「東京ではタワマン・コンクリ強度不足の話、ストックホルムでは木造都市計画の話。この対比、どちらに与したいですか?」という話題を4月25日に紹介した。
その後、「なぜ今、木造高層ビルが建ち始めているのか------日本が抱える国家的な森林問題」
(Yahoo!ニュース 2024年2月29日付け一志治夫氏記す)という記事があることが判ったので、その紹介を兼ねて木造高層ビルや木造都市計画等に関連する我が国の現在地を一志氏の話をなぞりながら先ずは見てみたい。
O現状説明として:木材を使った高層大規模ビル建築が急速に増えたのは、2020年代に入ってから。純木造は少ないが、柱や梁、内外装に木を多用し、鉄骨や鉄筋コンクリートと組み合わせて造る地上6階建て以上のビルは、都内だけで、すでに20棟をゆうに超えている。この1月4日には、東京日本橋で地上18階建て、高さ84mの「日本一の高層木造賃貸オフィスビル」(建築主/三井不動産 設計・施工/竹中工務店)の建設工事も始まった(竣工予定は2026年)。
O木造高層ビルが増えだした理由:CLTや耐火集成材といった火災時の耐火性能を持つ木の柱・梁など新たな木質系材料が誕生し、鉄骨とのジョイントなどの技術開発をゼネコンやメーカーが進めた結果、燃える、腐る、折れるといった木材の弱点、課題が克服され始めたこと。つまり、高性能の木材が誕生したことで、木造高層につきものの消防法との兼ね合いや海外事例の拡大という背景をもとに、難題のハードルが下がってきたことが一つ目の理由。そして、この動きを後押しする法整備の存在がもう一つの理由。
O現在の法整備の状況:2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行され、その後2021年に改正され、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市〈まち〉の木造化推進法)となった。これをもとに、建築主が国や地方公共団体とともに木材利用に取り組む「建築物木材利用促進協定制度」が創設され、各行政による補助金制度も整い始めている。
O木造高層ビル建設が推進される背景:一つは日本が抱える切実な森林問題を挙げ、我が国の森林と林業の歴史に触れている。国土の3分の2が森林。その4割は人工林。木材を利用し、森を循環させることが日本の絶対的テーマと考えるも、1964年の木材輸入自由化で外国産材の輸入が急増。「林業は儲からない」となり「放置林」が増加。2002年に国産材の供給量が底を打ち増加に転じるものの、2021年の自給率はいまだ41.1%。かかる状況が現在地とはいえ、SDGsやESG投資と無縁ではいられないスーパーゼネコンや大手不動産会社にとって、法整備も整いつつある中、我が国の絶対的テーマである国内の木材利用、そして日本の森を好循環させることにも繋がるという観点から見ても、「木造高層ビル」建設推進の動きは、うってつけのテーマと捉えられているのであろう。そして2010年の「公共建築物等木材利用促進法」も後押しする形で、一気に建築業界の積極的な取り組みが始まったのである。
O今や不動産会社自らが森林を保有したり、管理運営する:野村不動産ホールディングは、2022年10月東京奥多摩に、「つなぐ森」の地上権を取得し循環する森づくりをスタートさせ、東京都と「建築物木材利用促進協定」を締結。今後30年、130ヘクタールの森を保有し、「地産地消の循環する森づくり」を推進していくとしている。「つなぐ森」で生産される木材は、年間約500m3。野村不動産グループが目標とする木材使用量は16,500m3。「つなぐ森」からの木材は1.5%分とわずかであるが、切り出した丸太を地域の加工所に出すことで、加工所の生産量は従来の3倍になり、地域に新たな雇用が生まれている、と意義を語っている。
日本の人工林の約半分が主伐期の50年生を超えている。CO2吸収量が減少する高齢木を伐採し、新たに植えるという循環システムを作ることは急務とされており、そうした中で不動産会社が地産地消を掲げて森林を保有し始めたことの意義は深い。
また、不動産会社「ヒューリック」は2021年10月、銀座8丁目に「銀座を中心に森を作る」を開発コンセプトに、日本初となる耐火木造12階建ての商業施設「HULIC&New Ginza8」を竣工(設計・施工/竹中工務店)。福島県産のスギを中心に使った木造+鉄骨造のハイブリッド建築。外装に木材を使用し、柱や梁に耐火集成材を用い、構造材だけで288㎡の木材を使用。ヒューリックは、「伐採した分の木は植える」を掲げ、福島県白河で植林活動も行っている。森の循環あっての木造建築というコンセプトがここでも貫かれている。
