(※海ドラ『レイズド・バイ・ウルフズ~神なき惑星~』について、ネタばれ☆があります。一応念のためご注意くださいm(_ _)m)
「SFのお勉強しよう♪」と思ってから、なんとなくそれっぽい映画を時々見たりしてるんですけど……あ、ちなみにわたし、SFが嫌いというわけではないにしても、ジャンル的にSFと聞いただけで「なんか他の作品レンタルしたほうがいいかなあ」とか、そう思う傾向が強いタイプの人です(^^;)
なので、元のわたしであれば、この『レイズド・バイ・ウルフズ~神なき惑星~』についても、<SF>というだけで見ないで終わった可能性の高いドラマシリーズと思うんですよね
それで、最初のほう見て「あんまし面白くないな」とか、「自分には合わなさそう」と思ったとすれば……まあ、2話目以降見なけりゃいいじゃん――くらいの気持ちで見始めたわけです。
と、ところが……面白いです、すごく「実はオレ、あんましリドスコと相性よくないんだよな」という方にとってはどうかわからないにしても、そういう先入観も外して見たら、思った以上に面白かった――みたいな作品じゃないかな、なんて
といっても、わたしもまだシーズン1の途中までしか見てないんですけど(汗)、大体1話約4~50分程度で、シーズン1は10話程度ですから、他のドラマシリーズに比べ、見終わるのは比較的早いのでは……と思ったり。まあ、今はこうしたご時勢ですので、「ヒマだ~。なんか映画かドラマでも見よう」と思い、どこかでチラと『レイズド・バイ・ウルフズ』を見かけたとしたらば――なんというか、『ターミネーター』とか、SF設定やアンドロイド設定が割とお好きな方にとって見て損はないドラマと思います
>>謎めいた未開の惑星ケプラー22bに降りたった2体のアンドロイド「マザー」と「ファーザー」。ふたりは人間の子を産み、育てはじめる。信仰の違いによる戦争で滅びゆく地球と同じ過ちを繰り返さないため、ふたりにはある使命が与えられていた。それは、信仰なき新たな世界を創ること。そこに、兵士マーカス率いるミトラ教徒たちが現れる。両者の間で揺れ動く子どもたち。互いを敵視する《アンドロイドvs人類》の生き残りをかけたサバイバルバトルの火蓋が切って落とされた――。
というのが、公式サイト様にあるあらすじです
日本語の副題として『神なき惑星』とあることから、第1話見た時わたし、「科学が相当進んでいて、だからもう神さまとかすっかり否定されちゃってる世界観なのかな」と思ってたのですが、地球はミトラ教という宗教を信じている側と、無神論者側とが敵対関係にあって、ここが戦争して地球は終わりを迎えた……的設定なんですよね。
そして、「地球はもう戦争で焦土と化してるから、生き残った人類はケプラー22bへ移住しよう」ということになるわけですが、ここへ元は大量破壊兵器(ネクロマンサー)と呼ばれるアンドロイド「マザー」、また彼女を助ける汎用アンドロイドの「ファーザー」が辿り着く。マザーは自分を改造した創造主の命令通り、人工子宮によって子供を六人作るのですが、このうち五人はその後小さいうちに亡くなってしまい、唯一生き残ったのが生まれてきた時に死にそうだったキャンピオンという少年。
ここへ、マザーが他の母船から子供たちを誘拐してきて、子どもの数は再び五人増えるのですが……結構このアンドロイドの子育てというのが見ていて面白いかな、なんて。なんていうか、ふたりとも人間そのものの容姿なのですが、「マザー」も「ファーザー」も実はアンドロイドだとわかって以降、他の子供たちから色々聞いたことも加わって、キャンピオンの態度はちょっと反抗的になっていきます。
ただこれ、見てるわたしとしては彼らがアンドロイドだからとか関係なく(彼らはそう感情をプログラムされているにせよ、いつでもキャンピオン第一、子供たちが一番大切という態度で接してるのですから)、子供っていうのはある程度年がいけば必ず親に反抗するという意味で――「マザーやファーザーがアンドロイドとかなんとか、実は関係なくね?」と思ったりするんですよね(^^;)
また、マザーの能力が半端なく高いものであることから(彼女はその気になれば、暗黒光子による力で人間を瞬殺できる)、ファーザーが自分にあまり能力がないとして、「わたしだって役立ちたい」と思ってるところとか……実際人間の家庭だってそうですよね。母親のほうが外から稼いでくる経済力その他高かったら、お父さんはちょっと肩身の狭い思いをしたりする(しかもなんの役にも立たない「親父ギャグ」機能付き・笑)。
