(※シン・エヴァンゲリオンに関してネタばれ☆があります。そして、今となっては超懐かしいこの設定^^;)
ええと、まあ今回も基本的に本文となんの関係もないかな、なんて(^^;)
割と最近(というか、つい先月)ようやくシン・エヴァ見ました
それで、見た方によって感想様々と思うので、わたしの感想もあくまで一個人の偏ったそれといってまず間違いないです(笑)。
たぶん、今回の最後のエヴァが、今まで見た中で一番面白くなかったかなあ……これはアニメではなく、ドラマなどでは最終回詐欺っていうのがあると思ってて。簡単にいうと、最後の第11回話目とか第12話目で犯人が誰かわかる――それで、見てるこっちは「あいつが犯人と思ったのに途中で死んだし、じゃあこいつが犯人かと思ったらそいつも前回殺られた。じゃあ、一体どいつが犯人なんだあ~っ!!」と思い、超楽しみにして待ちに待った最終回。真犯人については意外性あるっちゃあったものの、動機もありきたりで極めて稚拙。なんか萎えた……みたいなことって、時々あると思うんですよね。
いえ、もちろんエヴァに関しては萎えたなんてことはまったくなかったにしても!あと、わたしかなり変わってて、最初にTV版の最終回見て「えっ。べつにいーじゃん。このラストでも……つか、何が問題?」とか思ってた人だったりします(超少数意見^^;)
なので、友人から最終回のビデオ(ビデオ!DVDじゃないのよ・笑)借りて見た時、確かすでに映画の「Air/まごころを、君に」とか、そのあたりも公開になってて、でも「ファン激怒」みたいな噂は聞いてたので、こちらを見たのはその後結構時が流れ、さらにエヴァの新劇場版とか公開になってた頃じゃなかったかな……と、ぼんやり記憶してたり。
それで、かなり遅れて「Air/まごころを、君に」とか、このあたりの映画を見て――いえ、わたし、これはこれで面白いというか、そう思うところもある一方、わたしがもしあのTV版のラストで納得してるタイプじゃなかったら、むしろ爪が手のひらに食い込むくらい腹立ったのはこっちかな……と、そのことはよくわかったわけです。TV版で納得できなかった方が、別の違う結末を求めて映画を見に行ったら、それよりもひどい悪夢のダメ押しの烙印押されたみたいな、そんな感じの絶対的映像美の世界。。。
新劇場版の序は編集のされ方が「う゛~ん。もうちょっとこう……違うエピソードの繋げ方とかなかったのかなあ」というのが第一印象で、<破>のほうは「ああ、相変わらずアスカの扱いひでえな」と思いつつも、「あくまで容赦ない庵野監督」という意味では高く評価できるといった印象で、<Q>見たのはその後相当あとだったと思います。それで、この<Q>の評価が相当ひどかったとのことで、庵野監督が鬱病になった――というのをネットで知って興味を持ち、<Q>も見たんですけど……まあ、従来設定に大幅な変更が加えられつつも、そこがあまりうまくいってないのがたぶん、評判があまり良くなかった理由だったのだろうと思ったり。ただ、内容的には「ああ、いつものエヴァだ☆」とは、自分的に思った感じかも。
それで、<Q>に関してはそんなに、わたし的には文句とかそれほどなかったんですけど、最後のシン・エヴァはシリーズ中、ある意味一番面白くなかった。ええと、正確にいうと「面白いことには面白かったけど、でも面白くなかった」という、この微妙さを、わかってくださる方はわかってくださる気がする(笑)。
あのあと、アマゾン・プライムで『さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~』を見て――庵野監督やスタッフさんの大変さがわかり、ちょっと悩ましいような気持ちにはなりましたもちろん、そういうところと純粋な作品評価っていうのは切り離すべきとは思うものの……でも、この映像見て一番何が良かったかというと、「今後エヴァ作品は作らないし、これで本当に終わり」とした場合、確かに他に手はなかったっていうのはわかる、ということが自分なりに納得できた点かもしれません。
一応ラストは全員ハッピーエンドみたいな感じで、マリが新劇場版から参加したことの意味も、最後に回収されてるような気はします。あと、綾波レイとの結びつき=神聖な精神愛、アスカ=肉体的現実世界のガールフレンドとした場合、どっちも選べないのは当然な気がするわけですけど、マリはポジティヴシンキングの巨乳ちゃんっていうことで、今まで頭狂いそうなくらい色々頑張ってきたシンジくんへの「ご苦労さまでした」っていうご褒美……みたいに思うと、自分的にはシンジとマリのカップルって、悪くないというか、むしろ良かったのかな、くらいの印象だったかもしれません。
