さて、今回の前文はどうしようかな~と思ったんですけど、まあこの小説もあとたぶん数回で終わる予定なので……ゼンディラ先生がまだ石としゃべってもいないのに先にこんなこと書くのもなんですが(笑)、<しゃべる石>と聞いてわたし的にすぐ思いだすのは『ゲド戦記』に出てくる太古の石……みたいなのじゃないかなと思います(^^;)
『ゲド戦記』、たぶんダンボールのどっかにあるはずなんですけど、探すの面倒くさいので(殴☆)、ちょっと正確な確認を取れず、わたしの例によってあやふやな記憶で語るとしますと――その<太古の石>っていうのは邪悪な石で、持ち主を自分の意のままにさせようとするといったような、そうした存在であったように記憶してます。
そんで、わたしがこのお話の最初の原型を思いついたのが……割と近所に高級住宅街と呼ばれる地域があって(うちは違います・笑)、東京といった都会における本当の<高級住宅街>とは比べものにならないんだろうなあと思うものの……まあ、わたしの住んでる場所では高級住宅街と呼ばれる場所に立派なおうちがあって、そのお庭ですよね。そこの広いお庭に大きな石が何個もあって――そこ通りかかるたびに思ってたわけです。というのも、これもその昔、石のカタログっていうんでしょうか。そういうの見てて、「石って結構高いんだなあ」と思っていたからなのです。たとえば、学校の校庭なんかにあって、横に『さざれ石』なんて書いてあるあれ……軽く七十万以上とかしてた記憶があります。
まあ、わたしがそのカタログ見たのも相当昔のことなので、今はもっとするかもしれません。とにかく、そのお宅の庭には、2メートルくらいあるんじゃないかっていうどでかい石がいくつも配置してあるんですよね。「1個70万としても、ひいふうみいよ、いつむうなな……石だけで軽く七百万、いや、もしかしたら一千万以上しそうだなあ」とか、そういう現金なことはどーでもいい気はするものの、おうちの所有者の方が造園業の会社営んでる社長さんなのかなとか、そんな想像をしていました。
んで、まあ時々そのおうちの前を通りかかるだけとはいえ……そのたびになんとなく、ある種の想像力が働いたりもして。どういうことかというと、とにかくその石というのがどでかいもんで、最初にこの石をそこらへんに置き、そっちの石をここらへんに……みたいなセンス(?)っていうんでしょうか。何分、クレーンか何か使わないことには、移動させるのはまずもって不可能なくらい大きな石です。だから、一度ある場所に置いたら、「もうちょっと右にしときゃ良かった」と思っても――ずらすのは相当面倒くさそうです。で、わたしの予想通り、おうちのご主人が造園会社の社長さんか何かで、休みの日に自分の会社からクレーン持ってきて、また庭の気に入った場所に置き直す……とでもいうのでない限り、まあお金がかかる話でもあると思ったというか(^^;)
で、そんなこと考えてるうちにある時――その前にもまあ、心の中で「石さん、こんにちわ」とか、「この石さんはいつからずっとここでこうしておられるのだろう」とか、「ここへやって来る前はどこにいらっしゃったのか」、「本当はあのまま山の中で暮らしていたかったのに、人間の都合ではるばるこんなところまでやって来ることになったのかしら」などなど、考えることはあるにはありました(アホ☆笑)。
そうした延長線上の思考として、「石の牢屋」というのがなんとなく連想されたわけです。あんな大きな石さんたちにがっちり四方八方を囲まれて、そこから出られなかったとした場合……こりゃ相当な圧迫感だなあ、と。で、牢屋なので、そんなところにずっと閉じ込められてひとりぼっちだったら――そのうち、この石さんたちが話しかけてきたりして、友達になったりしちゃいそう……なんて、そんなふうに思ったわけです
で、そのあとに散歩中思いついたのが、「パルミラ」という石の名前だったというか。ここでわたしがもし「石さんがそう話しかけてきたのよ」とかいうことだったら、たぶんわたしは間違いなく精神病というか、その気があるということだと思いますが、とにかくそんなところからはじまって、「パルミラ」というしゃべる石の話というのが膨らんできて――だんだん形を取りはじめたというか(惑星というのも、言ってみればひとつの大きな石のようなものだから)。
