こんな記事があった。
高校中退:年5万人 転校、制度の壁 保護者の転勤不問、都方式 支援団体「全国に整備を」
毎日新聞 2013年06月08日 東京夕刊
高校進学率が98%(2012年度)に達する中、入学した高校を中退する生徒は年に5万人を超える。学業や学校への不適応が主な理由だ。意欲があっても学校になじめない場合「転校」を考えがちだが、多くの自治体は、保護者の転勤がなければ原則、認めていない。東京都立高は転勤と関係なく転校可能な補欠募集制度があるが、全国的に珍しい。支援団体は「中退者を減らすため、自治体は柔軟に転校を認める制度を」と訴えている。【水戸健一】
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以下、次のURLを参照
http://mainichi.jp/feature/news/20130608dde041100019000c.html
あまり個人的なことをブログでは書かないつもりだけど、僕もいわゆる「高校普通科」には行ってない。中学時代に不登校だったこともあって、高校に入るだけの学力もないし、気力もなかったし、自信もなかった。
でも、試験のない(当時)通信制高校があって、そこを4年かけて卒業することができた。
そんな僕から、高校中退生たちに一言。
「あまりメディアや周囲に踊らされず、高校にしがみつくのをやめて、とりあえず一人で働いてみてほしい。とはいえ、大人の世界はクソ汚いので、信じられる大人を一人でいいから味方につけて、その人からいっぱい助言をもらってくれ。そして、「勉強したい」と思うときまで、働いてくれ」
「お金がないなら、貯金をして、誰にも文句言わせないようにして、勉強がしたくなったときに(必ずそういうときが来るから)、そのお金で、高校、あるいは「高等学校卒業程度認定試験」を利用し、さらなる高等教育を受けてほしいと思う。どのみち、ストレートに大学や専門に進学しても、その多くが学生時代を無駄に過ごしているんだ。早く進学したからといって、何かいいことがあるわけではないのだから」
「高等学校にすがる必要はない。有名な教育学者たちも、高等学校の意義がとことん失われている、と指摘している。そんな意義の失われた場所で、苦しみながら、勉強の意味も感じないまま、居続ける必要はない」
「けれど、高校退学者の立場は、社会的にとても弱い。どんなにいきがっても、社会の前では無力だ。10代の人間がどうあがいても、大人社会という大きな壁の前では、蟻よりもひ弱な存在だ。でも、それでも、しっかりと生き続ければ、いろんな道が見えてくる。仕事を一つ、完璧にマスターすれば、そこから何かが開かれるかもしれない。でも、仕事を一つだけマスターしても、いろんな知識がないと、ただの「専門バカ」になってしまい、あとで色々な形で困ることになるだろう。ラーメンを作るのが上手いだけではお店は成り立たない、と言えば分ってもらえるだろうか」
「一番注意してもらいたいのは、『どうせ高校中退だから』、『どうせ弱い人間だから』、と自分を悪く捉えない、ということ。高校卒業なんて、誰でもできている。車の免許以上に、みんながもっているもの。みんながもっているものに価値はない。「高卒」なんて、もはや形だけであって、そこに価値そのものはない。そんな無価値なものをねたむ必要はないし、あってもなくてもいいなら、なくてもいいはず」
「それより、他の生徒たちと違う人生を生きて、そして、自分だけの人生を作っていってほしい。大学を卒業しても、ロクな職業につけない、あるいはつかない人もたくさんいる。他方で、中卒だって、やれることはある。僕自身、高校普通科に行ってないという理由で、バイト面接で、すごい冷たい目を向けられたことがあった。履歴書を目の前で捨てられたこともあった。でも、何度も真面目に色々とトライしていくと、分かってくれる人、尊敬できる大人に出会うこともできる。世の中の大きさを教えてくれる人もいる。なんだかよく分からないけど、このおっさん、すげ~と思うような人も出会えたりもする」
「もちろん、変な奴、狂った奴、恐ろしい奴もこの世の中にはいる。そういう人間と出会って、人生がめちゃめちゃになる可能性もなくはない。若ければ若いほど、その可能性は大きい。女の子なら、汚い男たちに、利用される可能性もある。でも、そういう可能性は、人間、いつだってある。大事なのは、くどいけど、信用できる、尊敬できる大人を、学校の外に見いだすことだ。そういう大人の生き方を学んで、そして、社会の荒波を歩んでいけばいい」
「高校中退を恥じる必要はない。その中退という一つの事件をきっかけに、自分が変わればいい。そして、自分だけの人生の設計を始めればいい。どうせ、『学校』という狭い狭い箱の外に出れば、みんな、バラバラだ。どうせバラバラになるんなら、とっとと一人になっちゃった方が、カッコイイだろ?とも思うんだ」
人生に答えはない。正解もない。高校を出ても、いい大学を出ても、その後の保障は何もない。ぬるま湯に浸かって、弱い人間になるくらいなら、とっとと社会の荒波に揉まれて、沈没しそうな経験を何度もして、己の無力さを本当に心底感じて、「勉強しなきゃ!」って思えたら、その時が、「這い上がる時」、だ。
僕も、なんとなしの青春時代を過ごして、路頭に迷って、大きな失恋をして、このままじゃ本当にダメになる、と思って、真剣に自分の人生を考えるようになって、19歳になって初めて本気でようやく「勉強したい」って思うようになったんだ。
世の中的には、僕よりはるか昔からしっかり勉強している人たちばかりが周りにいた。僕は、中学2年以後の勉強はしてないし、高校の勉強も全くしてなかった。バンドばっかりの日々だったし、恋愛ばっかり考えていたし、全くもって勉強しようなんて思ってなかった。18歳の終わりくらいから、本気で勉強しようと思ったんだ。
「心底、したい!」と思うまでは、「学校に戻る」なんてことは考えない方がいいと僕は思う。
学校は、勉強をする場所だ。友達ごっこをする場所じゃない。当たり前の話なんだけど、それが通じないんだ。高校中退生には分かってもらえると思う。友達ごっこが嫌でやめているケースが多いわけだし。というか、勉強が嫌いで学校を辞めるなんて、聴いたことがない。「人間関係」か、「経済的理由」がほとんどだろう。
お金がないなら、真面目にコツコツ働けばいい。バイトだっていい。月に3万円貯金すれば、年に36万円貯まる。それを5年続ければ、180万円貯まるはずだ。その時でさえ、まだ23歳、24歳だろう。まだまだ若いんだ。結婚はしないほうがいい。独り身で、23歳で、180万あれば、なんとかその先の「学校」や「進学」もできるはずだ。奨学金だってある。
きっと、その頃になれば、いろんな意味で、経験がたくさんあって、視界も広がっているだろう。そして、きっと「自分の無学さ、無知さ」に気づいているだろう。その時こそが、チャンスなんだ。
人生は、意外と長いものだ。
ゆっくり歩めばいい。
心底、そう思うんだ。