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小室圭さん27日にも帰国へ 10月5日は眞子さま抜き〝ぼっちバースデー〟濃厚

2021-09-23 10:33:15 | 日記
下記の記事はhttps://www.tokyo-sports.co.jp/からの借用(コピー)です。

 秋篠宮家の長女眞子さま(29)と結婚予定の小室圭さん(29)が、27日午後にも滞在先の米国から帰国することがわかった。来月上旬に眞子さまと記者会見に臨み、その後婚姻届を提出する。
 実母・佳代さんの金銭トラブルなど、様ざまな問題を抱えているが、記者会見はリアルタイムではなく、皇室担当者との〝事前収録〟になる見込み。それもアンジャッシュ渡部健のような「吊るし上げ会見」とは違い、あらかじめ用意された質問に答えるだけの、予定調和なものになるとみられる。
「それでもテレビ各局はワイドショーを中心に特番態勢。国民総視聴率は凄まじいものになるのではないか」とはテレビ関係者。
 帰国した瞬間から〝小室狂騒曲〟はスタートする。まずは10月5日に小室さんの記念すべき30歳の誕生日が控えている。
 ただし、小室さんは帰国後、新型コロナの感染対策で14日間の隔離期間に入る。現在、米国からの入国者は自宅や親戚・知人宅、ホテルなどで14日間の待機が求められており、滞在場所は検疫所長に届け出て、その場所以外に移動はできない。他者との接触も禁じられている。残念ながら小室さんは〝ぼっちバースデー〟になる可能性が高そうだ。
 皇室ライターは「佳代さんが暮らす横浜市内の実家はマスコミに割れているため、別の場所に滞在するのではないか。この場合、小室さんはゲストなので、仮に都内ホテルを隔離先に選んだ場合、費用は小室さん持ちではないだろう」と指摘する。
 その後のスケジュールについては、眞子さまの誕生日である10月23日前に入籍。眞子さまはパスポートを取得次第、米国に向かう。
「小室さんは〝受け入れ態勢〟を整えるため、先に単独で米国に戻るのではないか」(同)
 運命の日に向け、いよいよカウントダウンに突入した。

眞子さま 渡米前転居の波紋…仮住まいで警備費2千万円追加か

2021-09-23 10:00:00 | 日記

下記の記事は女性自身オンラインからの借用(コピー)です。

宮内庁の正式発表を待たずに、眞子さまの“年内結婚計画”の詳細が次々に報じられている。

共同通信は9月8日、「眞子さま10月にも婚姻届 宮邸離れ、渡米の準備」と報道。なんと眞子さまは、小室圭さんとの婚姻届を10月に提出されると同時に秋篠宮邸を出ていかれ、マンションなどに転居されるというのだ。

「眞子さまは渡米のためにパスポートとビザを取得する必要がありますが、小室さんとの結婚を先に済ませて、一般人になられてからでないと手続きができないのです。一日も早くニューヨーク行きを実現させるために、婚姻届の提出を急いでいらっしゃるのでしょう。ただ、驚いたのは秋篠宮邸から引っ越しされる計画のことです」(宮内庁関係者)

皇族のための住居である宮邸に、一般人の“小室眞子さん”が滞在されることは、渡米までの1~2カ月であっても許されないのか。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんに聞いた。

「眞子内親王殿下の婚姻届が受理されると、“小室眞子”としての戸籍や住民票が新たに作られることになります。たしかに、厳密に言うと宮邸や御用邸などに皇族以外の者が住むことはできません。

しかし、ご結婚後に地方にお住まいになっている元皇族が、祭祀などで実家の宮邸に里帰りされ、泊まっていかれることもありますし、昭和天皇の外孫である一般国民が、昭和天皇のご静養中に御用邸に遊びに来て、泊まっていかれることもありました。ご家族であっても、短期の宿泊すら許されないという考えだと、こういったこともダメだとなります。