それで、最初にこのことを思いついた時には、『ゲド戦記』のことはわたしの頭になかったのですが、書いてるうちにふと思いだしたわけです。「そういえば、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』に邪悪な太古の石で、しゃべってると持ち主がおかしくなってくる石っていうのがあったような……」と、ふと思いだしたというか。そんで、「パルミラ」という名前についても、『少女パレアナ』という児童文学があったなあと思いあたり(^^;)
こちらも、ダンボールのどっかにあるはずですが、探すの面倒なので(殴☆)、わたしの曖昧な記憶を元に書くとしますと……村岡花子先生があとがきというか、訳者解説みたいな最後のほうのページで、作者のエレナ・ホグマン・ポーターは、英語の辞書に新しい単語を増やした――と書かれていたように記憶してます。『少女パレアナ(ポリアンナ)』は、どんな悪いことが起きても、その悪いことの中に少しくらいは含まれている喜びの側面を見ようとする、非常に前向きな女の子で……確か、パレアナーイッシュでしたっけ?そうした、喜びとか歓喜とか楽天主義を意味する言葉があって、その後、心理学用語として「ポリアンナ症候群」とか「ポリアンナ効果」といった言葉も生まれたようです(後半、ウィキ調べ☆)。
まあ、『少女パレアナ』は名作と思いますが、ここでわたしが何を言いたいかというと……「パルミラ」という名称です。↓の小説の中では、古代エスフェラス語で「歓喜」とか「喜び」といった意味という設定ですが、無意識あたりを探っていくと、大体それに近いものがあるんだなあ……という、そんなお話でした(つまり、自分的には「オリジナル」と思っていても、無意識を探っていくとなんかしら連想させるものはあって、そう考えると「本当に本当のオリジナリティ」っていうのは定義が難しいなと思ったり^^;)。
で、ここまでは無意識の話ですが、有意識(?)としては、諜報庁のESP部門長官のメルヴィル=メイウェザーのモデルは間違いなく『マージナル』のメイヤードです(笑)。まあもしモデルにしたりしなかったら、サングラスしてるといった設定もいらないんですけど、これはわたしの個人的な自己満足という、ただそれだけのお話
それではまた~!!
惑星パルミラ。-【24】-
「ちょっと、青々と生い茂りすぎる緑が邪魔をして、鳥の姿が見えないのがなんだけど……とにかくそこらを少し散歩してみよう。鳥の猟師がもしここパルミラへやって来たら、どの鳥ももう取り放題というくらい、ここの鳥たちには警戒心がないからね。だから、そのうちすぐあちこちから姿を現すに違いないよ」
マイケルがそう言っているそばから、エメラルドグリーンの濃い葉陰から、原色の美しい鳥が「ピツィチッ!!」と一声鳴いて、舞い降りてきた。とても自然にそうなった……とは考えられないくらい、頭の上の冠羽が外側にカールした青い鳥で、お腹のあたりは白く、尾羽に若干黒や灰色が混ざっている。そして、冠羽の先にいくつか、真珠のような白い粒が下がっているのだった。
「あれはね、テール鳥って言って、オスは冠羽が外側カールなんだけど、メスのほうでは内側にカールしてることで見分けがつく。あ、もう一羽きたね」
つがいなのだろうか、次にやってきた似た色彩の鳥は、確かに冠羽が内側にカールしていたことで、ゼンディラにもすぐ雌雄の見分けがついた。彼らは樹木の根元に散らばっている茶色い穀物の粒のようものをついばみ、マイケルとゼンディラがそばを通りすぎても、まるきり動じる様子を見せなかった。
その後も、「ピティチーヤ、ピティチーヤ!!」、「ラルルルルール、ラルラララ……」、「ポースィ、ポースィ、ウポポポポ……」、「ティステ、ティステ、ティステテテ……」などなど、様々な愉快な鳥たちの歌う声が聴こえてきた。マイケルはそのひとつひとつの鳥の声真似をしてみせ、それぞれの鳥の名前を教えてくれたものだった。中には、マイケルのことを仲間と思ったのだろうか、その声に惹かれるようにして、蛍光の黄の毛並みをした鳥が目の前をさっと横切ったり、オレンジやラベンダー、ブルーグリーンの小さな鳥が彼らのまわりをつきまとうように暫く飛んだりしたものだった。
「すごいですね!マイケルは鳥さんたちとお話ができるんだ」
「いや、会話なんて言えるほど、洗練されたものじゃないよ。彼らは仲間がいると思ったのに姿が見えないもんで、ぼくらのまわりをちょっと飛び回ったという程度のことだったんじゃないかな。あ、この道を抜けると小さな湖……いや、池みたいなもんか。蓮がたくさん浮かんだ池にでる。そこには橋がかかってて、橋の手前と渡った向こう側に東屋があるから、そこででも少し話をしないか?」
