これも、なるべくだったら「あとがき」とかに書けっていう話のような気はするものの(汗)、↓に出てくる本星エフェメラと呼ばれる場所や、高位惑星系とかいう惑星における死生観について。。。
いえ、「理論上は永遠に生きることも可能」でありながら、何故人々はそうしないのか、あるいは出来ないのか……実際のとこ、本当はそのことが現実に実現可能となったら、人間というのはいつまでも生き汚く(?)生きようとするものなのかもしれません。
↓の世界観においては、一応そうした陰謀論的な噂話というのがあって、一部の「超」がつく金持ちたちは、一般市民にそうと知らせないような形でずっと肉体をかえて生き続けており、実はそうした人物らが裏でこの宇宙を操っているのだ――とは、言われていたりするようです。
わたし、アーサー・C・クラークの小説を「SFのごちそう」としてまだ取ってあるのですが(笑)、でもこのあたりの設定で、記憶のデータを保存しておくことで、人は永遠にも近いくらい生き続けることが出来る……的設定については、アーサー・C・クラークの小説に、そうした設定のものがあるそうです。
そのことをわたしが知ったのは、「100分de名著」を見てでした。何か、そうした内容の小説があって、そのあらすじの説明を番組内でしているのを見たというか。というより、その前の回に「幼年期の終わり」のあらすじをやってるのを、偶然途中から見たわけです(たまたまテレビつけたらやってた)。それで、そのストーリーの内容を聞いていて、「なんや!その面白そうな小説は」と思い、「いつか必ず読むぞ!」と思っていて、今もまだ読んでないというか(笑)。
で、アーサー・C・クラークと言えば、本読んだことなくても、名前くらいは当然誰でも知ってるくらいのSF界の大御所なわけで……だから、この小説書く前か、書いてる最中でもいいから、とにかくアーサー・C・クラークについては、そのあたりの気になる本を最低でも2~3冊は読もうと思っていたのです、これでも(^^;)
それで、そのくらい科学の力が発達した世界における「死」とは何か……ということなんですけど、それは取りもなおさず「意識の消滅時」ということではないかという気がします。でも、記憶データを保存しておくことで再び甦ることが出来たにしても、「それは本当に元の自分か」という問題があるわけですよね。何故かというと、アレクサンドラ・ハイデン大尉の場合は、運よく脳がどうにか無事だったから、その前にバックアップしてあった記憶データを使用しなかったわけですけど……後者の場合は「元のオリジナルの自分」とは言えない部分があるのではないでしょうか。。。
萩尾先生の超名作漫画に『A-A’』という素晴らしい作品があって(今回ここの前文にあんまし文字数使えないので、あらすじ等詳しく書けなくてすみません)、元のわたしAと、バックアップしておいた記憶データの注入を受け、クローンとして甦ったA’というのは……わたし自身は別の人ではないかと思ったんですよね。いくら同じDNAを持っていて、容姿的には同一人物にしか見えなかったとしても。
それで、そうした形で永遠にも生きられる技術が存在していたとしても――ある種の心情や道徳観、宗教的理由その他により、そのような生き方を拒否する人もいるでしょうし、とはいえ<死>に直面した土壇場で、やっぱり考え方を変える方もいたりと……このあたりに関しては他にも何か物語が書けそうですが、もし仮に多くの人々が「生きられるだけ生きる」というのを<常識>としていた場合でも、実はお金が続かないんじゃないか、そうした経済的な問題があるのではないか――ということをわたしに教えてくれた海外ドラマが、『アップロード~デジタルなあの世へようこそ~』でした(笑)。
このドラマでは、人の意識をデジタル世界へアップロードすることで、元の肉体が事故や病気その他で失くなったあとも、生き続けることの出来るシステムが存在しているわけですが、とにかく何をするにもお金がかかるグレードの高い美味しい食事をするにも、スポーツジムの使用やその他色々な娯楽を楽しもうという場合にも……体があった時と同じようになんやかやお金がかかり、それはまだ死んでいない家族などが負担している。もちろん、もともと大金持ちだった人たちはいいのですが、「新しく服が欲しいんだけど」と地上の家族にデジタル世界の意識人(?)がテレビ電話で聞いたりして、「今月はお金が苦しいのよ。来月にお給料が振り込まれるまで待って」とか、そんなふうにしていたら――たぶん、このシステムはどこかの地点で崩壊せざるを得ない気がするんですよね(^^;)
でも、これでもし、「死後の世界では一切お金かかりませんよ」、「すべての人がそのようにデジタル世界に意識をアップロードされ、永遠に生きられますよ」と言われたとしたら……「そんな世界であなたは本当に永遠に生きたいと思いますか?」という話でもあるのではないでしょうか(いえ、わたし『アップロード』大好きなので、早くシーズン3制作して欲しいと願ってやみません)
んで、そんなことをつらつら考えていたら……ふと、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を思いだしました。あの作品の中に、永遠生きられるけれども、毎日必ず夜中に一度死ななければならないグラオーグラマ―ンという存在がいたと思います。その部分を読んだ時、「毎日死を経験しなきゃいけないだなんて大変だなあ」と思いましたし、自分であれば<死>というものは、ただ一度経験すればそれで十分だ……みたいに思ったりもしました。
<死>とは、実は恵みであり祝福に他ならない――という文章をある本の中で読んだことがありますが、本当は「永遠に生きられる」ことのほうが呪いである、その呪いを断ち切るものが唯一<死>である……と、逆説的に言えば、もしかしたらそうしたことでもあるのかもしれません。
あ、『はてしない物語』では、このあたりについて哲学的にもっと深いことをミヒャエル・エンデさんは伝えていると思うんですけど……例によってダンボールのどこにあるかわからないので(殴☆)、元のエンデさんの素晴らしい文章をきちんと確認してなくてすみません(でも本当に、言うまでもなく『はてしない物語』は超のつく名作と思います)。
それではまた~!!