また、“小室眞子さん”が一般のマンションにお住まいになると、その家賃は自己負担になりますが、現状を鑑みれば、警視庁などはかなり厳重な警備体制を敷かざるを得ないでしょう。警備費用でまた公金を使っていると批判されるのは目に見えています。1カ月程度であれば、今のまま秋篠宮邸にいらっしゃればいいのではないでしょうか」
■警備費用は2カ月で2千万円超か

上皇ご夫妻の長女・黒田清子さんも、新築の分譲マンションへの引っ越し前に約半年間、夫の慶樹さんと新宿区のマンションに“仮住まい”していた。芸能人も住む強固なセキュリティの物件で、50平方mほどの1LDKで家賃は20万~30万円だったといわれる。

約1億4千万円の一時金も辞退し、ニューヨーク生活に金銭面で不安があるなか、余計な出費は避けたいはず。なぜ眞子さまは秋篠宮邸から出ることにこだわるのだろうか。

しかも、日本にいらっしゃる間の警備費用は公金で賄われることになる。黒田清子さんが仮住まい中、スーパーへ買い物に出かけた際には宮内庁の女性職員が付き添い、清子さんが到着する30分以上前から20人近い私服警官たちが店内を厳重にチェックしていた。

「眞子さまは、一般人となる以上、秋篠宮邸で世話になるわけにはいかない、とお考えなのかもしれません。しかし、警備の負担を考えれば宮邸にいてくださったほうがいいのです。

警備は警視庁や県警が担うことになるでしょうが、1日20人が2カ月間投入されるとすれば、費用は2千万円を超えるでしょう。まったくトラブルもなく結婚された清子さんでさえ警備に大人数が割かれたのですから、眞子さまへの注目度を考えれば、さらなる人員が必要になってもおかしくありません」(前出・宮内庁関係者)           


