(※『デューン―砂の惑星―』の映画と原作についてネタばれがあります。一応ご注意くださいませm(_ _)m)
今回も本文とほとんどまったく関係なかったりするんですけど……とうとうやっと、『デューン―砂の惑星―』を読み終わりました!!!
いえ、「もしかして今まで読んできたどの小説よりも面白かったんじゃないか?」――というくらい面白く、上・中・下とあるうち、下巻の最後のほう読んでる頃には、この完璧すぎる素晴らしい物語をもう少しで読み終わってしまうことに対し……軽くロス状態になってしまったほどです(^^;)
読んだきっかけは、映画のほうがすごく評判になってるからとかではまったくなかったり(笑)。「SFのお勉強しよう」と思ってから、『デューン―砂の惑星―』については必ず読もうと思ってました。というのも、SF好きさんの間で選ばれるオールタイム・ベストにて、アーシュラ・K・ル=グィンの『闇の左手』を抜いて1位だったのがデューンだったからで(1987年)、「『闇の左手』よりも上かあ。そりゃ読んでみよう」というのが、一番最初の動機でした
あと、『スター・ウォーズ』とかも結局はデューンの影響受けまくってる作品だ……みたいなことも以前聞いたことがあり、それで自分でも読んでみてそういうのはすごくわかる気がしたというか。たぶん、それが漫画でも小説でも映画でもなんでも――SFというジャンルを描いてる方で、デューンの影響を免れてる方のほうが少ないんじゃないかなというくらい、この小説は他を圧するほどの物語だと思ったというか
いえ、あんまり面白すぎたので、感想とかちゃんと書くとしたら、別に記事立てなくちゃいけないので(汗)、今回はちょっと、デイヴィッド・リンチ監督の1984年の映画、『デューン―砂の惑星―』と、去年(2021年)公開のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督版の感想について、少しばかり何か書いて終わりにしようかなと思ったり(笑)。
なんていうか、リンチ版のほうは自分的に、爆笑につぐ爆笑だったような気がするんですよねいえ、シールドとか、わたしが小説読んでイメージしてたのと全然違うし、それぞれのキャラクターもイメージ違いすぎて、なんか色々笑ってるうちにあっという間に映画のほうは終わってしまったやうな気がする。。。
カイル・マクラクランがポールっていうのと、チェイニー(チャニ)役の女性は割とはまってて良かったものの……ポールのお母さんのジェシカは最初の登場時、80年代のスケバン(死語☆)かと思いましたし、あとはポールのお父さんのレト公爵が死ぬ場面。あれだとまるで、口臭がくさすぎてまわりの敵がバタバタ倒れていった――みたいにも見えることから……正直、せっかくのレト公爵の気高い性格その他諸々、ものすごく駄目になってる気がする
いえ、映画見てて、原作では真剣な場面なはずのところで笑ったりとか色々あったものの、リンチ版は大体のところ原作のストーリー通りに進んで終わってるというところについてのみ、自分的に良かったかなと、この次にヴィルヌーヴ版見て思ったような次第です
ええと、やっぱり映画の技術的なこと含め、それはもう1984年から二十年以上経過した今、そこは比べちゃダメでしょ☆とは思うのです、一応。あ、ちなみにわたし、デイヴィッド・リンチ監督のことは『ツイン・ピークス』見てすごくファンになったという、よくいるタイプの人だったり(ただあれも、最終回詐欺系のドラマシリーズだったとは思う・笑)。そのあたり、ヴィルヌーヴ版はまず、そういった技術的な部分と、ポール役にティモシー・シャラメくんを持ってきたあたりからして、超ずるいとは思うんですよ(笑)。
ポール役のティモシー・シャラメくんが超ハマリ役というだけでなく、お母さんのジェシカも、髪の毛赤毛とかじゃないけど、「本当の親子なのでは……?」というくらい、ぴったりの配役ですよね!他に、お父さんのレト・アトレイデス公爵役のオスカー・アイザックさんもわたし的に原作のイメージに近い感じでした(そして何より、口の毒ガス噴射も、敵に対する渾身の一撃として描かれていると思う)。あと、ポールにとっての運命の女性、チェイニー(チャニ)も、原作のイメージに近いのはこちらかな、とも思います(でも、リンチ版でチャニを演じたショーン・ヤングさんも綺麗で好き)。