惑星パルミラ。-【25】-
第三研究施設<カペルスキー研究所>は、北欧地帯に聳えるランピッカツェルキ山という、一年中冠雪している山の麓付近に位置している。この北欧帯すべてがではないが、第三研究施設のあるあたりは一年のうち七か月が冬に閉ざされ――今はその真冬の最中でもあった。
「今日から、このあたりでは第二太陽ソラリスは昇ってこず、その翌日も第一太陽ソニアは昇ってこないから、すっかりあたりは暗くなるんだ」
ゼンディラはマイケルとケイトリンに挟まれる形で座席に座っていたが、何故惑星パルミラのこの地域にだけ<夜>が出現するのか、地軸の傾きがどうこうと説明されても、よくわからなかったものである。到着したのは現地時間の午後四時近くであったが、あたりでは美しい夕陽が雪原を照らし、人々の郷愁を誘うような、胸の切なくなる光景が広がっていた。
<カペルスキー研究所>は、地下八階層、地上三階建ての施設であったが、地上に見えている部分が青白く輝いて見える『雪月花石(せつげっかせき)』によって建築されていたため――半ば、周囲の雪の景色に埋もれて見えたものである。彼らの元にはカミル=グルーシン施設長自ら迎えにきてくれており、グルーシンはシド所長と握手すると、他の研究員たちにも「お久しぶりですね」とか「よく来てくださいました」と挨拶していた。もっとも、他の研究員同士の挨拶というのはもっとざっくばらんなもので、「よう!」とか、「いつぶりだっけか?」と話したりしながら、互いにハグしあったり、ばんばん肩を叩きあったりという、何かそうした形であったが。
何分、南欧地帯の一年中温暖な地域からやって来るため、彼らは第三施設が近づいてきた時に、ようやく機内でダウンジャケットや耐寒スーツ、毛糸の帽子や分厚い手袋などに着替えはじめていたものである。ちなみに、事前に入っていたその日の第三研究所外の気温はマイナス27.8度ということであった。
ゼンディラは寒さよりも暑さに弱い質ではあったが、それでも彼がメトシェラにて住んでいた地域は、冬にどんなに寒くてもマイナス25度を下回ることはなかったと言える。事前にケイトリンが色々心配して、研究所内を彼に合いそうな防寒具を探しまわってくれたお陰で――頭は毛糸の帽子に耳当て、首から足の爪先まで覆うタイプの薄手の耐寒スーツに包まれ、ゼンディラは顔の表皮以外はほとんど寒さというものを感じないほどであったに違いない。
「ああ、あなたがゼンディラさんですね。お噂はかねがね……」
カミル・グルーシンは、雪のように白い髪の、氷のように青い瞳をした、五十代ほどに見える痩せ型の男だった。ゼンディラは握手を求められ、彼のミトンに包まれた分厚い手と握手した。グルーシンもまた薄手の耐寒スーツを着用していたが、首のまわりをポメラニアンによく似たキツネの毛皮で覆っているのが、どことなく印象的だったかもしれない。
「ああ、これ。もちろん本物じゃありませんよ」
グルーシンはキツネというよりはポメラニアンの顔にしか見えない毛皮の頭部分に触れて言った。
「ここパルミラの動物はみな可愛すぎて、とても殺す気になどなれませんからね……でも、可愛いなと思って、自分で似せて作ってみることにしたんです。こうも冬が長いと、手芸をしたり編み物でもしながら哲学的思考に耽るとかする以外、することがあまりないものでしてね」
「時間の過ごし方としては、とても素晴らしいのではないでしょうか」
ゼンディラが極一般的な意見だとでもいうように答えると、グルーシンは微かに笑みを浮かべていた。『カミル・グルーシン?まあ、彼のとこの研究員たちは、施設長とよく似たアンドロイドが入れ替わっていても、きっと我々は気づかないだろうなんて言ってるがね。なかなか物をよく識ってる年寄りで、噂じゃ今彼は百七十歳ということだったかなあ』と、ゼンディラはそのようにシド所長から聞いていた。だが、この瞬間ゼンディラは、カミル・グルーシンという男に対して、何かえもいわれぬ人間的魅力を感じていたのである。
「それは、なかなか面白いご意見ですね。私はもうあまりそう人間というものに興味を覚えない年齢なのですが……ゼンディラさん、あなたには非常に興味がある。是非、ここ第三研究所にいる間に、ふたりきりで色々なことを話す機会をいただきたいのですが、よろしかったですかな?」
「ええ、もちろんです。わたしで話相手が務まるかどうかはわかりませんが……わたしも、是非博識な博士にここ惑星パルミラのことなどを教えていただきたいと思っていました」
「そうですか。では、のちほどお時間ができましたら、お話しましょう。とりあえず今から数日は、<ナイト・フェスティバル>の美味しい食事と馬鹿げた宴とをお楽しみください」
カミル・グルーシンはゼンディラとそのように約束をとりつけると、すぐに彼から離れていき、シド所長と並んで歩きはじめた。ゼンディラがグルーシンから聞いてみたかったのは、なんといってもやはり、パルミラの魂とも言われる鉱物生命体とどんな会話を交わしたのか――という、その部分だったに違いない。
<ナイト・フェスティバル>のほうは約7日間続くとのことで、ゼンディラは地下の居住スペースに案内してもらうと、やはり『特別な客』という扱いからであろうか、他の招待客らは3~5人につき一部屋ということが多かったが、ゼンディラはそれよりも少々グレードの高い一人部屋を与えられていたのである。