気持ちを前向きに変える「孤独」との向き合い方

2021-09-23 08:30:00 | 日記

下記の記事は東洋経済オンラインからの借用(コピー)です。

人生100年時代を幸せに生きるには、「プラス思考で生きるための転換力」が重要なようです。浄土真宗本願寺派 超勝寺の住職、大來尚順さんによる連載「人生100年時代を幸せに生きる明日への一歩」。エンターテイメントコンテンツのポータルサイト「アルファポリス」とのコラボにより一部をお届けします。
いろいろと嫌なことが重なったり、ストレスや疲れが溜まると、一人になりたいと思ってしまうことは誰にでもあるごく普通のことだと思います。
人と会うということは、気が付かないところでいろいろ気を遣ったり、意外とエネルギーを消費しているので、よほど気心の知れた人との交流ではない限り、疲れることも多いと思います。特に、他人によく気を遣う方は、その疲労も人一倍となることでしょう。
人との関係を断ち切りたい
こういうときは誰とも会わず、一人で休みたいと思うのも当然です。このような心情は、一時のことなので、時間が経てば気力も体力も回復し、一緒に心情も変わるので、また以前と同じように人と接するようになると思います。
アルファポリスビジネス(運営:アルファポリス)の提供記事です
しかし、諸事情により、「私は貝になりたい」ではありませんが、人との関係を断ち切りたいと、孤独を強く求める方も少なからずおられるのではないでしょうか。
私のもとに相談にお越しになった方のなかには、孤独になりたいけれども、生活するうえでは孤独になりきれないこともあり、そのことにもどかしさを感じたり、孤独を求めてしまう自分を責めてしまうということを吐露された方もおられました。
このようなお悩みを持つ方もおられると思いますので、気持ちを楽にすることに役立つ考え方を紹介します。
社会の中で生きている以上、人は完全なる孤独では生きていけないというのが実情だと思います。どんなに人とかかわりを持たずに生活しようと思っても、周りを見渡すと、さまざまな日用品から利用する便利なサービスまで、すべて人の手が掛かっているものです。
実は、顔も名前も知らない方々の存在なくしては自分の生活は成立しないことに気が付くことができるのではないでしょうか。その意味では、人は完全に孤独で生きるということはできません。
しかし、人には一つだけ完全なる孤独が成り立つことがあります。それは自分の人生を歩むということです。これだけは、誰も介入できないことです。
『大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』という経典に「独生 独死 独去 独来」という言葉があります。「独り生(しょう)じ独り死し、独り去り独り来(きた)る」と書き下し、これはそもそも人間とは生まれてくるのも独り、死ぬのも独りなのだということを教えてくれています。
孤独をごまかそうと楽しいふりを……
人は皆それぞれ一人で生まれ、一人で死んでいくものです。生死(しょうじ)という人生を歩むのは自分自身でしかなく、人は自分に与えられた人生を歩むということでは、本来独りぼっちなのです。
当然のことと言えば当然なのですが、それを多くの人が忘れているというのが実情ではないでしょうか。もしかすると、人はあえて気が付かないふりをし、孤独をごまかそうと何かとかこつけて、楽しいふりや充実しているふりをしているということもあるのかもしれません。
そういう意味では、孤独を望むということは、自分に正直になろうとしていると考えられないでしょうか。周りにふりまわされたり、人と比較して一喜一憂するような生き方から、孤独という、人として本来の姿に目覚めようとしているのだと思うのです。
一見、孤独を望むことは「物事に悲観的になってしまう」「周りに対して閉鎖的になってしまう」など、ネガティブに受け止められそうですが、実はその逆のポジティブな部分もあります。例えば、気持ちがむしろ楽になったり、物事が面白く感じられるようなったりすることもあります。
それは自分と正直に向き合い、人は元来孤独であると受け止めることができれば、この世の中は「虚仮(こけ)」だらけだと、気が付くことができるようになるからです。
「虚仮」とは、一般的には「思慮、内容などが浅いこと」「深みのないこと」「愚かなこと」「ばか」「まぬけ」というような意味として理解されていますが、実は仏教用語で元来「真実でないこと」「外面と内心とに相違があること」を意味します。
よく周りを見渡してみると、世の中は噓だらけではないでしょうか。今日、いろいろな情報が飛び交う世の中ですが、何が本当で嘘なのかわかりません。また中には二枚舌を使う人もおり、他人が何を考え、どう思っているのかまったくわかりません。しかし、これは他人だけではなく、自分自身にも言えることではないでしょうか。
世の中は自分も含め「真実ではない」
世の中は、自分自身も含めて「虚仮」なのです。そのような中で社会が成り立ち、また私たちもその中で生きています。そう思うと、ますます人や社会から離れたいという気持ちが強まることもあるかもしれません。しかし、この実情を本当に自覚すると、聞こえてくる噂や他人から言われたことなどに、あまり深く悩んだり、気にすることも少なくなるという現象も生まれてくると思います。
ここで大切になるのが「偽りの世の中で偽りの自分を楽しむ」という気持ちです。自分の人生を歩むことは孤独であっても、社会の中で生きていく上ではいろいろな人々と接し、ときには本心とは違う表情したり言葉を発することは不可避です。これは「虚仮の自分」ということになりますが、誰もが「虚仮の自分」をもっています。
そういう関係性で成り立っている世の中ですから、時としてそこまで真剣に考える必要もない問題や事象も多いはずです。これは孤独を求めることで得られる世界観だと思います。
人はそもそも孤独なのだと受け止めて、肩の力を抜いて、周りを少しすかして見渡すような心持ちで過ごされてみてください。きっと今後を楽に生きる手助けになると思います。
アルファポリスビジネス編集部


「このままでは夫に殺される…」ステイホームできない女性たちの“知られざる苦悩”

