身にしみて大根からし秋の風 芭蕉
「身にしみて大根からし秋の風」 芭蕉四五歳
「かぁーちゃん、水が冷たいよ」。
「そうかい」。
川の水に冷たさを感じるようになっきた。母は畑から抜いてきた大根を川の水で洗い始めた。息子のケンを見ると大根洗いを手伝ってくれと言った、ケンは遊びに行こうとしていたところだったが、川の洗い場に
やって来た。
「大根洗うと白く光るね」。
ケンは独り言のように言った。ケンが一本の大根を洗う間に母は二本の大根を洗い終えていた。ケンが母の手を見ると赤くなっていたのに気が付いた。洗い終えた大根が駕籠の中に入れられていく。
「かぁーちゃん、この大根また干すのか」。
「うん、干して、漬けなくちゃなんないからな」。
「なぜ、漬ける前に干すんかな」。
「樽につけるにゃ、大根が曲がんないと困るからな。大根だって無理やり曲げられちゃ、痛かんべよ」。
「それで大根を吊るして干すんか」。
「干すと大根、やっこくなるかんなぁー」。
ケンは白く光る大根に見入っていた。寒さが足を這いあがってくるのを忘れて、大根をいつまでも眺めていたい気持ちになった。
「ケン、この大根、裏庭に運んどいてもらえるか」
「うん」
ケンは、駕籠を担ぐと石段を上り、裏庭に大根を運びあげた。母は一本の大根を持ち上げると台所に入って行った。
「今日はケンに大根洗いを手伝ってもらって助かったわ」
「かぁーちゃん、この大根おろし辛いなぁー」
「そうかい。秋風が吹き始める頃の大根は少しづつ甘くなってくるんだけどな。それにしても確かにこのおろしは辛いな」
秋風が身に沁みるようになると川の水の冷たさを覚えるようになる。なんとなく忙しなさに追い立てられるような気持になってきて
いた。ケンはのんびりご飯を食べている。
「身にしみて大根からし秋の風」