それで、このマザーとファーザーはふたりともアンドロイドなわけですから、お互い「もっとわかりあっていてよさそう」にも関わらず、なんというか結構「もう結婚して何年もして、子供もいたらこんなもんじゃね?」的空気感があったりして、そういうところも「実は人間と一緒じゃんww」みたいに感じられたりもします(笑)
また、彼らはあくまでアンドロイドなわけですから、ファーザーからきつく叱られたり、マザーから怒られたりしても――本当の意味で傷つく必要などなさそうです。にも関わらず、やっぱり子供として叱られれば悲しくなったり、暫く口を聞いてもらえず放っておかれるとその距離感にちょっと傷ついたりもする……このあたりの微妙さの描き方が、自分的にすごく面白いような気がしました。
あと、ミトラ教徒側にはミトラ教徒側の色々な事情や人間関係などがあって、こちらはこちらで共感できたり、「このあたり、これからどうなっていくんだろう」と気になる要素があって、ストーリー展開や演出が非常にうまいと感じさせられます。
ただ、これがまだシーズン1であることから……自分的に最終シーズン詐欺にあわないといいな……とか、少しだけ思わなくもなかったり(^^;)
いえ、同じHBO作品としては、GOTとか、実はわたし、最終シーズンのみ、まだ見てません。。。というのも、周囲の評判聞く限り、「かなりのところ裏切られるらしい」というのか、「がっかりさせられる」、「シーズン8のみ作り直せ!」的に聞いたので……ちょっと怖くて見れてないのですよ、大好きな作品なだけに
なんにしても、またひとつ自分的に「好き」と思えるSF作品と出会えて、脳内が幸福物質で満たされました……という、かなりのとこどーでもいいお話でした(笑)。
それではまた~!!
P.S.きのう『レイズド・バイ・ウルフズ』見終わったんですけど……自分的に第8話目以降、だんだん展開が微妙になってきて、第10話見終わる頃には「う゛~ん。この9~10話の感じだと、人にまでは出来ないかもしれん」みたいに、ちょっと考えが変わってしまいました。あと、リドリー・スコット監督が監督されてるのは1話目と2話目だけみたいなので、そう考えるとリドスコどうこう関係なく、簡単にいえば脚本の問題じゃないかなという、何かそんな感じでしょうかあ、でもキャンピオン役とポールくん役の男の子が可愛いので……2シーズン以降も期待せず、とりあえず一応見てみようとは思ったり(^^;)
アレンとミランダ。-【6】-
アレンの例のコラム記事がユトレイシア・クロニクル紙に掲載されるようになった約三週間後……ミランダは、徐々に悩みの沼に沈みはじめていた。
そのはじまりは、夏休み中に書いたミランダ渾身の中編小説が、その後Bマイナスという評価を受けて返却されたことに端を発する。というのも、大体同じくらいの長さの小説を友人のリズ・パーカーも提出しており――彼女の評価の結果のほうがAプラスだったという、そのせいだった。
この件に関して、何かしらのえこひいきの可能性はないということは、ミランダにしてもよくわかっていた。ただ、夏休み中、お互いに書いた小説を交換し「このあたり、説明不足でよくわかんない」とか、「ここの言い回し、こういうふうに直したほうがよくない?」といったように意見交換して推敲した原稿を、ふたりは提出していたわけだが……やはり、自分が書いたもののことは我が子の欠点が親には見えにくいように、良く見えてしまうということなのだろう。
小説の内容として、ミランダは自分の書いたもののほうがリズの小説より面白いと思っていた。そのかわり、リズの書く文章は状況描写や背景等が正確であり、そうした点については彼女の書くもののほうが(上手い)とか(リズのこういう書き方、ほんと感心する)といったように感じていたとはいえ――評価のほうにこれだけ違いがあるということに対し、彼女は納得いかなかったのである。
ミランダはもちろん、リズのことが友達として好きだったし、「なんでも話せる数少ない親友のひとり」といったように思ってもいる。けれど、この件に関してミランダは、誰にも何も言えなかった。他にも、自分につけられた評価を「不当である」として教授たちに訴えでる学生というのは、実は毎年必ず他にもいる。ところが、文学部の伝統として……こういう時、学生たちの間で当の提出物の回し読みがなされ、意見や感想が交わし合われることになっているのである。そしてそれは、下手をするとある種の「吊るし上げ」の場と化す場合があり、ミランダとしてはそこまでの勇気は持てなかったといえる。