「そうですね」
あまりに自然と一体化してしまっているため、どこからどこまでが人工的に手を加えたものなのか、ゼンディラにも識別できなかったが、その池は広く、湖といっても差し支えないほどの大きさがあった。中央にかかる太鼓橋の手前に、東洋風の朱色の東屋があり、そこにはすでに先客がいた。
「ほら、そばに寄っていっても全然逃げないだろ?」
「え、ええ……」
東屋には木製の腰掛けの他に、中央のテーブルには小型のリスが三匹いて、胡桃らしきものをかじっているところだった。そして、椅子部分には大きな灰色の、年寄りのような顔をした鳥がおり、その向かいには藍色の毛並みの、同じように体長1メートル以上はあろうかという金色に輝く瞳の鳥が座している。
「はいはい、ちょっとお邪魔しますよ」
マイケルがそう言ってハシビロコウに似た鳥の隣に座っても、彼はまったく動じなかった。また、藍色の鮮やかな毛並みの鳥の隣にゼンディラが腰かけても、こちらもまったく身じろぎすらしなかった――と思いきや、少しばかり羽を広げ、よたよた横にずれることさえしてくれたのである。
「な、シド所長が言っていたとおり、彼らはまるで話が通じてる以前の問題として、何かを『わかってる』ように感じるだろ?つまり、こうした感覚を何度となく味わううちに……何かをもうちょっとどうにかしたら、彼らと話が出来そうな錯覚に襲われるんだ。人間はコミュニケーションをとるのに、顔の表情や手振りといったゼスチャー、それに言葉といったものが必要になる。でも、喉から言葉をだす前から、彼らには何かがわかってる気配を感じるとでも言えばいいか……ここパルミラで長く暮らせば暮らすほど、そこから自分だけが疎外されていて、人間以外の純パルミラ産の生物たちはすべてそんな形で同期してるんじゃないかと、そんなふうに感じられてくるものなんだ」
「ああ、なるほど。それならわたしにもマイケルがさっき言っていた<同期>ということの意味がわかるような気がします」
ハシビロコウによく似た鳥と藍色の鳥とは、その後もそれぞれ独自の哲学に耽るかのように、じっとしたままでいた。テーブルの上にいるリス三匹は、それぞれ胡桃を食べるのに夢中になっている。
「この小型のリスって……」
惑星メトシェラでも見られるリスとほとんど同種といっても過言でないリスたちを眺めつつ、ゼンディラはそう聞いた。
「わかる。ゼンディラの言いたいことは言われる前からよおおっくね。この小型リスたちがいわば進化して、あそこまで大きくなったのかと、そう言いたいんだろう?」
そうです、と答えるかわりに、ゼンディラはこくこく頷く。
「一応ね、DNAなんかを調べた結果も、そうした方向性を間違いなく示しているとはいえ……だけど、訳がわかんないよ。何か強力な外敵がいて大きくなる必要があったとかならともかく、ぼくらにはどっちかっていうと、例のパルミラの魂とやらがなんとなーく、「この小さなリス、大きくしてみよっかな」とか暇つぶしに考えついて、大きくなる方向性で植物や鉱物の配合なんかを選んで食すようにさせたんじゃないかなんて、つい思いたくなるくらいだからね。だってそうだろう?ジャンボうさぎにしたってそうだけど、小さいか、あのくらい大きくなるかの二種類しかいないんだから!なんで間の中くらいのリスやらうさぎやらが今は存在してないんだ?って話さ。でね、小さいのと大きいのの知能指数を調べても、大して差なんかないんだ。そのかわり、大きい分いっぱい草を食べて排泄して、また鉱物をなめてしゃぶって昼寝して……って、小さくても大きくてもやることなすこと、何ひとつとして変化なしときてる。むしろ大きい分、動きに敏捷さがなくなって、人間のぼくらからしたら『こいつら、一体なんのために大きくなったんだ?むしろ惑星のためには不経済だろうが』としか思えないんだよね」
「でも、きっと何か理由があるんですよ。いえ、理由なんてそもそも必要じゃないのかもしれない。単に、惑星パルミラ自身がぬいぐるみみたいに大きいリスやうさぎが地表を動きまわってるところを見たいというだけでも……理由としては十分なのかもしれませんよ」
