goo blog サービス終了のお知らせ 

 ★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第476回 テルアビブ事件ーひとつの解

2022-06-10 | エッセイ
 あれからもう50年になるのですね。新聞の特集記事を見て思い出しました。
 1972年5月30日に起きたテルアビブ事件のことです。日本赤軍の奥平剛士、安田安之、岡本公三の3人が、テルアビブのロッド空港(現ベングリオン空港)で銃を乱射した無差別テロで、死者26人、負傷者70人以上を出しました。現場となった空港(現在)です。


 奥平、安田の二人は、乱射後、手榴弾で自殺、生き残った岡本だけが裁判にかけられ、終身刑の判決を受けました。その後、釈放され、現在はレバノンに政治亡命中です。そして、パレスチナとイスラエルの対立というだけでは説明できない大きな謎が残りました。 
①一般市民の大量殺戮という政治的にはマイナス効果しか生まないような作戦が、②日本赤軍という世界的に見ればマイナーな組織によって、③テルアビブという地で、実行されました。その背景に何があるのか・・・私も含めて、事件を知る多くの人が抱く疑問です。
「独占スクープ・テルアビブ事件」(「思索紀行 下」(立花隆 ちくま文庫)所収)を読んで、極めて説得力に富む「ひとつの解」を得ました。当時、立花はたまたま中近東を放浪中で、週刊文春の依頼を受けて、岡本との面会、裁判傍聴、周辺取材などを行い、同年7月の判決直後に誌上に発表したものです。
 その解を先に言ってしまうと、「真の狙いはダヤン国防相の暗殺だっと」という衝撃的なものです。
 まずは組織の関与です。CIAや西側諜報組織は、「国際革命機構」という組織の存在をつかんでいました。日本赤軍のほか、PFLP(パレスチナ解放機構)、アイルランドのIRAなど世界の最過激組織を網羅し、強固な組織力、軍事力、豊富な資金力を誇る組織です。先ほどの、②なぜ日本赤軍が、③なぜテルアビブで、という疑問の背景に、この組織が浮かび上がってきます。また、事件直前の岡本ら3人の足取りからも、この組織と接触があり、なんらかの指示を受けていた可能性がある、とも立花は言及しています。

 いよいよ、①なぜ政治的にマイナス効果しか生まない作戦が実行されたか、の謎に挑まなければなりません。
 岡本の尋問には、国防省ナンバー3のゼービ将軍が当たりました。重大な事件ではありますが,これだけの高官が直接尋問するのは極めて異例です。イスラエル当局は、国際革命機構の関与を強く疑い、本当の狙いを必死に探ろうとします。そのため、ゼービと岡本は、その情報と、岡本の自殺用ピストルとの交換協定にサインまでしています。その協定書は、関係者了解のもと、保管責任者の名は切り取られて、法廷に提出されました。

 取材を続ける立花は、現地の情報通からある情報を得ます。それは、「当局がこんなに必死になっているのは、ダヤン暗殺計画が真の狙いじゃないかと考えてるからなんだ」(同)というもの。その情報通はそれ以上のことを明らかにしてくれませんでした。しかし、この情報で、それまでばらばらであった情報が「ダヤン暗殺計画」へと収斂します。
 まず、先ほどの協定書で切り取られた保管者の名前は、岡本が心情的に信頼を寄せ、国家を代表できる人物とすれば「ダヤン」しか考えられません。尋問に立ち会っていた可能性もあります。種々の情報も総合し、本人も、当局も、ターゲットはダヤンであるとの確信を得ていたはずです。

 では、銃乱射事件とは何だったのでしょうか?
 ダヤンを空港に呼び寄せるための前段の作戦だった、とすれば謎は解けます。ダヤンは、仕事熱心で、重大な事件などがあれば、自ら率先して乗り込む習性がありました。事実、この時も、25分後には、現場にかけつけています。しかし、彼の自宅なり、国防省からこんな短時間に駆けつけるのは無理ですから、暗殺を狙うグループは、彼が空港の近くにいることを掴んでいたはず、と立花は推理しています。
 イスラエル当局も、ある程度の情報は得て、警戒していたのでしょう。暗殺は実行されませんでした。本当に暗殺計画はあったのか、暗殺団が現地にいたのか、についての確証はありません。間接的ですが、立花は2つの事実を取り上げています。

 まずは、「事件直後にベイルートのPFLP本部が発表した声明である。その中で、ロッド空港にはPFLPのゲリラ5人が事件当時おり、それぞれの任務を果たして無事帰還したというくだりがあった」(同)という記述です。真偽を別にして、ひとつの重要な情報には違いありません。
 さらに「事件後に開かれた国会で、あの事件を未然に防げなかったのかという討論があったのだが、その中で、ある国会議員が「諜報機関では、あの事件に関して一つの手落ちがあったことを認めている」という発言をしている事実である。」(同)とあります。
 「一つの手落ち」という言葉が重いです。ダヤン暗殺計画については、ある程度、情報は得ていたものの、「もうひとつ」の乱射事件の情報が、欠落していたことを暗示していますから。

 立花は記事をこう締めくくっています。「こう考える(それまでの一連の推理、推論を指します:芦坊注)以外は解釈がつかないナゾが多すぎると思うのである。むろん、ことの真相がどうであったかは知るよしもないのだが・・・・」(同)プロの取材力、推理力に脱帽です。
 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。
この記事についてブログを書く
« 第475回 椎名誠のアイスランド | トップ | 第477回 ロンドンの地下鉄に乗ろう... »
最新の画像もっと見る