2021-09-22 15:30:00 | 日記

下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です。

 その日、3人の子をもつ美帆さん(41歳・仮名)は、不安な一夜を過ごしました。夫から「コロナ禍が拡大したので在宅勤務が決まった」と告げられたのです。以前から気に入らないことがあると事あるごとに暴力を振るってきた夫。共働きでともに在宅時間が短いこともあり、何とかやり過ごしてきたけれど、四六時中、顔を突き合わせることになったらどうなるのか。その予感は的中。朝から苛立っていた夫から激しい暴力を受けたのです。
「もう、ここでは生きていけない」
「鏡を見ると、はっきりと顔が腫れていました。腫れた顔を自分で確かめるうちに精神的なショックが広がって、今日はもう会社に行くことはできないと、休むことを決めました」
 夫はいつも通り出社。美帆さんは、夫が部屋から出ていくのを見届けて、発作的にこう思ったと言います。
「もう、ここでは生きていけない」
 荷物をまとめ、未就学児を含む3人の子どもと家を出た美帆さん。足は自然と自治体の女性支援窓口に向かっていました。
 夫の家庭内暴力が始まったのは、5年ほど前にさかのぼります。
この記事の画像(2枚)
「首を絞められ、殴られ、蹴られる。これがいつものパターンでした。私は暴力をふるわれながら、『あともうちょっと耐えれば終わるんだ、それまで我慢すればいいんだ』とやり過ごすことが習慣になっていました。だんだん感覚が麻痺していったんです」
 そうすることでしか、自分を、そして子どもたちを守ることができないと考えていたからでしょう。
暴力に怯える「ステイホーム」
 しかし、コロナ禍によって美帆さんを取り巻く状況は大きく変化します。感染拡大を防ぐために「ステイホーム」が合言葉となり、家にいることが多くなった子どもたちに加え、美帆さんも夫もまた在宅勤務体制となり、家族が顔を突き合わせる時間がこれまでにないほど長くなったのです。
「夫は出張が多く、帰りも遅い仕事でした。ですから何とかなっていた部分もありました。『ワンオペ育児で大変でしょう』と言われるけれど、ワンオペのほうがどれほど良かったかしれません」
 世の中にはステイホームによって、幸福度が上がったという家族がある一方、美帆さんと子どもたちのように、安心、安全が確保されず、暴力に怯えながら暮らす家族もあるのです。
世界の各都市でDV被害の増加
 私は『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち』(光文社新書)で、シングルマザーを襲う困難、女性非正規中心のエッセンシャルワーカーの受難、男性と女性の待遇格差を如実に現した「テレワーク格差」の実態などを取材しました。中でも強い衝撃を受けたのが美帆さんはじめ、「ステイホームできない女性たち」からうかがった話の数々でした。
 DV被害の増加など女性に対する困難が集中しているのは、日本に限ったことではありません。ロックダウンした世界の各都市で電話相談窓口やシェルターへ助けを求める女性が増加しています。
 これを受けて2020年4月、国連のグテーレス事務総長は「シャドーパンデミック」という言葉で、コロナ禍における女性の困難に警鐘を鳴らし、女性と女児を守るよう、各国政府へ対応を求めました。「シャドーパンデミック」。つまり、女性に対する可視化されにくい暴力が拡大している、という意味です。
窓口に寄せられた相談件数は氷山の一角
 日本政府も配偶者暴力相談支援センターに加え、24時間対応の相談電話の設置、SNS、メール相談を受け付ける「DV相談+(プラス)」事業を開始し、女性や子どもの保護のために、相談窓口を閉じないことなどの支援強化を打ち出しました。
 これらの窓口に寄せられた相談件数は、2020年4月以降、前年の1.5倍ほどに増加しています。しかし、ステイホームが続く中、暴力を振るう人の目の前で相談ダイヤルに連絡することは不可能です。多くの相談窓口では、感染が一段落した時点での相談が最も多くなると言います。「相談したくてもできない人」「逃げたくても逃げられない人」は実際にはもっと多く、この数字は氷山の一角であることが考えられるでしょう。
 美帆さんの場合、子どもの定期健診で相談したことをきっかけに自治体の子ども家庭支援センターなどにつながり、暴力をふるう夫から離れることを勧められていました。しかし、「夫から逃げよう」と思う反面、3人の子どもを抱える身としては、それは簡単なことではありません。美帆さん自身「いつもビクビクしながら暮らしていたけれど、大きな決断はできないままだった」と言います。
