こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星パルミラ。-【9】-

2022年06月27日 | 惑星パルミラ。

【ケプラー452b】(イメージ)

 

 あ~、ここらへんもなんか、かなりのとこいいかげんな感じだなあ~と読み返していて思いますが(笑)、直すのもなんか面倒なので、軽く補足しておこうかなって思います(殴☆)。

 

 裁判惑星っていうのは、基本的に惑星間裁判であるとか(たとえば、Aという惑星とBという惑星間でモメている問題の調停など、大きな裁判の行われるのが裁判惑星コートⅠというところ)、特に惑星間を騒がせた大犯罪人や犯罪組織の裁判が行われる場所で、ゼンディラが移送されたコートⅡっていうのは、それよりも規模は少し小さい犯罪について、刑事裁判だけでなく民事裁判も行われるところのようです(書いてるわたし自身、よくわかってない気がする・笑)。

 

 もちろん、どこの惑星にだって、惑星最高裁判所みたいなところがあって、そこよりさらに上訴したいといった場合(そしてその上訴が認められた場合)、コートⅡへ移送されたとしたら……まあ、民事裁判の場合はとにかく滞在費その他お金がかかるわけです。刑事裁判の場合はもちろん、その被告は↓のゼンディラのように拘置所へ入ることになります(刑務所と呼んでるのは、実質的に刑務所みたいなもんだから^^;)。

 

 で、民事裁判の場合、裁判惑星コートⅡには裁判官や弁護士さんなどが居住している色々な設備が素晴らしく揃ったドームがあるとはいえ――裁判がはじまる&終わるまで、結構時間がかかるとしたら、そこにいるだけでも一般人には結構な負担となります。その場合、↓に出てくる蜂の巣状の刑務所の空いてる場所でもよければ……まあ、安い費用で滞在してもいいですよ、という、そんなことになっているというか(^^;)

 

 この民事裁判は、大きな惑星企業間の訴訟といったことであれば、コートⅠで扱われることになるのでしょうし、それ以下のもっと細々した小さな民事裁判であれば、まあ一般的に「いつはじまって終わるかもわかんないけど、そうまでしてでも争いたいならがんばりなさい」という、そんな扱いの訴訟も多く、そこまでして裁判する前に、自分の元いた惑星でなんらかの決着がついたとすれば、それがかなりのところ不服なものでも受け容れざるをえない――ということのほうが多いようです。

 

 そんで、ここからはある部分前回の前文の続きとなりますが、「『宇宙戦艦ヤマト』知らないのイタい!アイタタタ……」みたいにわたしがなったのがなんでかというと――そもそも、イスカンダルまで片道14万8千光年あるよ、でもとても便利なグッズ(?)があってね、それで半年で到達してるんだよ……ということをもしわたしが最初から知ってたら――メトシェラ⇔エフェメラの間を5千光年どころじゃなく、もっと遠くにしてたってことなんですよね

 

 しかもその後、例のワープ航法によって5千光年くらい、軽く半年もかからず到達している……みたいな設定のSF小説について知った時も、そもそもイスカンダル基準(?)で言ったら、「あんさん、そんなもん当たり前やがな」ということになるなと、妙に納得したわけです。。。

 

 つまり、何を言いたいかというと、漫画・アニメ・ゲーム・小説などのSF作品について、わたしがもっと色々詳しかったとしたら……そのあたりの「大体の基準」がわかっていて、その上で「ええと、じゃあわたしの小説ではこんな設定にしようかな」みたいに、かなりの具体性を持って決められただろうな、という(^^;)

 

 んで、このあたりのことの出てくる小説を5~6冊は読んで読み比べてみようと思ってて、実際には読んでる時間なかったのが、ワープ航法の他にコールドスリープ装置についてがあります

 

 その~、こちらもわたし、大体のところSFにおける共通した伝統的統一設定みたいのがあるのかと思ってたんですけど……こちらも、そのSF作品ごとに設定のほうがマチマチらしく、とりあえず現時点の科学技術によってでは、凍らせた人間を解凍する際、細胞が崩れるという問題を解決できない――みたいに@ネットで読みました(笑)。

