リニア(Superconducting Maglev:SCMAGLEV)計画は、Maglevに関わる部分からの汚濁物質(pollutant)やGHG排出を増大させる可能性があるが(交通量の多い駅周辺では特に)、maglev以外の他の全ての車両(自動車等を含む)をも含めて地域全体の排出量を考えた場合には、maglev計画はGHG排出量を減少させるだろう、との記載がある。
また、SCMAGLEV計画は、ある種の作業車両を除いて全てが電力で動くことから、SCMAGLEV列車からのGHG排出はゼロである。しかし、SCMAGLEVはその地域の電力消費量を増大させることになる。その増大分による発電施設からのGHG排出は増大する、と記載されているものの、この発電施設からのmaglev向けの電力に対応する予想排出増加量についての記載はDEISに無い。
またmaglevの建設時に発生するCO2排出量が8.4万トンから9.85万トンという記載もある(Washington-Baltimore間の約60kmの距離を想定していると思われる)。
更にDEISはエネルギーに関する章において、自動車・トラック・バスおよび通常の列車を全て合わせてその消費するエネルギーが2045年には、1兆BTUs(British thermal units)を少し越えると予測されるのに対し、maglevは4兆BTUsのエネルギーを消費すると予測している。
Maglevに関するDEIS報告書は建設と運転との両方を慎重に考察しているが、以上にみたとおりGHG排出については「建設時」の排出だけを論じており、「走行運転時」に関わるGHG排出量については、発電量増大分の4兆BTUsを情報として提示するのみで、後は読者の想像力に委ねる形をとっている。
以下はO’Toole氏の想像力からの推論で話は進んでいく。
Marylandの電力状況において1MWH発電当たり733ポンド(332.5kg)のCO2を排出するとされている。maglevの必要電力量4兆BTUsが117万MWHに相当するとされていることから,38.9万トンのCO2がMaglev運転により毎年排出すると見積もられる。
maglevの営業開始により減少が予測される自動車のガソリン、バス等のディ-ゼル等の燃料から排出されるCO2量は6.6万トンと見積もられ、また、同様に減少が予測される通常の列車運行に使用される電力量に見合う排出CO2量は1.3万トンと見積もられることから、毎年合計7.9万トンがmaglev営業により削減されるので、maglevの営業開始以降の毎年の運転に伴うCO2排出量の実質増分は31万トンということになる。
30年間の操業を仮定するとmaglev運転による排出CO2総量は1000万トン近くになり、maglev建設時に発生すると予測される量(8.4万トンから9.85万トン)の寄与分は小さなものとなる。
そして、ここでの議論にはmaglev計画によって引き起こされる混雑の発生に基因するGHG排出量増は組み込まれていない。DEIS報告によると、maglevはVernon山東駅地区の混雑度を著しく増大させるとされている。混雑度の増加は、浪費される燃料増に繋がり、従って結果としてGHG排出が増加することになる。
以上を簡単にまとめると、全ての因子を考慮するとmaglev商業運転は30年間で低く見積もっても総計1000万トン程の温室効果ガスを排出するという主要な排出プレーヤーになるだろう、ということだが、しかしこの事実はDEIS報告者に明確に記載されていない。DEIS報告においてはmaglev「建設時」のGHG排出は算出し提示しているものの、この記載は補遺の部分に押し込められており、本文中にはない。そしてmaglevの商業「運転時」に発生するGHG排出量については全く触れられていない。
これがDEIS報告書の不十分さの主要な部分である。
このようにDEISに不充分さがあり、残りの部分は読者の想像力に委ねるという形をとったことから、Washington Post紙は2021年4月2日付けで「連邦鉄道局の環境影響評価準備書(DEIS)によれば、2045年までに年間ほぼ1600万台の車がmaglev商業運転の開始により路上から排除されることになるので、maglevはGHG排出削減に役立つだろう」との見解をDEISが発表している、と報じている。これによりMaglev計画はGHGの排出削減に効果があるとの思いを市民側にもたらす事態を産むこととなった。