以上、一志治夫氏の情報をもとに日本の木造高層ビルと日本の森林の状況ならびに今後の行方を占う話を紹介したが、都市の高層木造ビルのプロジェクトを推進している不動産デベロッパーの担当者の一人が思わず語った言葉が気になったので、彼の言葉も再録しておきます。
『2030年の前後って、木造ビルがたくさん出来ていたよね、なんか流行っていたよね、みたいなことになっちゃうことですね、一番恐れているのは』と彼はこうなって欲しくはないものの、大いに有りえる近未来の「日本の木造高層ビル事情」を懸念しているのである。ここに紹介している大手デベロッパーの動向は、賞賛に値するものと評価したい。熱しやすく、冷めやすい世の常の中でも、めげずに何とか進展していってほしいものではある。
とは言え、上に紹介した一志治夫氏の記事の内容は、日本も日本の不動産会社も良くやっているじゃないか、是非上手く進むよう我々も協力したいものだ、といった思いになるのはある意味、コインの一面のみを見ての話なのである。
コインの反対側の面を考えてみたい。
その為に先ずキーワードとなる、nature-based solutions(「自然を意識した解決策」NbSと略記)という言葉の説明が必要となる。
気候変動による社会・経済・環境上への打撃に世界が今後対処していく時に、このNbSが大きな役割を果たすとの観点から、国連環境総会第5回会合(UNEA-5)において多国間でNbSが討議され、その定義が正式に決定されている。
決定された定義は次である。
『手つかずの自然の陸地・水域の生態系、あるいは人手が入り改変された陸地・水域の生態系を保護・保全・再生・持続可能なやり方で利用し、管理運営する行動がNbSである。このNbSの行動は、我々が直面する社会的・経済的・環境上の課題に対し、有効であり順応性がある行動であること、そして併せてこのNbSの行動が、人々の幸福、生態系が持つサービス、そして回復力と生物多様性を提供できるような行動、をNbSとしている』
2023年4月15-16日に札幌で開かれたG7気候・エネルギー・環境大臣の会合でもこのNbSが一つの議題として討論され、UNEA-5における議論を追認し、NbSが気候・生物多様性・人間の幸福を含む多くの課題の解決に有効に働く能力を持っている、としてNbSの実行化実践化を強調している。
この世界の動きに合わせて、東京都は2030年目標(自然と共生する豊かな社会を目指し、あらゆる主体が連携して生物多様性の保全と持続可能な利用を進めることにより、生物多様性を回復軌道に乗せる=ネイチャーポジティブの実現)という東京都生物多様性地域戦略を立てており、この戦略の基本戦略IIに、行政・事業者・民間団体などの核となる主体者と共に『Tokyo-NbS』アクションを推進する、という行動目標をたてている。2030年までを「NbS定着期間」と捉え、各主体がNbSとなる取組を実施することを目指す、として手法としてのNbSが組み込まれている。
国際自然保護連合(IUCN)が提唱し、国連環境総会(UNEA)がお墨付きを与え、G7が推進力を与え動き出した我々市民社会と経済社会そして自然環境に大きく影響を及ぼす気候環境危機・生物多様性損失危機・生計危機等への順応策緩和策を考えていく手法として『自然を意識した解決策NbS』が注目されて来ているのが我々の現在地だといえます。
一志治夫氏の話題にある大手不動産会社の東京奥多摩で展開されている「つなぐ森」プロジェクトが、東京都のTokyo-NbSアクションメンバーに登録されている(他にサントリーの「奥多摩の森林整備による水資源と生物多様性の保全」プロジェクトがある)ことからみても、現在、行政と大手企業という主体組織が「気候危機・環境危機・生物多様性損失危機等の順応緩和策を考え出していく手法」として『自然を意識した解決策NbS』を大きく意識していることが判ると思う。
NbSが注目され、行政と大手企業が主体的に動き出している状況は、歓迎すべきだけれども、この流れには注意が必要だとする意見・情報が存在しているのである。次の情報です。