 

 で、わたしこのあたり、最低でも映画『エイリアン』の小説版を読もうと思ってたわけです。「おお!わたしの見たことある、数少ないSF映画☆」といったところですが、確か『エイリアン』の中でもコールドスリープシーンが出てきてたと思いますし、宇宙船内の描写なども本格的なのが出てきそう……と思ったのですが、結局のところ手が回らなかったというか(『スターメイカー』読むのにあんなに時間かからなかったら読めたと思う^^;)。

 

 そんなわけで、なんか色々テキトーな感じによって、わたしが初めて書いたSF小説は終わりを迎えたのでした――という、何かそんな感じだったような気がします(殴☆)。

 

 それではまた~!!

 

 

     惑星パルミラ。-【9】-

 

 ――裁判惑星とは、刑事裁判や民事裁判が行われるために特化した専門の惑星で、高位惑星系には全部で七つ、中位惑星系には四つ、下位惑星系には一つだけある。この場合、ゼンディラが収容されることになったのが下位惑星系にある裁判惑星であったことから、そちらの概要について説明しよう(また、大きさや設備に多少の違いはあれ、裁判惑星に関しては高位惑星や中位惑星にあるものも、基本的に差異はそれほどない)。

 

 ゼンディラを乗せた宇宙船が到着したのは、昔地球の周りを回っていたという月にその表面がよく似ていた。だが、その惑星は月よりも十倍ばかりも大きかった。そして、宇宙船の発着場からは、車に乗って移動するということになり……ゼンディラはその荒涼たる、文字通り「何もない」惑星の表面を移動していきながら――今後の自分を待ち受ける運命を思い、暗澹たる心持ちになっていたと言える。

 

 移動中、隣の惑星である裁判惑星コートⅠが遠くに見えたが、ネオスに「あれがコートⅠだよ」と言われても、ゼンディラにはあまりピンと来なかったものである。青い大気に包まれた、美しい惑星であるように見えたが、「建ってる施設のほうは、ⅠもⅡも、金持ち連中の監獄天国を除けば、どちらもさして変わりはないよ」ということだった。

 

「これから、ドームの中にある居住区のほうへ行けばわかるさ。今はもう、その惑星が人が住むのにちょうどいいハビタブル・ゾーンという条件を備えてなくても――かなりのところ劣悪な環境でも、時間と金さえかければ、住むのにそう悪くない状態にはできるからね。手順としては大体のところ、こうさ。まず、二酸化炭素と水さえあれば、永久にエネルギーを生みだし続けることの出来る装置を設置する……これは正確には永久機関ではないが、一般的にそう呼ばれるものだ。で、次にこのメヴィウスという永久機関を中心にして、人が住めるくらいのドームを展開する。まあ、最初は狭かったにしても、だんだん広くしていけばいいんだし、あとは自己増殖できるロボットが色々な人間が住むのにいい建物や何かを……まあ、そういう都市デザインに沿って建設していくんだね。もちろん、時間がかかるから、その間人間は衛星でコールドスリープしたまま寝てたっていいし、簡単にいえばここの裁判惑星も大体そんなような手順によって建設されたわけだよ」

 

 草木一本として、どこにも生えているようには見えないのに、確かに惑星の表面は人間が呼吸するのに問題ない程度には酸素が存在しているようだった。四人は、裁判惑星で働く係官の運転するエア・カーで移動することになったが、実際はここまでやって来るのにも色々と事務所で煩雑な手続きがあった。ゼンディラの故郷、惑星メトシェラでは、まだ自動車すら発明されてなかったが、一足跳びに彼はエア・カーなる空飛ぶ魔法の車に乗車していたわけである。

 

 もっともゼンディラは、<ど田舎辺境惑星>と呼ばれるメトシェラより、ここ裁判惑星のほうが「何もない」ように思われ、その環境の劣悪さに驚いたかもしれない。エア・カーなる乗り物については、今まで自分たちが乗っていた宇宙船の超小型版なのだろう……といったくらいの理解だったようである。

 

