お題「鏡開きはしましたか?」
ANS.
鏡餅買うの
忘れました・・・
(ノ ̄▽ ̄)ノ
言い訳ではないのですが
玄関のお飾りに関しては、私
ものすごく気合入ってまして
12月最初の大安の日、たしか10日も過ぎてなかった段階で購入しており
もう、新年迎える気満々で準備を進めておりました。
玄関を夫に清めてもらい
一夜飾りにならぬような段階でドアに掲げ
わが家にもぜひ
年神さまに立ち寄ってもらえるように目印とさせていただきました。
なのに
その年神さまをもてなすお供えである
「鏡餅」を
あろうことか
すっかり忘れて正月を迎えてしまった。
こんなことは私の人生で初めての事で、
多少のメンタルダメージありあり
せめてお飾りの処分の仕方は心を籠めようと←余り脈絡なし
たまたま6日に放送された池上彰氏の番組で紹介された
「お焚き上げがかなわない場合の方法」にのっとって
新聞紙を敷き、お飾りを置き、塩を「左・右・真ん中」の順に振るというお清めを施したのち
完璧にさせていただいたと思っているのですが
清めの塩に関しては
「左・右・左」に撒いちゃったような気がしないでもない記憶があります・・( ̄▽ ̄A:)
神様に
是非こちらにお立ち寄りくださいとお飾りをかざっておきながら
供えの餅が無かったわけですから
この罪は重い
いくらお飾りを正しくお清めしたところで
どうなんでしょう・・・
( ̄一 ̄:A)
そういえば私の夫の実家はお飾りも鏡餅も飾ったことが無く
商売をしていたのに、初詣にさえ行かなかった珍しい家でした
義父が癌で亡くなった後、
孤独の三年間でセルフネグレクトの果てに認知症になった義母は見知らぬ遠い土地の特養に送られ
築四十年、今夫の実家は空き家となり、おそらくはもう
誰も住むことは無いと思われます
思えばあまり
幸せな家の終焉ではなかった
もちろん
そのことと鏡餅にさしたる関連もないとは思うのですが
そんなことも脳裏をよぎったりするのです
また一方で
「鏡餅」に対する私の敬意が年々低くなったのは
勤続13年目の職場にも理由があるような気もします
毎年ハロウィンが終わったら、数百のサ〇ウの鏡餅が入荷し
店の入り口にピラミッドのように積み上げて二か月間、ただお客様に見ていただくのが最近のやり方
大半の鏡餅は年末に売れてゆくのですが
必ず10や20は売れ残り
三が日が過ぎたら、バックヤードでその鏡餅の箱を開け
プラスチックの本体を破り
内蔵されたパックの切り餅を取り出し
数個にまとめて数百円
従業員販売で売りさばくのが最後の手続き
三個の切り餅を取り出され、
鏡餅や橙の形状に鋳造された沢山のプラスチックの殻は見るにつけ
ある種の欺瞞を感じます
現代の鏡開きは
密着したシーリングをはがす作業であり
鏡餅は所詮プラスチックの張りぼてではないか
そこに神事のかけらも感じられないではないか
別になくても
よいではないか・・
いえ
来年はちゃんとぬかりなく
年神さまをおもてなししたいと思います。
今日は
そんな話です
~( ̄▽ ̄)ノシ
.
神様、あちこちでお餅でもてなされてくるから時には「無くてOK」って思うかもよ?
玄関の飾り、そんなに気合入れて買ったこと無いよ。そこだけでも十分だと思うけどな。
プラスチックのハリボテ鏡餅、情緒もありがたみもないなーとは思うものの、カビないし、楽でいいんだよねー。サイズもいろいろあるしさ。
鏡餅は重いから一緒に買わなかったんだよねえ
そうそう
家庭訪問の先生があちこちでお茶飲んできて
ああ、もう本当に結構なんです
とか言ってくれる感じで
神様も許してくれるといいんだけどねえ。
( ̄▽ ̄)
サイズの一番小さい、
可愛い犬とか猫とか乗ってるお鏡餅は
そのまんまの形のお餅が入ってるんだよね
切り分けるのも使い切るのも
中くらいのサイズのよりやりづらいんだよね。
そうそう、昔はかびたところ包丁でそいで
焼いてお湯に通して食べてたり
カッチカチになったのをさらに干して油で揚げたりしてもらったなあ
確かに扱いやすくなったよね。