『自然を意識した解決策(NbS)』---気候危機と生物多様性危機を利用して企業や自治体がグリーンウォッシュの手段とする間違いであり困った解決策(原題:“Nature-based solutions(NbS)"---another false, corporate pathway in the great greenwashing of the climate and biodiversity crises、globalforestcoalition.org、 Oct.12,2023 by S.Lahiri and V. F. Martinez)
「自然を意識した解決策(NbS)」に関する国連多国間協議の最終ラウンドが今週ナイロビで行われる。NbSに関しては、昆明-モントリオールでの生物多様性枠組み協議においても議題になっている。これらの協議に入っていく際、我々はこれらの取り組みの方向性を慎重に見極めていくことが大切である。
NbSという言葉は、多くの人にとって健全な方向が目指されているとの印象を与えるだろう。しかし慎重にそして厳密に実施状況を分析・精査していくと、気候危機・生物多様性危機の解決を目指すNbSの理念とは反対に、危険な障害物となる恐れが浮かび上がる。
政策立案者らは、これら多国間協議の場に於いて、社会的・環境的課題に対して彼らが取り組む際に、NbSという用語が、持続可能な管理運営方法であり、自然の特徴や自然の流れを利用しているという意味合いを持つ、と指摘している。
しかし実態としては、カーボンオフセットの図式を含むような彼らが提案する方式は、人間の権利の破綻や生態系システムの破綻に繋がるものだとの認識が強まっており、そして同時に真の緊急課題である炭素排出を削減する課題から我々の注意をそらす有害なものではないか、と徐々に受け取られるようになってきている。
これらの間違った解決策が提起される動因として考えられるものは、不安感を過大に煽る企業側のロビー活動組織の存在がある。
石油・天然ガス・アグロビジネス・輸送部門の事業者らやGHG高排出諸国の政府らが「自然を意識した解決策(NbS)」という言葉を使用することが、増えてきている。
これらの事業体や政府は、我々が今日目撃している環境破壊の大半の責任を負うべき組織であり、世界中の共同体に影響を与えている。
環境保護の幾つかのNGO団体もNbSを支持しており、NbSの考えが最適なインフラを作りだし、生物多様性がある未来を約束するのに役立つとしている(IUCN?)。
しかしながら、NbSの指針となる原理原則は、数千年にわたり地球上の森林の保護者の任を負ってきた先住民族の人々の智恵や世界観や伝統的な慣習や持続可能な生計の立て方といったものとは合致しないのである。
最近の研究によると、NbS活動が生態系や森林や生物多様性に対して悪影響を及ぼし、合わせて先住民族の人々や多方面の女性や地域共同体にも悪影響を及ぼすということが明らかとなってきている。更に何世代にわたり自然を守ってきていた人々を疎外していくことも明らかとなってきている。
例えば、シェルの例では、シェルは、年間1億ドルを『自然を意識したプロジェクト』向けに投資することで、シェルのGHG排出分をオフセットすることを狙ってNbSを利用している。同様にフランスの石油大資本のトタルは、アフリカで木材・森林・アグロフォレストリー・植林分野のプレイヤーであるForetリソースマネジメント社と共同してコンゴ共和国と提携契約を結び、4万haに及ぶ植林活動を行っている。トタルはコンゴ共和国で1000万ha以上の植林を行うという。
植林活動や再森林化活動の何処が問題なのかと尋ねるかもしれない。
しかしながら、世界の巨大企業が主にカーボンオフセット制度を利用する形で「商品市場指向型のNbS」プロジェクトに投資する行動の状況を丹念に精査していくと、それら高排出事業体企業の行動というものは、気候危機や生物多様性危機を解決することを狙っての行動というよりも、高排出事業体企業によるグリーンウォッシングの行動にすぎないということが判ってくるだろう(高GHG排出企業や排出国政府が、彼らに染みついた悪いイメージの払しょくを狙うとともに、自然環境という資源を商品化し、市場に引き出すことで、可能な限りこれら活動への投資に対する利益・配当の獲得をも狙う行動をグリーンウォシングというのだろう)。
FAOとNature Conservancy(1951年設立の自然保護NGO。生物生息地確保や生態系保全活動を行う。100万人以上の会員を擁す)との共同文書が、これらの行動の傾向を取り上げており、それによると農業分野のNbSは主として混合型資金調達・債権・グリーンクレジットと株式・カーボンクレジット・生物多様性及び水系オフセット等を通じて出資金のリターンを求める傾向をこれらの行動がどのように反映しているかを示している。