生活費を渡さない経済的DVが増加
 夫は、出産を機に仕事を辞めた美帆さんに対して、「早く働いて金を入れろ。タダ飯を食うな」と頻繁に暴言を吐いていました。コロナ禍では、パートのシフト減などで稼ぎが減った妻に不満を爆発させたり、生活費を渡さないといった経済的DVが増えていると取材を通じて実感しています。
 美帆さんは末っ子の出産後、仕事に復帰し、私の取材の半年前には正社員に採用され、夫から逃げるための足場を少しずつ固めていました。しかし、いやだからこそ、夫から逃げる選択にためらう部分もあったと話します。
 通常、DVから逃れた女性たちは婦人相談所の一時保護所などに入ります。しかし、そこでは身の安全を確保するという理由から、携帯電話やインターネットは使用できず、外部とのコンタクトが取れなくなってしまいます。その間は通勤や通学ができなくなりますし、夫との接触を避けるため遠方への引っ越しを余儀なくされる人もいます。住み慣れた土地を離れ、それまで築いてきた生活基盤を失ってしまう場合も少なくないのです。
「どうして被害者である側の私たちが、仕事も生活環境も友人関係も奪われなければいけないの、という思いもありました。でもステイホームが続けば、夫に殺されるのではないかと思ったのも事実です」
家を出てから半年後には離婚が成立
 美帆さんは以前からつながりのあった自治体の支援窓口を訪ね、民間支援団体が所有するシェルターを経て、アパートに入居。仕事を辞めず、テレワークの体制で3人の子どもと一緒に、安全に暮らすことができるようになりました。
 子どもたちがよく笑うようになった、と美帆さん。
「元夫は勉強を教えると言っては、子どもができないのに腹を立て当たり散らしました。気分屋で感情を抑えられない人だったんです。子どもはお父さんの機嫌を損ねたくないので、いつも萎縮して家で過ごしていました。だからこそ今、特に上の子の甘えっぷりが増していますね。これまでの反動なのでしょうか」
 調停を経て、家を出てから半年後には離婚も成立。しかし年収は児童扶養手当等を含んでも300万円に満たず、3人の子どもたちとの生活はギリギリの状態といいます。
 もっとも、美帆さんの場合は比較的早く離婚が成立したケースでしょう。暴力から逃れ、家を出て別居をはじめた人の中には、離婚の話し合いが長期にわたり進まないケースもままあります。この場合、ひとり親世帯とはみなされないために、児童扶養手当等を受け取れません。こうした「プレ・シングルマザー」が抱える問題が存在することも、見逃してはならないでしょう。
さまざまな事情で家に居られない人たちの存在が顕在化
 最初の緊急事態宣言下では、ネットカフェやファストフード店、24時間営業のファミレスまでもが閉まりました。これらの空間は、経済的な問題を抱える人、家庭内に居場所がない人などにとって、都会の貴重な“セーフティネット”として機能しているのだということをあらためて感じました。同時に、さまざまな事情で家に居られない人たちの存在が顕在化したということもできるでしょう。
「ステイホーム」とは考えてみれば、“良い家族幻想”のもとに唱えられているところがありはしないでしょうか。家族の絆を深める「#おうち時間」、幸せな家族の姿をSNSに投稿すること自体を否定するつもりはありません。ただ、安全に「ステイホーム」できない事情を持った人たちがいることを忘れてはならないと思うのです。
コロナ禍での「女性不況」
 また、単身者の中には人と話す機会が激減し、孤立を深めている人もいます。特に中高年単身者の貧困率は非常に高く、孤立しがちですが、その困難に目が向けられることはほとんどありません。精神的なつらさを抱えている人や声が届きにくい人たちにもっと想像を及ぼすべきではないでしょうか。
 またコロナ禍での雇い止めの影響は女性に集中しており、「女性不況」とも言われています。しかし、女性に集中している暴力や経済的困難は今にはじまったことではなく、コロナ禍以前から存在していました。それがコロナ禍という人類未曾有の危機によって深刻さを増し、あからさまになったに過ぎないのです。
 社会の至るところに存在する「シャドーパンデミック」を見逃さず、拡大を防ぐこと。コロナ禍で顕在化した女性が置かれてきた構造的困難に目を向け、根本的解決を目指すこと――アフターコロナの時代に向けての重要な課題は、ここにあるのではないでしょうか。
飯島 裕子
いいじま ゆうこ
ノンフィクションライター
東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている


