サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動適応策の哲学(理論的枠組み)

2013年11月10日 | 気候変動適応

1.適応策の哲学(理論的枠組み)の必要性

 適応策を先行して導入している長野県、埼玉県、三重県、滋賀県へのインタビュー調査を行い、適応策導入を阻害する要因として、国の関連制度の未整備、関連する情報・知見の整備不足等の課題とともに、適応策の理論的枠組みの未成熟さがあると整理した。同研究から抽出された適応策の理論的枠組みの未成熟さは、次の3点に整理できる。これら3点の未成熟さを解消するために、適応策の哲学(理論的枠組み)が必要である。

 

(1)    緩和策と適応策の関係

 気候変動への緩和策地方自治体の担当職員は、先行して緩和策を実施してきたことから、温暖化防止策=緩和策と強く認識する傾向があり、適応策の導入はむしろ緩和策の妨げになる面がある。そもそも、緩和策と適応策はどのような関係にあるのか、トレードオフになるのか、共存できるのか等について理論的な枠組みの整理と共有が不十分である。

 

(2)    気候変動の影響分野横断的な方針・各分野の位置づけ

 気候変動が影響する分野は、水災害、水資源、農業、自然生態系、健康分野等と様々であるが、各分野に共有すべき適応策の基本的方針が不明瞭である。分野横断的に共有する視点や方法等を整理し、分野総合的に適応策を体系化し、各分野における適応策の漏れのチェックや個別の適応策の位置づけの確認ができるようにすることが望まれる。

 

(3)    追加的適応策の必要性・具体像

 現在、気候変動の影響が発生していることから、気候被害対策は既に実施されている。これを適応策として位置づけるだけであれば、適応策という新しい枠組みの議論は必要としない。つまり、現在実施されている適応策に相当する施策に対して、新たに追加する適応策(これを“追加的適応策”と表記)を提示することが必要である。

 

2.適応策の哲学(理論的枠組み)の提案

 3つの論点に即して整理した理論的枠組みを示す。

 

2.1 緩和策と適応策の関係

 IPCC(2007)では、「脆弱性」を「気候変動や極端現象を含む気候変化の悪影響によるシステムの影響の受けやすさまたは対処できない度合い。脆弱性はシステムがさらされる気候変動の特徴、大きさ、速度と、システムの感度、適応能力の関数である」と定義している。環境省「気候変動適応の方向性」(2010)においても、IPCCの定義を脆弱性の定義として引用している。

 この定義を換言すれば、気候変動の影響(脆弱性)は、気候外力と抵抗力(感受性と適応能力)の関係性によって決まると表現することができる。気候外力と抵抗力の差が脆弱性である。

 このような視点でみた場合、温室効果ガスの排出による気候外力の増大に歯止めをかけるための緩和策の最大限の実施が必要であるが、気候外力の抑制だけでは脆弱性は改善されない。なぜなら、近年は気候外力が増大化する一方で、インフラの老朽化、地域の高齢化などによって抵抗力の低下が懸念されるためである。このため、気候外力の抑制のための緩和策とともに、人間社会の抵抗力を高めるという適応策を実施する必要がある。

 以上のような脆弱性の要素に着目した、緩和策と適応策の理論的枠組みの整理は、次の3つの意味で重要である。

 

(1)緩和策と適応策は同じ土俵で比較するものではないこと

 緩和策と適応策はトレードオフの関係にあるのではなく、気候変動の影響を悪化させる異なる要因(気候外力と抵抗力)を改善するものであり、この2つの対策の両方を実施して、気候外力と抵抗力の各々を改善しないと気候変動の影響は防げない。

 政策の現場では、緩和策と適応策について行政資源(人や予算)の配分や個別施策の実施上の競合があると想定されるが、緩和策と適応策は本来、同じ土俵で比較し、トレードオフを論ずる性質のものではなく、両方を検討・実施することが必要である。

 

