🔸 序
昨年からの世界的なコロナ・パンデミックの中で、世界中の国民が自国政府の【危機管理】について考えざるを得なかった。
平和時の政策と危機的状況の政策とは、全く違う。しかも、情報化時代のパンデミックである。自国の対策と他国の対策との違いや差が誰の目にも見える。
多少なりとも物が見え、自分の頭で考える事が出来る人間にとって、今回のパンデミックは、平和の時代には陰に隠れて見えなかった物事が、はっきりと見えるようになった。今回のパンデミックでの唯一の収穫と言っても良いかもしれない。
元々、【危機管理】とは軍事用語だった。つまり、戦争のような【国家的危機】を管理する事を意味したのが、【危機管理】。それが転じて、企業統治などの社会の様々な組織の危機管理という意味に膨らんでいた。その為、【危機管理】という用語自体が、国や社会や会社などの組織を統治する指導層が指導層であるための【必須の要件】という意味合いが強かった。簡単に言えば、危機管理ができない奴は、指導者ではないという意味である。
🔸危機管理の基礎知識
本来、危機管理とは、予見(予想)と準備が8割。危機管理が失敗したとしたら、それは、予見(予想)=想像力の欠如を意味し、準備不足を意味する。その事を念頭に置いて以下の手順で危機管理は行う。
1,予防:危機発生を予防する
2,把握:危機事態や状況を把握・認識する
3, 評価
〇損失評価:危機によって生じる損失・被害を評価する
〇対策評価:危機対策にかかるコストなどを評価する
4,検討:具体的な危機対策の行動方針と行動計画を案出・検討する
5,発動:具体的な行動計画を発令・指示する
6, 再評価
〇危機内再評価:危機発生中において、行動計画に基づいて実施されている点・または実施されていない点について効果の評価を随時行い、行動計画に必要な修正を加える。
〇事後再評価:危機終息後に危機対策の効果の評価を行い、危機事態の再発防止や危機事態対策の向上を図る。
🔸菅政権のコロナ対策の評価
上記の手順で菅政権(自民党政権)のコロナ対策をきちんと評価しなければ、次の対策など出てくるはずがない。
1, 予防・準備⇒(評価)
台湾政府は、2019年12月には、中国の新しい感染症に対して警戒を強め、水際対策に乗り出している。それに対して日本政府は、20年3月の春節での中国人の来日に対して何の手も打っていない。結果、第一波の感染を招いた。
◎感染症蔓延時に対する対策準備
(1)保健所の数と人員⇒新自由主義的医療制度改革の結果、保健所の数は激減・人員も減少⇒PCR検査の数は伸びない。(先進国では最低レベル)職員は過剰労働を強いられる。
(2)病院・医師・看護師⇒医療制度改悪の結果、病院数は減少。ベッド数も削減。医師数も先進国でも下位。看護師もかなり削減されてきていた。⇒パンデミックの準備は0に近い。
(3)医療資源(マスク・防護服・手袋・消毒薬・PCR検査機器・人工呼吸器・酸素吸入器・エクモなど)もかなり不足。結果、第一波でのマスク不足騒動を引き起こす。最大の問題点は、国内での生産不足。他国に医療資源を頼る事の危うさが露呈している。
(4)厚生労働省の感染症(パンデミック)に対する準備不足⇒SARS・MARSなどの教訓が生かされていない。
以下の論文を読んでいただければ、今回のコロナ対策の失敗が、小泉政権以降の新自由主義的医療改革に遠因がある事が了解されると思う。
※資料 公益財団法人日本医療総合研究所ニューズレター 第 21 号 医療動向モニタリング小委員会作成(2020 年 5 月 15 日)
http://iryousouken.jp/wp-content/uploads/2020/05/%E7%AC%AC21%E5%8F%B7%E3%80%80%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%84%9F%E6%9F%93%E8%94%93%E5%BB%B6%E3%83%BC%E8%83%8C%E6%99%AF%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%85%AC%E7%9A%84%E5%8C%BB%E7%99%82%E8%B2%BB%E6%8A%91%E5%88%B6%E6%94%BF%E7%AD%96%EF%BC%882020.5.15%EF%BC%89.pdf