90歳 一人暮らしの父への想い

2021-09-22 13:30:00 | 日記

下記はnoteからの借用(コピー)です

1.久子さんとの出会い
 この雪の写真は、前回のお話の中で登場した、同級生の奥さんが送ってくれた写真です。もちろん見覚えのある風景なんだけど、一晩でまとまった雪が降ってまるで別世界だ!
 ここの前ね、念のためお伝えしておきますが、道路なんですよ。
道路はが全く見えなくなっているではないかーい!
 こんな雪深い景色は見たのは、私が小学生くらいの時以来のような気がする…。(盛ってませんよ^_^;)
 朝方に撮ったものなのか、辺りは青々としていて、いっそう雪国の寒さや厳しさを感じさせる一枚だった。
 そしてあの日、私の携帯が鳴った。
 1月23日に夜9時くらいだった。
 私はその時、あるイベントに参加する予定があって、スマートフォンも一緒に準備してたので、すぐに電話に気づくことができました。
 その電話は実家の電話番号からの着信だった。
 この時間?正直何かイやな予感がしたんだよね。
 どうしてそれって、普通のことじゃないの…?って思う人もいるかもしれないけど、父ちゃんは自分から電話してくる人じゃないんだよ。
 耳がかなり前から遠くなっているので、普段私が電話しても、耳の聞こえが良い時は会話が成立するけど、どちらかと言うとそうでもない時が多いんだよね。
 不安の中、とりあえず電話に出てみた。

 出てみると、聞いたことのない女の人の声。
「もしもし、私、いとこの久子だけど分かる?」
・・・久子さん⁈ 小さい頃から親戚が遊びに来るとこの人の名前が話題に出ていた記憶が・・・。内容までは私が幼かったせいか、全然理解できてなかったけどね。
 でも何で私の携帯の番号を知っているの…?
 突然の出来事で私の頭の中が一瞬混乱していました。
 久子さんとは確か、親戚のおばさんが亡くなった時にお葬式で一度だけ会っただけかな?ずいぶん前の話だし、もちろん顔すら思い出せない…(-_-;)
 どんな人だっけ・・・? 
 でも、存在自体は知っていたのでひとまず「あ、はい。分かります~。」
…と答えてみた。なんで実家の電話から掛けているんだろう。やはり父ちゃんに何かあったんだろうか・・・。そんな不安が頭の中をよぎった。
「あのね、おじさんがね、この雪の中道に迷ったみたいで。今、偶然私の家の前にいたのを発見して、さっき実家に車で送ってきたとこなんだ」
 「それで実家に行ったら、携帯の電話番号が貼ってあるのを見つけて、電話したって訳なの」
「???」
「え、どのくらい前の時間ですか?」
「30分くらい前かな?」
 えっ!何だって!
 一瞬頭の中が真っ白になったことを今でもハッキリ覚えている…。
 田舎の夜は早い。しかも雪国の冬だ。夜8時半に90歳の老人が自転車に乗っていたとなると、何かあったのではないかと、心配するのが普通。
 詳しく話を聞いてみると、父ちゃんは自転車で買い物から帰る途中、道に迷って何時間もあたりをうろうろと彷徨っていたらしい。自転車の前カゴと後ろカゴには、買ってきた食料品が大量に入っていたとの事。手足は冷え切っていて、寒さで体を震えさせていたそうだ(T_T)
「うちのお嫁さんが、飼い犬がいつもより激しく吠えていたので気になってね、自分が手を離せないから私に『ちょっと見てきてください』と言われて外に出たんだ」久子さんはそう言った。
「そして外に出てみたら、近所のまあまあ若い男の人と家の前に二人で立ってて、どうしたんですか~?って顔を覗きこんでみたら、なんとおじさんだったから私もホントびっくりしてねー。」
 いやあ、それは・・・
 私もびっくりだ!と心の中で思った…。