ただ、自分的に思ったのです。鈴原くんとかケンスケとか、<Q>の時点ですでに14年が経過してるので、「成長過程が描かれず、突然大人にっ!!」みたいな感じですけど、みんなそれぞれ大変な思いをして大人になった、大人にならざるをえなかった……ということは、一応理性によって理解はする。でも、アスカもレイも、それぞれ相手を見つけてハッピーエンド的に決着がついてるにも関わらず――「いや、これはオレの求めてるエヴァンゲリオンじゃないよ!」となるのは何故なのか。。。
それで、シン・エヴァ見終わったあと、そういう疑問が残ってたので、『さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~』を見て、こちらも一応理性によって納得はしたわけです。確かに、こうした形によってでもピリオド打たないと、『いや、まだこれ続きありますよねっ。あるって言ってくださいよ~おっおっ!!』みたいなことになってしまう。でも、わたしが納得したのはかなりのところ「理性によって」であって、エヴァっていうのは本来、心の奥底から突き上げてくるわけわかんない情動みたいのがあって、「わけわかんなくたっていいんだよ、面白ければなァッ!!」というくらい、暴力的なまでの面白さがあった。でもそこを「今回は理性によって納得してくださいね、これで最後だから」と、最終解答でそうした激しい情動に蓋されたように感じたことが――たぶん、自分的に一番ネックになる違和感だったのかなっていう気がしてます。
ええとですね、エヴァって毎回、見てて一瞬たりとも目が離せないくらい、ずっと面白かったと思ってます、自分的に。でも、シン・エヴァに関してのみ、間に「この展開必要かなあ。う゛~ん。いや、気持ちはわかるんだけども……」みたいな感じで、初めて展開がかったるいと感じてる自分に一番驚きました(もちろん、そのあと「やっぱりこのへんは容赦ないんだなあ」とか、「アスカの扱いのひどさは変わらずかあ」という、いつものテンポ(?)が戻ってきたとは思ったり^^;)。
一応ハピエンで終わっているにも関わらず、今回も最後別の意味で「欲求不満」で終わった、そしてそんな欲求不満は同人世界ででもおのおの解消するなりなんなりしてください……というところだけ、やっぱり「エヴァはエヴァで、今回もエヴァらしかったっちゃエヴァらしかったのかなあ」という、何かそんな印象です(超微妙・笑)。
それではまた~!!
アレンとミランダ。-【4】-
九月の第一週目の木曜日――アレンは第二講目の講義へ出席する前に、コンビニでユトレイシア・クロニクル紙を一部買ってから大学のほうへ向かった。折りしも、朝から携帯のほうがしょっちゅう鳴ってばかりいた。その多くは>>「コラム読んだよ!」という、スナップチャットのメッセージだったり、>>「面白かった」というメールの内容だったり、あるいは見慣れない電話番号であったりしたものである。
コラムのタイトルは『ユトレイシア・ユニバーシティの大貧乏苦労学生』というもので……アレン担当の編集者、ウィリアム・コネリーに「『ユトレイシア・ユニバーシティの勤労学生』くらいじゃ、インパクト弱いってことなんでしょうね」と冗談めかして言うと、ウィリアムは肩を竦めていたものである。まるで、(これだから素人はわかってない)とでもいうように。
「いいかい?この世界中のすべての人に必ずアピールする数少ない言葉、それが貧乏と苦労の二文字だといっても過言でないね。ぼかぁね、いつも誰かのブログ見る時も、『今日、こんないいことあった!』みたいなポジティヴな記事になぞ、まるで興味湧かないよ。いや、自分が幸福な時でさえ、湧いた試しがない。それよか、『オレの人生なんてツイてないんだ、神さまのバッキャロー!』とか、『彼女に振られて自殺しようと思ってます……ううっ』とか、『身勝手な上司に呪いをかけた、その三日後』だの、そうしたマイナス・パワーの記事を読みたくて、いつでもウズウズしてる」
「はあ……」
