企業が儲かれば回り回って世間も景気が良くなるというのはバブルのときに経験したことだったけど、今はそうとも言えないみたいな感じだなぁ。
吸い上げてバラまくことが期待されているんだけど、ちっともバラまかないようなことをグラフであらわしているのを見たりして、使いきれないんだなぁと思ってみたり。
使いきれないのにそれを寝かしておくのが惜しいから投資して、それもマネーゲームに投資して、ゲームの世界だけにお金が集まって、そこだけでお金が動いているから、他のところにはお金が回ってこないんじゃないのかなぁ。
コドモに対してゲームばっかりして、なんて叱るけれど、いい歳したそれもお金持ちだとされるオトナはマネーゲームばかりしているんだから、どうしようもないよな。
以前は、デパートは2割の客で8割売り上げているなんてことを聞いたけど、今はどうなんだろう。
でも、お金が一部に集まっていくにしたがって世界中が不景気になっていくのだから、単に一部の人がたくさんお金を使っても景気には貢献しない感じがするんだけど。
それでもそういう状況がますます広がっていくんだから、それにあわせた生き方を考えないといけないんだろう。
それが多くの”庶民”にできるかといえばできない相談だよね。
零細企業で仕事をしていると、先行きもないし、こんなことをしていても続かないよなぁ、でも日々の糧を得るために働いているんだよなぁと感じるんだけど、実はそういうもんだとも思うんだよねぇ。
高度成長期とかバブルとかが特別の時期だったわけで、それを経験した人は、それが”本来”の姿だなんて思ってしまうんだけど、実際にはそんなのはわずかな期間だけで、それ以外は悶々とした時代を生きていたんだよな。
戦前なんてもっと格差社会だったし、雇用も安定していなかった。
そんなことを年寄りから聞くと、今の時代もそういう時代に学んで生きていく必要があるんじゃないかと思い直したりもする。
つまり安定とか将来性とかに期待するのではなくて、がむしゃらに生きていくしかないということ。
会社に義理立てすることも必要ないし、もっと個人が勝手に生活のためにいろいろとやるべきなんだろう。
何十年というサイクルで人生設計する時代ではなく、年単位あるいは四半期ごとみたいな生き方がこれからの主流になるんじゃないのか。
だって企業は実際にそうなっているしね。
そういう時代なら、安定を求めた政治政策ではなく、短期での変化をうまく均(なら)してくれるバックアップが欲しいよね。
今期は仕事にあぶれたけど助けてもらったので、来期はがんばるよみたいな。
そんな感覚って、日雇い労働に対する政策がマッチするんじゃないのかな。
そういう時代じゃないのかなぁ。
上溝駅前
神奈川県相模原市中央区上溝,7丁目
撮影 2015年5月30日 土曜日 13時35分
吸い上げてバラまくことが期待されているんだけど、ちっともバラまかないようなことをグラフであらわしているのを見たりして、使いきれないんだなぁと思ってみたり。
使いきれないのにそれを寝かしておくのが惜しいから投資して、それもマネーゲームに投資して、ゲームの世界だけにお金が集まって、そこだけでお金が動いているから、他のところにはお金が回ってこないんじゃないのかなぁ。
コドモに対してゲームばっかりして、なんて叱るけれど、いい歳したそれもお金持ちだとされるオトナはマネーゲームばかりしているんだから、どうしようもないよな。
以前は、デパートは2割の客で8割売り上げているなんてことを聞いたけど、今はどうなんだろう。
でも、お金が一部に集まっていくにしたがって世界中が不景気になっていくのだから、単に一部の人がたくさんお金を使っても景気には貢献しない感じがするんだけど。
それでもそういう状況がますます広がっていくんだから、それにあわせた生き方を考えないといけないんだろう。
それが多くの”庶民”にできるかといえばできない相談だよね。
零細企業で仕事をしていると、先行きもないし、こんなことをしていても続かないよなぁ、でも日々の糧を得るために働いているんだよなぁと感じるんだけど、実はそういうもんだとも思うんだよねぇ。
高度成長期とかバブルとかが特別の時期だったわけで、それを経験した人は、それが”本来”の姿だなんて思ってしまうんだけど、実際にはそんなのはわずかな期間だけで、それ以外は悶々とした時代を生きていたんだよな。
戦前なんてもっと格差社会だったし、雇用も安定していなかった。
そんなことを年寄りから聞くと、今の時代もそういう時代に学んで生きていく必要があるんじゃないかと思い直したりもする。
つまり安定とか将来性とかに期待するのではなくて、がむしゃらに生きていくしかないということ。
会社に義理立てすることも必要ないし、もっと個人が勝手に生活のためにいろいろとやるべきなんだろう。
何十年というサイクルで人生設計する時代ではなく、年単位あるいは四半期ごとみたいな生き方がこれからの主流になるんじゃないのか。
だって企業は実際にそうなっているしね。
そういう時代なら、安定を求めた政治政策ではなく、短期での変化をうまく均(なら)してくれるバックアップが欲しいよね。
今期は仕事にあぶれたけど助けてもらったので、来期はがんばるよみたいな。
そんな感覚って、日雇い労働に対する政策がマッチするんじゃないのかな。
そういう時代じゃないのかなぁ。
上溝駅前
神奈川県相模原市中央区上溝,7丁目
撮影 2015年5月30日 土曜日 13時35分