そこに加えて、某文藝誌に投稿していた小説が落選したことがわかったというのも、ミランダが落ち込みのデススパイラルに嵌まり込んだ理由のひとつだったに違いない。というより、ミランダは出来ることなら大学の文学部在学中に作家としてデビューしたいという夢があった。ところが、大学に入学してからこの三年、どこの小説の賞に応募しても落選続きで……(わたし、物を書く才能がないのかしら)と、この時かなり決定的に落ち込んでいた。
実をいうと、アレンが「これ、ちょっと読んでみてくれないか」と、茶封筒に入った原稿を自分に渡してきた時――その内容について、ミランダはあまり期待していなかった。むしろ、読む前から(あんまり面白くなくても、やんわり遠まわしに言う感じで、アレンのこと傷つけちゃいけないわ)と、そう思っていたくらいなのである。
けれど、アレンの書いたものは文才があるかないか以前の素晴らしい出来映えだった。言ってみれば、今のご時勢、ツイッターやブログで発表した文章が、ある一定以上の読者数を越えた時点で収益が見込めるとして、書籍化されることがあるように……アレンの書く文章もちょうどそれに似ていた。書いていることは、日常にあった些細なことばかりである。大学や、大学の寮であった面白おかしいこと、アルバイト先であった嫌なこと、あるいは珍奇な客との遭遇についてなどなど――実体験について、平易な文章によって書き綴ってあるため、「これは絶対万人受けするはず!」と、ミランダにしてもその時点ではっきり確信していたほどであった。
その後、ノンフィクション・ライターとしても有名なジョサイア・ジョンストン教授の元にその原稿を持っていき、教授の紹介でユトレイシア・クロニクル紙の編集者、ウィリアム・コネリーと話し合いを重ねることになり……晴れてコラムの連載が決定した時には、ミランダは我が事のように嬉しかったものである。
ところが、ある意味折悪しく、ミランダのほうでは物書きとしての才能を誰からも認められないのみならず、文学的なことでは大してなんの拘りもないアレンのほうが大学内にて、人々の注目を集めるということになった時――その時点でミランダは、少しの間アレンと距離を置くことにしようと思っていた。
その上、ミランダの運気はその後も下降する一方だったといえる。大学卒業まで、残り約一年……ユトレイシア大学入学時、ミランダは必ず大学在籍中に作家デビューしてみせる!と息込んでいたわけだったが、これはもう自分の作家としての才能には見切りをつけ、もっと現実的な就職ということを考えたほうがいいのだろう。そこでミランダは、ガルブレイス出版社から出ていた求人票を掲示板で見かけ、面接へ行ってみることにした。自分なりに面接官の質問等を予想し、対策して臨んだ面接だったが、午前中・筆記試験、午後・心理テストと、この時点ですでに三時であり、その後ようやく面接を受けて帰ってきたのだが、翌週には「まことに残念ながら……」という不採用通知がミランダの元には届いていた。
ほとんど一日がかりの就職試験で、帰ってきた時にはくたくたになっていたというのに――第一次面接ですらも自分は突破できなかった。このことは、ミランダの精神に大きなショックをもたらすことだった。何分、ユトレイシア大学へ入学するまで、学業においてもスポーツにおいても、その他音楽も美術もそつなくこなす才能に長けたミランダにとって……この時、「自分の才能」というのがどの程度のものかが、初めて見えはじめていたのである。
(簡単にいえばまあ、こういうことよね。わたしはすべてにおいて、ようするにBマイナスの女ってことなのよ。どの分野かでAプラスになれないかわり、勉強もスポーツも、音楽も美術も……普通並よりは上、オールマイティに色々器用にこなせるかわり、突出した何かの才能ってものが欠如した人間なんだわ……)
ミランダのこの意見を聞いたとすれば、彼女の家族もリズやコニーといった友人も、恋人のアレンも、「むしろそれがどんなに凄いことかわからないのか!」とばかり、彼女のことを全力で慰めてくれたことだろう。けれど、この時ミランダはかなりのところ本気で落ち込んでいた。そしてそんな時、ウィリアム・コネリーから電話がかかってきたのである。