このNbSというレンズを通して見ると、『森林と土地は金銭化できる資産であり、自然資産は経済的に増大が期待できる』という見方が生まれてくるのである。
2022年2月のナイロビで開かれた国連環境会議(UNEA 5.2)において、「持続可能な発展のための自然を意識した解決策NbS」に関する決議5/5が採択された。
この決議は多国間協議で定義が合意されたNbS活動を可能な限り迅速に進めていくという推進力を与える一方で、展開が予想されるNbS活動が、GHG排出削減活動の迅速化、深耕化、継続化という我々の要求を妨げることがないよう確認していくためにNbSの効果効能の分析の必要性がある点を確認し、指摘もしている。
またNbS(nature-based solutions)が誤用・悪用される可能性への懸念から、『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』との調和の必要性を強調もしている。
『自然を意識した解決策NbS(nature-based solutions)』と『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』との曖昧で、ハッキリしない結合化は、気候変動と生物多様性(T8)および人々に対する自然の貢献の再建(T11)に関する目標を検討した昆明-モントリオール世界生物多様性枠組交渉(KMGBF)においても反映されている。
この決議はまた、NbSには多面的な解釈が存在していることを認めており、協議参加国間の中に共通認識が欠けている事実も認め、受け入れている。
先住民族の主要グループは、炭素マーケットのオフセットシステム装置というものが、先住民族の権利を侵害し、彼らの領域を侵食し、重大な人権問題を引き起こす可能性があると、警告を発している。彼らの主張は正当なものである。
NbSの提案者や支持者らは、『自然を経済的な資産だと解釈し取り扱おうとする』のであり、自然の従来からの管理者たちから自然を奪い取り、自然を投資対象となる商品に変えて、彼らの投資に見合う将来の利益獲得を目指すのである(16世紀イギリスで進行した、地主による牧場用地の獲得の為の、そして農民の離村と賃金労働者化を促し産業革命の地ならしを求めた運動と理解される「囲い込み運動」の現代版だろう)。
NbSを『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』と調和させようとする試みが、KMGBF交渉にも及ぼうとしていることが見られており、懸念すべき状況が生まれている。
『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』には、CBDおよび数回の気候危機COP会議を経てきたという長い発展の歴史がある。
『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』というものは、多様な文化的背景をもつ人々が生態系を統合する要素である、という認識のもとで、人々はみな平等に生態系を保全しつつ持続可能なやり方で生態系を利用していくことを推進しようという考えである。
一方で、国連環境総会UNEAの決議内容は、気候危機と生物多様性危機という双頭の危機の解決策を求めんが為に、極端に緩和手段(mitigation)に軸足を置いたものであり、そこには先住民族・多面的な活躍する女性や地域共同体が介在していることの考えが抜け落ちているのである。
この重大な欠点を持つ「商品市場主導の解決策作り」の動向に我々は反対すべきである。
この国連多国間協議場内に起こっているNbSを『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』と同一視し、調和させようとするこれらの試みは、大きな問題を孕んでいるだけでなく、自然の持つ機能が商品化され・金融化され、そして民営化されていくことを狙う商品市場至上主義に基づく市場内の協調関係が構築されることになる。
自然と一体に暮らしている我々が懸念を訴えていく際の障害物となり、結果的に政治的思惑を利する恐れがあるのである。
UNEAのNbSに関する政府間協議と気候変動と生物多様性に関するCBD SBSTTA25会議が始まる今、我々は人々と地域共同体を気候変動と生物多様性に関する議題の中心に据える絶好の機会を得ている。必要な進路修正を行い、気候変動と生物多様性という2つの危機に対する有効な解決策への道を切り開く時が来ている。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