到着してすぐ、地上一階にある食堂のほうで食事が振るまわれるとのことで、ゼンディラは軽く身仕度を整えると、廊下で合流したマイケルやケイトリンとともにそちらのほうへ向かった。どうやら研究施設内はどこも人で溢れているようで、ゼンディラもまた、第五研究所で馴染みとなった面々とすれ違うと、挨拶したり、自然そのまま一緒に歩きながら話を続けるということになった。
「第二研究施設の<マルサリス研究所>からも、この時期ばかりは流石に十何人か、交替で誰かしらやって来るんだぜ。ただ、第一研究所の連中はまだ到着してないみたいだな。特に君が用があるだろうESP研究所の人たちは十代の子ばかりだから、やって来たらきっとすぐ目につくぜ」
ゼンディラにそう教えてくれたグスタフ=ヴァン・レイターは、第三研究所や第四研究所の懐かしい面々を見かけると、そちらへ挨拶しにいった。だがこの日、残念ながらゼンディラは、第一研究所の人々とも第二研究所の軍事研究家たちとも顔を合わせることはなかった。食堂のほうへ行ってみると、そこには長方形のテーブルがいくつも並び、この寒冷地帯の一体どこからこれほどのご馳走を用意したのだろうか――というくらい、ボリュームたっぷりの美味しそうな料理の品が並んでいたものである。そして、カミル・グルーシンのマイクを片手にした<ナイト・フェスティバル>開催の静かなお義理的挨拶が終わると(これは毎年恒例のことらしい)、そこに会した人々はワッとばかり、目の前に用意されたご馳走を食べはじめたのだった。
「ここ、第三研究所の地下には、巨大な冷凍施設があるんだよ」
隣に座った、ゼンディラが全然知らない<カペルスキー研究所>の研究員がそう教えてくれた。マイケルとケイトリンはやはり、久しぶりに会う他の研究施設の職員たちと杯を交わしていたし、周囲の人々はみな、大体そうした祝福ムード一色に包まれていたといえる。
「だから、人工コロニー<ルステラ>のほうにも食糧の備蓄なんかは結構あるにしても……ここカペルスキーでも、万一何かあった場合に備えて――普段から結構な量、色んな食材や冷凍食品なんかを保存してあったりするわけ。まあ、基本的にありえなさそうなことではあるけどさ、それでも、本星からの連絡がなんらかの理由で途絶え、ルステラの食糧備蓄庫もうちの地下にある冷凍庫からも食糧がすべて消え失せた場合……僕たちも全員ここの研究所を捨てて南下してさ、最後には鉱物たちを飴玉みたいにしゃぶって、みんな幸福にラリって死でいくってことになるんじゃないか?僕は毎年<ナイト・フェスティバル>の季節が巡ってくると、何かそんなようなことをちらと考えちゃうんだよね」
このあと、この彼――「どうも、ダン・カールトンだ。ここカペルスキーでは主に、氷の研究をしてる。まあ、氷の研究なんて聞くと馬鹿げて聞こえるけどね、ここ惑星パルミラの過去のことが色々わかるって意味では、そこそこ貴重な研究と言えるかな」と、自己紹介していた。
カールトンはどうやら顔の広い人物だったらしく、ゼンディラはこの翌日、第二研究施設のマルサリス研究所の施設長フィリップ・レパードや、副所長のディフ・スティーリアといった代表者、他に彼らが十数名ほど引き連れてきた軍人の面々に紹介されていた。もちろん、そこでどのような軍事研究がなされているかといったことは話題に上ることはなかったわけだが、これらの人々はみな極めて礼儀正しく、ゼンディラは当初想像していなかった感銘にも近い感情を覚えたくらいであった。
さらに滞在三日目――ゼンディラが待ちわびていた時がやって来た。第一研究施設の<パルミラ研究所>から、ESP能力を持つ子供たちがやって来たからである。ゼンディラはこのために、エフェメラの生徒たちから託された手紙やプレゼント類などを持ってきていた。渡すのならばなるべく早いほうがいいだろうと思ってのことである。
<ナイト・フェスティバル>の間中、パルミラの施設研究員たちは毎日、美味しい食事と酒に明け暮れるのみならず、ほとんど修学旅行生かというくらい浮かれ騒ぎ、楽器を弾ける者は楽器を弾き、踊りたい者はダンスを踊り、歌いたい者は歌を歌っては引っくり返って笑い……また、別室に用意された簡易の賭博場にて、カードゲームや電子ゲームに興じては、楽しく交流をはかっていたのであった。
また、二日酔いから醒めた者から順に、近くの夜の雪山へ出かけていってスキーや橇遊びに興じた。照明施設のほうは完備されているため、そのあたりで困ることはなかったが、毎年ひとりかふたりは骨折者や怪我人が出るため、ロッジには必ず医療班が待機していたものである。
ゼンディラはスキーやスノーボードには適性のないことが最初からわかっていたが(第五施設の人々は、川で何度もエアボードから落っこちていた彼を心配し、こぞって止めたものである)、それでも橇遊びについてはゼンディラも十分楽しみ、翌日には筋肉痛に襲われていたくらいであった。
マルサリス研究所の軍人たちには一芸に秀でる人物が多く、ヴァイオリンやピアノ、あるいはギターなどの楽器を弾いて聴く人々の心を和ませることが出来たし、スキーやスノーボードについてはライセンスを持っている者までいたため、彼らは初心者クラスの研究員たちにとっては良い教師だったようである。彼らは博識で話上手な人ばかりであったが、そのように軍部で教育されているのかどうか、決して押しつけがましくもなく、態度として尊大になるところすらなく、一貫して控え目な感じのよい態度で通していたといってよい。