それで、ヴィルヌーヴ版の欠点(?)がですね……リンチ版と違って、物語の前半に重きが置かれていて、ストーリーの後半が描かれていないってことだと思うんですよ。たぶん、見ながら「おかしいな。もしかしてこれ、映画の第二部とかあるってこと?」と、映画が最後のほうに近づくにつれ訝しんだ方はきっと多かったのではないでしょうか。。。
そのですね、映画の評判がよくて、これから第二部を制作する予定があるとかだったらいいんですけど……わたし的に見てて「予算不足か何かかなあ」といった、そんな印象だったかもしれません。つまり、予算内で収めるためには、あそこまで描くのが限界だったっていうことなのかな、なんて。ただ、あの完璧な前半の調子によって後半まで描いてもらえたらすごく良かったのになあ……っていうのが残念なのと、ファン的なポイントとして、浮かぶデブこと、ハルコンネン男爵が死ぬところと、ポールがサンドワームを乗りこなすっていうところだけ、視覚的に絶対見たいというのがあったので……このあたり、ヴィルヌーヴ版は予算さえたっぷりあったら、映画を前半と後半に分けるべきだったと思うんですよね。映画の後半のほうにお客さん呼べるかどうか、もし不安だったら、前半はポールがサンドワームを乗りこなせるかどうかってところで、サンドワームが大口開けてるあたりで「続く」ってすればいいんですよ。たぶんこれなら、原作読んでても読んでなくても関係なく、「ティモシー・シャラメくん、どうなっちゃうの~っ!?」って感じで、必ずお客さん来るはずだから(笑)。
それで、この試練も結構後半エピソードなので、映画の全体のバランスとるのに、エピソードは差し障りない範囲内で多少入れ替えるようにすればいいわけです。何より、最初のほうにポールのおじいさんが闘牛で死んだというエピソードもちゃんと入ってるし、わたしこのシーン見ながら「最後は間違いなくフェイド=ラウサとの勝負が入るはず!(ゴクリ☆)」とすごく期待してました。でもここが、ジャミス(ジェイミス)との対決シーンで終わりになってるので……原作の終わり方があまりに素晴らしすぎるだけに、映画のほうはイメージ通り完璧なのにも関わらず、宿敵・ハルコンネンを倒すまでに至ってないっていうところが――それだけにすごーくすごーくすごおおく残念だったのです
なんにしても、『デューン―砂の惑星―』については、この先この小説を上回るほどの本と自分は果たして出会えるのだろうか……というくらい、超最高に面白かったということで!!!
それではまた~!!
P.S.今、ここ書いてからウィキ見たら、>>「公開から1週間後、『Dune: Part Two』が、2023年10月に劇場公開されることが決定した。ってありました!!そりゃそうですよね!浮かぶデブ・ハルコンネン男爵の死に様と、アリアちゃんの超能力、サンドワームの乗り手にサーダカーがわななく(笑)シーンなど、来年の映画公開がとても楽しみです♪
アレンとミランダ。-【5】-
誰か他者から傷つけられたり、その他人生で嫌なことが起きた場合――多くの人が起こす次の行動は、そのことを家族や友達や恋人といった親しい人に聞いてもらうということではないだろうか。
また、もしそのような人間が誰もいないか、いても相談できる内容でなかったとすれば、どうするか……アレンは、半上階の部屋でゲームをしているポールのことを思った。(まあ、母さんは『ポールはゲームばっかりして』とか、そんなことしか言わないけど、漫画やゲームの世界にでも逃げて、一時的にでも現実とのラインを断ち切るっていうのが一番の精神療法だわな)
アレンはといえば、首都ユトレイシアへ出てきてからゲームのようなことはほとんどしなくなった。大学生活とアルバイトの両立で忙しく、ゲームをしている暇自体がほとんどない。とはいえ、高校時代くらいまでは夢中になったことがあるため、RPGゲームのもたらしてくれる精神の没入感がいかに癒しになるか――といったことについては、よく理解できるのである。また、弟のポールが今現在もそうしているように、そういった形で心のバランスを取っている人間など、今この瞬間も掃いて捨てるほどたくさんいるに違いない。
また、アレンはこの時、一階のリビング隣にある部屋で、スマートフォン片手にゲームしていた。これはアレンが唯一している携帯ゲームで、毎日スキマ時間を見つけては、一日に数十コイン溜めている。ゲーム内容については飽き飽きしてるものばかりだったが、五百コイン溜まるごとに、アマゾンギフトカードやビットコイン、あるいは現金等と交換できるため、毎日こつこつコイン稼ぎをしているわけである。ほんの極たまに、こうしたサイトのふたつで同時に五百コイン達成した時などは――「やったっ!これで十ドル(約千円)ゲットだぜ」などと、アレンは声に出してガッツポーズを決めたことさえあった。何故かといえば、まだ彼が寮生だった頃、十ドルあれば軽く十日は生き延びられると、そんな生活をずっと送ってきたからなのだった。