『そのさ、アルフレッド・ナイマンが新作の小説を出すっていうんで、出版記念パーティを開くんだ。もし良かったら……そのう、一緒に行ってもらえないかと思って』
アルフレッド・ナイマンは元医者で、医療ジャーナリストから小説家に転身したという作家である。ミランダはファンというほどではなかったが、それでも三冊ほど彼の本を読んだことがあり、「内容についても構成においても文章力においても、物書きとして本物の力量のある作家」と思い、尊敬していた。
『あ、ほら、もちろん僕だってわかってるよ。君はアレンとつきあってるんだし、これはそういうのじゃないんだ。なんていうのかな……ナイマン氏のそのパーティは同伴者が必ず必要でね、前に行った時には自分が場違いであるように感じたくらいで……僕、ガールフレンドも今いないし、君にはちょっとそういう振りをして欲しいっていうか。なんだったら、そういう理由だってことで、ぼくからアレンに説明したっていいし』
『行くわ』
ミランダは即答していた。何より、気持ちがムシャクシャしていた。化粧をし、胸の開いたドレスでも着てパーティへ出席すれば――今自分の抱えているフラストレーションも、少しは解消されるに違いない。
アルフレッド・ナイマンの新作、『アフガニスタンの患者たち』をミランダは急いで購入して読むと、フォーシーズンズ・ホテルで開催された出版記念パーティのほうへ、ウィリアムの同伴者として出席することにした。パーティのほうはスピーチ等については退屈極まりなかったとはいえ、印税の一部をアフガニスタン支援へ回すというナイマンの呼びかけには、ミランダ自身とても感動したし、彼女も出入口に設置されていた募金箱のほうへ、ほんの十ドルではあったが、寄付して帰ってきたほどである。
ある意味、このことを皮切りに、ミランダはその後もウィリアムと一緒に、作家自身、あるいは出版社主催のパーティへ出席するようになり……十月下旬、そんなことが四度目にもなるという頃のことだった。ミランダを面接で落としたガルブレイス出版社のパーティがリッツホテルであり、ほろ酔い加減だった彼らが、バルコニーに出て夜風に当たっていた時のことである。
「君の書いたもののことなんだけど……」
(ええっ!?今そんなこと言う?)
ミランダはそう思ったが、とりあえず黙っていた。ウィリアムから出版関係者の誰かしらに紹介してもらえるというのは、ミランダにとって楽しいことだったし、「ユトレイシア大学の文学部ということは、何か書いてらっしゃるんでしょう?」とか、「そのうち、うちに原稿を持ってらっしゃい」と言われたこともあった。そうした事柄については、社交辞令であるとして額面通りに受け取るべきではないのだろう。ミランダにしてもそれはわかっている。けれど、ウィリアムがどこかの出版社に橋渡しをしてもいいと言うので、ミランダは自分が書いた中の自信作を、ウィリアムに読んでもらうことにしたのである。
「良かったよ、結構……女性の主人公の複雑な心理なんかが、すごくうまく描かれてたと思う」
「ああ、そう」
ミランダのほうでは、若干冷笑的な態度だった。なんにせよ、とにかく文学的なことについて、彼が「わかる」側の人間であることは間違いのないところである。また、ウィリアムが自分を傷つけないために、遠まわしかつ遠慮がちに真実を述べようとするなら、自分の作品の価値は結局のところ「そんな程度のものでしかない」ということなのだろう。
「で、僕に聞いてきたよね。どういうところが悪いと思うかって……その、さ。確かに君は、なかなかいいものを書くと思う。でも、選ぶテーマがちょっと一般受けしないっていうか、読む人を選ぶってことが、小説が落選した一番の理由なんじゃないかと思うよ」
「そういう遠まわしな言い方、やめてくれる?そのくらいだったら、『君はそこそこいいものを書くかもしれないけど、はっきり言って才能まではない』とでも言ってくれたほうが、よほど親切よ」
「いや、ミランダだってわかってるはずだ。正直、僕は今ここで君に『作家として才能はない』って言ったって、全然構わないとは思うよ。何故ならね、それが出版社の編集者であれなんであれ、『才能ない』って言われたって、書き続けるくらいの作家じゃなきゃ、そもそもお話になんかならないからさ。僕だって、君と同じ大学の文学部卒なんだから、出される課題についてのことや、それにどういった評価を教授たちがつけるのかも、大体のところわかってるつもりだ。なんにしてもね、18世紀フランスの伯爵令嬢が主人公とか、初恋の侯爵が政治的に失脚して、イギリスの男爵と意に染まぬ結婚をするとか……それをこうもうちょっと、現代風にアレンジしたらどうかと思う」
