こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【29】-

2023年02月04日 | マリのいた夏。

 

 さて、今回で最終回です♪(^^)

 

 なので、何書こうかなと思ったんですけど……本当はあとがきに書こうかなと思ってたことをここに書いて、次にあとがき書くのはなしにしようかなと思いました。。。

 

 いえ、よく考えてみたら、なんで書こうと思ったかとか、そんな大した理由でもないな……と、そう思ったので(^^;)

 

 ええと、ある程度お話のあらすじ思いついたのは、『惑星パルミラ』を書いてる途中だったと思います。でもまあ、幼なじみ3人の中で最初はそのうちの2人がつきあってたのに、ここが別れてもう1人と――なんてまあ、正直よくある話ですよね。なので、性同一性障害を持つマリがロリのことを好きで、でもロリがルークのことを好きだとは小さい頃からわかってたので、妨害工作といった意味もこめ、自分が先にルークとつきあうことにし……でも、ここがある時破綻して、ルークはロリとつきあうようになり……マリがショックを受けたのは、恋人であるルークが自分を裏切ったからではなく、それ以前にこの世界で一番大好きな女の子であるロリが、他の男と結ばれてしまったということだった――みたいなストーリーを最初は思いつき、でもまあ、「その程度であれば、そんなに書かなきゃいけないってほどでもないなあ」とか思ってたわけです。

 

 んでもその後、ロリとルークが結婚してラブラブだった時、ふたりの元に結婚式の招待状が届くというか。ふたりとも、マリが同性愛者であると知っていますから、彼女がマーカスの上司に当たる外科医と結婚するらしい知り、驚きます。ロリとの結婚後、ミドルトン家と疎遠になっていたルークは、そのあたりの事情を実家へ電話をかけて知るわけですが……実はロリとルークが結ばれて以後、マリは統合失調症となり入院していた。ルークの母親はそのあたりの事情をずっと前から知っていましたが、ルークやロリが変に罪の意識を持つといけないと思い、黙っていたという。。。

 

 ルークとロリは「自分たちがマリの結婚式に出席していいものだろうか」と悩みますが、結局のところ出席することにするわけです。ところが、そこでふたりは以前とはまるきり別人のように見えるマリを見て驚きます。前と同じく美しいことに変わりはないものの、どこか生気を失ったように見える瞳や顔の表情……ロリとルークはマリと直接話をすることはありませんでしたが、新郎と新婦が「幸せそうに見える」だけの結婚式から帰ってくると、ふたりは愕然として、それぞれ自分の部屋に引きこもって号泣します。

 

 一応、ルークはお母さんからこう聞かされてはいました。「マーカスの上司にあたる外科医の先生がね、うちに来た時にマリのことをすっかり見初めてしまったのよ。それでその後、おつきあいがはじまって……マリが統合失調症の治療中だってことも知ってるけど、何しろお医者さんですからね。『自分はそういうことにも理解があると思います』って言って、マリにプロポーズしたわけ……何分、エマとアーサーがこの結婚にすごく乗り気でね。マリのほうはなんていうかこう、『お父さんとお母さんがそれでいいんなら』みたいな、最初はそんな感じだったらしいわ」といったようには。

 

 でも現実には、かつてあんなに激しやすくて情熱的だったマリはすっかり死んでおり、彼女はルークやロリのことを見ても「まったく何も感じない」という顔の表情で通りすぎていき……ロリとルークはその時に初めて「自分たちが何をしたか」に本当の意味で気づき、悔恨の涙に暮れることになるのでした。。。

 

 さらに不幸は続き、マリはもともと同性愛者なので、旦那さんになった人のほうでどう思ったかはわかりませんが……「君は何もしなくてもいいんだよ。ただ、ぼくのそばにいてくれるだけでいいんだ」という優しい夫の気持ちに応えることも出来ず、結婚後一年もせずに自殺してしまう――そのことを聞いた時、ロリとルークは「自分たちがマリを殺したのだ」というくらい、物凄く後悔するところでお話のほうは終わるという、そういうくら~いお話だったのです、最初は(^^;)

 

 でもわたし、「悲劇っぽい感じで終わるところがいいな。じゃあ、書いてみるか」という、ここまで思いついた時、「この話、書いたら割といいかもしれん」みたいに思ったというか

 

 ところが書き進めてみると、マリが思った以上にわたし的に書いてて可愛くて仕方ないところがあったっていうのと、統合失調症になって自殺……とか、ええとその……そうした病気で苦しんでいる方のことを思うとこうした書き方はよくないと思うんですけど、あくまで小説の筋立てとしては「ああ、ハイハイ☆」というのか、「なんか昔もそういう小説ってあったんじゃね?」みたいな展開って気がしたんですよね(^^;)

 

 また、実際に書いてみるとマリって自殺とかしそうにない性格と言いますか、途中まで書いてきて考え方が変わり、ラストのほうを変えることにしたわけです。↓の終わり方のほうも、特にわたし的に「よう~し、よし☆」みたいに思うところは一切なく、↑のような終わり方よりは少なくともよかろう……といった程度の終わり方だったりしますm(_ _)m