 やがて、ドームの検問所が見えてくると、その奥にいかにもお役所的といった印象の、過度な装飾を避けた白光りする建物が見えてくる。だが、この地上に見える二十七階建ての建造物よりも、おそらく重要だったのは――そこから地下数百メートルに渡って広がる、収容所も兼ねた施設のほうであったろう。ゼンディラはその裁判所本棟の入口付近でライオネルらと別れることになったが、彼らが目に涙を浮かべているのには、どちらかといえばゼンディラのほうが驚かされたかもしれない。

 

「いつごろっていうか、何月何日とは言えないにしても、本星から迎えに来る人間が絶対いるはずだからさ」

 

「ええ。その点については、あまり心配していませんが……」

 

 最後、色々と励ましの声をかけられてのち、握手やハグをして、ゼンディラはネオスやジョージ、ライオネルらと別れた。ゼンディラは、彼らが自分だけを刑務所などという場所へ残し、本星へ戻ることにこの時、おそらくは強い罪悪感を覚えただろうとのちに気づくが――確かに、刑務所収容後、三か月ほどが経過した時、ゼンディラの心にある懐疑の念が兆しはじめたのは確かである。

 

 裁判惑星コートⅡの地上部分の建物には、裁判室が百近く存在している。常にどこの裁判室もフル稼働で開廷しているわけではなかったが、裁判に関わる人員の三分の一は現在、アンドロイドであった。最終的な判決を下すのは人間の裁判官ではあるのだが、いまや数え切れぬほどの惑星にヒト型生命体が住んでおり、その惑星ごとに法律も当然違う。そして、その惑星の最上級裁判所からさらに判決が不服であるとして、上訴した場合――ゼンディラが今いる裁判惑星にて最終的な決着がつけられるわけであった。

 

 高位惑星系でも中位惑星系でも、コートⅠのほうには、惑星間犯罪の中でも、特に重罪かつ、人々の耳目も集めた重要な犯罪者が収容され、優先的に裁判が行なわれている。一方、コートⅡのほうは、それよりも重要度が低いとされる犯罪人が収容されており……民事裁判に至っては一体いつ決着が着くかわからぬくらい時間がかかる場合も多いと言われる。つまり、ここが一般的に刑務所という名称で呼ばれるのは、刑がまだ確定していないわけだから、正確には拘置所と言うべきなのだろうが、ここに収容中の期間は、刑が確定した場合その分は差し引きされて服役することになることから――実質的に刑務所のようなものではないか……という、そうした意味ということなのである(中には、実際の刑期は七年だったのに、十年の間裁判を続けてようやく結審したといった例もある)。

 

 現在、コートⅡの地下には約十万人もの収容者がひしめき、ネオスが<カプセル・ホテル>と呼んだ狭い個室(コンパートメント)に閉じ込められ、自分の裁判の決着が最終的に着くのを待っている状態なわけだった。ゼンディラは、左手首に110025961と数字の刻まれた細い腕輪を入所時に嵌められることになった。他の受刑者の場合は、体内に組み込まれたナノコンピューターその他の端末にプログラムをダウンロードするのだが、彼はそのようなものが何もなかったから、代わりにこの腕輪を与えられたわけである。

 

 ネオスはカプセル・ホテルと呼んだが、実際の刑房はそれよりもずっと広かったと言えるだろう。ゼンディラは刑務ロボットの案内で、浮遊する球体型の乗り物に乗り、断崖絶壁の中に蜂の巣状に並ぶ、刑房の一室へ案内された。

 

『クイーン・メイヴ、刑房110025961を解錠!』

 

 刑務ロボットがそう命じると、壁から『了解』との声が返って来、八角形の部屋がひとつ、手前側に押しだされてきた。

 

『ここがあなたが今後暮らすことになる生活スペースです。使い方のほうを一通り先にご説明しておきましょう』

 

 いかにも刑務官らしい制服を着てはいるが、両眼はカメラ状であり、口のほうはマイクが仕込んであるだけの、非人間的容貌のロボットがそう言った。

 

 ロボットに促され、室内の床だけがスライドされて手前側に出てきた部屋に、ゼンディラは足を踏み入れた。そして、続いてロボットが乗ると、刑房は再び元に戻ってぴたりと閉じる。