※ 小泉・安倍政権の医療改革-新自由主義的改革の登場と挫折
(『月刊/保険診療』第62巻第12号113-121頁,2007年12月10日)
二木 立(日本福祉大学教授・大学院委員長
https://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/data/20071210-niki-article.pdf
2, 把握;危機事態や状況を把握・認識する
⇒きわめて弱い。当初中国で起きた感染症(コロナ)の発生をパンデミックに発展するかも分からないという予測のもとに対策を立て、抑え込みに成功したのが台湾。台湾政府は、SARS,MARSの経験があるため、やりすぎぐらい敏感に危機に対応した。
それに比べると、日本政府の状況把握は、如何にも認識が浅すぎた。20年の春節の休暇の時に、中国からの観光客を水際対策で封じ込めておけば、その後の日本の感染上対策は、ずいぶん違ったはず。この反省がないため、以降の対策が全て手遅れになった。
3, 評価;
損失評価⇒危機によって生じる損失の評価⇒経済的・金銭的評価だけでなく、コロナ危機によって生じる中小企業の倒産、および職場の倒産によって生じる雇用の喪失、雇止めなどによる非正規労働者の生活危機、ひとり親家庭などの生活困窮と子供の貧困化の加速などにより、孤立し、国や社会を信じられない家族や個人の増加など金銭での評価が難しい損失をどう評価するか。
この評価を誤ると、必ず【社会不安】を招き、日本社会の崩壊を招きかねない。⇒社会不安の拡大は、ファッシズムの台頭を招来する。(萌芽としての憲法改悪:緊急事態条項など)
◎対策評価
⇒①医療機関・医療従事者などへの対策
②打撃を受ける企業への補助
③失業者への補助
④非正規労働者などへの補助
⑤ひとり親世帯・貧困家庭への補助(子供の貧困化阻止)
⑥高齢者への援助
⑦エッセンシャルワーカーへの補助(※金銭的補助だけではなく、社会的評価の向上への努力)
⑧国民・社会への安心を提供する施策の実施など
・・・・・・⇒金銭的評価だけでなく、国民へ【安心】や【希望】と政府への【信頼】を勝ち取る絵策をどう評価するかが、最重要。
4, 検討;具体的な危機対策の行動方針と行動計画を案出・検討する
★危機対策の具体性⇒日本の場合、政府とか地方自治体が何をどうするから、国民はこれ、これ、これをきちんと守ってほしい、というメッセージが完全に欠落していた。一言で言えば、【グランド・デザイン】の欠落。
対策の力点が、国民にこれ、これ、これを守ってほしいというばかりで、国民に対して【お前たち次第だぞ】【自己責任だぞ】と言い続けてきたに等しい。
人間誰しも自分が納得できるものについては、多少時間が長くても頑張れる。しかし、納得できないことをそんなに長く頑張る事は出来ない。まして、飲食業の営業主は、日銭が命。その日銭を稼げないで、お前たちの対策が悪い。密になるな。マスクをつけているかどうかチエックしろ。換気は出来ているか、等々、責め続けられると、「もう勘弁しろよ」というのが本音だろう。
それでも充分な休業補償が出るなら我慢もしよう。休業補償も出るには出たが、充分ではない。出るのが遅い。スピードがない。これでは、堪忍袋の緒も切れる。
5、発動;具体的な行動計画を発令・指示する
⇒三度にわたる「緊急事態宣言」が出され、様々な行動計画・指針が出された。メディアなどを通じてこの行動計画・指針を説明するたびに、必ずエクスキューズ(言い訳)がつく。「日本には行動を制限する法がないので、全てお願いベースだ」と。
実はこの「エクスキューズ」が大問題。失敗をした場合の責任逃れのためにあらかじめ布石をうっているとしか見えない。日本政府の対策が中途半端で多くの国民理解を得られない最大の理由がここにある。
①法がないのは周知の事実。⇒法がないのを前提にして行動計画を作成するのが為政者の責任。⇒これをひねり出すのが【知恵】⇒危機対応はこの種の【知恵】を集合してはじめて成功する。あらかじめできない言い訳をひねり出すなど、国民の信頼を得られるわけがない。