 

 なんにしても、書いてて苦労のようなものがなく、ちょうどいい息抜きみたいな感じで楽しかった小説でしたそんで、『パルミラ』書いてる途中でこのお話を思いついたみたいに、このお話書いてる途中で今度はSFネタを短編1本と長編1本思いついたので……次はそっちを書こうかなと思っていたり

 

 と言ってもわたし、SFに関してはあれからほとんど読んでないもので、短編のほうはともかく、長編のほうは時間かかるな~と思っていて(^^;)なので、割と最近見た映画の感想書いた記事をしたあとは、再び暫く沈む予定でいます。。。

 

 短編のほうはロボットというかアンドロイドもの、長編のほうは辺境惑星が舞台の、パルミラの時と設定は一緒で、あのお話の惑星メトシェラと同じく、見張っていても時の浪費のようなもので、本星には旨みのない惑星を見張る惑星学者のお話だったり。別名、「神なき惑星」と呼ばれるくらい荒廃状態のひどい星なんですけど、そこを見張ってた惑星学者のひとりが、その星に降り立った時に帰れなくなってしまうという。本当は惑星内の政治その他に干渉するのはタブーなのに、否応なしに巻き込まれてしまい、「歴史に関わるまい」とするものの、最終的にそういうわけにもいかず、遥かに文明の進んだ惑星からやって来た者として、主人公の男の子を助ける……といったようなお話です(こう書くとほんと、面白くもなんともなさそう・笑)。

 

 なんにしても、『マリのいた夏』に関しては、登場人物が全員すごく書きやすくて楽しかったな~とあらためて思います♪

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【29】-

 

 マリの葬儀が彼女の故郷でも行なわれた約一か月後……フランスのパリから、ロリ宛てに航空便が届いた。差出人は、マリの最後の恋人だったミッシィ・ロジェスだった。彼女はマリとくっついたり離れたりといったことを繰り返していたが、それもなかなかに複雑な事情があってのことのようだった。

 

 ミッシィが初めてマリと出会った時、まだマリは性転換手術をする前だったので女性だった。彼女はその前まで男性のボーイフレンドともつきあった経験があったが、交際した女性の中でこんなにも惹きつけられた相手はマリ・ミドルトンが初めてだった。彼女が彼になる前から、ミッシィはマリ以上に性的な快楽を与えてくれる男性を他に知らなかったし、マリが性転換手術をしてのち初めてセックスしたのも彼女だったのだが……この時以降、ミッシィはほとんど病的な嫉妬に悩まされるようになっていく。

 

 ミッシィがマリとくっついたり離れたりを繰り返したのは、そのほとんどが彼女の異常とも言える嫉妬心によるところが大きい。けれど自分と別れて以降、マリがつきあうどんな女性も、その多くが大体のところ似た運命を辿るようだと知り――ミッシィは僅かながら心が慰められるのを覚えたものである。

 

 つまり、簡単に言ったとすれば、マリと恋人関係が長続きするか否かは、ほとんどガールフレンドの側がどの程度嫉妬しないでいられるかというその点にかかっていたと言って過言でなかったのである。けれどミッシィはロリ宛ての手紙に、なるべく簡潔に自分とマリとの関係を書き連ね、その他<マリと彼を巡る女たち>について、彼がどれほど恋多き男性であったか、それほど詳しくではないが、短い文章によって説明してから――ようやく本題に入ったわけである。

 

 ――マリは時々、あなたの話をすることがありました。たぶん、マリの性格からいって、今では三十七番目に寝た女性と三十八番目に寝た女性のうち、どちらがアニェスでイネスだったかなど、まるきり覚えてなかったに違いありません。けれど、彼にとってロリ・オルジェン、唯一あなただけはまったく別の地位を占めていたのだろうと思います。マリはよくこう言っていました。「オレも、生まれて初めて好きになった女との恋がうまくいってたら、ドン・ジョバンニのカタログばりに関係を持った女性の名前だけが増えていく……ということもなかったんだろうにな」と。

 

 こんなふうに書くと、少々誤解を与えてしまうかもしれませんが、マリは好色であるとか、淫乱であるとか、そうしたことではありませんでした。単に、ただ純粋に女性を喜ばせることが好きだったのです。普通の一般的な男性はおそらく、自分を喜ばせるために女性を好きになる……(肉体的な意味で)自分を喜ばせるためだけに女性を好きになって、愛してるだのなんだのいう戯言をつぶやくようになる――世間一般的にいって、そんなことはよくあることでしょう。でも、マリは違いました。彼女は自分の欲望のことはどうでもいいのです。ただ、女性のことを喜ばせることが好きであるがゆえに、自分にとって惹かれるところがある女性とは関係を持つことが多かったということなのです。

 