 

『ここは、トイレもバスルームも内蔵型です。もしトイレを使用したければ、その腕輪に向かって<トイレ>と一言おっしゃってください』

 

 今実際にここでそうしろ、という無言の圧力を感じて、ゼンディラは特別用を足したいわけではなかったが、手首の輪に向かってそう言ってみることにした。すると、壁に内蔵されたトイレが、手前側に出てきたのである。また、バスルームのほうも同様であった。

 

 ゼンディラは他に、ネオスが言っていた例の本や映像のアーカイヴの呼び出し方についてや、全宇宙語に対応した翻訳機の使い方も刑務ロボットに一通り教えてもらった。ホログラム・テレビも電子書籍を読むことの出来る端末も、手首の輪に命じるだけで出てきたものである。

 

『他に、わからないことがあれば同様にその輪を通じてクイーン・メイヴにお訊ねください。彼女はこの拘置所の女王にして管理官ですから……それでは、健やかなる拘置所ライフをお過ごしくださいませ』

 

「どうもありがとう」

 

 ゼンディラは刑務ロボットが出ていくと――床にそのまま直接座った。ここへ来る前に受けた説明によると、刑務服については週に二度支給があり、使用済みのものについては回収されることになっているらしい。

 

 カーキ色の刑務服の胸元には、手首の番号と同じ、110025961と刺繍がされている。すると、壁から『ベッドを出してはいかがですか?』という、若干機械的ではあるが、女性の声がしてきたのである。

 

(ハティとはまた違う声色の女性だな……)

 

 そう思いつつ、ゼンディラはこのコートⅡの全刑房を監視している女王、クイーン・メイヴの言うとおりにした。壁に手を引っ掛けるような小さな突起があり、そこを引くと、自動的にベッドが手前側に出てくる。

 

「ありがとう、クイーン・メイヴ」

 

『いいえ、どういたしまして……』

 

 その後も、似たようなことは何度かあった。たとえば、『床に、目に見えない埃が溜まってきたようです。お掃除ロボットを出しましょう』とクイーン・メイヴが言うので、ゼンディラが「よろしく頼む」と答えると、壁から小型の掃除ロボットが出てきて、部屋を掃除してくれたりといったことである。

 

 だが、「わからないことはなんでもクイーン・メイヴに聞け」と言われていたゼンディラではあったが、唯一彼女にも答えられないことはあった。つまり、これは他の受刑者たちや裁判待機者も同様だったであろうが、「自分の刑の見通しはどのくらいのもので、いつごろここから出られるか」といったことについては、『わたくしにはなんとも言えません』とか、『わたくしにはわかりません』と、彼女はその時ばかりは氷のように冷たく硬質の声でそう答えるばかりだったのである。

 

 一応、壁に内臓された<受刑カレンダー>なるものがあって――今日が何月何日で、ここへ来てから何日になるか、また弁護士との面会日、次に裁判が開かれる日時などが、そこにはインプットされているのだったが、ゼンディラの場合、刑房に収容された一週間後に初めて、弁護士なる人物との面会があった。

 

 とはいえ、惑星メトシェラの裁判制度には、検事なる人物も弁護士なる人物もまだ存在していなかった。メトシェラで行われる裁判というのは、原告と被告がそれぞれ、自分にとって有利な証言をしてくれる証人や証言者を呼んで行われるもので――賄賂を渡された裁判官が、自分に利する者を擁護する判決を下すことなど、それこそ日常茶飯事だったのである。

 

 ゆえに、メトシェラ歴に換算して言えば6月13日のその日の朝、ゼンディラはメイヴに『今日は弁護士との面会日です』と言われても、次に彼が答えたのは、「そのベンゴシというのは、具体的にどういう人なんですか?」ということだったのである。

 

『ゼンディラ、あなたの裁判の弁護をしてくれる人のことですよ』

 

「そうか……やはりわたしはダリオスティンさま殺しで極刑になるということなのだろうな」

 