②さらに、この言い訳を材料に、憲法改悪の理由に【緊急事態法】がないことを理由にしようというよこしまな狙いがプンプンしている。本当の危機(今回のパンデミックのような)に対処する責任者は、上記のようなエクスキューズ(言い訳)をしてはならない。それは、国民が言うものである。
「あれだけ懸命にしてくれたのになかなかうまくいかなかったのは、憲法や法の不備があったのも一因。政府や責任者は本当によくやってくれた」とパンデミック終焉後に国民がそういうのなら納得できる。
それをまだ何の結果も出ていない時に言うなど、失敗を前提にした言い訳にしか聞こえない。⇒憲法改悪をしたいがため、本気で対策をしていないのではないか、と疑われても仕方がない。
6、再評価
〇危機内再評価:危機発生中において、行動計画に基づいて実施されている点・または実施されていない点について効果の評価を随時行い、行動計画に必要な修正を加える。
⇒ある程度はなされている。しかし、最大の問題点は、政治の担う領域と科学の担う領域との区分が不明確⇒分科会などの存在が、政府の行動にお墨付きを与える忖度集団という認識を払しょくできていない。⇒信用度が低い
〇事後再評価:危機終息後に危機対策の効果の評価を行い、危機事態の再発防止や危機事態対策の向上を図る。
⇒ここに現在の日本の統治機構の最大の弱点があるように思えてならない。
①正確な統計数値に基づき忖度なしの科学的な組織・個人などの評価ができない。小泉政権以降、とくに安倍政権の政策評価や統計数値は信用できない。⇒日本の地盤沈下の最大の要因
②危機事態の再発防止の駄目さ加減は、「福一の事故」以降の対応を見れば一目瞭然。⇒責任を取るべき人が取らず、無関係な庶民が事故の重さ、激しさ、辛さなどを一身に背負わされている。⇒日本の統治機構の【無責任】、【無能力】、【無反省】の象徴。
🔸台湾の対策・・・・アジアで最も成功した台湾の対策を見てみる。(日本と対照的⇒日本の地盤沈下の象徴)
▼台湾の感染症対策の三本柱
1,感染症への意識の高さ
SARSの苦い経験⇒台湾でも病院で集団院内感染が起こり、84人の死者を出した。当時から台湾は、中国の圧力によって国際機関に加入できておらず、世界保健機関(WHO)から情報提供などの協力を得ることができなかった。当時の台湾は、WHOに加盟できていなかった。(中国政府の一つの中国論の圧力)
※陳副総統=今回の台湾の感染症対策の事実上の責任者の『産経新聞』(2月26日付)インタビュー 彼は、【公衆衛生学のプロ】
・・・「SARSの際、台湾は国際防疫の孤児だった。原因、診断法、死亡率、治療法の全てが分からず、世界保健機関(WHO)に病例を報告したが反応はなかった。検体は米国から入手し日本の専門家とも情報を交換した。香港やシンガポールの状況から学んだ。WHOから検体が得られていれば、不幸な院内感染は起きなかった。」と語り、「WHOにいないことで、世界の防疫網の穴になってはいけない」と決意したという。・・・・・
https://www.sankei.com/world/news/200226/wor2002260030-n1.html
その結果、感染対策の法整備を一気に進めた。これが、今回の迅速な対応を可能とした原因の1つになったようだ。彼の危機感を多くの人が共有し、この意識の高さが、今回の対策の成功の要因になった、と考えられる。
2、デジタル対策
◎マスク管理⇒マスクの実名導入性⇒健康保険証の提示で、マスクが買える仕組み(枚数制限はあるが、確実に手に入る) マスクを購入できる薬局などをアプリで提示する。外国へのマスク輸出の制限をかける。
◎海外からの帰国者⇒QRコードを活用して、確実に14日間の隔離を徹底。(毎日、スマートフォンで報告が義務付けられ、家を出ると警察が警告に来る仕組み
◇デジタル対策の中心 オードリー・タン氏が語る成功の要因
◎3つのF
Fast (高速)⇒SARSの経験を活かし、中国からの渡航を世界で一番早く実施
Fair(公平)⇒マスク分配が象徴しているように、誰にももれがないように政策を実施
Fun (楽しい)⇒高齢者などデジタル弱者が楽しくできるように、チャットポットなどをつくり、ハードルを下げた。
3,専門家集団(プロ集団)⇒国民に安心感と信頼を醸成。
ジャーナリスト野島剛氏は以下のように指摘する。
▼日本は対策を“感染症”の専門家が主導し、台湾は“公衆衛生”の専門家が主導した。