 きっとこの違いについて、あなたならおわかりいただけるものとして、誤解が生じないよう一応先に書いておきました(マリがただの女たらしではなかったという、彼自身の名誉のために)。

 

 マリが所有していたモンマルトルの屋敷に、わたしたちみんな――常時、大体七~八人は誰かしらの出入りがありました――そのまま住むことが出来ているのは、マリのお母さんであるエマ・ミドルトン夫人のご好意によるところが大きいです。弁護士を通して、相場よりずっと安い値段で住み続けることが出来るよう、取り計らってくださったのですから。

 

 わたしたちみんな、暫くマリの持ち物には手をつけませんでしたし、彼女の部屋のほうは今もそのままにしてあります。けれど、机の引き出しの中から……ロリ・オルジェン、あなた宛ての手紙や絵葉書が何通も出てきましたので、これはあなたのものであるとして、送ったほうがいいだろうと判断したのです。

 

 わたしは今もマリを愛しています。いえ、わたしたちみんな、彼のことをこれからもずっと愛し続けるでしょう。彼と目と目が合っただけで、そのある種のカリスマ性に打たれない人は誰もいないくらいでしたし(これは女性のみならず、男性もそうでした)、何より彼は本当の意味で誰に対しても優しかったのです。

 

 正直に告白しましょう。ロリ・オルジェン、あなたの名前が彼の口から出るたび、わたしはとても苦しかった。四年前、一度だけあなたに会える機会がありましたが、実際には直接話をせずに済んで良かったのだろうと、今はそんなふうにも思います。

 

 ――ミッシィ・ロジェスからの手紙をここまで読んで、ロリは初めて少しだけくすりと笑った。おそらくミッシィが自分と話す機会があり、マリの抱く初恋の幻影がどんなものなのかはっきりわかったほうが、よほど彼女のためになったろうからだ。

 

 ……けれど、今となってはわたしも、マリにあなたという存在のあったことを、心から感謝することが出来ます。いかに恋人と言えども、他の人に宛てた手紙や葉書を読んでいいという権利はないでしょう。ここであなたに一言あやまっておかなくてはなりませんが、これらのマリの筆によるものを、わたしはすべて読んでしまいました。本当に、ごめんなさい。

 

 マリはわたしのことも含め、恋人となった誰のことをも束縛することはありませんでした。ただ、自分が自由であるように、他の女性たちにも自由であることを求め、同じ自由を与えられることを望みました。マリ曰く、「わたしは誰とも結婚できないだろうな。何故といって、野生の鳥の中には篭の中へ閉じ込められた途端、次の日には死んでしまうものがいるが、わたしも自由を失えば、まったく同じようになるだろうから」ということでした。でも唯一ロリ・オルジェン、あなたにであれば彼は束縛されてもいいと、そう思っていたのです。

 

 彼はヨーロッパ、アフリカ、東南アジアと、世界中の国を色々旅していましたが、旅先で美しいものを見るたび、あなたのことを思い出し、それで絵葉書を買ったりしては、実際には出すつもりのない手紙を書いていたのです。その絵葉書の内容を読んでみても、もし仮に投函したとしても、なんていうこともない文章のほうが多いくらいだったでしょう。けれど、貞淑な人妻であるあなたの心を乱したくないということだったのかどうか、彼は手紙に珍しい異国の切手を貼ることまでしていながら……結局、あなた宛ての手紙はすべて出さずに、自宅の机の引き出しにしまったままでいたのです。

 

 こんなにもマリに愛されていたあなたが羨ましい……そう思うのと同時に、彼のあなた宛ての手紙を読んでいると、なんていうことはない、彼は自分の頭や心の中で作り上げた初恋という偶像に恋をしていたという、ただそれだけだったのではないかという気もします(そしてマリ自身、自分でもそのことを自覚してもいたのではないでしょうか)。

 

 とにかく、マリの手紙や葉書の量のほうがあまりに多すぎたため、ある程度整理して、書かれた順番についても整えておかないとあなたにしても混乱すると思いましたので、手紙も絵葉書についても、わたしにわかる範囲内で古い順に並べる形で重ね、送らせていただくことにしました。もし不幸にも、なんらかの理由によりこの順番が崩れてしまった場合でも――マリは20XX年、Z月リスボンにて……といったように、最後に書き記してある場合が多いですから、そちらを参照なさってくださればと思います。

 

 末筆ながら、ご主人とマリのファーストネームとセカンドネームを戴いたという双子の娘さんが御壮健であられるよう、心から願っております。

 

 ミッシィ・ロジェス

 

 

 ……ロリはここまで読むと、大きな溜息をひとつ着いた。もちろん、マリが自分に手紙や葉書を残していってくれたことは、彼女にしても嬉しいことではあった。また、つい先日、パリから連絡があって――話していて思うに、彼女がおそらくエマ・ミドルトン夫人の言っていた、例のレズビアンの弁護士のようだと思われた――マリが、こちらはロリ宛てではなく、彼女とルークのふたりの娘であるマリとルイーザに、結構な額の信託財産を残したことが判明していたのだ。