(<宇宙会議は踊る>って、ようするにこういうことなのだろうか……)
<ナイト・フェスティバル>も三日目を迎えた夕食前のこと、ゼンディラはふとそんなふうに思っていた。第三~第五研究所の人々は、同じ研究員ということもあり、反目するでもなく協力しあっていてもあまり不思議ではない。だが、第二研究所のように、普段交流の機会がまったくない軍部の人々とも――年に一度でも、何か利害関係といったことを越えて人間的交流をはかることが出来るというのは、とても重要なことでないだろうかと感じ始めていたわけである。
そしてこの三日目のディナー前のこと、ゼンディラはある不思議な体験をした。その時、南東の方角から……ある強い精神波を帯びた一団が近づいてくる気配を感じるのと同時、その大型飛空艇に何人の人間が乗っているか、またその飛空艇がここへ到着するまでの距離や時間など――そんなことが一瞬にしてわかったのである。さらには、<彼ら>のほうでも、そんなことはお茶の子さいさいで、第三研究所に今、一体何人の人間がいて、それぞれの階層にどの研究員がいるか、その姿や性別なども瞬時にして把握しようと思えば出来るということが……やけにはっきりと感じられ、ゼンディラは自分でも驚いたわけであった。
事実、ゼンディラがそうと感じた約二時間後、第一研究施設<パルミラ>の人々が到着した。といっても、第一研究所の施設長を筆頭にESP研究所の子供たちが雪原に足の裏をつけたのは、ディナー・パーティがはじまり、宴もたけなわといったくらいの頃合であったため――出迎えに向かった人々というのは極少数であったといえる。
そんな中でも、第三研究所の施設長であるカミル・グルーシンは酒も飲まず、素面で外に出ていたし、それは第二研究所の施設長やその副官であるフィリップ・レパードやディフ・スティーリアといった人々も同様であった。また、彼らはダン・カールトンといった自分が特に信頼を寄せている研究員数名、レパードであればスティーリア以下位の高い将校数名を連れ、第一研究所の面々が到着するなり、敬礼をもって出迎えていたのであった。
ゼンディラも身支度を済ませると、零下三十度の寒さの中、カールトンについて雪の降りじめていた外へ出た。そして、自分が昼間見た幻視と同じ人物がそこから降りてくるかどうかを確かめることにしたわけである。すると、飛空艇が昇降口からタラップを出したその先頭にいたのは――11歳くらいにしか見えないプラチナブロンドの子供であった。彼に続いてブロンドの髪の、同じく11歳くらいの女の子が降りてくる。さらに、彼らよりももう少し大きな……といっても、みな13~19歳くらいにしか見えなかったが、ESP能力者の少年・少女たちが7名ほど続いた。だが、先頭のプラチナブロンドの少年が「挨拶はいい」と言って傲慢な態度によってグルーシンの分厚いミトンをはねつけると、他の少年・少女たちもそこに並んで敬礼する大人たちを一顧だにしなかったと言える。
その後、第一研究所の大人たちが続くと――これらの人々は、ほんの十名ばかりであった――もっともらしい挨拶や握手、何かしらの社交辞令的言辞が続き、彼らは奇妙な子供たちの一団に続いて、雪原の雪を踏みしめつつ、第三研究施設<カペルスキー研究所>のほうへ向かったわけであった。
確かに、ゼンディラは本星エフェメラのESP機関の子供たちのことを知っていたから、能力者の子供たちが大人に対し、ああした無礼な態度でも仕方ないのかもしれない……とは、思わないでもなかった。それに、彼らはある意味汚い大人たちに利用されているという側面もあり(ゼンディラもそのことに薄々気づいていたのである)、そう考えた場合、あのような傲岸不遜といえる態度でも無理はなかっただろうと思いもする。
(だが、わたしは一応あそこで教師でもあったわけだから、注意したほうがいいのだろうか……)
そんなふうに思いつつ、ゼンディラが除雪された雪の道を、さらに踏み固めるようにしながら歩いていた時のことだった。グルーシンやカールトン、レパードやスティーリアといった人々が、第一研究所の研究者たちを歓待すべく、時宜に敵った社交辞令を交わしていると……フッとゼンディラの真横に人の気配が生じたのである。
「ねえ、おじさん。ゼンディラってあなたでしょ?もう二日もこの<ナイト・フェスティバル>のどんちゃん騒ぎにつきあえば十分なんじゃない?ぼく、あなたに話があるから、ちょっと顔貸してよ」
ゼンディラが『うん、いいよ』とも『いやだよ。これからまたそのどんちゃん騒ぎに参加するんだ』とも答えないうちから――例のプラチナブロンドの少年はゼンディラの腕のあたりを掴んでいた。次の瞬間、ゼンディラはそこがどこかわからなかったにせよ、それでも一瞬にして移動した先が、室内の雰囲気から察するに<カペルスキー研究所>のどこかであろうとは認識していたわけである。
「能力に目覚めてなくても、パニックにならない程度には適応力のほうはあるってわけか」
