国の名前で随分損をしているなぁ、と思うのが「アイスランド」です。北ヨーロッパの北大西洋上に位置する島国で、すぐ北に、で~んと「グリーンランド」というデカい国が控えています。実際はこの国のほうが「氷の国」と呼ぶのにふさわしい北極圏の国です。ヨーロッパからの移民を推進する山師のような人物が、あえて「緑の国」と名付けたとも言われています。
最近、椎名誠の「アイスランド 絶景と幸福の国へ」(椎名誠 小学館文庫)を読んで、副題にもあるように、この国が、その名前とは裏腹に、いろんな意味で豊かな国であることを知りました。2014年、3週間かけて行われた旅行を追いながら、3つの切り口で、ご紹介することにします。
★幸せで安全な国★
面積は本州の半分ほどで、人口は約36万人(2020年)です。北の一部は北極圏に入りますが、メキシコ湾からの北大西洋海流のおかげで、首都レイキャビクでも、冬場の気温は5度くらいと東京並み。そして、夏も20度を超えることはほとんどありません。まずまず快適な環境といえます。質素で清潔なその街並みです(同書から)。
軍隊はありません。警官は銃を携行していません。殺人事件もほとんどなく、旅行中、パトカーを見かけたことは一度もない、と椎名は書いています。道路の制限速度が90kmというのに驚きました。昼間でも点灯が義務付けられているとはいえ、自己責任が徹底しているオトナの国です。
消費税率は25%と高いです。でも、6歳から16歳までの義務教育は無料、医療費も無料(歯科は有料)とキチンと国民に還元されています。
さて、そんな国での暮らしを人々はどう思っているかのデータが紹介されています。コロンビア大学が国連の支援を得て行なっている「世界幸福度レポート」の2013年版によると、1位デンマーク、2位ノルウェー、3位スイスなどについで9位だというのです(2020年は4位。ちなみに日本は43位)。
目先の便利さ、快適さとは一線を画する「幸せな」暮らしぶりが想像されます。この国では、10人に1人が本を出版する「出版大国」だ、というのを別の本で読んだことがあります。高い教育水準と暮らしの余裕があってこそ、なのでしょう。
★エコな国★
この国には、原発、火力発電所はありません。水力と地熱発電で電気を作っています。「火山の国」にふさわしく7つの地熱発電所を持ち、必要量の29%をまかなっています。その内のひとつを椎名も訪問していますが、コンピュータ化が進み、あまり人員はいません。「いったんシステムを作ってしまうと、発電エネルギーである地熱は限りなく噴出されてくるからだろう。」(同書から)
発電に利用されたあとの熱い湯はパイプで各家庭に送られます。60度ほどで入ってきた湯は、キッチン、風呂、床暖房などに利用され、20度ほどになって出ていく仕組みです。料金は月額6千円ほどとリーズナブル。冬の暖房費の節約にもなる合理的なシステムです。
椎名が訪問した一家では、地熱を利用して、パンを作っていました。庭の一角に1メートル四方くらいの穴があけられています。そこにパン生地を入れた缶を置いておくだけです。24時間するとほかほかのパンが出来ます。時間はかかりますが、エコで、なかなか美味しそうです。
★ワイルドな自然もある国★
世界各地を冒険、探検してきた椎名ですから、この国のワイルドな自然も堪能しています。
氷河が削り取った険しいフィヨルドを探訪した後、彼が目指したのは、アイスランド最西端の地、ラウトラビャルクです。切り立った断崖が14キロも続くところで、444メートルと一番高い崖の際に立ちました。一番上にポツンと見えるのが椎名です(同書から)。
ロープとか注意書き看板などの無粋な人工物は一切ありません。自然保護と「自己責任」です。淵は、岩がもろくなっていたり、風向きが急に変わることもあります。「自分の精神や正常なバランスを保てるギリギリのところまで縁に寄っていくことにした。自分の中で危険信号がキリキリいいだす直前まで行って崖の下を覗き込んだ。」(同書から)あの椎名にしてこの緊張ぶり。ちょっと頬が緩みました。
最後のハイライトは、当然「火山」です。ジュール・ベルヌの冒険小説「地底探検」で、その火口が地底への入り口と設定されたスネッフェルス山(標高1500m)へ登頂しています。富士山をだいぶなだらかにしたような山容で、麓まで氷に覆われています。アイゼンを装着しての日帰り行程で、ベルヌの愛読者である椎名にとっては、ひときわ感慨深い登山だったようです。
いかがでしたか?なかなか魅力的な国ですねぇ。それでは次回をお楽しみに。