 

 ということは、マリは随分前からルークと自分の間に双子の娘がおり、彼女の名前をつけたということも知っていたのだろう。それなのに、何故その後一度も自分たちに連絡を寄こさず、会いにも来なかったのか……そのことは、ロリにとって喉に刺さった小骨というよりも、胸を刺す小さな針、あるいは心のしこりとなって残っていることだった。

 

 ロリはルークに娘たちのことを頼むと、屋根裏部屋までひとり上がっていき、いまやすっかり老猫となったリリの頭を撫でつつ、長方形のクッキーアソート缶にしまわれた手紙や葉書の束を読みはじめた。

 

 

 ――ロリ、おまえに会わなくなって、もう随分たつ……今、こうして手紙を書いているように、もっと前になんらかの形で連絡を取ろうと思ったことは何度もあった。でも結局、それらの手紙は途中までしか書けないか、なんらかの理由によって腹が立つあまり……全部破って捨ててしまった。

 

 自分でも、このインターネットの時代に手紙か、とは思う。でも結局、この手紙にしても途中で破って捨てるか、自分でもだんだん何を書いているのか訳がわからなくなってきて、おまえに出すのを断念するかのいずれかだろう。たぶんオレ自身、自分の思考を整理したくて、<ロリ・オルジェン宛て>という体裁を取りつつ、こうやって日記もどきの手紙を書いているに過ぎないのだと思う。

 

 ルーク=レイ・ハミルトン、あいつはいい奴だった。ほとんど自分の分身のようにさえ感じる、赤ん坊の頃からずっと一緒にいた親友だ。けれど、あれから時間が経ってみると、果たしてオレは本当にあいつに腹を立てているのか、あいつにだけ腹を立てているのか……よくわからない、と思うようにもなった。第一、何故オレはロリには腹を立てたりすることがないのだろう。この心理はどこか、浮気した男に対して女が持つ感情に似ている。浮気したのは間違いなく男が悪いことであるにも関わらず……何故か浮気された女のほうでは、相手の女が誘惑しただのなんだの、自分の恋人の罪を軽減すべく想像することのほうが多いらしい。

 

 ロリはとても純粋で可愛い。あんな女はこの世界に存在しない。けれど、ルークが自分の好きな女のヴァージンを奪ったからオレはこんなにも腹を立てているのだろうか?それは違う、ということは、オレには最初からわかっていた。もちろん、これまでさんざん「サンタクロースにお願いすること?そりゃオレにとってはロリのヴァージンだ」だのなんだの、さんざんオレが言っていたのを聞いていたルークが……ひどい裏切りを働いたということについては、確かに腹が立つ。

 

 けれど、ルークは間違いなくいい奴でもあるのだ。そのいい奴にそこまでのことをさせたということは……実はオレにも、確かに何か悪いところがあったのだろう、いや、あったのかもしれない――と、少しずつではあるが、そう思うようにもなってきた。また、ルークはオレのことを傷つけたくて、ロリをとんびに油揚げよろしく奪っていったわけではないことも、オレには最初からわかっていた。オレがしつこくロリの美点について「他の奴にはわからないだろうが……」などと、馬鹿のひとつ覚えのようにしょっちゅう話していたことも多少は影響しているにせよ、あいつはおそらくロリのことを本当の意味で純粋に好きになった。ロリにしても、最初から純粋にルークのことが好きだったわけだから……

 

 ――ここで二行ほど、文章が真っ黒く塗りつぶされており、判読不能になっている。その激情の迸るままに塗りつぶした痕跡から見ても、ミッシィがあとからボールペンにてぐちゃぐちゃに削除しようとしたわけでないのは明らかだった。

 

 ……大抵、ここまでくるとオレはもう、この件に関して考えるのが嫌になってしまう。けれど、同じことをぐるぐる何度も考えていると、ある瞬間、何がしかの出口というのか、それに近いものが垣間見えることがあるのも確かだ。

 

 ロリがルークのことを好きらしい、ということは、オレはもう随分昔の、小さな頃から知っていた。そのあたりのことをはっきり知りたくて、ロリの日記を読むことまでした。けれど、そこにはオレとルークがプリンセス・マリとプリンス・ルークがいかにお似合いかという、ロリ侍女視点のおかしな空想物語が書いてあるというそれだけだった……オレはその話を読んだ時、ロリの部屋でひとりきりでいたっていうのに、思わず大声で笑ってしまったくらいだった。これはたぶん、憧れの王子と親友のオレの両方を裏切りたくないことからくる、複雑な心理による隠蔽行為なのだろうと思われたからだ。

 