プラチナブロンドの少年は、まるで『見飽きてる』とでも言いたげに、二間ある広い部屋のほうを一渡り見回していた。実際のところ、ここは<特別な客>として一部屋与えられたゼンディラの室内よりも豪華な雰囲気であった。気負い獅子の紋章が描かれた、深緑の布地が張り巡らされたベッドやソファ、その他家具・調度品類などもアンティーク風のものが多い。彼がここに直行したということは、おそらく毎年この部屋で宿泊するということなのだろうが、続き部屋のほうはまた、ゼンディラがちらと見る限り、赤やピンクの壁紙等によって色が統一されているようであった。
「ここの研究所の所長のご先祖さまってさ、元貴族らしいよ」
本星エフェメラの貴族と辺境惑星メトシェラの貴族では、おそらくかなりところ意味合いが違ったに違いないが――それでもゼンディラはやはり、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックのような貴族たちを連想せずにはいられなかったと言える。
「まあでも、いわゆる没落貴族ってやつだよね。その昔、地球が滅んでのち、本星エフェメラが人類にとっての首星となった時……エフェメラに既知宇宙内の色んな権力の中枢機関が次々発足して――その頃、元はほんとに貴族なんてんじゃないだろうけど、そのあたりの星府機関(スタリオン)の仕事に尽力した人たちが、何か、他の一般民衆と我々は違うのだぞ……といったように、公爵だの伯爵だのと名乗ることにした一時期があったらしい。まあ、簡単にいえば時代の過渡期ってやつ。その前に惑星エフェメラを植民地化していた人たちってのがさ、そもそも元を辿ると宇宙王立連合軍の女王陛下の遠いとお~い親戚だったり、<新>じゃないほうの銀河皇帝騎士団の、失脚した元幹部連中だったりして――こいつらがね、自分たちをそういった『宇宙一由緒ある血筋のなんたら』とか、『銀河系で選び抜かれし勇士の一団』だのなんだの、くだらん名称を使ってたことで……まあ、そんな人たちからスタリオンの最高議長が任命されたりってことが、極最初のうちだけあったわけだよね。無論、歴史の必然として、のちにこれらの人々は宇宙議長制にむしろ邪魔だということになり、彼らは隣の惑星ローゼリアへ最高級の待遇によって移星することになったわけだけど……で、今エフェメラで『わたしの曾々々お祖父さまは公爵だったのです』とか、『有難くも、地方にこれこれの封土をいただいたのみならず、伯爵の位までいただき……』なんて、くだらん先祖自慢をしたがる連中なんてのは――ようするに、スタリオン発足時に各機関で重要なポストを得た連中の末裔ってことなわけさ。だから、『あの人のご先祖さまはお貴族さまだったらしいよ』と人が言う時、それは何か過去に存在した人物の血筋を褒めてるってわけじゃないんだね。どっちかっていうと、そうした宇宙の時代変革期に抜け目なくうまくやって、政治的に甘い汁をすすりまくった連中の末裔といった意味なわけだ。んで、カミル=グルーシンのご先祖さまも、星府の重要かつ、莫大な金を生みだすエネルギー機関に所属して伯爵とかなんとか名乗ってたんだな。んで、この気負い獅子の紋章は、そんなグルーシン家の紋章でもあったらしい」
プラチナブロンドの少年は、深緑の地に金のライオンが模様として描かれたソファに座ると、超能力を使って茶を淹れだした。すなわち、備え付けの小型キッチンのコーヒーマシンへ抹茶ラテをセットし、それが30秒とかからずマグに抽出されると、犬の描かれたマグを空中にふわふわ浮かせ、目の前のテーブルへ着地させたわけだった。
「自分の分は自分で淹れなよ」
「運動は、お嫌いですか?」
特段喉が渇いているわけでもないゼンディラは、彼の向かい側のソファに腰かけた。とりあえず、耳当てを取って帽子を脱ぎ、耐寒スーツのファスナーを下ろす。流石に、室内でこの格好は暑すぎた。
「運動かあ。運動ねえ……まあ、明日あたりにでもなれば、みんなで雪山にでも行って雪合戦したり、スキーやら橇遊びだの、見た目の年齢らしいことをすることにはなるだろうね。ところでお宅、メイウェザーが『能力に目覚めないが、途方もないポテンシャルを秘めている可能性がある』とか言ってた人だよね?今日の昼間――なんて言っても、このあたりは真っ暗闇だったろうけど、何かの映像を僕から受信したろ?それだけでもわかるよ。普通の人間はね、映像の断片的なものかほんの一部を見て、『はてさて、あれはなんじゃろう?』くらいなもので、すぐ忘れてしまう。脳が大して意味のないゴミみたいなもんだと判断して記憶処理しちゃうんだね、たぶん。でも、あなたにはわかったはずだ……あの飛空挺に一体何人の人間が乗っていて、どんな顔ぶれかといった、そんなことがある程度大体ね。いいんだよ、答えなくて。僕にはあなたがどの程度の能力者かってことが、それだけでも一応わかる……でね、ここパルミラにいるうち、何故だか能力には目覚めることになるだろう。だけど、帰ったあと、あなたどうするの?重力位相能力なんて使って、諜報庁指定の他星のスペースシップを目茶苦茶にぶっ壊すとか、あなた、間違いなくそういう向きの人じゃなさそうだし?」
「わたしが能力に目覚めないのは、よしんばそのようなものがわたしにあったとして……必要じゃないからではないですか?でも、君――ええと、そういえば名前を聞いてませんでしたね。なんとおっしゃるのですか?」
プラチナブロンドの少年は、親切にもゼンディラの分のお茶も淹れてくれた。そっちのほうは何故かラプサンスーチョンという紅茶ではあったが。
「僕?あなた、実は結構鈍いんだねえ。それともメイウェザーの奴が教えなかったのかい?僕は第一研究施設<パルミラ>の施設長さ」
