全国各地に出向いて、温暖化の地域への影響について議論する機会が増えている。その際、生物分布における境界線が地域にある場合には、その境界線が動いていないかを検証する必要があるという話をさせていただいている。
例えば、山形県新庄市の仕事をしたとき、ギフチョウとヒメギフチョウの生息の境界線が市内にあることを調べたことがある。この両者の生息境界線は、リュードルフィアラインと名付けられ、これより北はヒメギフチョウ、これより南はギフチョウが生息する。この棲み分けは幼虫の食性による。ギフチョウの幼虫はカンアオイの仲間のヒメカンアオイを、ヒメギフチョウの幼虫はウスバサイシンを餌とするため、その餌の分布がギフチョウとヒメギフチョウの分布を決めている。リュードルフィアラインは、藤沢正平著「ギフチョウとカンアオイ」を紹介するサイトなどをみると、山形、長野、神奈川等にかかっているようである。
また、環境省の第2回自然環境基礎調査では、イノシシの多雪地帯への分布境界線は、積雪深30cm以上の日数70日以下の地域と一致すると指摘している。これを越える多雪地域が多い青森、秋田・山形・新潟・富山県でのイノシシの生息は認められない。本種の出現と絶滅情報の分析の結果、地理的分布の中心は、本州では近畿地方、四国では愛媛県、九州では宮崎県であり、東北、北陸、北九州地方は分布周辺と考えられている。
これ以外に、日本における「動物地理区の境界線」として次のものがある。こうした境界線が気候変動の影響により移動している可能性があり、調査・分析が必要であると考えている。
【日本における主な動物地理区の境界線】
■ブラキストン線
北海道と本州の間の津軽海峡上に引かれる境界線。津軽海峡線ともいう。ブラキストンとプライアーが1880 年に「日本鳥類目録」で提唱した。
哺乳類の分布境界がこの線と合致するものが多い。ブラキストン線を境に、北のシベリア亜区と南の満州亜区に分かれる。
ブラキストン線は、ニホンザル・ツキノワグマ・ニホンカモシカ・モグラ科などの北限、ヒグマ・クロテン・ナキウサギ・シマリスなどの南限となっている。
■渡瀬線
屋久島・種子島と奄美諸島との間に引かれる境界線。正確には、トカラ列島の悪石島と宝島の間に引かれる。1912 年に渡瀬庄三郎が確認、この線より北を旧北区、南を東洋亜区とする。 哺乳類・両生類・爬虫類・クモ類等の分布境界と合致するものが多い。この線より北は旧北区に属しユーラシア大陸との類縁性が高いが、南は東洋区に属し台湾や東南アジアとの類縁性が高い。
■八田線
北海道と樺太との間に引かれる境界線。宗谷線ともいう。 両生類・爬虫類・淡水無脊椎動物の境界線と合致するものが多い。
■蜂須賀線
沖縄諸島と宮古諸島との間に引かれる境界線。鳥類の分布境界と合致するものが多い。
■三宅線
九州と屋久島・種子島の間に引かれる境界線。これより北は日本特産の昆虫、南は熱帯型の昆虫が多い。