(2)負担と受益のジレンマを解消する施策として適応策があること

 地域が緩和策に取り組み気候外力の制御を図ったとしても、他の地域や他の国が十分に緩和策を実施しなければ、気候外力の悪化は防ぎきれない。つまり、緩和策においては負担と受益の乖離があり、ジレンマが発生しやすい。対して、抵抗力の改善を図る適応策の受益は確実に負担者に還元される。

 こうした性質から、気候外力と抵抗力のどちらを制御するかによって、国と地方の役割・分担が異なるのである。つまり、適応策は地域が主体的に取組みやすいテーマであり、緩和策は地域の取組みが主体性を発揮しにくく、地域を補完する立場である国が調整すべきテーマであるともいえる。

 

 (3)結果対策ではなく、要因対策として適応策を捉えること

 気候変動対策には、結果対策と要因対策がある。結果対策とは、気候変動の影響という結果を最小化しようとする対策であり、対症療法的な対策になりがちである。ここで提示した緩和策と適応策は、気候変動の影響を顕在化させる要因に対する対策であり、より根本治療的な対策を重視することを意味する。

 気候変動の影響の規定要因を気候外力だけとみると、緩和策を要因対策、適応策を結果対策とみることになるが、規定要因を気候外力と抵抗力の2つとして捉えれば、適応策にも結果対策と(抵抗力の改善に根本的に働きかける)要因対策があると捉えることになる。要因対策に踏み込んだ適応策の必要性を認識することが必要である。

 

2,2 気候変動の影響分野横断的な方針・各分野の位置づけ

 気候変動の影響は多岐にわたるため、気候変動の影響分野と深刻度に応じた適応策の実施が求められる。こうした影響分野と深刻度の2つの側面から、適応策の全体を整理したのが、表1である。表では、影響分野を3つのタイプに類型化し、深刻度を3つのレベルに分けて整理している。

 まず影響分野の3つのタイプである。タイプ1は豪雨や極端な感染症等から人間の生命を守る適応策、タイプ2は食糧生産への影響や熱中症、水質悪化等の生活の質や産業を守る適応策、タイプ3は人間以外の他の生物や自然生態系、あるいは伝統文化、地域の固有性等を守る適応策である。タイプ1は影響が甚大だが頻度が低く、タイプ2はタイプ1に比べれば影響は小規模だが頻度が高く、タイプ3は影響が小規模だが長期・常時起こることを想定した適応策である。

 次に、気候変動の影響の深刻度に応じた3つのレベルである。レベル1は対策により影響を発生させない防御(可能)レベルである。レベル2では、影響が深刻であるため、防御では、ある程度の影響の発生が避けられないため、ソフトウェア・ヒューマンウェアを組み合わせて影響を軽減する順応(可能)レベルである。レベル3は、影響が避けられず、かつ甚大であるため、脆弱性の要素である感受性の根本治療が必要となる転換・再構築レベルである。レベル1やレベル2は「適応能力」の向上で効果を発揮できるが、レベル3は「適応能力」での対応に限界があり、「感受性」の改善に踏み込む段階である。

 

表1 適応策の3つのタイプと3つのレベル

 

レベル1

防御

レベル2

順応・影響最小化

レベル3

転換・再構築

タイプ1

人間の命を守る

(豪雨、極端な感染症対策等)

中小の水・土砂災害

=>ソフト・ハード・ヒューマンウェアで生命・財産を守る

温暖化による災害外力の上昇によりハードでは守れなくなった災害

=>ソフト・ヒューマンウェアで生命だけは守る

複合災害(天然ダムの崩壊やダム事故等)などの想定外の大災害 

=>抜本的な感受性の改善等を講じてレベル2に近づける

タイプ2

生活の質や産業を守る(食糧、熱中症、水質対策等)

対策により影響が避けられる程度の気候変動

=>ソフト・ハード・ヒューマンウェアで影響を発生させない

影響が避けられない猛暑等

=>ソフト・ヒューマンウェアの整備で生活の質や産業への影響を最小化する

農業や生活の維持の困難な状態の定常化

=>抜本的な感受性の改善等を講じてレベル2に近づける(農業の経営転換、居住地の変更等)