「現代風にって?」
ミランダはこの時、泣きそうだった。ウィリアムと出るパーティは高級ホテルのきらびやかなものばかりで――ミランダに現実の鬱憤を一時的に忘れさせる効果があった。けれど、とうとう元の現実の魔の手が追いついてきてしまったのだ。
「う~ん。なんていうのかな……ミランダの書くものは、時代考証についてもきちんと考えられていて、そのあたりの描写については僕も感心する。でも、もうちょっとこう……君の今の大学生活を元にして、それをフィクションの青春グラフィティとして描いてみるとか。あと、小説の文体だね。そりゃ、時代ものを描く時にはそれなりの重厚さってものが必要にはなるだろう。けど、もっと現代風に読みやすくアレンジすれば――一次選考ですらも突破できないとか、そういうことはなくなってくるんじゃないかな」
「ほんとに?」
「保証はできないけどね」
この時、ミランダが思わず泣いてしまったのがよくなかったのかもしれない。彼女が瞳の淵の涙を指先で払った時のことだった。ウィリアムがキスしようとしてきたのだ。
「駄目……っ!やめて……!!」
ミランダがどんと突き飛ばしただけで、この件はそれきりになった。ウィリアムはあくまで大人の態度で、(女性が泣いている時にはこうするのが礼儀)くらいの気持ちでキスしようとしただけで――それ以上の感情があるとは、その後少しも触れはしなかった。
(でも、よく考えたらほんとそうよね……)
帰りのタクシーの中で、ミランダは反省した。いや、猛省といっていいかもしれない。ここのところの自分の態度というのは、『アレンから大人の男のウィリアムに乗り換えちゃおっかな~』と彼に映っていても、まるで不思議はなかったに違いない。そして、キスしようとしてどんと突き飛ばされた時の、ウィリアムのあの傷ついたような顔……。
(ほんと、最っ低だわ、わたし……)
ミランダは自宅マンションのほうへ辿り着くまで、タクシーの中で泣いた。アレンにしても、自分の態度が突然冷たくなり、どうやら避けられているようだ……といったように察していることだろう。そして、ウィリアムの傷ついたような顔と、アレンがいつだったか、ミランダが軽い気持ちで他の男と踊り、フロアから戻ってきた時の顔とが――彼女の中で完全にリンクする。
ウィリアムは今、三十手前くらいだったろうか。けれど、問題はそうしたことではない。身勝手かもしれなかったが、ミランダは今、猛烈に恋人と会いたくて堪らなかった。そうなのだ……アレンが自分をひとりの女性というよりも、傷つきやすい少女として扱ってくれたように、自分だって彼に対し、「傷つきやすい少年」として接するべきだったのだ。そんなことに、今ごろになって気づくだなんて……。
(ううん。でもまだ手遅れってわけじゃないわ。何もわたし、もしうまいこといってウィリアムが自分の書いたものを出版する手筈を整えてくれたら……彼と寝てもいいとか、アレンとは別れてもいいとか、そんなことまで考えてたわけじゃないんだもの。そういう意味じゃ、これは浮気ってわけじゃないわ)
自己弁護的な部分が多少なりあったにせよ、ミランダはこの件に関し「精神的に浮気しようとした」として、アレンに報告する義務まではないだろうと考えていた。とはいえ、自分の態度がおかしくなってから、一体何があったのか、その点についてはミランダは正直にすべて告白し、かつ懺悔する気持ちがあったというのは事実である。
この日、ミランダがタクシーを降り、エレベーターでマンションを五階まで上がっていくと(一階の店のほうはこの時間、すでに閉まっている)、廊下で妹のリンジーとすれ違う。彼女は何故か片手に日本のみたらし団子を持ってくちゃくちゃ食べていた。
「どうしたの、ミランダ?マスカラが溶けて、ピエロっていうか、まるきりジョーカーみたいになってるわよ」
妹が小憎らしくも「ぷっ」と吹きだしたため、ミランダは「チッ」と舌打ちして廊下を歩いていった。その後、バタンとドアを閉めると、そこからはミランダの素っ頓狂な笑い声が聞こえてくるということになる。
「アッハッハッ!!ヒーッヒッヒッ!!」
