わにおくんの、ワシントン州に住む従妹の一人息子、トリスタン君が自殺をはかり、今週はそのお葬式です。10年以上前、今は二人とも故人となった息子たちの層祖父母の結婚75周年の際、まだ小さい頃に一度会ったことがあるだけですが、うちの息子達とも年齢が近く、仲良く一緒に遊んでいたので、よく覚えています。お母さんのハイジはシングルマザー。陸軍を退役し、デパートの化粧尾品売り場で働いています。ハイジとは、二年前に一族の中ファミリーリユニオンで会いましたが、このとき、トリスタン君は来ていませんでした。
実は、本人とのつながりなくとも、そのお母さんを知っている十代の男の子の自殺は、彼で二人目です。私自身が、ティーネージャーの男の子二人の母親ですし、とても他人事とは思えません。亡くなったトリスタン君の平安と共に、お母さんのハイジにも、いつの日か心の平安が訪れることを祈っていますが、我が身を鑑みてみれば、果たして一体、我が子の自殺から立ち直ることなど、可能であるのかと…
トリスタン君の自殺の原因は未だに判らないのですが、日本では苛めを苦にしての十代の自殺が社会問題となっています。自分もかつては苛められてたけど、立ち直って云々(今じゃこんなにビッグだぜ、えっへん!)とか、けんかして向き直ろうなんぞって白々しくも当て外れな自己満足の「励まし」を送る有名人が多い中で、西原理恵子氏は
と、アドバイスしていたのは、さすがサイバラりえぞう先生!と思いました。彼女自身、飲酒事件で高校を退学になったものの、学校を相手取って裁判し、大検で美大に入学した経歴を持っているそうです。私は、西原理恵子氏と年齢も近く、彼女の本も長年楽しんでいますが、彼女の強さには、ずっと感心してきました。サイバラの言うとおりです。生き残れ。登校拒否でも、敵前逃亡でも何でもして、とにかく生き残れ。勝つことより、負けない方法を探せ。私は、これって「いじめられてる君へ」ってタイトルだけど、サイバラは本当は、親に向かって言ってるような気もする。子供を護れ、子供を護るためには、学校なんて先ずは二の次でもいいはずって。
大人の、社会の責任は、子供のために逃げ道を作っておくことだと思う。そのためには、生温い少年法を見直し、もし自宅までいじめっ子が襲撃してきたら、子供の喧嘩だと甘く見ず、警察が手加減せずに対処でき、実際に暴力を振るった子には、未成年であろうときっちり傷害罪を適用して。その日のうちに監獄できるようにすべきだと思います。ハリウッド青春映画では、喧嘩した主人公または主人公のボーイフレンドが警察に連行されて、保護者なり、熱血先生なりが迎えに来て、署内の檻から出してもらえるってのがお約束だけど、日本もそれくらい日常茶飯事でやっていい。傷害、窃盗、恐喝、教唆。しっかりしょっ引いて、法廷に出し、法的措置を決めましょう。
昔は、いじめっ子も一目置く暴力教師がいた。暴力教師を肯定する気は全く無いし、それこそ、今思い返したら、私が中学の頃の教師なんて傷害罪を適用されかねないようなのがいたけど、彼らには、それなりの存在意義もあったんだと思う。そういった「苛めてることがコイツにバレたらヤバい、コワい」何かしの存在は必要であり、の何かが、法的制裁であってもいいと思う。日本は法治国家なんだから。
苛められる側は、まずは危機回避が最優先。追い詰められた子供たちが隠れることのできる安全な場所は、家庭であるべきなのだけど、それが機能していないから、にっちもさっちもいかなくなって自殺に繋がってしまう。家庭から見直しを始めましょうなんて、お花畑脳では、いつまでたっても事態は改善されません。たとえ改善されたとしても、時間がかかり過ぎます。意識変換してる間に、被害者がどんどん出ます。被害者が逃げて終わりなら、加害者への制裁はどうなる?って問題もあるだろうけど、逃げるが勝ちの諺の通り、苛めっ子側の事なんかどうでもいい、追い詰められた側に他の選択肢を提供して、緊急避難させるが一番最初にすべきこと。
