周平の『コトノハノハコ』

作詞家・周平の作詞作品や歌詞提供作品の告知、オリジナル曲、小説、制作日誌などを公開しております☆

小説第2弾『上京テトラロジー』~9、カズ後編~

2012年02月29日 | 小説
「まったくもう…」
カズの母はため息をついて電話の受話器を置いた。
それはそうだ。
カズの担任から呼び出しを食らったのだから。

「お父様とお母様はこれでご納得されてるんですか?」
担任は母に尋ねた。

「え?」
母は何の事だかさっぱり見当が付いていない様子だ。

母の目の前に置かれた、カズが学校に提出した進路希望調査票の「卒業後の進路」の選択欄では「就職」にも「進学」にも丸印が付けられておらず、その他の欄に「上京する」とだけ書かれてあり、具体的な進学希望校や就きたい業種などを書き込む欄には「ビッグになりたい」とだけ書かれてある。
そしてその紙の右下には、本来は同意した親がするべき捺印がされてある。

「あんた何考えてるの?」
母は横に座らされているカズに訊いた。

「上京して、バンド組んで、それで、デビューして、ビッグになりたいんだ。」
「それならそれで、音楽の専門学校に通いたいとかないわけ?」
「そんな金どこにあるわけ?」
「…」
母は黙ってしまった。

結局1時間にわたる話し合いの末、進路希望調査票の「卒業後の進路」は「アルバイト」と訂正され、「今後、音楽専門学校に通う際の学費のため」と付け加えられた。


それから数ヶ月。
カズにも上京する日が訪れた。
「ほら!早くしなさい! 新幹線に乗り遅れるわよ!」
「分かってるって!」
「まったくもう…」

カズは駅まで母に車で送ってもらった。
「とりあえずあとで10万円くらい振り込んでおくけど、それを使い切る前にちゃんとアルバイトを見つけるのよ!」
「うん、分かってるって。」
「アパートの大家さんに迷惑かけるんじゃないわよ!」
「うん、分かってるって。」
このあとも母とカズの似たような会話が延々と続いたが、それを全文載せると他の3人の主人公と不公平になってしまうので省略させていただく。

新幹線の発車時刻まで5分になった。

「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい!」
「うん。」
「あっちに着いたら電話するのよ!」
「うん、分かってるって。じゃあ。」

カズの姿が見えなくなるまで母は心配そうに見送った。
姿が見えなくなっても母は心配でしばらくそこから動けなかった。

すると、新幹線のホームに向かったはずのカズが改札まで駈け足で戻ってきた。
「どうしたのかしらあの子… まさか寂しくなって…」
「母ちゃ~ん!!」
「どうしたの!?」

「車の中に財布忘れてきた~!!」

「まったくもう…」

(最終章へ続く)