こんにちは。まずはこの写真を見てください。
これは、昭和20年10月9日から昭和21年5月22日まで続いた幣原喜重郎内閣の閣僚写真です。非常に綺麗に写っております。
さて、幣原内閣は最後の陸軍大臣と海軍大臣が列した内閣で、陸海軍廃止後は第1復員大臣、第2復員大臣になり両職とも幣原が兼任します。
海軍側最期の海軍大臣は元首相でもある米内光政海軍大将で前列左から3番目。所謂3種軍装を着用している人物です。
ちなみに、当初は豊田副武海軍大将が決定し、新聞の顔触れにも出されましたが、取りやめとなりました。
↑米内大臣(左)と幣原首相。
米内大将は略綬と階級章を付けております。
対して、陸軍側最期の陸軍大臣は下村定陸軍大将。後列右から2番目の人物です。
下村大将は日中戦争時の第4部長のち第1部長で盧溝橋事件勃発時は拡大派として活動してました。
↑下村大臣
下村大将はモーニング服です。米内大将の軍服とは相対する格好です。これは何故なのか?疑問が出ます。下村大将も軍服で問題なかったのではないか、と。
幣原内閣写真
『日本経済新聞』「農相就任、第1次農地改革を主導『日中関係に賭けた情熱』松村謙三(4)
政客列伝 特別編集委員・安藤俊裕」
2012/3/25 付(閲覧日2017/9/26)
http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXNASFK1902F_Z10C12A3000000/
これは、昭和20年10月9日から昭和21年5月22日まで続いた幣原喜重郎内閣の閣僚写真です。非常に綺麗に写っております。
さて、幣原内閣は最後の陸軍大臣と海軍大臣が列した内閣で、陸海軍廃止後は第1復員大臣、第2復員大臣になり両職とも幣原が兼任します。
海軍側最期の海軍大臣は元首相でもある米内光政海軍大将で前列左から3番目。所謂3種軍装を着用している人物です。
ちなみに、当初は豊田副武海軍大将が決定し、新聞の顔触れにも出されましたが、取りやめとなりました。
↑米内大臣(左)と幣原首相。
米内大将は略綬と階級章を付けております。
対して、陸軍側最期の陸軍大臣は下村定陸軍大将。後列右から2番目の人物です。
下村大将は日中戦争時の第4部長のち第1部長で盧溝橋事件勃発時は拡大派として活動してました。
↑下村大臣
下村大将はモーニング服です。米内大将の軍服とは相対する格好です。これは何故なのか?疑問が出ます。下村大将も軍服で問題なかったのではないか、と。
幣原内閣写真
『日本経済新聞』「農相就任、第1次農地改革を主導『日中関係に賭けた情熱』松村謙三(4)
政客列伝 特別編集委員・安藤俊裕」
2012/3/25 付(閲覧日2017/9/26)
http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXNASFK1902F_Z10C12A3000000/