しかし、この「Maglev計画はGHGの排出削減に効果がある」との記載がDEISに存在するというWashington Post紙の結論は一面的な見方読み方から出てくるものであり、DEISを総合的に読めば事実は全く正反対の結論を主張している報告書だったのである。
しかし結果として多くの読者の想像が間違った方向に向かってしまったという面を心に留めておく必要はあるだろう。
別の重要なモノサシとして、社会的公正さ(social justice)の視点がある。
貧困者への課税や富裕者への利益供与に繋がる政策は、当然ながら社会的に不公正なことである。この「社会的公正さ」の原則はWashington-Baltimore間のmaglevの運営にも求められる所である。
ここでこの両都市間を結ぶ現在の交通手段の料金を見ると、バスを利用すると2.5ドルから20ドル、Amtrak利用では19ドルから44ドル、一方予想されるmaglevの料金は27ドルから80ドル、平均で60ドルが想定される。明らかにmaglevは主として高収入者あるいは富裕層に利用される可能性が高いといえる。
Maglev利用料金収入だけでは、減価償却費を含む操業コストを充分カバーは出来ず、資本コストも充分カバー出来ないことも確かだろう。このことは110億ドルから130億ドルと見られる資本コストおよび操業コストのある部分は、Marylandの納税者と連邦納税者が支払う形になることを示唆している。
Marylandの税収のかなりの部分が逆進税的な売上税(sales tax)からのものである。従ってmaglevへの州政府の公的資金投入は「社会的公正さ」を欠くものになるだろう。Maglevに対するいかなる公的資金も赤字支出となり、低収入者層に悪い影響を長期にわたり与えることになる。Maglev事業の主な利益享受者が高収入者層であり、そして建設コストのほぼ全額が納税者から支払われるようなプロジェクトについては、その優先順位を極力低くすべきものといえる。従って環境問題を考える際には、社会的公正さの視点も組み込むことが大切である。
要約すると、Washington-Baltimore間のmaglev計画は、「経済的」に見ても、「環境的すなわちCF的」に見ても、また「社会的公正さ」の視点からいっても、今後皆で育んで行くものではないだろう。事業化により得られる収入よりも大きなコストを強いるものといえる。そしてそのコストを支払うのは納税者であり、受益者は主として高収入のエリートとなるであろう。環境的なコストも便益をはるかに上回る。
従って、次に出るであろう最終的な環境影響評価書(Final Environmental Impact Statement: FEIS)には「環境的視点から、および社会的公正さの視点から判断して、Washington-Baltimore間のmaglev計画の望ましい対応策は、計画中止である」とするべきだろう。
以上
***
米国の2020年のGHGは60億トン弱である。Washington-Baltimore間のMaglevが営業された場合、年間予測GHG排出量はDEISの情報ならびにO’Toole氏の推測試算から31万トンとみられる。不充分とは言え、GHG排出量の概算値が、世の中の判断材料として表に出ており、そして2021年8月25日に連邦鉄道局は環境影響評価準備書(DEIS)に続く最終環境影響評価書(FEIS)の作業を一旦中断すると発表している(理由は不明)。2022年にはFEISが出される予定であった。
一方JR東海のMaglevは予測GHG排出量が開示されることもなく、またJR東海のMaglev中央新幹線の当初見込み予算が5.5兆円だったのが、2021年4月には7.04兆円へと上方修正されているにも拘らず、わが国ではご存じのようにツルツルとスムーズに各地で工事の槌音が響いている。
2013年9月4日付けGlobal Constrution Reviewの記事(Japanese rail operator plods on with world’s fastest train)において、この彼の国々と我が国との違いを次のように喝破している。即ち、英国やカリフォルニアでは、巨費を投じる事業計画に対しては極めて慎重な姿勢を取るものだが、日本はかかる案件に対しても厳しいコスト-便益分析を避けて進んでいってしまう性癖を持っていると評している。