◎台湾で感染症対策を主導した人物
陳建仁副総統や陳其邁・行政院副院長ら「公衆衛生」のキャリアや経験のある人
◎日本
「感染症」の専門家中心⇒20年6月に廃止された感染症対策専門家会議
・・・ 座長の脇田隆字・国立感染症研究所所長はC型肝炎の専門家で、副座長でいつも安倍首相の側で説明役を務めている尾身茂・地域医療機能推進機構理事長は、地域医療を専門としている。ほかのメンバーも押谷仁・東北大学大学院教授、岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長をはじめ、12人中、9人が感染症の専門家で、公衆衛生の専門家は東京大学医科学研究所の武藤香織教授しか入っていない。残りの2人は、医師会と法曹界からの当て職メンバーである。
・・・コロナ対策に成功した台湾、日本と明暗を分けた理由は? (msn.com)
▼公衆衛生学の専門家と感染症の専門家のどこが違うのか。
◎感染症学⇒ウイルスや細菌の能力そのものを調べ、治療法を研究する純粋医学
◎公衆衛生学⇒感染症の流行から生まれた医学と他の専門知識を統合したような学問
パンデミックのような感染症の大拡大は、流行が拡大すればするほど社会を崩壊させる暴力的な破壊力がある。ブラジルやインドの悲惨な映像を見れば、パンデミックで失われる人命の数は、数万、数十万、否下手をすれば、数百万、数千万に及ぶ。
パンデミックレベルでは、通常の感染症の対策では、対処できない。国家機関や人員を総動員して対処しなければならなくなる。とにかく、滅茶滅茶に金と人がいる。
普通の感染症の専門家では、こういう事態に対処できない。政治の出番になる。このような医療レベルで対処できない対策を考えるのが【公衆衛生学】。
台湾は発生当初から、公衆衛生学の専門家が、パンデミック対策の指揮をした。特に、陳建仁副総統は、公衆衛生の専門家。蔡英文総統は、彼にパンデミック対策の全権を委任し、見事に成功した。
🔸結語
残念ながら、台湾と日本の対処の決定的相違点は、本当の意味での専門家を大切にせず、常にある種のバイアスのかかった【御用学者・御用専門家】を重用してきた日本の専門家会議のありようだと思う。
言葉を変えれば、台湾は本当の学者を大切にし、日本はヒラメ学者・ヒラメ専門家を大切にする。台湾は科学を大切にし、過去の教訓を良く学び、未来に生かしている。日本は、科学や科学的真理を軽視し、過去の苦い教訓から学ぼうとしない。もはや、先進国とは言えない無残な状況だと思う。
今回のコロナ対策の彼我の違いは、科学的真実を尊重し、過去を謙虚に反省し、過去からきちんと学ぶなどという当たり前の事を、台湾政府は、きちんと行った。それに引き換え、日本政府は権力者の忖度に慣れすぎ、全ての対策が、スピード感がなく、小出し。
政府の広報も「できない理由を語る」「言い訳をする」という側面が強すぎ、国民の信頼を失った。それに対し、台湾政府は、感染症の専門家などが、連日、正確な数値に基づき、丁寧な説明を行い、国民の信頼を勝ち取った。
この彼我の違いには、台湾政府と日本政府の置かれている政治的立場の違いが鮮明に出ている。台湾政府は、日常的に中国政府との緊張関係に置かれており、国民の信頼を失えば、それこそあっという間に自分たちのいる場所がなくなる。国民の信頼を勝ち取る事は、自分たちの生きる場所の確保に即つながるのである。だから、台湾政府の政治的対策の一つ一つに真摯さがある。指導者の言葉一つ一つに重みがある。
これに比べると、日本政府の対策は、おざなりの感が否めない。自民党独り勝ちの政治の弊害がもろに出ている。「国民なんて誤魔化せば何とかなるさ」というせせら笑いが聞こえてくるような緊張感のない対策のオンパレードだ。
自民党の今回のパンデミックの対策の酷さは、国民の政治意識の低さに比例している。物言わぬ国民には素晴らしい政治など手に入らない。「この程度の国民にこの程度の政治」という言葉は真実である。国民は、この事を肝に銘じなければならない。
「護憲+BBS」「 メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
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