ドレスを脱ごうとした時、全身の映る姿見の中の自分と目があった。確かに、マスカラが溶けてダマになっているだけでなく……そこから放射状に黒い線が伸びている。
「いつからこんなふうだったんだろ。たぶん、タクシーで大泣きした時からだとは思うけど……ああ、それでか。カードでタクシー代支払おうとしたら、あの運転手の親父、一瞬ビクついてたもんね。こちとらタクシー強盗じゃないのよ、なんて思ったけど、全然違う意味だったんだわ」
このあと、ミランダは自分のベッドに寝転がり、さらにひとしきり大笑いした。さっきまで大泣きしていたかと思えば、今度は大笑い――まるで双極性障害の患者のようだとミランダは思ったが、この時初めて自分の嵌まった負のスパイラルが終わりつつあるらしいと、初めて悟ったのである。
ミランダはこの日、少し引いた視点から見て、このところの自分が「不運だ」と感じたことに対する、自己憐憫キャンペーンについてあらためて反省した。すべてはおそらく、簡単にいえば<嫉妬>の一語に尽きることだったに違いない。ソウルメイトのような恋人のいる、課題はいつでもAプラスの友人に対する嫉妬、自分は一次選考すら突破できないのに、なんらかの小説の賞で佳作以上の賞を取れてしまう顔すら知らない人たちに対する嫉妬、さらには、ずっと自分にとって精神的支柱であり、癒しでもあったアレンが新聞でコラムを連載し、すっかり有名人になってしまったことに対する嫉妬……そもそも、<嫉妬>というのはおそらく、「自分がその人に成り代わりたい」という立場の人物に覚える感情のことなのだろう。
(それでいくとこの場合、どういうことになるかしらね……わたし、リズのことは好きだし、彼女にロイがいるみたいに、わたしにはアレンがいるわけだから、これはそういう種類の嫉妬じゃないのよ。リズがBマイナスで、わたしがAプラスであるべきだったとも思ってない。そうよ。なんでわたしもAプラスとまでいかなくても、Aマイナスくらいじゃないのかみたいな、これはそういう話。それに、リズは「わたしより、ミランダの書いたもののほうが絶対出来がいいと思う」とも言ってくれた。わたしが逆の立場なら、たぶんそんな言葉、絶対口からでてこなかっただろう……それなのに、リズったらなんて優しい子なのかしら!)
とはいえ、ユトレイシア大学の文藝雑誌に一緒に投稿して、リズの書いた詩が採用され、自分の散文が駄目だった経験から――ミランダはこの時、リズの言葉を額面通り受けとめてなかった気がする。
(そうそう。リズは単にほんとにいい子ってだけなのよ。で、まあ小説の落選についてはもういいわ。ウィリアムの言うことも一理あると思うし、また少しスタイルを変えて、現代風の小説にも挑戦してみよう。あとはガルブレイス出版に落ちたことだけど……そもそも各出版社が採用する人員自体、とても少ないんですものね。そう思ったら、また次どこか別のところに挑戦して駄目でも、ある意味仕方ないとして――そうだわ。わたし、そういうのがたぶん嫌だったのよ。今まで、なんかちょっとでもストレスの溜まることがあれば、なんでもアレンにしゃべってきたのに……自分でそう推薦したにも関わらず、わたし、そのことできっと、アレンのことをいつしか羨ましいと思うようになっていたんだわ)
けれど、この件に関してアレンには100%まったく罪がないことは、ミランダ自身が一番よくわかっていることである。また、そうと強く意識して、アレンが知ったらおそらく傷つくだろうこと――他の男とデートまがいのパーティへ出かけること――を繰り返したわけではないにせよ、潜在的な部分では間違いなく自分の性根のほうが曲がっており、彼ほど純粋でないことが、ミランダには痛いほどよくわかっていたのである。
(そうよね。もしわたしがアレンの原稿を読んだ瞬間から激しく嫉妬して、『こんな程度の文章じゃ、全然お話にならないわ』と遠まわしに言ってたら……アレンはきっと「ああ、やっぱりな」とでも言って、すぐ諦めてるくらいの奴だものね)
――こうしてミランダは、十分内省してから、アレンとのデートに応じた。待ち合わせ場所は、ダイアローグの出入り口前にある抽象的な彫刻の前だった。彫刻のタイトルのほうは、『天使と庭で遊ぶ子供たち』というものだったが、顔のない翼の生えた存在と、その前に人型でない物体がいくつか転がっているという手合いのもので……タイトルを見ない限り、あまり余計なことの言えないタイプの作品だったと言える。
>>続く。