ちなみに、アレンの見る限りウィリアム・コネリーという人物は、社会の成功者側に属しているように見える。同じユト大を六年前に卒業し、その後は一流企業といって過言でない、ユトレイシア・クロニクル紙に就職――だが、新聞社というのはやはり忙しいところなのだろう。会うたびに無精ヒゲがそのままだったり、衣服がしわくちゃだったり、目が充血していて不健康そうに見えたり……だが、信頼できる良い人間のようだ、ということでは、ミランダもアレンも意見が一致していた。
「だからね、社会の中流階級や下層階級の人々は、アレンのバイト三昧の経験談を読んで共感するだろうし、富裕階級の人々だって、大学生がいかに法の目をかいくぐって巨万の富を得るに至ったかよりも、君の苦労話のほうを好ましく思うはずさ。まあ、契約期間は一年だがね、その時点で本を発行するにしても――反響が大きくて好評なようなら、そのまま連載自体のほうは続けてもらう予定だから、アレン、これからも君はバイトしながらコラムのネタ探しをしといたほうがいいよ」
「いやあ、ネタなんて言ってもなあ。ほとんどがスポーツ・バーのカウンターに座った客の与太話とか、これまでしてきたバイト先にこんな変な客がいた、上司がいた、同僚がいた……なんていう、そんなことの繰り返しですからね。読者のほうでそろそろマンネリだと感じてるようだったら、打ち切ってくださって大丈夫ですよ」
「はははっ。ほんとのマンネリっていうのはね、アレン。君の前にコラムを担当してたゲイのコラムニストの、ワンポイント・ファッションレッスンのほうこそそうさ。編集長も僕も、いつあいつをクビにするかとずっと算段を練ってたんだが、折り悪しくあのホモ野郎ども……いや、失敬。仮にもジャーナリストと呼ばれる人間が、こんな差別的表現をするのはよくないな。とにかくここんとこ、ユト国内じゃ、同性愛者にも異性愛者と同等の権利をキャンペーンというのかね。そんな嵐の第五陣だか第六陣だかが吹き荒れてた。だから、下手したら訴えられて派手な訴訟になる可能性もなきにしもあらずってわけで、あのゲイ・コラムニスト氏にはようやくのことでご退陣願えたというわけだよ」
ちなみに、この新聞の生活面の片隅を1万2千字ほどの文字数で埋めて、アレンがもらえる薄謝とやらは、三十ドル(約三千円)ほどである。だが、ミランダはこの金額に怒り狂っていたが(『無名の学生だからって、あの編集者なめてんじゃないの!?』などと言って)、アレンにしてみれば十分なほどだった。というのも、一か月は大体約四週間ほど。ということは、三十ドル×4で、120ドル(約1万2千円)にもなるのだ。大貧乏苦労学生にしてみれば、月々それだけ余計なお金の振込が月末にあるというだけでも――彼にとって、これは大きな違いだったといえる。
この日、国際環境研究科の講義室のほうへ顔をだすと、同じ科の学生たちは一様にニヤニヤしていたものだった。すぐに仲のいいトニー・ウォルデンやマーク・モーティマー、トマス・キィズといった面々がわっと寄ってきて、みんなで回し読みにしたらしい、しわくちゃのユトレイシア・クロニクルを手で振ってきたものだった。「よくぞやったな、アレン!」とか、「最高だ、おまえ!」、「原稿料が入ったらなんか奢れよ!」などと言い合い、最後には学科一のお調子者のオリバー・ローガンが例のコラムの朗読まではじめると――アレンは流石に堪らなくなって、「勘弁してくれ!」と叫んでいた。そして、当のコラム執筆者に背中を追いかけられながらも、オリバーが朗読を続けようとしていた時のことだった。
前のほうのドアがガラリと開き、白髪頭の老教授が登場する。「諸君、なんの騒ぎかね?」と、あくまで冷静に教授はそう聞いた。もう何年も同じ講義を同じ調子で続けているので、半化石のようになっていると噂のマイケル・ホイール教授だが、「アレン・ウォーカーのコラムがユトレイシア・クロニクルではじまったんです!」とマークが答えると、彼は少しだけ眼鏡を上げていた。それから、のそのそしたトカゲを思わせる動作で講壇へ上がり、「ああ、私も読んだ」と、なんの感慨もない声で一拍遅れて言う。「我が学科も、ウォーカーくんの知名度によって、今後寄付金が増えるといいがね」
このホイール教授の言葉により、一同は妙に白けてしまい――その後はいつも通りの退屈な、講義の一コマが繰り返されるということになった。とはいえ、アレンの右や左に座っているトニーやマークは、ノートに文字を書いて、その後も筆談を続けてはいたが……。