ある意味、その苦労が十分に報われて……そんな大貧乏苦労話が新聞で連載されることになり、約二か月。反響のほうは色々あった。まず、そんな涙ぐましい可哀想な大学生に寄付や仕送りをしたいという申し出もあれば、「ほんの少しばかりだけれど」と、新聞社宛てに実際に現金や図書カードなどを送ってくれる人まであり――アレンはこうした事柄すべてに関し、嬉しくはあったが、丁寧な謝礼の言葉とともに送り返すか、あるいは寄付金の申し出についてはすべて断ることにしていたのである。
これは何より、大貧乏苦労話のコラムがある種の「タカリ商法」のようになることを恐れたためだった。ウィリアム・コネリーなどは「受け取っても何も問題ないよ」と肩を竦めていたが、アレンには本当にその気持ちだけで十分だったのである。
そしてこの時アレンは、毎日こつこつコインを溜めてようやく五百コインに達したにも関わらず――何かそんなことも虚しかった。また、コラムに関する感想は、共感的かつ好意的なものが9割くらいとはいえ、残り1割には説教くさいものや批判的なものも含まれていたといえる。たとえば、『自分の息子(あるいは娘)が、どこそこ大学の奨学金を突然打ち切られて大学へ通えなくなった、どんなに貧乏でも大学へ行けるだけ有難いと思うべきだ』といった内容のものもあれば、『私だって大学時代は苦学生でとても苦労した。食べるものもろくになかったあの時代に比べたら、お宅はまだまだ修行が足りないのではないかね』といったものや……アレンは特段、そうした説教くさいメール内容や手紙を読んでも、腹が立ったりすることはない。むしろ、(まったくその通りだ)と思い、深く頷くというその程度のことである。
このあと、アレンは携帯の短縮ダイヤルを押して――ミランダの名前を浮かび上がらせたが、結局のところ、溜息を着いてスマートフォンの画面を閉じた。実をというと今、アレンとミランダの関係はあまりうまくいっていない。先月の九月頃までは、ミランダもそれまでと同じく、ユトレイシア・クロニクル紙でアレンのコラムがとうとうはじまったことを喜んでいた。また、ふたりで大学池のほとりで肩を並べてしゃべったり、人工川にあるベンチで待ち合わせた時のこと――女学生たちが『コラム読んでます。がんばってくださいっ!』とか、『応援してます。握手してくださいっ。あ、あと出来ればサインも……』と言ってきたことがあった。だが、そうしたことが実はミランダの逆鱗に触れていた――とも、アレンはまったく思っていない。
とにかく他に、<何か>があって、ミランダは自分のことを避けるようになった、それはアレンにとって間違いなく確かなことだった。電話をかけて何か話しても、「ああ、うん……」と、曖昧に頷くだけで、そのあとは「ちょっと今忙しいのよ。またあとでね」といった感じで、通話時間も短くすぐ切られてしまう。また、チャットアプリにメッセージを入れても、ミランダの側でなかなか既読にならないことも多くなり――今アレンは、(何かあったんだろうか)と、正直戸惑っている。
それがチャットアプリでもメールでも、ミランダの返信のほうはいつでも恐ろしいほど速い。むしろアレンのほうが、バイトバイトで忙しく、返信が遅れて叱られたり、また文字を押すのもノロノロしていることから……「あんたのスマホ操作、横から見てるだけでイライラするわっ!」と言われたりしたものだった。
(確かに、自分のメッセージがなかなか既読にならないってのは、ツライもんだな……)
だが、これもまたそんなことがミランダの怒りや不興を買っていたとも、アレンは見ていない。いや、怒りや不興を買っていたのは事実ではあろう。だが、そんなことがミランダが自分を避けている根本原因ではないだろうと、彼にはわかっていたのである。
(まさか、誰か他に男が……)
正直、これは以前よりアレンが懸念していたことではあった。喫茶店のウェイトレスや某ファストファッション店等でミランダはアルバイトしている。そんな中、同じ従業員やアルバイト店員、あるいは一般客の中にミランダを見初めた誰かがいて、彼女に愛の告白をする――実際、今までそんなことがなかったわけではないのだ。また、ミランダはなんでも黙っておけぬ性分であることから、「突然店の裏に呼びだされてもごもごしてるから、何かと思えば……その子、わたしのこと好きなんですってよ」といったように、アレンにいつでも正直に打ち明けてくれたものだった。