わが国も少なくとも公金がからむ事業計画に対しては、カーボンフットプリント値を提示することを義務付けるところからスタートする時期が来ていると思う。そして社会的公正さのモノサシももっと使ったらよいと思う所です。
「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
yo-chan
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前回のアセアンの話題の最後に、再開発・SDGs・カーボンフットプリントそしてカーボンオフセット・公金の問題の見える化といった話題を取り上げてみたいと記しておきました。
この話題を進めていく上で、JR東海の進めるMaglevの問題を例にとりあげ、世界規模の情報から見つめ直すという作業を行うことで、有効に利用できるモノサシを提起してみたいと思います。
先ず、主題として掲げる“公金”が、JR東海のMaglev(Magnetic Levitation 磁気浮上式列車)に該当するかどうかは、当初JR東海は自前の資金で自身の計画のもと本事業を遂行するとしていたものが、大阪まで延伸する最終完成予定(2045年)を早める目的で、2016年の臨時国会において、鉄道建設・運輸施設整備支援機構法の改正のもと、国の資金の投入が決定していることから、公金に関わる事業として考えても差し支えないと思います。
意識して有効に使いたいモノサシとして今回は、「カーボンフットプリント」と「社会的公正さ」とを先ずは取り上げてみます。「社会的公正さ」のモノサシは説明の必要はないので、カーボンフットプリントについて簡単に説明します。
カーボンフットプリント(Carbon Footprint:今後はCFと略す)という言葉は2007年英国で始まったとされ、スーパーなどで販売されている食品や日用雑貨品に対して、各商品のライフサイクル(原料調達段階・工場での製造段階・トラック等を使用する流通段階・消費者が購入し使用する実態・そして廃棄段階まで)において、それぞれの段階で発生すると予測されるCO2をふくむ温暖化効果ガス(Green House Gas:今後はGHGと略す)排出量を測定または計算して得られる各段階の排出量を総和した数字であり、各商品が内包して持っているGHG排出量の絶対値を示すものである。当然ながらスーパーや日用品販売店で販売されているものだけでなく、広く人間が行う経済活動行為全般に対してもCFが算出され、情報として提供されていくことが求められることとなる。
即ち、簡単に言うと商品や事業計画の持つGHG排出量を「見える化」する国際的な試みといえ、今後CFがモノサシとし世界市民に使われ、自身の、行政の、各事業体の、そして各国の行動の是非判断をする際の貴重な指標(GHG排出量であるCF値)になって行くだろうと期待されるものである。
従って、ここで話題にするJR東海のMaglev事業全体(構想段階から構造物に必要な資材自体のCF、そして工事現場までの資材運搬から現場での組み立てに要する機械のCFとそれを動かすエネルギー源のCF、そしてその後の営業開始後の操業用エネルギーのCF、そして維持管理にかかるCFと最終的な廃棄時のCFまでを含む)もCFの対象となる。
ここで、JR東海が現在、自身のMaglev事業に関する開示情報として市民へ提示している内容を見ておきたい。
JR東海はMaglevの環境性能の優秀さを印象付ける目的で、同じ速度域の航空機との比較を持ちだし、JR東海のMaglevの1人当たりCO2排出量が航空機の約1/3であるとし、JR東海のMaglevの環境性能の優秀さを謳っている。
また参考として最新型N700系新幹線の1人当たりCO2排出量は航空機の約1/12との情報を提供してJR東海が提供している新幹線ビジネスならびに今回進めている次世代型磁気浮上式列車Maglevの環境面での優越性を市民に植え付けたい心根が透いて見える。
しかし環境性能として求められる情報は航空機に対する相対的優位性のデータだけでは全く不充分である点に注意して欲しい。本当に必要であり求められるのは「JR東海のMaglevが全体として内包して持っているGHG排出量の絶対値、即ちカーボンフットプリント値」なのである。