>>「原稿料入ったら、ミランダになんかプレゼントすんの?」(マーク)
>>「つかおまえ、タカリに気をつけたほうがいいぞ。大抵の奴は新聞のコラム担当してるとなったら、たったの三十ドルぽっちしかもらってないなんて、想像もしないだろうしな」(トニー)
>>「そうそ。有名税だなんだで、変に嫉妬しておかしな奴が近づいてくるかもしんないし。気をつけるに越したことないからね」(マーク)
ふたりとも、大学男子寮の寮生であり、トニーのほうはアレンと同じ奨学生でもあった。ゆえに、アレンの懐事情についてはよく知っており、彼らであれば、「新聞に名前のってる奴がたたで学食なんか食ってんじゃねえよ」といったように、誤解することは決してないだろう。だが、これから何かそうしたトラブルが起きるとも限らないことから――アレンはこの日、自分の書いたものが活字になっていて嬉しくはあったが、一応自分の身辺については自重しようと思ってはいたのである。
また、確かにアレンは今の今まで……様々な人々の善意や好意に与って来たというのも事実だった。たとえば、彼があんぱん一個で夕食を済ませようとしているのを見て、先輩がラーメンを奢ってくれたりといったことだ。学食のほうが無料で食べられるため、同じ学科内にはあまりそうした貸し借りのある人物は少ないが、それでもそのうち、寮のほうへは――月末に最初の原稿料が入ったとすれば、差し入れに行こうとはこの時からすでに思ってはいたのである。
(やれやれ。結局こうやって俺は、金のほうは貯まらないままなのかもしれんな。それに、今は弟のポールのこともあるし……)
もっとも、アレンは弟のことは経済的なことに関してのみ、まるで悩んではいなかった。ふたり暮らしになってから、電気・水道・ガス料金が二倍になった――ということもなく、そのあたりは若干高くはなったにせよ、代わりにポールはいつでも美味しい節約料理を作ってくれるため、食費が浮いた分と換算すれば、大体とんとんといったところだったに違いない。
とりあえずポールは、今も『シュクラン』のほうへ、週三回程度出勤していっている。他に、単発の週末だけのアルバイトをしてみたり、何社か目でようやく受かった警備会社で警備員のバイトをしたりといったところだ。また、ウォルトの適正テストで落ちたポールではあったが、その後ドアダッシュの配達のバイトのほうはうまくいっているようで――「人間関係が基本的にいちげんさんだから、突然雨に降られようとなんだろうと、気楽でいい」と、ポールは嬉しそうに言っていたものだった。
弟は弟なりに頑張っているし、そのことについて、アレンは言いたいことがないわけではなかったが、とにかくただ黙って見守ることに徹していた。また、家に帰ってくると必ず美味しい食事が用意されているということも……アレンには何にも替え難いことだったと言ってよい。その上、部屋のほうも小まめに掃除がしてあり、「おまえだって忙しいんだから、気にしなくていいんだぞ」と言っても、ポールは「イサカの家のほうでも、料理と掃除は俺の担当だもん。べつに兄ちゃんは気にする必要ないって」と、そう答えるのみだった。
また、『シュクラン』のほうはやはり、店員が女性ばかりだからだろうか、その後もポールには友達のようなものが出来た気配がなかったため――アレンは弟にロイとテディのことを紹介することにしてみた。というのも、日本の漫画やアニメやゲームが大好きという共通点があるため、そのあたりで話が合えばいいと思ったというのがある。
結果、三人はすぐ意気投合し、八月にあったユトレイシアで最大のコミック・マーケットへ一緒に出かけていき……ポールはそこでも親しい友人が出来たようで、アレンはほっとしていた。エミリオから対人恐怖症云々と指摘された時には、(病院のカウンセリングに連れていったほうがいいのだろうか)と思いもしたが、とりあえず趣味が共通の友人たちの間では何も問題ないらしいとわかり――アレンは弟のことはもう少し様子を見ようと思ったのである。
とはいえ、『シュクラン』へ出勤するという前、やはりポールの顔色はよくなかったし、「腹が痛い」と言ってトイレに閉じこもり、暫く出てこないといったようなことは、その後もあった。アレンとしては、「やめたかったらやめたっていいんだぞ」とは、ずっと前から言ってあるし、店長のエミリオや専務のルキアがどのくらい懐の温かい人たちかについても話してあった。ゆえに、むしろだからだったのだろうと、アレンはあとから思わなくもない。「そんな優しい、いい人たちの善意に応えられない自分が悪いんだ」という罪悪感から、結局のところ弟に無理を強いてしまったのではないかと……。
