あなたはいつもと変わらぬ
穏やかな顔で、雑誌を見て
いる。静かな夜だった。
ふと、あなたは顔を上げ、
「雨だ」
と言った。
「嘘、なにも音がしない」
「いや、聞こえる。サァーっと、
かすかに草を揺らす音がする。
よーく聞いてごらん。雨の気配
はいいもんだ。特に、こういう
柔らかい雨は」
確かに、耳をすますと、ひそか
にサァーっと、木の葉を揺らす
音がした。
結局は、甘えているのだろう。
この静かな雨の日に、ひとり
でなんていられない私なのだ
から
あなたはベットから身を起こ
して「コーヒーでも淹れよう」
と、立ち上がった。
「あ、あの・・・」
と、キッチンに向けて歩いて
いこうとした時、あなたは、
もうこちらへコーヒーを運ん
で来るところだった。
「ああ、割れちゃったんだね、
あのカップ。仕方ないよ、
食器なんて、割れるために
あるようなものだから」
「また買いにいく楽しみも、
できたじゃない?もう一回、
京都のあの店に同じものを
探しに行ったっていい。
一つは割れていないのだか
ら、一客でいいんだし、
実は、また京都へ行こうっ
て言おうと思ってたんだ。
割れるたびに行こうか。
まあ、そのために割られて
も困るけどさ」
私は、少し、胸がつまるよ
うな気がした。
あなたの淹れたコーヒーを
いつくしむように、てのひ
らで、ぬくもりが逃げない
ように飲んだ。
「本当に、降っているんだか
降っていないんだかわからな
ような、静かな雨ね。でも、
雨の気配は確実にあって」
私は、つぶやくように言った。
そのあとに、まるであなたの
優しさのようにと、心の中で
くり返した。
・・・これ以上、愛をねだる
なんて、贅沢な私・・・
それからふたりは窓辺に立ち、
さやさや揺れる木々の音を
聞き、深い夜に目をこらさ
ないと見えないほどの、
細い、細い、糸のような
雨を見た。
GOODBYE DAY・・・・