「まあね。でも一応、ぼくらだって科学者のはしくれなわけだから、やっぱりこの惑星へやって来る前の旧来型の考え方にしがみつきたくなっちゃうわけだよ。そこでシド所長や他の研究員たちはこう考えた……つまりさ、惑星パルミラと彼らの<同期>っていうのはこういうことなんじゃないかって。例の第一研究所近くにある――近くなんて言っても、実際には結構距離があるんだけどね――鉱物生命体が、この惑星中の鉱物と同期するか、同期しようと思えば自分がいるのと反対側の星の裏側にある鉱物ともそう出来るのだろうことはほぼ間違いない。それは、ここパルミラの研究員たちが書き残した色々な記録からもわかることなんだ。つまりね、パルミラに移住してきた初期の人たちからはじまって、それから暫くの間は……みんな『特別な石』だけが脳というか、心に直接話しかけてくるのだとばかり思ってた。そこで、そのような石を<霊石>(ティーレ)と呼び、それ以外の話しかけてくるでもない普通の鉱石類を<パム>(エスティラ語で石や鉱石といった意味)と呼んで分けていたくらいなんだ。ところがね、その後そうした考え方をするのが間違いだということがわかってきたわけだ。ゼンディラ、この惑星へやって来る前、宇宙船からパルミラを見た時、何かに気づかなかったかい?」
「ええと……確か、惑星中のあちこちで何かが綺麗に光り輝いているように見えたと思います」
ゼンディラは、初めて惑星パルミラを外から見た感動を、再び脳裏に思い浮かべた。ある光は淡い薄桃色、ある光は蛍光グリーンの帯のようであり、また別の光は青白く光って瞬くか、あるいは遠くへ流星のように伸びていってやがて消えたものだった。
「あの光はね――まだ科学的な証明までは取れてないが、おそらく例のパルミラの魂とやらが、自分の惑星中から鉱物を中継地として情報を集めているということなんじゃないかと考えられている。我々人間も、当然同じ知的生命体としてそんなに馬鹿というわけではない。でも、例のパルミラの魂さんにそんな質問をぶつけてもすっとぼけなさるということだったからな。つまりね、ゼンディラ。パルミラの魂とやらは、AIコンピューターよろしく、おそらくはいくらでもそうした情報の蓄積が可能なのだと思うよ。それとも、容量オーバーということになれば、さらに鉱物として増殖すればいいということなのかどうか、そのあたりはよくわからない。ただ、彼はおそらくこの惑星の魂というよりも、支配者と考えたほうがいい側面も大きいんじゃないかということなんだ」
「支配者、ですか。でもその考えでいくと、この全宇宙を統べ治めるという神がこの宇宙には数百万もいるそうですが、その神々だってこの宇宙の支配者ということなんでしょうし……あっ、今思い出しましたが、それでいくとおかしくありませんか?確か、シャトナー博士がこう言ってた気がします。パルミラの魂は海の中の鉱物のことはよくわからないみたいに答えたとかって……」
「そこだよ、そこそこ。ぼくが言ってるのはね、まさしくそーゆーことなのっ!!」マイケルは興奮したようになって言った。「何分、地球発祥型人類のみならず、この宇宙で知的生命体とか呼ばれる連中は必ずウソをつく。というか、ウソをつける能力を持ってるわけだ。だからさ、パルミラのやつだって、なんでもかでも人間に正直に話すってわけじゃないだろうし、都合の悪いことについては沈黙を守ったり、口笛吹きながら「そんなん知らんけど」と言ったりすることもあるってことなんだろう、きっと。いや、ぼくは基本的に、ここ惑星パルミラの魂は善的な存在なんだろうなと漠然と想像してはいるんだ。それは彼の動植物に対する取り扱いひとつ取ってみてもよくわかるし、そんな彼のことを愛してもいる。だけどね、ゼンディラ――その愛ってやつは結局、支配欲ということなんじゃないだろうか?このパルミラにいる動物たちを残らずすべて見てごらんよ。この惑星に自生する鉱物なしじゃ、その全員が生きていけやしないんだ。そのくらい依存しきってるっていうのは……自分なしじゃおまえたちは到底生きていけやしないというふうにしておいて、この惑星で起きることすべてを掌中に治めようというのは――正しい支配欲ということなのか、それともこれが人間であれば、最初は正しい心で民衆を治めようとしたのが、その後統治のほうも歪んでいき、ただの暴君となっていく場合があるものだけど……ここ惑星パルミラの主にはそうしたところが一切ないと、本当に言い切れるんだろうか?」
「……………………」
愛とは支配欲である――などとは、ゼンディラは一度として考えてみたことがない。だが、相手を支配するのであれば、当然そこには愛や尊敬が伴ってしかるべきなのだろうと思いはする。ちょうど、旧来型の男女の夫婦関係がそうであるように。