その後、九月が過ぎ、十月がやって来て、ポールが『シュクラン』で働きはじめて三か月になろうかという頃――彼は出勤前に腹が痛くなるのではなく、急に何か発作でも起こしたように吐いていた。最初、アレンはそのことを「一時的な体調不良」といったように思ったわけだが、その後も、洋菓子店へ出勤する前になると弟は吐くらしいと見てとり、「やめたほうがいいんじゃないか」と、ようやくのことでそう切り出していた。「店長のエミリオに言いづらいなら、俺のほうから言ったっていいし……」
だがこの時、「『シュクラン』で働くのに何が問題なのかだけ、兄ちゃんに教えてくれないか?」と、アレンは聞くのを忘れなかった。「エミリオにもルキアにも、そのことは絶対言わないから」
すると、ポールは驚いたことには「何も」と答えていた。「何も問題なんかないんだよ、兄ちゃん。単に俺の精神構造が普通の人より軟弱ってだけなんだと思う。まわりの人は親切に色々教えてくれるいい人ばかりだし、俺が何かでミスしたって、『自分の息子くらいの年だ』とかなんとか言って、カバーしてくれるし……たぶんあれは、自分の息子だって社会のどこかで人様に迷惑かけてるかもしんないみたいな意味なんだろうね、きっと。もちろん、最近じゃ随分仕事のほうにも慣れてきたと思うし、そういうミスもなくなってはきてるけど――俺が普通の人より物覚え悪くて、要領の良くない人間だってことはわかってる。気長に温かい気持ちで見てくれる人たちの気持ちにも応えたいと思ってるし……だけど毎日、レジ打ち間違ったらどうしようとか、色々プレッシャーなんだよ。兄ちゃんはもしかしたら、『そんな程度のことも出来ないのか』って、呆れるかもしれないけど……」
「いや、そんなふうには思わんさ」
アレンは部屋の壁時計を見て、自分もそろそろ出勤しないと遅刻するとわかっていたが、やはりダイニングテーブルの椅子に座り、弟と向き合うことにした。
「兄ちゃんも、首都にやって来てから、自分にとって合わないと思った仕事は片っ端からやめてきた。その中には、建設現場の監督がアルバイトを陰湿にいじめてくるっていったようなことだってあったし……まあ、その他色々さ。それにポールは今、警備員のアルバイトとか、その他臨時店員のバイトとか――実際、おまえは頑張ってるほうだと兄ちゃんは思うよ。とりあえず、『シュクラン』のほうはやめて、あとのことはまた、そのあと考えよう」
「うん……兄ちゃん、ごめん。俺、こんな不甲斐ない弟でさ。本当は首都に出てきた時には、もっとガンガンいっぱい働いて、経済的にも兄ちゃんの助けになりたいって、ほんと、そう思ってたはずなんだけど……」
ポールは泣いていた。その涙を見て、アレンは(弟はこんなにひ弱で、これからどうやって生きていかれるだろうか)などとは思わない。実際、前にポールが「芸術品みたいに綺麗なケーキだから、ちょっとでも潰さないようにとか思うと、かえって緊張してうまくいかないんだ」と言っていたのをエミリオに伝えると……彼は驚いていたものだった。「やはり、人が本当は何を思って働いているかなど、本心を聞いてみなけりゃわからんものだなあ」と、エミリオは妙に感心していたものである。つまりは、感受性が強くて繊細で優しい人間だということは――弟の性格の良い点であって、悪い欠点であるようには、アレンはまるで思っていないということである。
「兄ちゃん、倉庫作業の仕事、そろそろ部屋出ないと遅れちゃうだろ?」
「あっ、ああ。けどまあ、今日くらいはいいさ。それよりポール、今はおまえの話を聞くことのほうがよっぽど大切だしな……」
ポールはシャツの袖でぐいと涙を拭うと、強いて兄のことを仕事へ行かせるべきか、このまま自分の話をすべきか迷った。けれど、今という時を逃してしまえば……自分はまたうまく説明できないだんまりの世界に固まってしまうだろうと思い、感情の入口が溶け出している今、兄にすべて語ってしまおうと、そう覚悟を決めることにした。
「あのさ、俺がこんなふうになったのって、実はもっとずっと前からなんだ」
「こんなふうって……?」
ポールは一度洟をかむと、深呼吸して続けた。