 だが、オレはその時はここまでのことは考えなかった……果たしてルークの奴は、オレがロリの隠れた美点を数え上げるのを聞いていなかったとしたら、ロリのことを本当に好きになったのだろうか。もしや、オレがくだらない小細工を弄さなかったとしたら――ルークはいい奴だが、案外鈍いお馬鹿さんでもあるから、ロリが実は自分を好きだと気づくこともなく、まったく別の、ロイヤルウッド時代の学友あたりにでも紹介された美女とつきあい、ロリはもしかしたらあのままひとりでいたかもしれない(ノア・キングの奴はオレの記憶の中で惨殺されているので、もはやどうでもいい)。

 

 ――ロリは途中まで深刻な気持ちで、胸を痛ませつつマリの手紙を読んでいたが、ここにきて初めて笑った。リサやエレノアやシンシアたちとは、あれからもずっと繋がりがあったようだから、もちろんマリにしてもその後、ノア・キングとルリ・ハヤカワが結婚したことは知っていたに違いない。けれど、この手紙はそのずっと以前に書かれたものであり……結局のところ、消化不良の思いを途中まで言い表してはみたものの、やはり心の葛藤に決着をつけることは出来なかったのだろう。書き終えることなく、最後の三行は再び黒く塗りつぶされるような形で終わっていた(とはいえ、この大学ノートを破って書いたらしい文章を捨てずに残しておいたということは、マリにとってはそれだけ重要な意味のあることだったのかもしれない)。

 

 マリの思考の流れと文章に乱れがあったのは、この大学ノートに書かれた文章のみであって、次以降の絵葉書数通、それに続く手紙においては、ロリ自身にしても「どうしてこの手紙を投函してくれなかったのだろう」と不思議になるくらい素敵なものばかりだった。スイスのレマン湖やイタリアのコモ湖、オーストリアのハルシュタット湖や、その他スウェーデンやノルウェーやフィンランドといった北欧の国々の美しい景観、それにバルト三国の観光名所などなど……絵葉書においてはその大抵が当たり障りのない、旅の便りといった文章であるものが多い。

 

 けれど、その中で一通だけ、ロリの心を特に穿ったものがあった。ギリシャのサントリーニ島の写真が使われたもので、「美しいものを見ると、いつでもロリのことを思いだす。そして、こう思う。それなのにどうしておまえはオレの隣にいないんだろうということを……」日付を見ると、マリにルークと自分の関係がばれてしまった約一年後に書かれたもののようだった。その頃、すでに自分はルークと結婚していたことを思い――ロリは胸を塞がれるような、苦しい思いを味わった。

 

 それから、マリは性転換手術を受けるに当たって、実は不安に感じていることや、他のビアン仲間たちに色々忠告されたことで、迷ったり悩んだりしたということを……「ロリ宛て」という手紙の体裁を取りつつ、自分の思考を整理するためであるかのように書き綴っていたのである。

 

 ロリはそうした文章を読んでいても何度となく涙が溢れた。もし、自分に男性の恋人がいたにせよ、それがルークでさえなければ……マリはきっと、自分にそうした悩みを打ち明けた手紙を異国の地から送るか、あるいは直接会うか電話するなどして、相談してくれただろうことを思うと尚更だった。

 

 

 ――男性ホルモン投与による治療を受けていると、時々、気が狂いそうな思いを味わうことがある。手術をしてくれた外科医自身は信頼のおける人物だったが(そのくらい信頼関係を持てるくらい、何度となくカウンセリングを重ねていたから)、やはり手術を受けるに当たっては不安だったし、自分でそうと事前に納得し、了承していたとはいえ……苦しくつらい道のりでもあった。

 

 ミッシィや他の友人たちの支えがなかったとすれば、オレはたぶん孤独に押し潰されていたことだろう。手術を受けて一番思ったのは実はそのことだった。自分がこんなに弱い人間だとは思ってもみなかった。ロリには意外に思われることだろうが、この場にいないおまえの存在も、オレには大きな救いになることだった。前に書いた、インドでヨギの修行を積んだという、レズビアンのキャシー・アンダーソンな。彼女曰く、『絶対に男にならなけば自分はXXだ』だの、『△□なままだ』といった拘りや囚われにあるというのは――精神的に正しくない、ということだった。彼女に言わせると、魂というものにはそもそも性別などないそうだ。それが肉体を持つ時、何かのDNAの具合によって、男や女、あるいは男よりの女、女よりの男……といったように、その後の生育環境にもよるだろうが、そうやって性というものはいくつにも分化していくということだった。

 

 そんな中で、体だけ男になったとしても、今度は女だったからこそこの部分においては自由だった――という自由を失ったことに気づくかもしれないし、この世界には男でもあり女でもある両性を持つ人々もいるが(先天的にそのように生まれつくか、あるいは後天的に男性が胸をつくる手術だけ受け、下の男性器は取らないなど、色々あるだろう)、何より一番大切なのは、精神的なそうした<囚われ>の状態を捨てることが肝要なのだと彼女は言うんだ。

 