タイプ3

倫理や文化を大事にする(生物多様性、伝統文化、地域の固有性の保護・継承等)

保護・継承ができる程度の気候変動

=>ソフト・ハード・ヒューマンウェアで影響を抑え、保護する

保護・継承が一部でできなくなる影響

=>ソフト・ヒューマンウェアの整備で影響を最小化する、ある程度の変化は許容し、重点対象を保護する

自然生態系や伝統文化等の維持の困難な状態の定常化

=>自然生態系や伝統文化の系(まとまり)の移動や移転を行う

出典:Komatsu et al.(2013)を一部修正

 この3 つのタイプと3つのレベルの整理をすることで、気候変動の影響分野横断的な方針・各分野の位置づけについて、次のような解釈を得ることができる。

 

(1)適応能力の向上だけなく、感受性の改善を視野にいれるべきこと

 レベル1やレベル2は「適応能力」の向上で対策効果をあげることができるが、レベル3は「適応能力」での対応に限界があり、「感受性」の改善に踏み込む段階である。現在実施されている適応策は、このレベル1あるいはレベル2が中心であるが、今後気候変動影響の深刻さが高まり、予測される中で、既存施策を強化するとともに、レベル3の適応策の追加的な実施が求められる。

 

(2)気候変動から何を守るのかを明確にすること

 適応策は、気候変動の影響を受けないように、何かを守ることであるが、守るべきなにかには、性質の異なる3つのタイプがあることを示している。これらの3つのタイプともに重要であることを前提に、気候変動の影響から何を守るのかを検討し、適応策の達成目標を共有することが必要である。なお、農業分野においても、守るべきものは、農業関係者の生命(タイプ1)、農家の経営・地域農業の発展(タイプ2)、農村文化の継承(タイプ3)があり、どれを守るのかによって、適応策が異なってくる。

 

(3)タイプとレベルに応じて、最適な適応策を選択すること

 適応策といっても一様ではなく、タイプとレベルに応じて、最適な方法を選択することになる。適応策の3つのタイプはどれも重要であるが、タイプ1の適応策によって生命を確保することは最優先されるべきである。一方、適応策の3つのレベルについても、すべてを防御するという発想ではなく、影響の程度に応じて、レベル2の順応とレベル3の転換・再構築を組み合わせなければならない。

 

2.3 追加的適応策の必要性・具体像

 適応策において、レベルとタイプに加えて時間スケールがもう一つの重要な検討項目である。適応策は、確実性の高い「現在・短期的な影響」への対応と、影響の程度や発生時期の予測に不確実性を伴う「中・長期的影響」への対応に分けられる。「現在・短期的影響」に関しては、既に発生してしまった影響からの回復、現在発生している影響への対策、あるいは起こる確率が高い影響への準備(気象警報システム等)を含む。「中・長期的影響」に関しては、平均気温や平均降水量の増加、異常豪雨の回数のように気候条件が段階的に増加する影響への対策と、最高気温や最大時間降雨量、最大積雪深等のような最大値あるいは最小値の変動幅の増加に対する対策がある。

 2.2の適応策のレベルと影響の時間スケールの観点から、適応策の3つの方向性を整理することができる。以下、3つの方向性を説明する。

 

1)既存適応策の強化

 現在、発生している気候変動影響に対して、農業や自然災害の分野では適応能力の向上を中心に、既に実施されている対策がある。「既存適応策の強化」は、これらの将来の気候変動影響に対処するために、これらの既存の対策を点検し、今後増大していく気候変動影響への対処の観点から、適応策としての体系化と強化を図ることである。この際、適応策のメニューをただ羅列するのではなく、①水災害や斜面崩壊の起こりやすい地域、農業の気候被害が深刻な地域、熱中症が起こりやすい地域等、気候変動の影響が特に深刻な地域を抽出し、優先的に施策を検討し、行政資源を重点的に配分すること、②気候変動の影響を受けやすい単独世帯の高齢者等の弱者を抽出し、弱者に対する重点的な配慮を行うこと、③河川横断物である道路橋や上流の森林整備が水災害を増幅させる事例でも明らかなように、気候変動影響は複合的であるため、影響の連鎖状況を把握して必要に応じて行政分野横断的な対策を進めることなど、が重要である。