この時ゼンディラは、マイケルが言ったことと、他にシド所長やシャトナー博士が話していたことも考えあわせるのに忙しく、暫し無言のままでいた。
「つまりね」ふーっと、マイケルは溜息を着いて続ける。「まとめるとさ、このハシビロコウもドードーも」と言って、マイケルは藍色の鳥のほうを軽く指で指し示す。「まあ、この子リスちゃんたちも含めていいけど、彼らは常に鉱物をいくぶんか体内に溜め込んだ状態なわけだ。となるとだよ?もしやパルミラの魂さんは、その気になればこうしたパルミラの動物や昆虫といったものを、操ることが出来るってことなんじゃないだろうか……というのが、今シド所長やぼくらが立ててる仮説なんだ。たとえばね、今から七百年くらい昔に、ここから遥かに南下したモーレリア台地ってところで、モリア山って名づけられた活火山が噴火して、今もその活動は活発に続いてるんだ。パルミラにはきっと『そろそろ噴火しそうだな』って当然わかってたんだろう、動物たちの被害というのが一切見受けられなかった。もちろん、普通に考えれば野生の本能によって逃げたという話ではあるかもしれない。だけどぼくは思うんだ……普段あれだけ呆けたような生態しか見せず、哀れなまでに鈍く知性のない連中が――その時だけパッと逃げたりなんかできたんだろうかってね。つまり、パルミラにはさ、おそらくその気になれば動物を操る力があるんじゃないだろうか。それか、石を通してぼくらに話しかけてくるみたいに、全員に『逃げろ!』と指令をだし、従わない個体については自分で操ることさえして逃がすというね。これはもちろん、パルミラにとっては愛から出た行動に違いない。あるいは、この惑星を統べ治める者の責任感ってものがあるのかどうか、そこはわからないけど……つまりね、これが最終的な最初の疑問に対してぼくらが出した結論なんだ。パルミラの動物たちが今の状態で進化しないままなのは――この惑星唯一の知的生命体である鉱物生命体がそうと望んでいるからだ。何故なら、人間みたいに……いや、人間ほどじゃなくてもいいけど、とにかく自分が同期できない、同期できても従わせることの出来ない種族が誕生した場合、それはすなわち鉱物生命体全体の危機でもあるわけだろ?何分、彼らは人間にとっては十分破壊可能な存在だし、鉱物には当然逃げられるような足もない。そこでね、シド所長はこう考えたんだ。ビッグリスやジャンボうさぎは、何か非常事態が起きた時に操るのにちょうどいい動きをするっていうことなんじゃないかって。だから、脳が大きくなっても操りやすいよう知能は低いままなんじゃないかって……」
「な、なるほど……わたしにもだんだん、意味がわかってきました」
とはいえ、やはりまだ石から直接話しかけられたことがないからだろうか。ゼンディラはシド所長やマイケルといった第四研究所の人々が(少し考えすぎなんじゃないだろうか)と思う気持ちのほうが強かったかもしれない。
「他にね、もうひとつ君には伝えておきたいことがあるんだ、ゼンディラ」
そう言って、何故か彼は隣の灰色のハシビロコウにウィンクしてみせる。
「これはあくまで、『そうした可能性もある』っていうことではあるんだけど……パルミラにはおそらく、今この瞬間も、ぼくたちが話しているこの会話を聞くことの出来る能力がある。たとえば、このハシビロコウを通してでも、ドードーを通してでも――あるいは、どのみちそこらへんの地面をちょっと掘れば、すぐなんらかの鉱物にぶち当たるんだ。そんなのを中継地にして、パルミラは自分が欲しいと思う情報を得る能力があるんじゃないか……というね、これは科学的に証明はできないにせよ、十中八九そうであろうと、一般的にみんながそう認識してることなんだよ」
「ええと、その……わたしも今までの間に、盗聴マイクなるものが存在するとか、そうした知識を得る機会があったのですが、ようするにそれの鉱物版ということですか?」
「そうだね。まったくもってそうとも言える」
マイケルはゼンディラの言葉を面白がるように笑った。
「ぼくはさ、いつもはこんなに雄弁にぺらぺらしゃべるタイプの人間ではまったくないんだ。むしろ、人間たちには背を向けて、鳥たちとしゃべって、それがただの反響言語とわかっていても……人間なんかと話すより、鳥とでも話してたほうがよほど有意義だとか、そんなような考え方をする、暗い人間なんだね。だけどゼンディラ、君と話すのは鳥と話すのより、ずっとずっと楽しいよ」
「そうですか。それならわたしとしても嬉しい限りです」