世の中、いじめられてるなら学校に行かなくてもいいんだよといえる親のほうが少ない。子供にしても、報復が怖い、とか、親に心配かけたくない、とか、プライドがあって苛められてるなんて言えない、とか、色んな事情があると思う。でも、死んじゃわれるよりも、学校くらい行かないほうが、ずーっとマシじゃないですか。だから、子供たちが、自分の意思だけで「学校に行かない」という選択肢が取れるように、社会が駆け込み寺的な制度を作って、バッファーゾーンを設けるべき。そんなコトしたら、甘えるヤツ、制度を悪用するガキが沢山出てくるってのも不可欠でしょう。先に挙げたサイバラの助言も、ネットを見ると否定的な意見のほうが多い。でもね、実際に、若くして命を絶ってしまった子と、残された親を間近に知ると、本当に、ただ、ただ生きていて欲しかった… それだけしか言えないのです。前述の西原理恵子氏自身も、過酷な境遇にある世界中の子供たちに接し、生き残ることの重要さをよく知ってる人だから、親として、子供に死んで欲しくない、その一念なんだと思う。
なんだか、まとまりなく書いちゃったけど、やっぱり凄く動揺してます。とにかくね、死んじゃだめ。でね、大人は、追い詰められて、足がすくんで、その場から離れられない、自分を無にするしか選択がないって思い込んでる子を、逃げろ…って言葉がイヤなら、戦略的撤退という選択肢があるんだよ、と、つっついてあげられるようになりたいと思う。天下人となった織田信長だって、劉備元徳だって、勝ち目のない戦の時には、荷物まとめて、とっとと逃げたじゃん。大人になってからだって、パワハラとか、お局とか、宗教勧誘とか色々あるけど、十代はまだ、何をするにも最終決定を下すには早すぎるよ!
誰に向かって書いてるんだか、自分でも不明。
実は、本人とのつながりなくとも、そのお母さんを知っている十代の男の子の自殺は、彼で二人目です。私自身が、ティーネージャーの男の子二人の母親ですし、とても他人事とは思えません。亡くなったトリスタン君の平安と共に、お母さんのハイジにも、いつの日か心の平安が訪れることを祈っていますが、我が身を鑑みてみれば、果たして一体、我が子の自殺から立ち直ることなど、可能であるのかと…
トリスタン君の自殺の原因は未だに判らないのですが、日本では苛めを苦にしての十代の自殺が社会問題となっています。自分もかつては苛められてたけど、立ち直って云々(今じゃこんなにビッグだぜ、えっへん!)とか、けんかして向き直ろうなんぞって白々しくも当て外れな自己満足の「励まし」を送る有名人が多い中で、西原理恵子氏は
まず仮病(けびょう)を使おう。そして学校に行かない勇気を持とう。親に「頭が痛い」とでも言って欠席すればいい。うそは、あなたを守る大事な魔法(まほう)。人を傷つけたり盗んだりするのでなければ、うそって大事よ。これからも、上手(じょうず)にうそついて生きていけばいいんだよ。(中略)学校は、いじめられてつらい思いをしてまで行くようなところじゃない。長い夏休みだと思って、欠席してください。そして、16歳まで生き延びてください。
(朝日新聞デジタルから)
(朝日新聞デジタルから)
と、アドバイスしていたのは、さすがサイバラりえぞう先生!と思いました。彼女自身、飲酒事件で高校を退学になったものの、学校を相手取って裁判し、大検で美大に入学した経歴を持っているそうです。私は、西原理恵子氏と年齢も近く、彼女の本も長年楽しんでいますが、彼女の強さには、ずっと感心してきました。サイバラの言うとおりです。生き残れ。登校拒否でも、敵前逃亡でも何でもして、とにかく生き残れ。勝つことより、負けない方法を探せ。私は、これって「いじめられてる君へ」ってタイトルだけど、サイバラは本当は、親に向かって言ってるような気もする。子供を護れ、子供を護るためには、学校なんて先ずは二の次でもいいはずって。
