
軍艦島の中でもよく知られた場所や有名なエピソードの数々は、
軍艦島関係の老舗サイトさんを初め、私たちオープロジェクトや
端島出身の方のサイトもで、沢山アップされているので、
このブログでは、あまり知られていない所を取り上げていきたいと思います。
軍艦島の隣の島<中ノ島>の特集も、そろそろ終焉に近づいて来ました。
昨日に引き続き、岩礁頂上部に残る緑地公園の話です。

※画像はクリックすると拡大します。
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昨日の記事に取り上げた最後の階段を登ると、
育ち過ぎたソテツの木が最後に行く手を阻みますが、
なんとかそこを抜けると小さな平坦地へでます。
休憩所らしき建物が建っていますが、
鉄筋コンクリートとブッロク造りなので、これはあきらかに昭和30年代の
緑地公園整備の際に建てられた物だと思います。
なんか動く気配がしたのでよく見てみると、
ミルクティー色の毛並みをしたウサギが2匹いました。
最初は目を疑いましたが、辺りを見回してみると、
軍艦島にもほんの少し育っているイヌビワの木が沢山あって、
更に軍艦島のそれよりも遙かに多くの実を付けています。
恐らくこれら木の実や、地上に生える草植物を食べているのでしょう。
上画像の小屋の中には大量の糞がありました。

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小屋の裏には、桜の木とブランコがありました。
画像に入れ込む被写体を欲張ったので、ちょっとわかりにくいですが、
右側に写る木が桜で、これ以外にも幾本かの桜の木がすくすくと成長していました。
中ノ島は炭鉱閉山後に桜が植樹され、以降軍艦島の島民の、
花見スポットとしての役割を担うようになります。
付近には花見をしたときの物と思われる一升瓶が散乱していました。
隣のブランコで驚いたことは、腰掛板をつるすチェーンまで残存している事です。
軍艦島の島内にも何箇所かにブランコがありましたが、
現在では総て腐食して跡形もなくなっています。
たとえ葉や枝の間に隙間があろうと、植物が潮害を防ぐ強力な力を感じます。

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花見スペースの奥にトイレがあり、その先には道が続いています。
この道と花見スペースは同じレベルですが、
道の途中、一段下がったレベルにそれなりの平坦地が広がっていました。
炭鉱操業時の写真を見ると岩礁の上部にも建物が並んでいるので、
恐らくそれらの建っていた場所だと思います。
軍艦島の住宅が、岩礁の上に行くほど職階も上がっていたように、
この中ノ島でも、やはり上の方には三菱の職員が住んでいたのでしょうか。
道はやがて大きな岩に阻まれて、その先は道かどうかも確認出来ない状態になっていました。
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■シリーズ:中ノ島■ INDEX
【参考】蒟蒻煉瓦:小菅修船場
元軍艦島の島民の方々のブログ及びサイト
★現役時代の中ノ島:炭鉱操業時と綺麗に整備されている緑地公園
★究極の軍艦島サイト!:軍艦島や中ノ島の事を詳しく知りたい方はまずこちらへ!
通常見られない数々の操業時の写真は圧巻!
山頂部の構造物、なつかしくて、なつかしくて、もう40年が過ぎております。
明治時代の中の島写真を何点か知ってますが、その頃の息吹を感じました。
これからも、よろしくお願い申し上げます。
▼元端島の住民 さんへ
サイトで紹介して頂き、ありがとうございます。
この特集の#01に書き込みをしていただいたgoheitaさんも、
40年前に上陸されたそうですが、
今とは随分違っていたのでしょうね。
山頂部の遺構は、blogにも書きましたが、
鉄部の腐食がそれほど激しくないのに驚きました。
できれば中ノ島坑外俯瞰図を入手するか作るかして、
ダイナミックな炭砿操業時の様子を
リアルに感じてみたいと思います。
こちらこそよろしくお願い致します。