 本来の性である男に戻るという決意をし、手術の手筈もすっかり整えてからそんな話を中性的でエキゾチックな容貌をした、博学な女から聞かされてみろよ。流石のオレでもすっかり腹を決めたつもりでいたのに、心が少しばかり揺るいだ。けれど、手術による痛みやら苦しみやら恥かしさやら……色々なことがある程度過ぎ去ってのちは、オレはすっかり男である喜びと自信と誇りに満たされるようになったんだ。

 

 いいかげんおまえもしつこいと思うだろうがな、オレが男になってみて最初に会いたい相手はロリ、おまえだった。もちろん頭の中ではわかってはいるんだ。おまえのほうでは男になったオレに会ってもさして嬉しくなどなく、ただ戸惑うばかりだろうなということは……でもまあ、オレはきっと全然人間として成長してないんだろうな。以前女だった時と同じく、おまえのことをこの男の体を使って抱くところばかり何度となく想像した。おかしいだろう?

 

 まあ、べつにいいんだ。女の体だった時だって、オレは巨大ペニスを持ったモンスターで、ヴァージンなのにそんな大きなモノを入れたら痛がるだけだとわかっているのに――ロリのほうではただよがって受け容れてくれるっていうところを何度なく想像してたんだから……。

 

 なんにしても、こうしてオレの第二の人生ははじまった。一応、ユトレイシアのミドルトン家には……というより、おふくろにはそういうことになったと連絡しておいた。それだって、性転換手術を受けて生活のほうが大分落ち着いた、随分あとのことだ。そしたら、フランチェスカが結婚するからどうするかだとさ。オレみたいなモンスターが身内で妹です……なんていうのは迷惑だろうから、もちろん遠慮しとくよって返事をしたのに、「赤の他人の振りをして出席する分には構わない」みたいなことを言うんだものな。

 

 ロリ、オレはな、物心ついた時からフランチェスカのことが全然好きじゃなかった。これは、オレが頭のおかしいオトコオンナの変人だからって部分も多少はあるだろうが、むしろ逆に世間ではありふれた話でもある。自分の兄や姉、あるいは弟や妹なんかが、何かの天敵みたいに生まれつき相性が悪い、なんてことはそんなに珍しい話じゃない。あるいは、小さい時は仲がよかったのに、成長するにつれ、赤の他人よりもお互い遠い存在になった……なんてことも、オレが友人や仲間たちから聞く限りにおいて、よくあることなんだろうなと思う。

 

 でも、こんなオレでも親父のこととおふくろのことは好きだったんだ。まあ、ふたりがいい子で優等生のフランチェスカばかり可愛がるので、よく癇癪を起こしたり、そんな自分をどう扱っていいかわからないといった問題については、ふたりとも深刻に悩んでたってこともわかってる。でも、すべては過ぎてしまったことだ。オレはオレで、本当は男なのに女だってことで手いっぱいだったし、頭にカッと血が上ると、自分の感情がコントロールできなくなるってことも――オレ自身にはどうにも出来ないことだった。

 

 それでも、親父は娘が息子になったってことは理解できなかったし(性転換後に会った親父の目や態度にあったのは、明らかな拒絶と、「一体どちらさまで?」とでもいうような、赤の他人に対する態度だった)、おふくろにしても、「わたしは娘のあんたが幸せでさえあってくれたらそれでいいのよ」というのとは、ほど遠い態度だった。まず言われたのが、「親戚にはあんたを紹介できない」ということだったし、オレにしてもそんなことは先刻承知済みではあったけど……唯一フランチェスカだけが、「ずっとそう望んでいたとおり、男になれて良かったわね」なんて言ってたっけ。でも、そんなフランチェスカにしても、結婚という幸せの頂点にすっかり頭の緩みきった女の顔をしてたから、ある程度オレにも寛容なのであって――なんにせよ、オレは教会の一番後ろの席に座って、事の成り行きを見守ることにしたわけだ。

 

 この時、オレにとって、というのか、オレの目と脳に幸福をもたらしたのは、何よりもロリ、おまえという存在だった。そのすぐ隣に恋敵のルークがいても、全然気にならないくらいだった。ロリとルークは何やら飼っているペットの話をし……オレがその場で見た限りにおいては、間に猫を挟んで愛猫でも撫でていないと――夫婦の間で他に話すことすらない……そうした雰囲気でもあった。といっても、いわゆる倦怠期というのではない。ただ、もう数年も経てば夫婦としてそんなふうになっていくのだろうと、予感させる姿だったんだ。

 

 この場合、何を言いたいかっていうとさ、男と女としての関係はふたりの間で頂点をすぎ、その次の段階へ移りつつあるみたいな、そんな空気感を感じて――オレとしてはおかしな話、妙に満足だった。何故なのかはわからない。それにそんなこと、オレ自身にだってうまく説明はできない。けど、もしまだおまえたちの間で男と女としてラブラブで、ベタベタ愛しあってるとでもいうようなオーラを感じたとしたら……オレは苦痛を感じるあまり、その場からすぐにも逃げ去っていたことだろう。

 