yo-chan
その後、「なぜ今、木造高層ビルが建ち始めているのか------日本が抱える国家的な森林問題」
(Yahoo!ニュース 2024年2月29日付け一志治夫氏記す)という記事があることが判ったので、その紹介を兼ねて木造高層ビルや木造都市計画等に関連する我が国の現在地を一志氏の話をなぞりながら先ずは見てみたい。
O現状説明として:木材を使った高層大規模ビル建築が急速に増えたのは、2020年代に入ってから。純木造は少ないが、柱や梁、内外装に木を多用し、鉄骨や鉄筋コンクリートと組み合わせて造る地上6階建て以上のビルは、都内だけで、すでに20棟をゆうに超えている。この1月4日には、東京日本橋で地上18階建て、高さ84mの「日本一の高層木造賃貸オフィスビル」(建築主/三井不動産 設計・施工/竹中工務店)の建設工事も始まった(竣工予定は2026年)。
O木造高層ビルが増えだした理由:CLTや耐火集成材といった火災時の耐火性能を持つ木の柱・梁など新たな木質系材料が誕生し、鉄骨とのジョイントなどの技術開発をゼネコンやメーカーが進めた結果、燃える、腐る、折れるといった木材の弱点、課題が克服され始めたこと。つまり、高性能の木材が誕生したことで、木造高層につきものの消防法との兼ね合いや海外事例の拡大という背景をもとに、難題のハードルが下がってきたことが一つ目の理由。そして、この動きを後押しする法整備の存在がもう一つの理由。
O現在の法整備の状況:2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行され、その後2021年に改正され、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市〈まち〉の木造化推進法)となった。これをもとに、建築主が国や地方公共団体とともに木材利用に取り組む「建築物木材利用促進協定制度」が創設され、各行政による補助金制度も整い始めている。
O木造高層ビル建設が推進される背景:一つは日本が抱える切実な森林問題を挙げ、我が国の森林と林業の歴史に触れている。国土の3分の2が森林。その4割は人工林。木材を利用し、森を循環させることが日本の絶対的テーマと考えるも、1964年の木材輸入自由化で外国産材の輸入が急増。「林業は儲からない」となり「放置林」が増加。2002年に国産材の供給量が底を打ち増加に転じるものの、2021年の自給率はいまだ41.1%。かかる状況が現在地とはいえ、SDGsやESG投資と無縁ではいられないスーパーゼネコンや大手不動産会社にとって、法整備も整いつつある中、我が国の絶対的テーマである国内の木材利用、そして日本の森を好循環させることにも繋がるという観点から見ても、「木造高層ビル」建設推進の動きは、うってつけのテーマと捉えられているのであろう。そして2010年の「公共建築物等木材利用促進法」も後押しする形で、一気に建築業界の積極的な取り組みが始まったのである。
O今や不動産会社自らが森林を保有したり、管理運営する:野村不動産ホールディングは、2022年10月東京奥多摩に、「つなぐ森」の地上権を取得し循環する森づくりをスタートさせ、東京都と「建築物木材利用促進協定」を締結。今後30年、130ヘクタールの森を保有し、「地産地消の循環する森づくり」を推進していくとしている。「つなぐ森」で生産される木材は、年間約500m3。野村不動産グループが目標とする木材使用量は16,500m3。「つなぐ森」からの木材は1.5%分とわずかであるが、切り出した丸太を地域の加工所に出すことで、加工所の生産量は従来の3倍になり、地域に新たな雇用が生まれている、と意義を語っている。
日本の人工林の約半分が主伐期の50年生を超えている。CO2吸収量が減少する高齢木を伐採し、新たに植えるという循環システムを作ることは急務とされており、そうした中で不動産会社が地産地消を掲げて森林を保有し始めたことの意義は深い。
また、不動産会社「ヒューリック」は2021年10月、銀座8丁目に「銀座を中心に森を作る」を開発コンセプトに、日本初となる耐火木造12階建ての商業施設「HULIC&New Ginza8」を竣工(設計・施工/竹中工務店)。福島県産のスギを中心に使った木造+鉄骨造のハイブリッド建築。外装に木材を使用し、柱や梁に耐火集成材を用い、構造材だけで288㎡の木材を使用。ヒューリックは、「伐採した分の木は植える」を掲げ、福島県白河で植林活動も行っている。森の循環あっての木造建築というコンセプトがここでも貫かれている。