「施設長、というと……」
空中を、透明なガラスの茶器がふわりと漂ってやってくる。それは見事、ゼンディラの前で着地したが、彼にはやろうと思えばそれをゼンディラの顔にぶちまけることも出来たはずである。
「てっきり、見た目11歳くらいにしか見えないけど、ああ見えて一応施設長なんだよ……くらいのことはメイウェザーに聞いてるかと思ったがね」
「ああ、きっと君は神童か何かなのでしょうね。エフェメラのESP機関の子供たちも特別な子たちが多かったものですが、見た目以上にきっとIQが高いといったタイプの……」
「ハッハッハッハッ!!」
プラチナブロンドの少年は、おかしくて堪らないといったように、ソファの上でのけぞることさえして大笑いしていた。
「ティフ!早くこっち来いよ。正直、こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ」
途端、ドアがシュッと横に開いて――彼と同じ11歳くらいの少女が部屋に入ってきた。おそらく、ティフと呼ばれた少女にしても、彼と同じく瞬間移動によってこの部屋へ入って来るのは簡単なことだったろう。だが、彼女は兄がいなくなると、礼儀正しく他の大人たちに兄の非礼を詫び、そうした挨拶を色々済ませてからこちらへやってきたわけであった。
「もう、ラティエルったら!みなさんが優しく寛大な心で見過ごしてくださるからって、ああいう態度はいけないわって何度も言ってるでしょう!?」
「べつにいいじゃないか。僕が<パルミラ>の施設長で、ティフが副官ってことで、今のところうまくいってるわけだし……まあ、あいつらもパルミラの与える多幸成分によって、人格が玉石みたいに磨かれて丸くなってるか知れないが、かといってトップに僕のようにすべてを把握できる人間がいなかったとしたら――ここの研究機関はすべて方向性を見失おうというものだよ」
「だからってねえ……あ、あなたがゼンディラさんね。一目見てすぐわかったわ。正確には、実際にここへやって来るずっと前から」
(ラティエル……ティフ……)
ゼンディラは、ラプサンスーチョンを一口飲んで、すぐ思いだした。確か、メイウェザー長官がそのような名前の双子の兄妹がいて、超能力者としてはとても長生きだと言っていた記憶がある。だが……。
「きっと、メイウェザーさん、わたしたちの見た目と実年齢のギャップについては何もおっしゃらなかったのね。わたしたち……見た目はこうでも、あなたより十は年上だわ。と言っても今の時代、年上だの年下だの、あまり拘らなくなってきてるというか、あまり意味のないことになって来てますものね。たかだか年齢なんて……」
「そりゃそうだよ。あっちの惑星、こっちの惑星と飛び回って帰ってくる奴なんてごまんといるんだし、ある程度年がいったら新しい体に記憶データを移植して、最初の体は廃棄しちゃうわけだからさ。そしたら、その後その人物が何歳と名乗ろうと、個人の自由って話でもあるわけだろ?大抵の人間が見た目とイコールじゃないんだから、僕らが何歳だろうといちいちエクスキューズしなきゃなんない必要ってあるって話」
「まあ、わたしたちはもう、ここ惑星パルミラが終の棲家といったところですものね。だからゼンディラさん、あなたみたいに新しくやって来た人以外は、特にもう驚きませんの。超能力者とはいえ、こんな小さな子供が第一研究所の――まあ、第一研究所の所長っていうことは、実質的にここパルミラすべての研究機関の責任者でもあるということなわけですけど……」
「ティフ、僕だって何も、自分の人徳が素晴らしいから人々が理解を示してくれてるなんて、これっぽっちも思っちゃいないよ。ただ、僕にはおまえがいる。不肖の兄がこのたびも申し訳ございません……てな具合で、ほうぼうにあやまってくれるから、僕は随分楽をして仕事にだけ集中できるんだよ」
「んもう!そんなんだったらラエル、あなた、わたしにそっくりのアンドロイドでも造って同じことさせたらどう?流石にもうわたしも兄さんの無礼のあやまり係をするのは疲れたわ」
「まあまあ、落ち着けよ。兄ちゃんが美味しい茶を一杯、可愛い妹のために淹れてやるからさ」
このあと、ふたりはインクフード装置でハンバーガーとポテトを作り、ゼンディラにもチーズバーガーをくれた。ゼンディラ自身の記憶に間違いがなければ、プラネットテレビでよく見かけた『お店の味を自宅でも……エムドナルド・バーガーのインクフード』という、Mの文字が妙に印象に残るCMだった。
「ありがとうございます」
人は見た目が9割とはよく言ったもので、やはりゼンディラは彼らが自分より十も年上の38歳とは思えず、見た目年齢11歳の子供としか思えなかったものである――とりあえず、最初のうちは特に。
「でも、こうしたいつでも食べられるハンバーガーよりも、せっかくなのですから、下の食事会のほうへ行ったほうがいいのではありませんか?わたしも、最初は食べる気がなかったのですが……あんまり味のほうが美味しいので、最後には出されたものをすべてぺろりと平らげてしまったくらいでした」
「ああ、じゃあきっとあなたはそう遠くないそのうち、必ず能力に目覚めるんじゃないかな」
ラティエルは指についたバーベキューソースをなめ、ポテトを一本口に放り込んでそう言った。