 あとのことはロリ、おまえも知ってのとおりだ。オレは一週間ほどロリとルークの家に滞在して、ヨーロッパのほうへ戻ってきた。このことも、オレはうまく説明することは出来ないんだが……とにかく、心の欠けたパーツのようなものが埋まったでもいうような感覚だった。おかしいだろう?父にも母にも拒絶されたも同然であったにも関わらず、オレは今、本当に心から幸せだとすら感じることが出来ている。

 

 実はな、ロリ……フランチェスカの結婚式が終わったあと、おまえやルークやライアンやオリビアといった他のみんなの後を――オレはミッシィとふたりで、少し離れたあとからついていった。そのあとホテルへ戻ってから、ひどい孤独の思いに悩まされた。性転換手術を受ける前後にも感じたような、ある種の飢餓にも似たようなひどい孤独感だった。それでも、オレは随分恵まれているほうではあったろう。本当に孤独でひとりぼっちというのでなく、ミッシィといった恋人や、同じようにジェンダーや同性愛の問題などで家族に拒絶され、それゆえにこそわかりあえるという友人であれば、何人となくいたわけだから……とはいえ、一時的にせよ、その時の孤独の飢餓状態みたいなものは、オレの精神にとってひどく堪えるもので、結局そのことが原因で、オレはおまえとルークに――正確には最初は、ルークのことはどうでもよかった。オレが訪ねた時にたまたまロリだけいて、少しでも話せればと思ったんだ。

 

 何故だろう。オレはそういうひどい精神状態の時、ロリ、おまえがすぐそばにいてさえくれれば必ず治るという、イエス・キリストに弟子たちが持っていたのにも似た信頼感を持っている。それで、すっかり治ってパリの自宅のほうへ戻ってきたんだが……もしいつかもう一度、オレがどうしてもおまえに会わなければならないと感じたとすれば、それは良いことがあった時ではなく、むしろオレの精神状態が悪くなった時だという気がする。きっと、もしこの手紙をおまえが読んだとしたら――オレが何故こんなことを言うのか、こんなふうに書くのか、到底理解は出来ないだろう。

 

 今、オレの心は極めて平安なんだ。イエス・キリストが十字架にかかったというので絶望していた弟子たちが、その三日後自分たちの主が復活して会いにきてくださったというので、感動の喜びと怖れに打ち震えていたように……オレとルークとロリ、この三位一体にも似た聖なる関係について、オレはもう壊したくないと思う。おそらく、ありえないことではあるだろうが、今から十年後にでもロリ、おまえがルークと何かあって別れたとでもいうのであれば、オレはそのことを諸手を挙げて歓迎するだろう。けれど、今はこのようやく手に入れることの出来た心の平安があるだけで十分だ。これ以上はもう他に何もいらないというほどの幸せ……いや、やっぱりロリ、おまえにはオレが何を言っているやらさっぱりわかるまいな。

 

 愛しているよ、ロリ。オレのこの気持ちは、神への愛にも似て、永遠に属するほどのものだ。キリスト教では生まれ変わりは否定しているが、それでも――もし、不信心者は本当の救いに至るまで、何度も生まれ変わるとか、そんな死後の秘密があるのだとしたら――いや、この場合でもやっぱり、前提として間違っているな。何故ならロリ、おまえのように善良な女の魂は天国へ行くことが出来るのだから、その場合生まれ変わるなんてこと自体ありえない。

 

 でも、それでももし……もう一度お互い、人間として同じ年齢、同じ時代に生まれることが出来たとすれば、オレは今度こそ男の体として生まれて、女のおまえに会いにいきたい。もしオレたちの関係を邪魔しないというのであれば、ルークがまたそばにいるというのでもいいだろう。それとも、オレはもう一度人生をやり直して、ロリの魂と愛しあうことさえ出来るなら、今度はおまえが男でオレが女というのでも、もしかしたらいいのかもしれない。それとも、オレもおまえも男として生まれ、禁断の愛に悶えあうか、それとも女同士であればこそのディープな関係に溺れるというのでもいいかもしれない。

 

 オレの第一希望としてはとにかく、オレが男でロリが女というものだが、それがダメなら、二番目以降の希望でも構わないという、これはそうした話なんだ。くだらない話が長くなったが、オレはこれからも今までそうしてきたように、何か美しいものを見るたび、ロリ、おまえに綺麗な絵葉書でも買ってその時感じたことを書いたりするだろう。それはオレにとって、永遠にだす予定のない手紙だ。ただ、そうした領域が自分の心に聖域として存在するという、ただそれだけで幸せだという、そうした話なんだ。

 

 ――手紙のほうはまだ続いていたが、ロリは視界が涙で滲むあまり、もう続きを読むことが出来なかった。マリが自分に……自分たちに会いにこなかったのには理由があった。それは、忙しいとか、他にやることがあるといったことではなく、最初からなんとなくそう予感していたとおり、もっと他のことが原因だったのだ。

 