 

2)感受性の根本改善

 感受性の根本改善には、①土地利用・地域構造の再構築、②多様性や柔軟性のある経済システムへの転換、③弱者に配慮するコミュニティの再創造などの方法がある 。①は、過度な集中による気候被害の甚大化、過疎や辺地での気候被害の受けやすさ、水害や土砂崩れ等の起こりやすさ等を考慮し、都市機能や居住地配置を計画することである。②の例として、特定の品目に特化した農業では気候変動の被害が壊滅的となりやすいため、多品種少量を生産し、消費者が支えてくれる農業等を進めることが考えられる。③の例として、気候変動影響を地域で学び、地域が主体的に適応策を計画、実施していくことは、直接的な気候被害への対処となるだけでなく、間接的にコミュニティを強化することにも繋がる。

 感受性の根本改善に関する施策は、気候変動の影響に対する対症療法ではなく、根本治療であるが、対策の効果が間接的かつ長期的で目に見えにくいため、十分に実施されにくい。しかし、長期的な視点から適応社会を構想し、実現していくためには、土地利用や産業経営、地域経営戦略に、気候変動影響への感受性の根本改善を盛り込んでいくことが必要である。この感受性の改善は、レベル1(防御)やレベル2(順応・影響最小化)の適応策だけでは限界があるような緊急の影響が発生している場合には、すぐに施策として検討・実行されなければならない。一方、現在・短期的な影響に対してレベル1やレベル2の適応策の効果が十分である場合は、中・長期的影響への順応型管理の中の代替案としていくことになる。

 

3)中・長期的影響への順応型管理

 順応型管理とはモニタリングや予測などの最新の科学的知見に基づき、柔軟に施策を見直す管理方法である。中・長期的な影響は、気候変動や社会経済の変化、将来行動に不確実性があり、現段階で対策を特定できず、気候変動を想定した対策を講じてもその想定通りに気候変動が発現するとは限らず、対策をとることがかえってリスクになる場合さえある。それでもなお、影響のトレンドや将来の可能性に関するモニタリングや予測には意義がある。

 順応型管理は、もともと資源量把握等の不確実性が大きい水産資源や自然生態系システムの管理で導入されてきた考え方であるが、これを気候変動適応に応用するものである。この際、地域行政は、予測情報に基づく順応型管理の仕組みづくりに加えて、代替案の設計や適応策の選択におけるステークホルダーの協働、担当者が変わっても順応型管理が継承されるようにするための記録・共有、ステークホルダー間の信頼関係の構築等が重要である(この意味で、求められることは「管理」ではなく、順応型の「ガバナンス」(統合システム)ということもできる)。

 

参考文献:

1) 環境省(2008):気候変動への賢い適応,環境省地球温暖化影響・適応研究委員会報告書,340p.

2) 環境省(2010):気候変動適応の方向性,環境省気候変動適応の方向性に関する検討会報告書,79p.

3) 田中 充,・白井信雄・山本多恵・木村浩巳(2011):地方自治体における温暖化影響適応策の動向と課題,土木学会環境システム研究論文発表会講演集 第39回, 309-314.

4) 白井信雄・馬場健司・田中充(2013):日本の地方自治体における適応策実装の状況と課題,環境科学会2013年会.

5) Komatsu, T., N. Shirai, M. Tanaka, H. Harasawa, M. Tamura, and K. Yasuhara (2013): Adaptation philosophy and strategy for climate change-induced geo-disasters, Proceedings of 10th JGS Symposium on Environmental Geotechnics, Tokyo, Japan (in press).

6) 白井信雄・田中充・小野田真二・木村浩巳・馬場健司・梶井公美子(2012)脆弱性の概念と気候変動適応における脆弱性の構造に関する分析,土木学会第40 回環境システム研究論文発表会

 

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