以上、一志治夫氏の情報をもとに日本の木造高層ビルと日本の森林の状況ならびに今後の行方を占う話を紹介したが、都市の高層木造ビルのプロジェクトを推進している不動産デベロッパーの担当者の一人が思わず語った言葉が気になったので、彼の言葉も再録しておきます。
『2030年の前後って、木造ビルがたくさん出来ていたよね、なんか流行っていたよね、みたいなことになっちゃうことですね、一番恐れているのは』と彼はこうなって欲しくはないものの、大いに有りえる近未来の「日本の木造高層ビル事情」を懸念しているのである。ここに紹介している大手デベロッパーの動向は、賞賛に値するものと評価したい。熱しやすく、冷めやすい世の常の中でも、めげずに何とか進展していってほしいものではある。
とは言え、上に紹介した一志治夫氏の記事の内容は、日本も日本の不動産会社も良くやっているじゃないか、是非上手く進むよう我々も協力したいものだ、といった思いになるのはある意味、コインの一面のみを見ての話なのである。
コインの反対側の面を考えてみたい。
その為に先ずキーワードとなる、nature-based solutions(「自然を意識した解決策」NbSと略記)という言葉の説明が必要となる。
気候変動による社会・経済・環境上への打撃に世界が今後対処していく時に、このNbSが大きな役割を果たすとの観点から、国連環境総会第5回会合(UNEA-5)において多国間でNbSが討議され、その定義が正式に決定されている。
決定された定義は次である。
『手つかずの自然の陸地・水域の生態系、あるいは人手が入り改変された陸地・水域の生態系を保護・保全・再生・持続可能なやり方で利用し、管理運営する行動がNbSである。このNbSの行動は、我々が直面する社会的・経済的・環境上の課題に対し、有効であり順応性がある行動であること、そして併せてこのNbSの行動が、人々の幸福、生態系が持つサービス、そして回復力と生物多様性を提供できるような行動、をNbSとしている』
2023年4月15-16日に札幌で開かれたG7気候・エネルギー・環境大臣の会合でもこのNbSが一つの議題として討論され、UNEA-5における議論を追認し、NbSが気候・生物多様性・人間の幸福を含む多くの課題の解決に有効に働く能力を持っている、としてNbSの実行化実践化を強調している。
この世界の動きに合わせて、東京都は2030年目標(自然と共生する豊かな社会を目指し、あらゆる主体が連携して生物多様性の保全と持続可能な利用を進めることにより、生物多様性を回復軌道に乗せる=ネイチャーポジティブの実現)という東京都生物多様性地域戦略を立てており、この戦略の基本戦略IIに、行政・事業者・民間団体などの核となる主体者と共に『Tokyo-NbS』アクションを推進する、という行動目標をたてている。2030年までを「NbS定着期間」と捉え、各主体がNbSとなる取組を実施することを目指す、として手法としてのNbSが組み込まれている。
国際自然保護連合(IUCN)が提唱し、国連環境総会(UNEA)がお墨付きを与え、G7が推進力を与え動き出した我々市民社会と経済社会そして自然環境に大きく影響を及ぼす気候環境危機・生物多様性損失危機・生計危機等への順応策緩和策を考えていく手法として『自然を意識した解決策NbS』が注目されて来ているのが我々の現在地だといえます。
一志治夫氏の話題にある大手不動産会社の東京奥多摩で展開されている「つなぐ森」プロジェクトが、東京都のTokyo-NbSアクションメンバーに登録されている(他にサントリーの「奥多摩の森林整備による水資源と生物多様性の保全」プロジェクトがある)ことからみても、現在、行政と大手企業という主体組織が「気候危機・環境危機・生物多様性損失危機等の順応緩和策を考え出していく手法」として『自然を意識した解決策NbS』を大きく意識していることが判ると思う。
NbSが注目され、行政と大手企業が主体的に動き出している状況は、歓迎すべきだけれども、この流れには注意が必要だとする意見・情報が存在しているのである。次の情報です。
『自然を意識した解決策(NbS)』---気候危機と生物多様性危機を利用して企業や自治体がグリーンウォッシュの手段とする間違いであり困った解決策(原題:“Nature-based solutions(NbS)"---another false, corporate pathway in the great greenwashing of the climate and biodiversity crises、globalforestcoalition.org、 Oct.12,2023 by S.Lahiri and V. F. Martinez)