このあと、ハシビロコウが腰掛けから下りて歩きだし、ドードーもまたそれに続くのを見て――小リスたちはテーブルから東屋の柱をつたい、どこかへ消えていった――彼らふたりもそれに続くように移動することにした。見ると、東屋の屋根部分に色とりどりの鳥がびっしり並び、囀っているのがわかる。
ハシビロコウとドードーが、何やら意見は合わないのに離れがたい友達のように同じ方向へ向かうのを見て、ゼンディラとマイケルはなんとなく笑った。太鼓橋の欄干には、こちらも鳥たちが並んで涼しげに湖面へ向かい囀っていたが、二羽の大型の鳥と二人の人間が真横を通っていっても飛びすさる気配すら、この鳥たちはまったく見せようとはしない。
「本当に、美しいところですね、ここは」
ハシビロコウとドードーは「もう見飽きてる」とばかり、一直線に橋を渡っていったが、ゼンディラは橋のちょうど真ん中で歩を止めると、蓮の葉や花の浮かんだ湖面を暫くじっと眺めやった。
「真下を宝石みたいな鯉が泳いでるよ。大きいのは二メートルくらいあって、遭遇するとちょっとびっくりする。なかなかヒゲの立派な鯉さ。ここの裏庭――まあ、便宜上そう呼んでるってことではあるけど、なかなか広くてね。探索路のほうを全部歩いて巡ろうと思ったら、たぶん三日はかかるんじゃないかな」
「なるほど。じゃあ、ここでの滞在が長くなってきて、ひとりでそうした探索路を歩いていると……突然道端の石が話しかけてくることがあるということなんですか?」
「そうなんだ」
鏡を射たような美しい湖面を暫く眺めたのち、ふたりは再び歩きだす。
「『あなたは少し鉄分が足りないようだから、なんらかの形でもっと摂取したほうがいい』とかってね。シド所長に対しては『肝臓が少し弱っているようだ。鉱物病の心配がないなら、肝臓が強くなる鉱物を教えてあげられるのに残念だ』とかなんとか……彼らが心配するのはまず、ぼくたちの体のことなんだよ。なんでそんなことがわかるかって?ぼくらはここパルミラの大気の中で生きて結構になるし、食べ物についてはなるべく外の惑星から輸入してきたものを食べてるにしても――それでも、なんらかの形で常に数パーセントくらいは鉱物的な何かが付着するなり蓄積したりしてるんだろう。ゼンディラ、さっきの話はきっと、ここへ来たばかりの君には突飛な話であるように聞こえたろうけど……ぼくはね、変な意味じゃなく、友達として君のことが本当に好きなんだ。だから一応、用心のためにさっきみたいな話をすることにした。きっとこれから君は、ぼくもシド所長も第五研究所の施設長であるシャトナー博士さえ会ったことのない、例の鉱物生命体と直に会える機会があると思うんだ。なんでって、他のESP能力者の子たちはみんなそうしてるからね。ぼくにしても、念動力なんかで破壊される危険性がなきにしもあらずなんじゃないかと、少し不思議なんだけど……ほら、君はあんまり人が好すぎる。だからさ、心配なんだ。例の鉱物生命体の奴は、おそらく善良で害のない存在に違いないけど、土壇場でどうなるかなんてわかったもんじゃないだろ?今のところ、彼らとぼくら外の宇宙からやってきた人間とは仲良くやれてるにしても――パルミラの魂は、第二研究所あたりで行なわれていることについて、どう考えてんだろうとは、やっぱり思うからね」
「第二研究所のマルサリス研究所というと……軍事施設だと聞いた記憶がありますが」
マイケルの言うことはいちいちもっともだと思い、ゼンディラは頷いた。彼のほうでも、この新しく知りあったばかりの友に好意を感じているのは言うまでもないことだった。
「そうなんだ。もちろんぼくはただの一介の鳥類学者だからさ、そこで何が行なわれているかなんて知らないよ。ただ、一応建前としては、もし運悪く隕石なんかが飛来してきてこのパルミラへ衝突するなんてことになった場合……それをいち早く察知して軌道を逸らすなり破壊するなりするために存在するってことらしいんだ。でも、それと引き換えに、ここパルミラの未知のエネルギー鉱物を研究して、恐ろしい新兵器を開発してるってのが本当のところみたいだからね。そのこと、パルミラ本人はどう思ってるんだろうって思うよ。だって、その兵器を自分に向けて使われるとか、ありえなくもないわけだろ?」
「きっと、何かあるんじゃないでしょうか。そのパルミラ本人が宿っていると思しき鉱物を破壊しても――彼の実在は実はそんなところになく、それこそこの惑星中、どの鉱石にも宿ることが出来るとか……」