「俺……高校で軽くいじめにあってたんだよ。といってもさ、顔殴られるとか、新聞配達した金を貢ぐとか、そういうことじゃ一切なく、クラスの態度でかい奴の子分みたいな感じで、昼にパシリとしてパン買いに行かされるとか、そう大したことじゃないんだけど……一度そういう立場になると、まわりの奴らもなんとなく馬鹿にしてるような目で見てくるもんだろ?けど俺、『これはいじめってわけじゃないし、耐えられないほどつらいってことでもない』みたいにどうにか自分の心をごまかしながら、高校の三年を耐え通したんだ。その時から、学校行く前に腹痛くなったりとか、時々吐いたりってことはあった。でも、母さんに迷惑かけられないと思って、どうにか心配かけないようにと思って、なんとか頑張り通したんだ。でも、今にして思えばそれがよくなかったんだと思う。それから、自分でも『こんなの大したことじゃない』ってわかってることでも――何かほんのちょっとストレスがかかったってだけで、腹が痛くなったり吐いたりするようになって。兄ちゃんみたいな強い人には、正直俺、このあたりのことはわかってもらえるかどうか、自信ない。問題は、俺が強い意志を持って、無理をしてでも頑張ろうとかこうしようって決意しても、どんなに強い精神力によって頑張ろうとしても、体のほうが勝手にそう反応するってことなんだよ。俺、このことではさ、『こんなんじゃこれから困る』って思ったから、色々心理学の本を図書館から借りてきて読んでもみた。でも、それで心理的なシステムがわかって、俺の脳にそうした知識が増したところで……体のほうはどうにもなんないよ。『自分よりもっと大変な思いをしてる人なんかいくらでもいる』とか、一生懸命自分のことを叱咤激励したって、無理なもんは無理っていう、これはそういう話なんだ」
「…………………」
(心療内科で、カウンセリングを受けてみるのはどうだ?)
そう、言葉が喉まで出かかったが、アレンは一度その言葉を保留することにした。かわりに椅子から立ち上がり、弟のそばまで行くと、その頭を軽く抱いた。
「そりゃ、つらかったな。兄ちゃんがあのままイサカにいたからって、ポールの異変に気づいてやれたかどうかまではわからん。が、まあ、今は兄弟ふたりで暮らしてるんだし……お互い、助けあって生きていこう。な?」
アレンがそう言うと、ポールは再び泣きだしていたが、アレンは最後に弟の頭を撫でると、部屋から出ていくことにした。アルバイトに遅れることは確実なので、先に遅刻する旨伝えてから、自転車を全速力で漕いだ。途中、運悪く天気雨に降られ、バイト先に到着する頃にはずぶ濡れだったが、アレンは気にしなかった。リュックの中のタオルで頭を拭き、ロッカーにかかる作業服に着替えたというそれだけである。仕事のほうは単調なもので、トラックの積荷をピッキングリストを見て所定の場所へ運ぶという、ただそれだけである。きちんと作業している限り、多少の私語くらいは許されているが、それでも仕事の指示に関することなど、必要最低限以外で会話を交わすアルバイト要員は少ない。
アレンは「大抵の人間が根を上げてすぐやめてしまう」というここのバイトが好きだった。時給が良く、日払いだということもあったが、何より仲のいい人間同士で徒党を組んでいるといった雰囲気がなく、人間関係のほうがかなりのところ淡白でドライだったからである。仕事さえきっちりやっていれば、文句を言われるでもなく、人間関係で悩むこともない――ある意味、仕事内容のほうは多少キツくとも、アレンにとっては理想の職場だったとさえ言えただろう。
だがこの日、ロッカーで着替えていた時のことだった。「今日、どっかの誰かさん、遅刻してきたよな」、「社長の奴、いつも頑張ってくれてるからだかなんだかで、遅刻してきた分、しょっぴきもしなかったんだぜ」、「遅刻してきても同額なら、俺たちだって遅刻してきてえよなあ」、「どっかの誰かさん、新聞にちょっと名前がのったくらいのことで、お調子に乗ってらっしゃるんじゃねえの?」――そういった、聞こえよがしの声が聞こえても、アレンは一向平気だった。なんだったら、相手のことを殴り飛ばして鼻血を吹かせてやっても良かったが、アレンは彼らの存在自体を無視することにしたのである。
実際、遅刻してきたのは自分が悪いということもあったが、それより何より、重い荷物をカートへ順に運ぶ間も、今この瞬間も……アレンの頭と心は、弟ポールのことを考えるのでいっぱいだったのである。
>>続く。