アレンはそういう時、表面上はなんでもない振りをしながらも、内心では冷や汗をかいていたと言える。もちろんミランダは、「決まってんじゃない。わたし、あんたとつきあってんのに、他の男ともつきあうような浮気な女じゃないのよ!」と、笑って話のほうは終わりになるというそれだけだった。
(けどまあ、その相手ってのが、割と自分好みの男だったりした場合……わからんぞ。べつにポールが悪いなんてんじゃないが、ここんとこ、外で会う回数も少し減ってたからな……)
今、アレンは週末ごとにミランダがこの部屋へやって来ていた頃のことが恋しくて堪らなかった。そもそも、新聞でコラムなぞはじめるべきでなかったのかもしれない。もしかしたら、そちらで運を使い果たしてしまったことが、べつの青い鳥が逃げていく原因を作ってしまったのだとしたら……。
そんな目に見えない運命の力のことどもについてまで、アレンが頭を悩ませつつあった時――コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「兄ちゃん。そろそろ夕食にしようよ」
「あっ、ああ……今いくよ」
アレンは溜息を着いて起き上がると、最後に携帯をチェックして、ベッドから起き上がった。ミランダはまだ、恋人のメッセージを読んでいないようだ。
* * * * * * *
「ポールさ、料理作るのうまいんだから、そういう調理員になるっていう手もあるんじゃないか?」
グリーンカレーにシーチキンサラダ、それにパンとスープといった食卓の品を見て、アレンは席に着きながらそう言った。リモコンでテレビをつけるが、この時間帯は大体、報道系の番組しかやっていない。
「そうだよね……自分でも一応そういうこと、考えてみなくもなかったんだけど……俺、結構手順にモタモタ拘っちゃうっていうか」
「そうか?玉ねぎのみじん切りだなんだ、俺はいつでも『器用なもんだ』と思って、感心して見てたがな。とりあえず、兄ちゃんには真似できん」
「なんていうかさ、自分んちでひとりで食事作るとかなら、全然いいんだよ。だけど、俺の野菜の切り方とか全部、自己流だしね。そもそも、忙しい母さんが少しくらいはこれでラク出来ればいいなとか、そんなことから始めたことだし……だから、最終的に美味けりゃなんでもオールオッケーみたいな感じで、手順とか割合いいかげんなわけ。でも、ちゃんとしたお店で調理員として働くってなったら、俺、『みじん切りのやり方ってほんとにこれでいいのかなあ』とか、そんなことが気になっちゃうんだよね。それに、俺の作る料理なんて全部、カレーとかシチューとかグラタンとか、簡単に作れるものばっかだしさ」
「う~ん。そうか。なるほど……味のほうは確かに間違いなく美味いんだがな。ちょっとした酒と料理を出すバーでもやったら、客のほうでは十分満足するだろうってくらい」
この瞬間、アレンの脳裏にある考えが閃いた。アレン自身は今の今まで、これまで自分がスポーツ・バーでカクテルを作り続けてきたことが、いつか弟の役に立つだろうなどと、想像してみたことはない。だが、どこか安い店舗でも借りて、そうした店をポールと経営するのはどうだろうかと思ったのだ。ポールは店の裏側でちょっとした料理を作り、自分はカウンター客の相手をしつつ、酒を作って出す……問題はその資金だが、一年後に例の本が出版されれば、ある程度まとまった金が入ってくるはずだ。それを元手にすれば……。
(いや、俺、一体何を夢みたいなことを……)
アレンがそう思い、溜息を着いて頭をガリガリかいた時のことだった。
「ごめん、兄ちゃん。俺が高校の時ほんとはあーだったの、実はこーだっただのって話して以来……なんか、すごく疲れた顔ばっかしてるよね。あのさ、一応俺、『シュクラン』やめたあとのバイト先、決めてきたんだ。ほら、ロイやテディと一緒に行ったコミケで仲良くなった人が何人かいて……その中に、ゲーム会社で働いてる人がいるんだよ。その人がさ、試作品のゲームをプレイしてバグ取りとかするバイト紹介してくれて……そこ、行ってみようと思ってるんだ」
「ええと、それ、誰だ?まさかとは思うが……」
