Nonsection Radical

撮影と本の空間

動画と写真の違い

2014年10月10日 | Weblog
ビデオカメラで街並み動画を撮影し、コンデジで”写真”を撮り歩いているんだけど、気持ちとしてはかなり違いがある。
街並み動画を撮る時には細部にはあまり目が届かなくて、出来るだけ全体の「雰囲気」を撮るように心がけている。
それでもたまに一瞬でフレーミング出来る時には静止画のように立ち止まって疑似写真を撮影する事もあるけど、なにしろ動画の場合フレームが16:9という横長なので写真のように構図をとるのは難しい。
細部にこだわらずに全体を流していくことに注視しているので、案外見ているようで見ていないのだな街を。
あくまでも液晶の中での街の眺めみたいな。
街並み動画はあくまでも記録として撮影しているのだが、一軒残らず記録するのに現在の撮り方以上に効果的な手法がシロートには思い浮かばないので、ダラダラと撮り流した映像になっている。

一方”写真”(””でくくるのは未だデジタル画像が写真かという人向けの予防線)は、興味があるのは細部なので、ブラブラ歩きながらも”何か”を見つけようとキョロキョロし、全体を見る事はあまりない。
「自分だけのもの」を発見し、それをどのように切り取ったら面白いかを一瞬考えて、「そのもの」を意味のないものに変える事が出来たらよかったぁと喜ぶ。
そのもの自体にはあまり興味がない。
切り取り遊びの素材だと割り切っている。
それが主な撮影。
もうひとつ曲がり角とかが好きなのだが、それはいかに曲がり角が面白く感じたかの再現。
「光の溜まり場」を撮るというのもやっているけど、これは説明が難しい。
これまで何度か説明したんだけど、どうも誤解を生むようで多少凹んでいる。
別に説明する必要もないんだけど、空間の位置関係とか光の具合で、そこにある種独特の空間が出来ていると感じられるのを撮影している。
神社仏閣に行くと神々しく感じる空間があるけど、それは意図的に作られたものであるとの考えから。
あとはイカすお店を表面的に切り取るというのも好き。
その4つに興味を持って撮影している。

考え方が違うので、動画と写真を同時に撮影しに行くというのが難しい。気持ちの切り替えが出来ないから。
明日は写真の日かな。




二見の街並み
奈良県五條市二見2,3丁目
撮影 2014年6月21日 土曜日 14時15分
コメント
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