 自分にしてもルークにしても、今までにせめて一度くらい、マリのパリの自宅や、あるいはヨーロッパに散在する別荘を訪ねることがあってもよかったはずなのに……何故そうしなかったのだろう。会いたければマリのほうから会いにくるだろうと思ったから?都合のいい時に遊びにいきたいと言ったとすれば、迷惑になると感じたからだろうか?とにかく、自分は一番大切なタイミングを逃し、大切な人に一番伝えなければいけないことを言い忘れてしまったのだ。

 

「マリ……どうして………っ!!」

 

 ロリは暫くの間、窓敷居に腰かけたまま、ただ声を押し殺して泣いた。どうして、前にここに彼がいてくれた時、自分は言わなかったのだろう。『マリほどの人が、どうしてそんなに自分を気にかけてくれるのかわからない』、『でも、わたしもマリのことが大好きだよ』、『マリが男の人の体じゃなく、女性だった時から本当は惹かれてたんだよ』、『だから、もしタイミングが合って、そんなきっかけがあったとしたら、本当は男か女かっていうことは関係なかったの』、『でも今、男の人になったマリと会ったら、すごくドキドキしてきちゃう。どうしてかしら?』……きっと、そんなことを少しでも伝えられていたら良かった。それなのに……。

 

 ロリは感情の昂ぶりが一度過ぎ去ると、残りの手紙や葉書については、またあとからか、明日以降読もうと思った。今は、ここまでマリの気持ちを知れただけでも、ロリには考えたり思いを致すところが多すぎて――これ以上はとても無理だと思ったというのがある。

 

 屋根裏部屋の窓敷居から外を眺めると、そこには宵闇が迫りつつあった。リリは老いて、我を折るということを覚えたのかどうか、最近ではこの屋根裏部屋から下りて、一階で過ごすことが多い。一生ロリの手からしかものを食べないと思われた彼女ではあったが、何故かある時から拘りなく、ルークの手からも食べたりするようになった(ただし、家へやって来た客には一切心を開かないのは相変わらずである)。こうした愛猫の「一生変わるまい」と思われた性癖でさえも、ある<時>の訪れがあって、その時以降はその前とは変わった行動をとるということ――人間にわかるのはせいぜいが「もしかしたらそんなことだってあるかもしれない」と、予感にも似た感情を覚えるという、たったそんな程度のことでしかないだろう。

 

 マリはある日突然やって来て、そして誰にも予測できない瞬間に去っていった。今、窓敷居からは、花盛りの夏の庭が見える。そして、宵闇には薄い月と、白い星が暗くなりつつある蒼い空に輝きはじめている。まるで、人生の秋も冬も知らずに突然別れを告げてしまった友だち……そして、いなくなってしまってから、もう二度と会うことが出来ないという深い意味に気づき、胸に魂の痛みを抱えている自分がいる。

 

(マリ、どうしたら、今のわたしの気持ちをあなたに伝えられる?こんなにも愛してるって、ずっと愛してきたっていうことを……あなたがそんなにもわたしを愛してくれたっていうことが、わたしが生きて存在する上でどれほどの支えだったか、そのことを今はもう伝えられなくて、わたしがどんなに悔やんでいるか……それともマリ、あなたが今いる世界では、そんなことさえすべてお見通しなの?……)

 

 ロリが最後、クッキーアソート缶の中から取り出した手紙を、もう一度丁寧に元へ戻そうとした時のことだった。それが一体世界のどこかもわからない、美しい風景写真の載った――白い教会に似た建物の庭に蔓薔薇がいくつも絡まっており、そこからは驚くばかり真っ青な海が見晴るかせる――葉書が彼女の目にとまった。

 

 そこには、どこに滞在しているであるとか、何かそうした情報のわかる長い文章は何も書き記されてはいない。ただ、『愛している、愛している、愛している。この世界を、ロリ、おまえのすべてを愛している……!!』と、書き記してあった。

 

 他の絵葉書などには大抵、最後に滞在先や日付が書き記してある場合が多かったが、その葉書にはそんな手がかりもなかった。ロリはただ、彼がそんなにも自分を愛してくれたこと、そのことがどれほど(仮に恋人同士として結ばれなかったとしても)自分という存在を支え続けてくれたか――そのことを伝えることが出来なかったことに、ただ後悔の悔し涙が流れた。

 

「わたしにも、もしかしたら……マリが送ってくれた絵葉書にある風景のあちこちを一緒に旅しては、あなたと愛しあうような、そんなもうひとつの人生があったかもしれないのにね……」

 

 そして、ロリはふと気づいた。マリはもしかしたらそんな、<あったかもしれないもうひとつの人生>をずっと生きていたのかもしれないということを。それから、もうひとつのことが不思議と胸に予感された。きっと、マリの残してくれたこれらの大切な手紙を読み終わる頃――今度は自分がマリと同じように、夫とふたりの娘たちに囲まれていながら、そうした<もうひとつの人生>を、自分は生きはじめることになるのかもしれないということを……。

 

 

 

 >>終わり。

 

 

 

 

 


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