アレンは言い淀んだ。もちろん、人を見た目で判断するのは良くない。その、ユトレイシアで最大のコミック・マーケットとやらへは、アレンも一緒に行った。だが、そのコミケでポールは例によってオーランド・オーのコスプレをしており、頭も真紫であるのみならず――その『意気投合した人たち』というのも、髪がどピンクでど派手な格好をしていたり、日本の巫女の格好をして頭をお団子に結ってたり、突然剣を構えて技の名前を叫びだしたり……とにかく、アレンにはついていけない世界の住人ばかりだったことはまず間違いない。
「ああ、そうだよね。コスプレしてる人が多かったから、化粧とった素顔とか、地下鉄で一緒に乗り合わせてもわかんない感じの人たちばっかなんだけど……」
ポールはレタスをしゃりしゃり食べながら、軽くスマホをタップして、ある一枚の写真をアレンに見せた。そこには、真紫の頭のポールと肩を組む、頭がどピンクで、耳にいくつもピアスを開けているのみらず、鼻とへそにもピアスを開けた、両腕にタトゥーの入った男が目の横でピースしている。
「はははっ。兄ちゃんの言いたいこと、一応わかるよ。レオはさあ、ほぼほぼこれに近い格好で毎日会社に出勤してるんだって。なんていうか、そのくらい会社の規律が自由でうるさくないっていうのかなあ。なんか、そーゆー堅苦しいところがないみたい。プログラマーの人なんかはさ、当然そういう専門学校とか卒業してる人のほうが望ましいわけじゃん?けどまあ、自分で独学でそういう勉強してる人でも、能力とか独創性があれば、関係なくその枠で雇ってくれるみたいな、そういうゲーム会社みたい」
「そっか。まあ、兄ちゃんはな、ポールがやりたいと思うことを、なんでも自由にやっていてくれれば、それでいいのさ」
『オーだっ!オーがいるっ!!』――レオ・コーエンは、突然そう叫んだかと思うと、人波をかけ分けて、後ろからぐいとポールの肩を掴んで振り返らせたという人物だった。『あ、すっすみませんっ!一緒に写真撮ってもらえませんか?』
見た瞬間、常識人のアレンとしては、(まさか昼間っからヤクでもやってラリってんのか?)と思われる人物だったが、彼は自分でも同人誌のブースを持っているということで、そこで『ギャラクシー・ディザスター』のイラスト集や漫画を仲間と売っていたのだった。
レオがポールのことをそこへ連れていくと、そこでも『オーだっ!こんなところにオーがっ!!』と、誰しもが興奮気味だったのをアレンは覚えている。中には涙ぐんでいる女性までいて、アレンにはまったくもって理解不能だったわけだが――なんでもこのオーランド・オー、ゲーム後半で宇宙が救われるために自己犠牲的に死んでしまうキャラクターとのことで、非常に人気の高いキャラであるらしい。
その後も、似たような現象は続いたわけだが、ポールはそのたびに快く写真撮影につきあっていたものだった。というのも、ポールはこのキャラクターの顔つきや雰囲気にそっくりだったからで、「『オーランド・オー、リアル世界に降臨っ!!』ってタイトルでブログにアップしてもいいですか?」と、照れくさそうに聞くファンまでいたほどだったのである。
「この間、兄ちゃんに高校の時軽くいじめにあってたみたいに話したあと……たまたまレオから電話かかってきて、俺、ついそのこと相談しちゃったんだ。そしたらさ、レオ、『ポール、俺の高校時代の写真見たら、マジびっくりすんぞ』なんて言うんだ。レオは首都出身なんだけど、右岸地区とはいえ、最低ラインの底辺校に通ってたってことで、まあ言ってみれば境遇的に大体のとこ俺と同じだったっていうんだ。実際にはマフィアの息子じゃないけど、なんかそれっぽい生徒がクラスにいて、毎日怯えながら高校に通ってたって……で、高校卒業後、そういう自分が嫌で堪らなくて、イメチェンがてら体に刺青を入れ始めたらしいんだ」
「なるほどなあ。兄ちゃんな、実は少し心配してたんだ。あのレオって子、しょっちゅう鼻すすったりしてたから、コカインの常習者かなんかで、ポールがそういうトラブルに巻き込まれたらどうしよう……なんてな。ほら、考えすぎなのはもちろんわかってるよ。けど、母さんが『こんなことならポールを首都へなんかやるんじゃなかった』って、泣いてる顔が脳裏をちらっとよぎっていったりしてな」
ここでポールはからからと明るく笑っていた。夕方のニュースでは、左岸であった殺人事件について伝えており、その笑い声はそぐわないものではあったが、そもそも彼らはニュースのほうをほとんど見ていない。
「レオはアレルギー性鼻炎なんだよ。なんだったかなあ。なんかハウスダストとか、アレルギーを引き起こすもの吸った時に鼻がぐずつくって話。しかも、ハウスダストにアレルギーあるってわかってんのに、部屋のほうは埃じゃ人は死なないみたいな感じなんだから、ほんとびっくりだよ」