【しかもJR東海は図らずもMaglevが最新型N700系新幹線に比べて一人当たり4倍のCO2を排出することを、自ら開示している。最新型N700系新幹線で大阪まで2時間27分、一方Maglevで67分とされる。一方は「地上の景色」を眺めつつの移動、Maglevはほぼ「トンネルの中」。「ほんの少しの移動時間の違い(1時間20分)」と「CO2排出量の4倍の違い、即ち、電気を余分に食い散らかす様および温暖化を余計に推し進める様」とを秤にかければ、自ずと大半の人はMaglev中央新幹線でなく従来の東海道新幹線を選ぶのではないか。望ましい資金と資源の使い方は従来の新幹線の維持管理そして、そのレベルアップであろう。しかもコロナ禍でリモート会議・リモート営業の良さが認知される中、相模鉄道は旅客数数十%ダウンを見込む事業計画の見直しをついこのあいだ行っている。MaglevがJR東海のお荷物になり、国民に助けを求める醜態が容易に見えるのだが。この極めて常識と思われる感情がいとも簡単に引っ込まされ、無理筋ではないかという事業がどんどん進行する様が、我が社会が悪癖として持つツルツル感だと思っています。】
ご存じのように、世界は2050年を目途にカーボン排出ネットゼロを目指して産業革命時代前の水準に比べて2℃以内(可能なら1.5℃以内を目指す)に温暖化を抑え込む努力を推進している最中である。
そして購入する商品なり、行う経済行為の持つGHG排出量が「見える化」されつつある現在、我々は個人的にどれだけのCO2を、食を通じて、自身の移動手段の方法を通じて、そして暑さ寒さを凌ぐ自身の生活スタイルを通じて、排出しているかを知ることが可能な時代になってきている。我々はこの「CFの見える化」時代を上手に使い、個人でできるCO2排出量削減の行動を行いつつあるのが現状である(2013年当時には日本の市民一人当たりCO2排出量は10トン強だったのが、現在は8.5トン程)。
我々市民はさらに一歩進んで、行政の、各事業体の、そして各国の行動に対しても、「見える化されたCF」の情報提供を正当な権利として求めていき、そのCFをもとに行政の、各事業体の、そして各国の行動にもっと関心を持つ必要があろう。
このように進んでいる「CFの見える化」時代到来の景色から見ると、JR東海が行っている現在のMaglev事業の情報開示が如何に不充分であり、不満足なものであるかが、ハッキリするだろう。そしてJR東海の事業化へ認可を与えた政府の責任やその責任の所在を追及すべき議会関係者らの責任感の無さも浮かび上がると思う。
我々市民は、これらのモノサシの大切さを意識して有効に使うこと、これらのモノサシから要請される必要な情報は提供させていく、ということに慣れる必要があるだろう。
前書きはここまでにして世界のmaglev事情を知ることで、JR東海のMaglev状況を見つめ直し、彼の国々と我が国との違いを見ていきたいと思います。
世界のmaglev事情を調べようとして見つけた最初の資料がつぎのものです。
CatoInstituteのRandal O´Toole氏が、モノサシとしての「CF」そして「社会的公正さ」を、連邦鉄道局が出したBaltimore-Washington間のMaglev計画に関しての環境影響評価準備書(Draft Environmental Impact Statement: DEIS)に対して、どう使っているかを見ていただきたい。逐次訳ではなく、かなり意訳し編集している点をことわって置きます。
***
Baltimore-Washington間のMaglev計画に関する環境影響評価準備書(DEIS)
CATO Institute Randal O´Toole 2021年5月7日
地球規模の気候変動問題は現代の最重要の環境課題。年間数十億ドルがこの問題の理解ならびに解決の為に使われている。温室効果ガスを削減する政策であると銘打てばいかなる政策も、自動的に良いものだ、とされる状況が背景として米国社会に存在している。
かかる状況下で、Baltimore-Washington間のMaglev計画に関する環境影響評価準備書DEISは出された。この報告書は654ページと長いが、GHG排出に関するMaglevの影響についてはいくつかの簡単な言及があるのみである。
ひとつは、超伝導リニア(Superconducting Maglev:SCMAGLEV)計画は、Maglevに関わる部分からの汚濁物質(pollutant)やGHG排出を増大させる可能性があるが(交通量の多い駅周辺では特に)、maglev以外の他の全ての車両(自動車等を含む)をも含めて地域全体の排出量を考えた場合には、maglev計画はGHG排出量を減少させるだろう、との記載がある。