大人の、社会の責任は、子供のために逃げ道を作っておくことだと思う。そのためには、生温い少年法を見直し、もし自宅までいじめっ子が襲撃してきたら、子供の喧嘩だと甘く見ず、警察が手加減せずに対処でき、実際に暴力を振るった子には、未成年であろうときっちり傷害罪を適用して。その日のうちに監獄できるようにすべきだと思います。ハリウッド青春映画では、喧嘩した主人公または主人公のボーイフレンドが警察に連行されて、保護者なり、熱血先生なりが迎えに来て、署内の檻から出してもらえるってのがお約束だけど、日本もそれくらい日常茶飯事でやっていい。傷害、窃盗、恐喝、教唆。しっかりしょっ引いて、法廷に出し、法的措置を決めましょう。
昔は、いじめっ子も一目置く暴力教師がいた。暴力教師を肯定する気は全く無いし、それこそ、今思い返したら、私が中学の頃の教師なんて傷害罪を適用されかねないようなのがいたけど、彼らには、それなりの存在意義もあったんだと思う。そういった「苛めてることがコイツにバレたらヤバい、コワい」何かしの存在は必要であり、の何かが、法的制裁であってもいいと思う。日本は法治国家なんだから。
苛められる側は、まずは危機回避が最優先。追い詰められた子供たちが隠れることのできる安全な場所は、家庭であるべきなのだけど、それが機能していないから、にっちもさっちもいかなくなって自殺に繋がってしまう。家庭から見直しを始めましょうなんて、お花畑脳では、いつまでたっても事態は改善されません。たとえ改善されたとしても、時間がかかり過ぎます。意識変換してる間に、被害者がどんどん出ます。被害者が逃げて終わりなら、加害者への制裁はどうなる?って問題もあるだろうけど、逃げるが勝ちの諺の通り、苛めっ子側の事なんかどうでもいい、追い詰められた側に他の選択肢を提供して、緊急避難させるが一番最初にすべきこと。
世の中、いじめられてるなら学校に行かなくてもいいんだよといえる親のほうが少ない。子供にしても、報復が怖い、とか、親に心配かけたくない、とか、プライドがあって苛められてるなんて言えない、とか、色んな事情があると思う。でも、死んじゃわれるよりも、学校くらい行かないほうが、ずーっとマシじゃないですか。だから、子供たちが、自分の意思だけで「学校に行かない」という選択肢が取れるように、社会が駆け込み寺的な制度を作って、バッファーゾーンを設けるべき。そんなコトしたら、甘えるヤツ、制度を悪用するガキが沢山出てくるってのも不可欠でしょう。先に挙げたサイバラの助言も、ネットを見ると否定的な意見のほうが多い。でもね、実際に、若くして命を絶ってしまった子と、残された親を間近に知ると、本当に、ただ、ただ生きていて欲しかった… それだけしか言えないのです。前述の西原理恵子氏自身も、過酷な境遇にある世界中の子供たちに接し、生き残ることの重要さをよく知ってる人だから、親として、子供に死んで欲しくない、その一念なんだと思う。
なんだか、まとまりなく書いちゃったけど、やっぱり凄く動揺してます。とにかくね、死んじゃだめ。でね、大人は、追い詰められて、足がすくんで、その場から離れられない、自分を無にするしか選択がないって思い込んでる子を、逃げろ…って言葉がイヤなら、戦略的撤退という選択肢があるんだよ、と、つっついてあげられるようになりたいと思う。天下人となった織田信長だって、劉備元徳だって、勝ち目のない戦の時には、荷物まとめて、とっとと逃げたじゃん。大人になってからだって、パワハラとか、お局とか、宗教勧誘とか色々あるけど、十代はまだ、何をするにも最終決定を下すには早すぎるよ!
誰に向かって書いてるんだか、自分でも不明。