 久子さんは、父ちゃんの一番上の姉の娘。久子さんからすると、父ちゃんはおじさんにあたる。さらに話を聞くと、その数日前から大雪が降って、辺り一面が雪壁みたいになっており、周囲の景色がよく見えなくなっていたらしい。
 夕方から買い物に出かけた父ちゃんは、辺りが暗くなってしまって、方向感覚がわからなくなっていた。発見されたのは、買い物に行ったスーパーから、自宅を通り越してさらに進んで行った所だ。そのスーパーは普段から時々利用している。普通であれば道が分からなくなることはまず無い。
 認知症が進行して、道がすっかりわからなくなってしまったのではないか…。 その時、私の頭に浮かんだ不安は、簡単には消えなかった。
「おじさんを家まで送ったんだ。で、家に入ってみたら、部屋はかなり汚れているし、エアコンをつけても冷たい風しか出てこないし、布団も薄いものしか用意されていないし。こんな寒いところで毎日生活したのかな~?」
 そっか、父ちゃん、そうだったんだね。
 いつもの年だったら、年末年始に家族で帰省して、父ちゃんの様子や、身の回りの世話が出来てたのに・・・。コロナのせいで帰れない冬。
 だから、きちんと冬の準備をしてあげられなかったのは、少し気になっていた。デイサービスの人が来て、家の様子を見てくれて大丈夫だと聞いていたから安心していたのに…。
2.父ちゃんの日常が変化した
 その日以来、父ちゃんの日常が変化した。
 父ちゃん自体がどれだけその変化を感じているのかは未知数だけど、少なくとも、あの日のような辛い思いは無いはずだ。
 それは何故か?
 そう、あの日、父ちゃんに声をかけて、家まで送ってくれた久子さんが、「これから毎日、おじさんの様子を見に行ってあげるから心配しなくてもいいよ」と言ってくれた。本当に有難い言葉。感謝しかなかった。
 そしてその言葉に甘えるしか今は出来なかった。
 それから毎日欠かさず、久子さんは朝と夕方に、父ちゃんの世話をしに実家に来てくれることになった。食料品の買い出しなど、父ちゃんを連れて一緒にスーパーなども行ってくれた。しかも、父ちゃんの体調や様子を毎日欠かさずLINEで教えてくれる。
 父ちゃんは、いままで自分で料理を作っていたけど、寒くて体が動かないのか、それとも体がしんどいのか、食事をあまり作らなくなっていたようだ。買ってきた食材で久子さんが温かい食事などを父ちゃんのために作ってくれることが次第に多くなってきた。
 私はその時点で、私は久子さんの年齢を知らなかった。・・・というか聞けなかった。
 後々聞いてみたら、もうすぐ69歳を迎えるとのこと。歳が離れている認識はあったけど、ここまで歳が離れているとは思っていなかった。
 だってね、LINE打つのも早いし、LINEのスタンプも可愛いのを持ってるし、ノリもいい感じ。(ちょっと上から目線で言わせてもらっちゃってるけど^_^;)
 言っちゃなんだけど、私の2つ上の姉より全然使いこなしている!
 子どもの頃も、全く接点が無かったいとこ同士の私たち。
 なのに、まさか、こんなことがきっかけで繋がって、お世話になるとは思ってもいなかった。
「不思議なご縁だね」
 久子さんはそう言っていたが、何か「不思議」だけでは済まされない、運命的なものを、お互いそれぞれで感じていたのだ。
 久子さんは、本当に親切な人だった。私たち娘が遠く離れたところに住んでいて、実家に足を運べない今の状況を知って、父ちゃんの面倒をしっかり見てくれるようになった。
 そして久子さんは、元々看護師の仕事をしていたとのこと。だから健康面でも頼りになる存在。父ちゃんの健康状態を真剣に心配くれて、私に対しても色々なアドバイスをしてくれた……。