「自然を意識した解決策(NbS)」に関する国連多国間協議の最終ラウンドが今週ナイロビで行われる。NbSに関しては、昆明-モントリオールでの生物多様性枠組み協議においても議題になっている。これらの協議に入っていく際、我々はこれらの取り組みの方向性を慎重に見極めていくことが大切である。
NbSという言葉は、多くの人にとって健全な方向が目指されているとの印象を与えるだろう。しかし慎重にそして厳密に実施状況を分析・精査していくと、気候危機・生物多様性危機の解決を目指すNbSの理念とは反対に、危険な障害物となる恐れが浮かび上がる。
政策立案者らは、これら多国間協議の場に於いて、社会的・環境的課題に対して彼らが取り組む際に、NbSという用語が、持続可能な管理運営方法であり、自然の特徴や自然の流れを利用しているという意味合いを持つ、と指摘している。
しかし実態としては、カーボンオフセットの図式を含むような彼らが提案する方式は、人間の権利の破綻や生態系システムの破綻に繋がるものだとの認識が強まっており、そして同時に真の緊急課題である炭素排出を削減する課題から我々の注意をそらす有害なものではないか、と徐々に受け取られるようになってきている。
これらの間違った解決策が提起される動因として考えられるものは、不安感を過大に煽る企業側のロビー活動組織の存在がある。
石油・天然ガス・アグロビジネス・輸送部門の事業者らやGHG高排出諸国の政府らが「自然を意識した解決策(NbS)」という言葉を使用することが、増えてきている。
これらの事業体や政府は、我々が今日目撃している環境破壊の大半の責任を負うべき組織であり、世界中の共同体に影響を与えている。
環境保護の幾つかのNGO団体もNbSを支持しており、NbSの考えが最適なインフラを作りだし、生物多様性がある未来を約束するのに役立つとしている(IUCN?)。
しかしながら、NbSの指針となる原理原則は、数千年にわたり地球上の森林の保護者の任を負ってきた先住民族の人々の智恵や世界観や伝統的な慣習や持続可能な生計の立て方といったものとは合致しないのである。
最近の研究によると、NbS活動が生態系や森林や生物多様性に対して悪影響を及ぼし、合わせて先住民族の人々や多方面の女性や地域共同体にも悪影響を及ぼすということが明らかとなってきている。更に何世代にわたり自然を守ってきていた人々を疎外していくことも明らかとなってきている。
例えば、シェルの例では、シェルは、年間1億ドルを『自然を意識したプロジェクト』向けに投資することで、シェルのGHG排出分をオフセットすることを狙ってNbSを利用している。同様にフランスの石油大資本のトタルは、アフリカで木材・森林・アグロフォレストリー・植林分野のプレイヤーであるForetリソースマネジメント社と共同してコンゴ共和国と提携契約を結び、4万haに及ぶ植林活動を行っている。トタルはコンゴ共和国で1000万ha以上の植林を行うという。
植林活動や再森林化活動の何処が問題なのかと尋ねるかもしれない。
しかしながら、世界の巨大企業が主にカーボンオフセット制度を利用する形で「商品市場指向型のNbS」プロジェクトに投資する行動の状況を丹念に精査していくと、それら高排出事業体企業の行動というものは、気候危機や生物多様性危機を解決することを狙っての行動というよりも、高排出事業体企業によるグリーンウォッシングの行動にすぎないということが判ってくるだろう(高GHG排出企業や排出国政府が、彼らに染みついた悪いイメージの払しょくを狙うとともに、自然環境という資源を商品化し、市場に引き出すことで、可能な限りこれら活動への投資に対する利益・配当の獲得をも狙う行動をグリーンウォシングというのだろう)。
FAOとNature Conservancy(1951年設立の自然保護NGO。生物生息地確保や生態系保全活動を行う。100万人以上の会員を擁す)との共同文書が、これらの行動の傾向を取り上げており、それによると農業分野のNbSは主として混合型資金調達・債権・グリーンクレジットと株式・カーボンクレジット・生物多様性及び水系オフセット等を通じて出資金のリターンを求める傾向をこれらの行動がどのように反映しているかを示している。