また、SCMAGLEV計画は、ある種の作業車両を除いて全てが電力で動くことから、SCMAGLEV列車からのGHG排出はゼロである。しかし、SCMAGLEVはその地域の電力消費量を増大させることになる。その増大分による発電施設からのGHG排出は増大する、と記載されているものの、この発電施設からのmaglev向けの電力に対応する予想排出増加量についての記載はDEISに無い。
またmaglevの建設時に発生するCO2排出量が8.4万トンから9.85万トンという記載もある(Washington-Baltimore間の約60kmの距離を想定していると思われる)。
更にDEISはエネルギーに関する章において、自動車・トラック・バスおよび通常の列車を全て合わせてその消費するエネルギーが2045年には、1兆BTUs(British thermal units)を少し越えると予測されるのに対し、maglevは4兆BTUsのエネルギーを消費すると予測している。
Maglevに関するDEIS報告書は建設と運転との両方を慎重に考察しているが、以上にみたとおりGHG排出については「建設時」の排出だけを論じており、「走行運転時」に関わるGHG排出量については、発電量増大分の4兆BTUsを情報として提示するのみで、後は読者の想像力に委ねる形をとっている。
以下はO’Toole氏の想像力からの推論で話は進んでいく。
Marylandの電力状況において1MWH発電当たり733ポンド(332.5kg)のCO2を排出するとされている。maglevの必要電力量4兆BTUsが117万MWHに相当するとされていることから,38.9万トンのCO2がMaglev運転により毎年排出すると見積もられる。
maglevの営業開始により減少が予測される自動車のガソリン、バス等のディ-ゼル等の燃料から排出されるCO2量は6.6万トンと見積もられ、また、同様に減少が予測される通常の列車運行に使用される電力量に見合う排出CO2量は1.3万トンと見積もられることから、毎年合計7.9万トンがmaglev営業により削減されるので、maglevの営業開始以降の毎年の運転に伴うCO2排出量の実質増分は31万トンということになる。
30年間の操業を仮定するとmaglev運転による排出CO2総量は1000万トン近くになり、maglev建設時に発生すると予測される量(8.4万トンから9.85万トン)の寄与分は小さなものとなる。
そして、ここでの議論にはmaglev計画によって引き起こされる混雑の発生に基因するGHG排出量増は組み込まれていない。DEIS報告によると、maglevはVernon山東駅地区の混雑度を著しく増大させるとされている。混雑度の増加は、浪費される燃料増に繋がり、従って結果としてGHG排出が増加することになる。
以上を簡単にまとめると、全ての因子を考慮するとmaglev商業運転は30年間で低く見積もっても総計1000万トン程の温室効果ガスを排出するという主要な排出プレーヤーになるだろう、ということだが、しかしこの事実はDEIS報告者に明確に記載されていない。DEIS報告においてはmaglev「建設時」のGHG排出は算出し提示しているものの、この記載は補遺の部分に押し込められており、本文中にはない。そしてmaglevの商業「運転時」に発生するGHG排出量については全く触れられていない。
これがDEIS報告書の不十分さの主要な部分である。
このようにDEISに不充分さがあり、残りの部分は読者の想像力に委ねるという形をとったことから、Washington Post紙は2021年4月2日付けで「連邦鉄道局の環境影響評価準備書(DEIS)によれば、2045年までに年間ほぼ1600万台の車がmaglev商業運転の開始により路上から排除されることになるので、maglevはGHG排出削減に役立つだろう」との見解をDEISが発表している、と報じている。これによりMaglev計画はGHGの排出削減に効果があるとの思いを市民側にもたらす事態を産むこととなった。
しかし、この「Maglev計画はGHGの排出削減に効果がある」との記載がDEISに存在するというWashington Post紙の結論は一面的な見方読み方から出てくるものであり、DEISを総合的に読めば事実は全く正反対の結論を主張している報告書だったのである。