「なるほど。その場合はあの洞窟にいつでもずっといるのだぞ……というのはただの人間にそう思い込ませるためのポーズということになるな。ふむふむ。それはぼくも考えてみなかった」
――ふたりはこのあとも、橋を渡りきった向こうにある東屋で、先にそこへ座っていたハシビロコウやドードーも一緒に、色々と楽しく話して過ごした。そして、そうこうするうち、ハーブガーデンから戻ってきたマイケルのガールフレンド、ケイトリン・カーシュナーが迎えにやって来た。「ここだと思ったわ。いくら一日中太陽が照ってるからって、一体あなたたち、今何時だと思ってるの!?」と、彼女は恋人のことを叱りつけていた。というのも、第五研究所から戻ってきた時一緒だった、他の三人の研究員たちがゼンディラを<マンハイム研究所>の人々に紹介したがって、ずっと待ちぼうけを食っていたからである。
ゼンディラは第四研究所でも第五研究所での時と同じく、すぐ人気者となり……再びジャンケンやらゲームの勝ち抜き戦やらが行われたのち、施設内の宝石蝶の館やら、宝石とかげの生きたコレクション館やら、それぞれ別の専門研究員に案内されていたものである。「だから言ったろ?ぼくはこうなるとわかってたから、先にゼンディラと色々話しておきたかったんだ」と、マイケルは恋人に言い返したが、その彼女も含め三人で、ゼンディラはこの三日後、ハーブガーデンへ行く機会があった。
「ね、不思議でしょ?」
植物を根まで掘り返すと、そこで根が必ずぴったりなんらかの鉱物類と密着しているのを見て、ゼンディラも驚いた。
「不思議ですね。こんなのは私も見たことがありません。というか、これはどういうことなんでしょう。普通、わたしたちの星で育つ植物といえば……根から土の栄養分などを摂取したりするものだと思うのですが……」
「そうなの、そうなの」
ケイトリンは優しそうな女性で、ゼンディラともすぐに気が合った。中肉中背で、黒い髪に水色の瞳をしている。大体二十代後半くらいに見えたが、あまり見た目や着るものに拘らないタイプの女性のようだった。
ハーブガーデンは蓮池から少し歩いていった場所にある囲い地にあった。ガーデン、などと言っても結局、空からは鳥が来放題、森からは鹿がやって来ては美味しそうにぺろりと畑をなめていくもので――広い敷地に収穫らしい収穫が上がったことは今まで一度もないという(また、結局のところパルミラ産の食物は食べられなくもあるので、それはそれで良かったのだろう)。
「みんな、鉱物っていうのは硬いものだっていう先入観があると思うの。基本的にはね。だけど、ここパルミラの鉱物類は気体でもありつつ液体でもありつつ、固体でもあるっていうことなんだと思うのよ」
「ええと、気体はなんとなくわかります。例の空気中に瀰漫してる成分っていうのが、雨が降ったりして地中にも染み込んで……それが地中の鉱物の栄養にもなるっていうことなんですよね?でも、液体っていうのは……」
ゼンディラはここ惑星パルミラへやって来てから、まだ一度も雨を経験してはいない。だが、雨の中にも例の多幸感を及ぼす成分が入り込んでいるという、そうした意味なのだろうかと、ふと考える。
「そうね。雨の中にもパム的成分……あ、例の成分のことをそう呼ぶ人もいるってだけのことなんだけど、そう呼ぶのを嫌う人もいるから一応注意してね。パルミラの雨の中にはここの惑星特有の鉱物の成分が混ざりあってる。それが地に降り注ぎ、大地のみならず鉱石類をも喜びによって潤し……この時にも確かに、鉱物たちは一旦液体になったとも言えるのかもしれないわ。だけどそれだけじゃなく――ほら、植物の根と鉱物が接着してる部分、少しだけ触ってみて」
「……確かに、柔らかいですね」
ゼンディラは、どことなく鉱物的な花弁の白銀の花の根と(茎は茶色かった)青く輝く鉱物の接合部に触れた。鉱物自体は当然とても硬いのだが、根との接合部分のみ、微妙に柔らかい部分がある。
「ね?動物や昆虫たちが好みの鉱物にしゃぶりつく時……そこだけ、何故かその時だけ柔らかくなったり、栄養分をしたたらせたりするの。不思議じゃない?なんだかまるで母親が赤ちゃんにお乳をあげる時期だけミルクがたっぷり出るようなものよ。そうしてこの惑星自体がすべての生きとし生けるものを養っているんだわ」
この時、鹿の家族が四匹やって来て、土の中に鼻づらを突っ込み、せっかく育った人参などを掘り起こしてはぺろりと美味しそうに食べていった。だがケイトリンもマイケルも、他に二名ほどいた研究員たちも「こらぁ!!」などと言って追い立てたりはしない。
