その昔、今から30数年前、まだ私が20歳そこそこだった頃、自分の子供の話をされる時に「ちゃんづけ」で表現しておられのを聞いたり、自分の子供を呼ぶ時に「◯◯ちゃん」と呼んでおられるのを聞いた時に、ものすごい違和感を覚えた。
私の子供の頃、昭和30年代(1955年~)には、親の口から、ちゃんづけで呼ばれたことはない。他人に話をする時も呼び捨てがフツーだった。
それから数年、ペットをちゃん付けで呼んでおられるのを聞いて、もっと違和感を覚えた。
違和感とは、しっくりしない感じ。また、ちぐはぐに思われること。 と辞書にはある。
しっくしりしないのは「私」であって、語っている人は違和感がないのだから、そこで「感じ」に個人差が出る。
所詮違和感など主観の賜物でしか無い。無いが、、、、その違和感を覚えた数十年後に自分がその違和感を体現している。
我が愛犬、いわゆるペットを「凛ちゃん、ハクちゃん」 と家でも言い、ヒトサマと話す時にもつい口から出てしまっている時がある・・・。
もちろん呼び捨ての時の方が圧倒的に多いと思うが・・・
いや、ひょっとして最近は ちゃん付けの方が圧倒的に多いかも・・・。
自分が無意識に「ちゃん付」で呼んでいる、その自分の声を聞いて我に返り、「ああバカだな」と思うのだか、長年連れ添っているとこういうことになるのだろうか、、、。
犬ではある、犬ではあるが、一匹、二匹という勘定の仕方にも違和感を覚える私に、世間は違和感を覚えるだろう。
まあ、小さい私とワンズだけの世界の中(家の中)で、私が何を言おうと誰にも迷惑をかけないのだからいいんだけどね。
では、また明日
ご精読ありがとうございました。
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