しかし結果として多くの読者の想像が間違った方向に向かってしまったという面を心に留めておく必要はあるだろう。
別の重要なモノサシとして、社会的公正さ(social justice)の視点がある。
貧困者への課税や富裕者への利益供与に繋がる政策は、当然ながら社会的に不公正なことである。この「社会的公正さ」の原則はWashington-Baltimore間のmaglevの運営にも求められる所である。
ここでこの両都市間を結ぶ現在の交通手段の料金を見ると、バスを利用すると2.5ドルから20ドル、Amtrak利用では19ドルから44ドル、一方予想されるmaglevの料金は27ドルから80ドル、平均で60ドルが想定される。明らかにmaglevは主として高収入者あるいは富裕層に利用される可能性が高いといえる。
Maglev利用料金収入だけでは、減価償却費を含む操業コストを充分カバーは出来ず、資本コストも充分カバー出来ないことも確かだろう。このことは110億ドルから130億ドルと見られる資本コストおよび操業コストのある部分は、Marylandの納税者と連邦納税者が支払う形になることを示唆している。
Marylandの税収のかなりの部分が逆進税的な売上税(sales tax)からのものである。従ってmaglevへの州政府の公的資金投入は「社会的公正さ」を欠くものになるだろう。Maglevに対するいかなる公的資金も赤字支出となり、低収入者層に悪い影響を長期にわたり与えることになる。Maglev事業の主な利益享受者が高収入者層であり、そして建設コストのほぼ全額が納税者から支払われるようなプロジェクトについては、その優先順位を極力低くすべきものといえる。従って環境問題を考える際には、社会的公正さの視点も組み込むことが大切である。
要約すると、Washington-Baltimore間のmaglev計画は、「経済的」に見ても、「環境的すなわちCF的」に見ても、また「社会的公正さ」の視点からいっても、今後皆で育んで行くものではないだろう。事業化により得られる収入よりも大きなコストを強いるものといえる。そしてそのコストを支払うのは納税者であり、受益者は主として高収入のエリートとなるであろう。環境的なコストも便益をはるかに上回る。
従って、次に出るであろう最終的な環境影響評価書(Final Environmental Impact Statement: FEIS)には「環境的視点から、および社会的公正さの視点から判断して、Washington-Baltimore間のmaglev計画の望ましい対応策は、計画中止である」とするべきだろう。
以上
***
米国の2020年のGHGは60億トン弱である。Washington-Baltimore間のMaglevが営業された場合、年間予測GHG排出量はDEISの情報ならびにO’Toole氏の推測試算から31万トンとみられる。不充分とは言え、GHG排出量の概算値が、世の中の判断材料として表に出ており、そして2021年8月25日に連邦鉄道局は環境影響評価準備書(DEIS)に続く最終環境影響評価書(FEIS)の作業を一旦中断すると発表している(理由は不明)。2022年にはFEISが出される予定であった。
一方JR東海のMaglevは予測GHG排出量が開示されることもなく、またJR東海のMaglev中央新幹線の当初見込み予算が5.5兆円だったのが、2021年4月には7.04兆円へと上方修正されているにも拘らず、わが国ではご存じのようにツルツルとスムーズに各地で工事の槌音が響いている。
2013年9月4日付けGlobal Constrution Reviewの記事(Japanese rail operator plods on with world’s fastest train)において、この彼の国々と我が国との違いを次のように喝破している。即ち、英国やカリフォルニアでは、巨費を投じる事業計画に対しては極めて慎重な姿勢を取るものだが、日本はかかる案件に対しても厳しいコスト-便益分析を避けて進んでいってしまう性癖を持っていると評している。
わが国も少なくとも公金がからむ事業計画に対しては、カーボンフットプリント値を提示することを義務付けるところからスタートする時期が来ていると思う。そして社会的公正さのモノサシももっと使ったらよいと思う所です。
「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
yo-chan