「さっきも不思議に思ったのですが……何故わたしがここパルミラにいると超能力に目覚めるという、そうした話運びになるのですか?」
「べつに、理屈じゃないんだよ。たぶんあなたの場合はさ、超能力を堰き止めてる何かがあるわけだろ?僕にも封印がきつくて読めないってことは、そりゃ結構なトラウマ的な何かなんだろうね。でも、例のパルミラの多幸成分やら、その塊みたいなものを色々食べたとなったら……能力を堰き止めてる閂ってやつがさ、ようするにだんだん緩くなってくるわけ。過去の超能力に目覚めた時のトラウマなんかが原因で能力が安定しない子の場合もさ、まずここへ送られてくる。すると、そうした子の場合は……心の傷が癒されるのと同時に、だんだん能力も安定し、自分という存在に対しても肯定的になれるんだ。僕は石なんかとしゃべれても『ああ、そう』くらいにしか思わないけどね、石の癒しの力ってやつは、能力者でも超能力に目覚める素養のない普通の人たちにも――絶大な効果を発揮するようだから」
「ゼンディラさんはもう、石たちとはおしゃべりになられて?」
ティファナは大好きなアールグレイを飲みながら、瞳を伏せてそう聞いた。
「いえ、わたしはまだ……」
「ふう~ん。不思議だねえ。あなたってさ、ゼンディラ、いかにもあいつ……第一研究所近くの洞窟にいる石野郎の好みっぽいのに、向こうからまだ話しかけて来ないんだ?あいつ、石のくせに結構おしゃべりだからね。ほら、よく小説なんかじゃ『彼は石のように黙り込んだ』なんて書いてあったりするけど、あいつは全然だよ。むしろこっちのほうで、『少しくらい石らしくして黙ってちゃどうなんだ、ええ!?』ってなくらいのものだよ」
「そうなんですか」
ゼンディラはどう答えていいかわからず、微苦笑した。もちろん彼にしても、他の人々から話を聞き、パルミラの魂とも呼ばれる存在が、何か擬似神のような存在ではないらしい――ということは、一応わかっているつもりだった。だがこうなると、相手を石の姿をした動かない思念体とでも捉えるべきなのかどうか、計りかねていたというのがある。
「ラティエルはこういう性格だから、パルミラの石の癒しなんて大して必要じゃないのよ。だけど、わたしは彼のことが……まあ、人によっては女の人の声として聞こえるようなんだけど、わたしの場合は男性の声として聞こえるってわけね。とにかく彼って、すごく親切で善良な、いい人……ううん、いい石なんだと思うわ。ラティエルは『あいつには絶対何か裏がある』っていう姿勢で話をするから、そもそもダメなんだと思うの。だけど、他の人から話を聞いてるとよくわかるのよ。ようするに彼にはなんでもお見通しなの。彼は相手の健康状態や精神状態のことまで、ここ惑星パルミラの地に足の裏をつけた人間のことはなんでもわかるのよ。それでね、話をしてるうちに、人生について色々適切なアドバイスをしてくれたりして……そうこうするうちに、心の――ううん、魂のと言ってもいいかもしれないわね。そうした深いところが癒されて、癒されるとそのうち、人柄さえもすっかり変わってしまうのよ」
「そうそう」と、ラティエルはコーラをがぶ飲みして言った。「第二研究所の軍人なんてさ、みんなここパルミラへやって来ると、最初のうちはそりゃあもう惨めな様子をしてるんだぜ。左遷されたとか、もう二度と家族や恋人に会えないとか、それぞれ理由はあるにしても――まあ、そもそも、軍人っていうのは窮屈な家庭で育ってる場合が多くてね。それで、父親が代々軍人の家系の提督だったりすると……まあ、同じ生き方を期待されちゃったりするわけだ。で、これだけ宇宙は広くて、どこへ行って何をしたっていいはずなのにも関わらず、判で押したように父親と同じ生き方をして自分も提督になってみちゃったりするんだね。今、ここの第二研究所の施設長のフィリップ・レパードや副所長のディフ・スティーリアなんかもそうだ。あと、本星出身の将校ってのは、エリート意識が高い、ちょっと傲慢で嫌味な奴が多いわけだけど……」
「まあ。どっかの誰かさんみたいね」
「うるさい!!とにかく、あいつらだって一緒だよ。そうだなあ。あいつらがここ惑星パルミラに到着した時の渋いブルドッグみたいな顔、写真か動画にでも残しときゃ良かったよな。ところが、ここ惑星パルミラへ来て三か月もしないうちに――性格も優しく温厚になり、眉間の縦皺も心なしか薄くなって、『提督が笑ったところを自分は一度も見たことがありませんっ!!』みたいな奴がさ、白い歯を見せて笑う機会が増えてくるんだよ。まるで何かのCMみたいだろ?たとえば、15秒で白い歯になるマウスウォッシュの『使用前→使用後』みたいなもんさ。ここまで来ると、ある意味ホラーだ」
(お、恐ろしい……)と言いながら、自分の腕を抱く兄を無視して、ティファナはゼンディラのほうに体を向けて聞いた。彼女は、今この瞬間が訪れるのを予知によってずっと楽しみにしてきたのだ。
「ゼンディラさんは、マルサリス研究所の方々とは、少しくらい何かお話しになりまして?」
「ええ、本当にほんの少しくらいなら……挨拶の他に、少しくらいは社交辞令的なことを話したでしょうか。わたしの出身惑星のこととか、将校殿のこれまでのお仕事のことについてとか」