(そうだったのか……)
この時、アレンは弟の曇りのない瞳と笑顔を見て、なんとなくほっとした。思えば、ほんの二か月ほど前のあの日――バイト先で最後『新聞に名前が載って、調子にお乗りになってらっしゃるんじゃないの?』、『ほら、社長もコラムのネタにされでもしたら大変だと思って、それで遅刻した分をしょっぴかなかったのさ』、『ふう~ん。そんじゃ、俺たちも注意しないと奴さんが金稼ぐネタにされちまうってことか。くわばらくわばら』……などという不快な出来事があったにせよ、そんなのはアレンにとって屁でもなかったといえる。
また、その日、ポールはいつも以上に料理に腕を揮っていたわけだが、そうした弟の気持ちが嬉しく、バイト先であった嫌なことなど、アレン自身すぐ吹っ飛んでしまったほどだ。けれど、その時から何故かポールはどこか嬉しそうな素振りを見せており、アレンとしては気を遣っているのだろうかと思ったくらいなのだが、そういうわけでもなかったのだろう。レオや、あるいは他の新しく出来た友人に相談して励ましてもらい、それで気持ちのほうが不安に揺るぐことなく安定したのではないだろうか。
「レオの話じゃさ……あ、レオはそこでグラフィック・デザイナーやってる正社員なんだけど、他の正社員の人たちもバイトの人たちもみんな――まあ、簡単にいえばオタクが多くて、俺ともきっと話があうんじゃないかってことだったんだ。もちろん、そういうことと働くってことは、もしかしたら少し別なのかもしれない。でも俺、そこでもし少しくらい嫌なことがあったとしても、今度こそ頑張ってみようと思ってて」
「うん。兄ちゃんは賛成だ。まあ最悪、レオが実はヤクの売人で、手を切るにはバイトやめるしかないってことになったら、その時はその時でまた考えればいいさ」
「だから、レオはマジほんと、そーゆーヤバイ奴じゃないんだって!」
もちろん、アレンが言ったのは冗談だし、軽いジョークであることは、ポールにしてもよくわかっている。そしてこの日、アレンは美味しいグリーンカレーをおかわりして食べ終わると、再び自分の部屋のほうへ引っ込んだ。その後、スマホ片手に再びミランダに連絡すべきか否かと迷っていた時のこと――携帯が鳴った。残念ながら相手はミランダではなく、彼の母、トリシアだった。
「ああ、うん。母さん?」
『アレン、元気?っていうか、近くにポールがいたりする感じかしら?』
アレンは反射的にドアのほうを振り返ったが、先ほど階段を上がっていく音が聞こえたので、おそらく二階だろうと思っていた。
「いや、今は自分の部屋にいるんじゃないかと思うけど……ポールに用なら、ポールの携帯に電話すりゃいいじゃん」
『違うのよ。あの子、あんたの知り合いのケーキ屋さんでうまくやってるのかと思って。あんたはあの子のこと庇って、色々いいように言うけど……わたしが電話してポールに直接聞くと『また面接落ちちゃったけど、次がんばるよ』とか、そんなことしか言わないんですもの。どう?アレンの負担になってるようなら、母さんにははっきりそう言ってくれて構わないのよ』
「ポールは、母さんが思ってる以上によくやってるよ」
今のこの時点では、『シュクランのほうは辞めたけど、もう次のバイト先は決まってるから大丈夫』などとは、言及しないほうがいいだろうとアレンは判断していた。
「それに、前にも言ったけど、ポールがいてくれてすごく助かってるんだ。負担どころか、今日も美味しいグリーンカレー作ってくれたりして、その上茶碗洗いもしなくていいんだから、俺は上げ膳据え膳の王さまみたいなもんだよ。お陰で食費のほうも浮いてるくらいだし……ポールさ、こっちで友達も出来たみたいで、そっちとのつきあいも楽しいみたいだし、兄貴の俺の目から見た分には……たぶん、あのままイサカにいるより、ポールは首都に出てきて良かったんじゃないかと思うんだ」
『そうお?』
母トリシアの声には、どこか疑わしそうな響きがあった。とはいえ、(もしかしたら、母さんのほうがポールがいなくて寂しいのかもな)という気がしたため、母の心配気な溜息については聞こえない振りをすることにしたのである。