「まあ、こんな調子でもうほとんど収穫物も残ってないんだけど……それでもじゃがいもやかぼちゃや玉ねぎなんかが少しくらいは採れて良かったわね。その昔はね、完全に外部から遮蔽した広い空間で、他の惑星から持ってきた土に種や苗を植えて収穫するってことも試みられたことがあるの。だけど結局、どこかしらから例のパム的成分が入りこんでくるものだから、せいぜい一年目の土で収穫した農作物くらいしか鉱物に冒されずに育てるってことが出来なかったのよ。パム的成分を完全に排除しようと思ったら、空気の循環にも徹底して気をつけなくちゃいけないし、農作業するのに外から入ってくる人たちだって、完全に全身や服を無菌に近いくらいの状態にしなくちゃいけないわけでしょう?どんなに根気強い人でも、『こんなことやってられっか!』ってことになって、その計画は頓挫しちゃったの。農作業ロボットやアンドロイドたちにやらせるってことも出来るけど……なんにしても、莫大な費用がかかるばかりで、無理なものは無理ってことが過去に試みられた実験からはわかるのみってことなのね」
「そうですか。でも、ただ一年に一度だけ……」
ゼンディラは、自分が収穫した表皮が真紫に輝いている玉ねぎを見て言った。他に、じゃがいもは窪んだ部分に鉱石の成分的な青いものが付着しているし、かぼちゃは「本当にこれは食べられるのだろうか」というくらい――蛍光ペンキでも塗ったようなオレンジに輝いている。
「そうなの!一年に一度だけ、ここパルミラで採れた果実や植物や魚介類なんかを持ち寄ってね、短い夜を喜び祝うのよ。でもゼンディラ、あなたはもしかしたら食べないほうがいいかもしれないわね。もちろん、長くいても二か月後には帰ってしまうっていうことなら……大丈夫とは思うのよ。わたしたちもね、一年に一回だけじゃなく、ほんとはもう少しこの楽しいパーティを持ちたいとは思ってるんだけど、問題は体に影響がでるかどうかというより――パルミラ産のものはりんごでもバナナでもみかんでも、とにかくなんでも美味しいものだから、もしこのパーティを最初は年二回に増やし、その後年四回にしよう!なんていうふうになっていったら……もう終わりよ。というか、過去に住んでた人たちの過ちをもう一度繰り返すってことになるわけよね。もう欲望の抑えがきかなくなって、隠れてパルミラ産の何かしらをしょっちゅう口にしだすに違いないわ。それこそ、鉱物病になるとわかっていながら、そこらへんの鉱物を削ってはキャンディよろしくしゃぶりだしたり……」
「でも、今までそうした研究員の人というのはひとりくらいはいたのではありませんか?」
「そうよ。そりゃそうなの!でも、そういう人っていうのはすぐ、わかり次第コロニーのほうへ石抜きにやられるのよ。治療中の人の姿を一度見たことがあるけど、石中毒になってるものだから、言ってることなんかも少しおかしいのよね。ここへ来た研究員はみんな、まず最初にそうした石中毒の人の映像なんかを見させられて、注意を促されるってわけなの」
「なるほど……」
――そして実際のところ、この翌日……ゼンディラは第四研究所の半数以上(約42名)と、中型飛空艇二機に分かれて北欧にある第三研究施設<カペルスキー研究所>へ向かうことになった。飛行時間は約5.5時間ほど。その間も、一年に一度のお祭り騒ぎと思うのかどうか、今からすでに彼らはパム的成分に深く冒されてでもいるように、興奮しきりといった様子をしていたものである。
ゼンディラはケイトリンの忠告通り、パルミラ産のものを食べるというタブーを犯すことはすまい……そのように最初から心に決めていた。何故といって、彼は出身惑星のメトシェラでは僧であり、アストラシェス僧院での食事内容というのは、それほど節制を極めたものではなかったにせよ、それでも刑務所を兼ねた場所である裁判惑星コートⅡのほうが、全体として良いものが出てきたのは間違いない。そして、本星エフェメラにおいては一般に美食と呼ばれるものや、それをかけるとなんでも美味しくなるという<万能調味料>をかけて食事したこともあったが――彼はいつでも(贅沢すぎる)との思いとともに、味つけの薄いものばかりに戻ってもどうということのないよう、日々気をつけてもいたのである。
だが、そのように節制傾向の強いゼンディラをして……結果として第三研究所でもたれた<ナイト・フェスティバル>では、実は食欲に負けてしまっていたわけである。
>>続く。