「そうなんだよ!あいつらはもともとはそんな朗らかな連中じゃないってことを僕は言いたかったんだ。元はね、本星の恵まれた家庭に生まれたやたらエリート意識だけ強い嫌味な連中なんだが、ここパルミラで過ごして石の奴に話しかけられると、すっかり人格が変わっちまうんだな。『父さんは何故オレのことを愛してくれなかったんだろう』とか、『何故母さんはオレを捨てて他の男に走ったたんだ……ううっ』なんてことが軽いトラウマになってた場合、あいつには人に幻を見せる力まであるから――もう死んだはずの父親や母親の映像を相手の脳から引っ張りだすことさえして、『本当は愛してたけど、愛情表現が不器用ですまなかった』だの、『あなたを置いていくのは忍びなかったけど、仕方なかったの。こんな駄目な母親のわたしを許して』だなんだ、もうあいつにかかっちゃお手のものさ。言ってみれば、人間の深層心理のスペシャリストみたいなもんだ。ゼンディラ、あなたも気をつけることだね。石に話しかけられた人間には、大抵そうしたことが起きるから」
「……そうなんですか」
ラティエルのこの一言で、ゼンディラはますます訳がわからなくなった。一度ひとりきりになって、少し考えを整理したい気もするが、彼はこの不思議な双子と何故か一緒にいたかった。まだ出会ったばかりだというのに、不思議な親和性とでも呼ぶべきものによって結ばれてでもいるかのようだった。もっとも彼はこれが、ESP能力者同士に特有の、相手が気の合う相手であれば自然と生じる感情であるとは、まだ知らなかったわけだが……。
この時、部屋のインターホンが鳴り、<カペルスキー研究所>のAI<レオニード>が、『カミル・グルーシン施設長がお訪ねです』と硬質な声で言った。おそらく、これから三十分後に研究所に核爆弾が投下されるという時にも――このAIはまったく同じ、極めて落ち着き払った声でそのことを告げるに違いない。
「ああ、ハイハイ。グルーシン博士、先ほどはすみませんでしたね。博士お手製の分厚いミトンを手ではねちゃったりなんかして……」
「べつに、構いませんよ。もし欲しくてたまらないのに、素直にわたしのふかふかミトンを手にはめてみたいと言えなかったということなら……レーゼン博士にもサイズにあったマフかミトンを用意して差し上げましょう」
グルーシン博士が少しも笑わずにそう言い切ると、ラティエルは(負けた)とでも言うように、ソファの背もたれに体をのけぞらせている。
「僕とティフは、食事のほうは遠慮しとくよ。毎年のことだけどさ、僕らはただ純粋にこの北欧の滅多にない夜と、あとは雪遊びを楽しみにきたってだけだから。どうしてなんだろうねえ。パルミラ産のものを食べるとESP能力者は超能力が強まっちゃうんだよね。それじゃなくても寿命短いってのに、鉱物病にまでなって命を縮めるのはいかがなものかという気がするからね」
「そういえば、その……どうしてなんですか?君たちは――メイウェザー長官は、あなたたちふたりはESP能力者なのに、例外的に長命だと聞きましたが……」
「そうだよね。なんでなんだろうね。うちの第一研究所の研究員たちの話によれば、突然変異としか言いようがないらしいが……かといって、僕とティフの体やDNAやらなんやら調べたところで、他の短命な超能力者たちを長生きさせることの出来る何かを発見できたわけでもない。今のところ、DNAの配列なんかを調べて、『能力者になれそうな』パターンを何百万種類もの中から組み合わせて、地道にコツコツ研究を重ね――まあ、そういう子たちにESP誘発剤というか、そうした薬剤を小さい頃から飲ませて訓練を繰り返させる。そうやってようやく中位の能力者が生まれてくるようになったのが、ここ60~70年の間にあった進歩といったところだからね。あとはこれらの少年・少女たちが長生きしてくれれば万々歳といったところだが、僕らESP能力者っていうのは自然淘汰される運命にある種だという、そうしたことなのかねえ」
「どうなんでしょうね」グルーシンは、袖椅子のひとつに座って言った。彼はまだ例のポメラニアンの首かけをしており、その頭を優しく撫でている。「単に、今はまだその<時>ではないというだけで……いつか、我々人類のすべてがESP能力に関するDNAのスイッチがすべて入って、超能力なんて使えるのが当たり前だという社会が、千年後か二千年後のいつかにでも実現するのかどうか……」
「ええ~っ!?なんかそれ、やだなあ。僕、自分は超能力者だぞ、えっへん!っていう矜持だけで今の今まで生きてきたからね。誰も彼もみんなESP能力者なんてことになったら、僕たちの特別感がなくなっちゃうじゃないか」
チェッと舌打ちしてバニラシェイクを飲むラティエルを見て、グルーシンは微かに笑みを浮かべた。
「では、毎年のいつも通り、エスパーのみなさんには別に食事を用意してありますので、いつでも給仕ロボットか係の者にでもそうお申しつけください。あと、出会ったばかりで積もる話もおありでしょうが、少々ゼンディラ殿をお借りしてもよろしいかな?」
「出会ったばかりなんだから、積もる話なんかあるわけないだろ。それに、これからこの人は次にうちの研究所のほうへやって来たり、パルミラの石野郎と洞窟で話したりするんだろうからね、特段話なんかしたくなくても、お互い立場上話す機会なんかこの先いくらでもある。だから、連れていきたきゃ連れてきなよ」
ラティエルはそう言ったが、ティファナはまだゼンディラと一緒にいたかった。けれど、兄の言うとおり、これから彼と過ごせる時間はいくらでもあると思い――ぐっと我慢することにしたわけである。
>>続く。