『まあね、ポールが都会の生活に自分を合わせることが出来てるなら、母さんもそれが何よりと思ってはいるのよ。だって、こっちにいたってねえ、働ける場所なんていうのはかなりのところ限られてくるわけだし……というかね、母さん、ポールのいる有り難味が今ごろになって身に沁みてきたの。放っておけば当然、部屋のほうは散らかる一方だし、前まではポールがいて夕飯の仕度だなんだ、茶碗洗いやらゴミ捨てやら風呂掃除やら……当たり前みたいに色々やってくれてたじゃない?わたし、ポールがてっきりそういうのが好きな子なんだとばかり思ってたんだけど、母さんのことを思って色々やってくれてたんだわね、あの子は……ショーンのことは母さん、甘やかして育ててしまったし、サッカーの試合だなんだ、学校の試験だなんだ、あの子も忙しい子だからね。母さんがまた家事全部やらなきゃいけない状態になって……ポールがいてくれた頃は、洗濯とか色々、なんでもあの子がやってくれて、母さんすごく助かってたのよ。だから、あの子にはほんと、悪いことしたわ』
「母さん、その言葉、俺にじゃなく……ポールに直接言ってやってくれよ。あいつ、喜ぶよ。ほら、変な話……俺もそうだけど、一緒に住んでる間はそれが当たり前みたいになってることでも、一度離れると色々見えてくることがあるんだろうなって思う。もちろん、俺はポールのこともショーンのことも、弟として可愛いよ。だけど、親戚連中の評価としては、ショーン最高、ポールはあまり……みたいな、そういう雰囲気がずっとあっただろ?まあ、他の連中や世間のよその人たちがなんて言おうといいさ。けど、母さんには……ポールがあんなに優しい子に育ってくれて良かったって、これからもずっとそう思ってて欲しいんだ」
『アレン……』
トリシアは涙ぐんでいた。それから、一度洟をかみ、もう一度受話口に戻ってくると、彼女は今度、毎週必ず読んでいるという例の大貧乏学生苦労話についての話をした。
『母さんね、あんたにもすまないなと思ってるのよ。もちろん、毎月お金を送ってきてくれることも、ありがたいと思ってる……けど、ポールも母さんの手を離れたし、ショーンはね、学業の成績でもスポーツ推薦のどっちでも、奨学金を獲得できるだろうって今から言われてるくらいだし。だからね、ショーンと母さんのふたりなら、母さんの稼ぎだけでなんとかなるから、もうお金のほうは送ってこなくていいのよ、アレン。っていうか、あのコラムを読んで涙まで流してるのなんて、ユト国中できっと母さんくらいなもんだわね。だってアレンは、大変なことも笑いに変えてしまうみたいな感じの文章で書き綴ってるけど……本当はそんな大変な苦労を母さんがあんたに背負わせてたってことですものね』
「いや、実際のとこ、人の目から客観的に見た場合、大変そうに見えることも……俺にはそう大したことじゃないってことでもあるな。ミラ……いや、友達はさ、みんな俺のこと頭おかしいんじゃないかって言ったりしてるよ。けど、腹すかしてるとメシ奢ってくれる友達が何人もいたり、家のディナーに招待してくれたり、肉屋でバイトしてる先輩が高級なハムくれたり……まあ、俺はそういう全部が楽しいと思ってるし、俺がもしプライド高くて自分のことを惨めに感じやすい性格だったりしたらどうかと思うけど……う~ん。自分でこんなこと言うのもなんだけどさ、俺がそういう単純でわかりやすい人間であればこそ、周囲の人たちは善意で色々よくしてくれるってことだと思うんだ。で、確かにたま~に嫌なこととか本当に大変って思うことはあったかもしんない。けど、それだって全体として1割や2割を越えるもんではないし、残りは周りの人たちの善意とか優しさとか、そういうほうのが8割強で存在してることを思えば……まあ、大抵のことはそう大したことじゃないっていうかさ」
『母さん、前から時々言ってることだけど、アレンこそ、我が息子ながらよくやってると思ってるのよ。首都のユト大だなんてね、姉さんたちもそのことではぐうの音も出ないようだし。本当なら、母さんのほうであんたに仕送りしなきゃいけないんだのに、自分の面倒を全部見るどころか、母さんに毎月お金を送金してくれるくらいだなんて……ほら、あんたの例の新聞の連載のことがあってからね、母さん、仕事先でもどこでも、『本当に感心な息子さんだ』とか『あなたほど母親として幸せな人を見たことがない』とか、色々言われるくらいなのよ。親戚の人たちもそうだけど、母さんからそのことをちらとでもしゃべったってわけでもないのに……なんでわかったのかしらってびっくりしちゃうくらい。なんにしても、新聞の力ってのはすごいもんだわね』
「ああ。原稿料のほうは大してもらえないって話は前にもしたけど……でも、新聞に何かの記事が載るっていうのは、そのくらい反響のあることなんだなって、俺自身驚いてるくらいなんだ。俺にしても、そのことで母さんが親戚連中の間で肩身の狭い思いをせずに済むとしたら、そのことが何より嬉しいよ」