このNbSというレンズを通して見ると、『森林と土地は金銭化できる資産であり、自然資産は経済的に増大が期待できる』という見方が生まれてくるのである。
2022年2月のナイロビで開かれた国連環境会議(UNEA 5.2)において、「持続可能な発展のための自然を意識した解決策NbS」に関する決議5/5が採択された。
この決議は多国間協議で定義が合意されたNbS活動を可能な限り迅速に進めていくという推進力を与える一方で、展開が予想されるNbS活動が、GHG排出削減活動の迅速化、深耕化、継続化という我々の要求を妨げることがないよう確認していくためにNbSの効果効能の分析の必要性がある点を確認し、指摘もしている。
またNbS(nature-based solutions)が誤用・悪用される可能性への懸念から、『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』との調和の必要性を強調もしている。
『自然を意識した解決策NbS(nature-based solutions)』と『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』との曖昧で、ハッキリしない結合化は、気候変動と生物多様性(T8)および人々に対する自然の貢献の再建(T11)に関する目標を検討した昆明-モントリオール世界生物多様性枠組交渉(KMGBF)においても反映されている。
この決議はまた、NbSには多面的な解釈が存在していることを認めており、協議参加国間の中に共通認識が欠けている事実も認め、受け入れている。
先住民族の主要グループは、炭素マーケットのオフセットシステム装置というものが、先住民族の権利を侵害し、彼らの領域を侵食し、重大な人権問題を引き起こす可能性があると、警告を発している。彼らの主張は正当なものである。
NbSの提案者や支持者らは、『自然を経済的な資産だと解釈し取り扱おうとする』のであり、自然の従来からの管理者たちから自然を奪い取り、自然を投資対象となる商品に変えて、彼らの投資に見合う将来の利益獲得を目指すのである(16世紀イギリスで進行した、地主による牧場用地の獲得の為の、そして農民の離村と賃金労働者化を促し産業革命の地ならしを求めた運動と理解される「囲い込み運動」の現代版だろう)。
NbSを『生態系を意識した活動(ecosystem-based approaches)』と調和させようとする試みが、KMGBF交渉にも及ぼうとしていることが見られており、懸念すべき状況が生まれている。
『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』には、CBDおよび数回の気候危機COP会議を経てきたという長い発展の歴史がある。
『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』というものは、多様な文化的背景をもつ人々が生態系を統合する要素である、という認識のもとで、人々はみな平等に生態系を保全しつつ持続可能なやり方で生態系を利用していくことを推進しようという考えである。
一方で、国連環境総会UNEAの決議内容は、気候危機と生物多様性危機という双頭の危機の解決策を求めんが為に、極端に緩和手段(mitigation)に軸足を置いたものであり、そこには先住民族・多面的な活躍する女性や地域共同体が介在していることの考えが抜け落ちているのである。
この重大な欠点を持つ「商品市場主導の解決策作り」の動向に我々は反対すべきである。
この国連多国間協議場内に起こっているNbSを『生態系を意識した活動(ecosystems approach)』と同一視し、調和させようとするこれらの試みは、大きな問題を孕んでいるだけでなく、自然の持つ機能が商品化され・金融化され、そして民営化されていくことを狙う商品市場至上主義に基づく市場内の協調関係が構築されることになる。
自然と一体に暮らしている我々が懸念を訴えていく際の障害物となり、結果的に政治的思惑を利する恐れがあるのである。
UNEAのNbSに関する政府間協議と気候変動と生物多様性に関するCBD SBSTTA25会議が始まる今、我々は人々と地域共同体を気候変動と生物多様性に関する議題の中心に据える絶好の機会を得ている。必要な進路修正を行い、気候変動と生物多様性という2つの危機に対する有効な解決策への道を切り開く時が来ている。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
yo-chan