『けど、姉さんたちだけじゃなく、他のジュリアおばさんやゴードンおじさんまでがわざわざ電話かけてきて……「ああいうのは一本コラムが載るだけで、どのくらいもらえるものなんだね?」なんて、しつこく聞きだそうとするのにはうんざりだわ。ほら、ゴードンおじさんの娘のメアリー、ノースルイスの美術学校でて実家に戻ってきたんだけど、毎日家でイラストばっかり描いて部屋から出てこないらしいのよ。だから、アレンにもしそういうツテがあるなら世話して欲しいみたいなことを遠まわしに言うわけ』
「ぺーぺーの俺に、そんな権限どこにもあるわけないよ」
どちらも同じ意味ではるあが、ジュリアおばさんは守銭奴、ゴードンおじさんは吝嗇家と呼ばれる種族であり、アレンは小さな頃、『将来ろくなものになりそうにない』とか、『少しくらいダイエットでもして、母さんの負担を減らしてあげなさい』だのなんだの、このふたりからは不快なことしか言われた記憶がない。ゆえに、彼らがもしこの先なんらかの理由によって死亡し、葬式へ出たとしても――涙一粒こぼれまいと、今からそのように想像しているくらいだった。
『ああ、いいのよ。それに、アレンがそんなこと、気にしなきゃいけないような筋のことではまったくないんだから。ただね、母さん心配だったの。母さんでさえ、息子のあんたが新聞でコラム担当してるってだけで、金のことでアテに出来そうみたいな、そんな目で見られることがほんのたまにあるものだから……あんたがそういうことで嫌な思いしてなきゃいいと思ってね』
「まあ、今のところ、友達から金の無心を受けたりはしてないけど……『新聞でコラムを担当なさってるなんてスゴイですねっ!』みたいに言われる一方、『なんか、パッとしねえ奴だな』、『しっ!聞こえるわよ』とか、そんなことが学食あたりでたまにあることにはあるかな。これが一種の有名税というやつなのかどうかは俺にもわからんけど、そもそも俺、そういうことをいちいち気にするような神経の細いタイプではないからなあ」
『そうそう。それでこそわたしの息子よ。アレンの良さがわかんないそんなお馬鹿さんたちのことは、無視するくらいでちょうどいいわ。それより、今年もまた夏休みが終わっちゃったけど……そのうちね、ショーンと母さんとふたりで、アレンとポールの住んでるところへ一度行きたいとは思ってるのよ。母さんも仕事があるからいつとは言えないけど……そのこと、一応頭の隅のほうに覚えておいてね』
「うん。母さんが来るって時には、俺のほうでバイトのほうについてはどうにか都合つけて休むことにするから、気にしないで。それに、今はポールがいるからな。俺がバイト休めなくても、ユトレイシア・ステーションのほうへはポールに迎えにいってもらえばいいと思うし」
このあと、母が今度はポールの携帯に電話するというので、アレンはトリシアからの電話を切った。何故だろう。心の奥がぽかぽかする。実の母と久しぶりに電話で話したから……ということもあるかもしれない。だが、このぽかぽかする気持ちは、今までアレンが人から善意や優しさを受けた時に、いつでもずっと感じ続けてきたことでもあった。簡単につづめて言えば、「生きていて良かった」、「生きていて幸せ」だという実感にも近い感情だ。
そして、アレンは母からの電話を切ったあと、ミランダからメッセージが届いていることに気づき、すぐにそれを読んだ。>>『次、いつデートする?』という問いに対する、その続きだった。ちなみにこの間、14時間ほども時間が開いているのがなんだが……。
>>『あたし、アレンに話があるの』
ミランダからの返信を喜んだのも束の間、アレンはその文章にドキリとした。よく言われるように、こうしたメッセージやメールの文章には、顔の表情がない。いや、絵文字も使えるとはいえ、この場合の『話がある』というのは果たして一体どういう意味なのか……。
>>『どうしたんだよ、あらたまって』
今度は、またすぐに返信が届く。その間、おそらく30秒もなかったのではないだろうか。
>>『いっぱい話したいことがあるって意味!』
アレンは今度は、ミランダのこの言葉に心底ほっとした。この場合の<話>というのは、ここのところ会えてない間に話したいことが色々溜まっていた――いつものそういった意味だろうと、アレンとしてはそうした理解だったからである。
そしてこの翌日の日曜日、ダイアローグの十階に入っているレストランで食事する約束をミランダとしたアレンは……日ごろの埋め合わせといった意味も込め、この時から恋人に対し、少しばかり奮発する心積もりでいたというわけなのだった。
>>続く。