 ヨセフォスもジョージたちも、「裁判手続きはあくまで形式的なものだ」と何度も言っていたが、ゼンディラは最後までその点については疑っていたのである。また、自分のような人間は裁かれるべきだとの強い罪悪感にも苛まれていたから、どのような結果になろうとも、裁判を受けること自体は彼自身望むところではあったのである。

 

「ところでクイーン・メイヴ、ここの法律では、死刑になった場合、どのような方法で刑が執行されるのでしょうか」

 

『ゼンディラ、確かあなたの罪状は殺人罪でしたね?』

 

「そうだ。国の宰相のご子息を死に至らしめた」

 

『惑星法に照らし合わせた場合……情状の酌量の余地が一切ない、残酷な殺人鬼といった場合は、十字架に磔にされ、レーザー光線により四肢を切断されてのち、最後に頸部を切断されます。これが死刑の方法としては、一番目に重い刑の処罰法ということになります。また、多少なり情状の酌量の余地があった場合には――同じ処罰法でも、薬死が採択されます。これにはいくつか段階があり、苦しみに苦しみ抜いて段階的に長い時間をかけて死へと至る方法、それよりも比較的楽に死ねる方法とその間に五段階ほど差があるのです。そして、死刑囚がどの程度の苦しみを経験しているのか、脳の状態を殺された人物の遺族らに見せるというものです』

 

「その、レーザー光線というのは……いや、なんでもない」

 

 ゼンディラは、端末を使って立体辞書を調べる方法をすでにマスターしていたから、<レーザー>で索引を引き、それがどのようなものであるかを立体映像によって確認した。

 

(これで四肢を切断されるというのは……ハゲワシに頭を食われるのと、刑罰としてどちらが苦しいものだろうか)

 

 一国の、将来を嘱望されていた重要人物を殺害したのだ。普通に考えたとすれば、そのような者は死刑である――ゼンディラにしても、自分以外の誰かが同じ罪を犯したと聞けば、事情を詳しく聞く前にそのような結論を下したことだろう。

 

『このようなことを申し上げるのが、あなたの慰めになるかどうかはわかりませんが、死刑というものはまずそう滅多に執行されるものではありません。死刑の宣告を受けても、大抵の場合、つらい惑星労働付きの重刑務所へ移されて、そこで獄中死する場合のほうが多いようです。あとは惑星間を非常に騒がせた犯罪者は、見せしめという意味も込め、処刑したということを世に知らしめるようですが……特にマインドハック事件を引き起こした犯人は、必ず死刑が執行される運命にあるようです』

 

「マインドハック……?」

 

 理解できない言葉に再び遭遇し、ゼンディラは辞書を引こうとしたが、今度はクイーン・メイヴが続けて説明した。

 

『あなたは、体内にナノ・コンピューターが埋め込まれてないんでしたね。高位惑星系の人々は、大抵ナノ・コンピューターを埋め込んでいるものですが、マインドハック事件というのは、中位惑星系、あるいは下位惑星系でも、体になんらかのコンピューター技術を埋め込んだ者は、事件に巻き込まれるか、その被害者になる可能性があります。つまり、そう滅多にあることではありませんが、故意にウイルスを侵入させて、他者の体や意識を操るのですね。最近は、潜伏型のウイルスも多いらしく、探知するのも難しくなってきていると言われますが……また、あなたがナノ・コンピューターを埋め込んでいないため、あえて説明は省きましたが、多くの場合、重犯罪者は記憶の閲覧を受け、それが裁判で公開される運命にあるのです』

 

「どういうことですか?」

 

『ゼンディラ、あなたはまだコンピューターといったものが存在しない惑星メトシェラの出身です。また、コンピューターが存在していても、それをなんらかの形で体内に埋め込むまでには至っていない惑星もありますし、そうした事柄を危険であるとして――人間が機械に乗っとられるのではないかとして、法律で禁じている惑星もあります。ですが、高位惑星系ではナノ・コンピューターを埋め込んでいる場合がほとんどですから、それが端末の役割を果たします』

 

「つまり、わたしが本を読んだり、テレビと呼ばれるものを見たり出来るこれのことかい?」

 

『そうですね。その手首の腕輪はあなたの目にも見える形で存在する端末ですが、穀粒ほどもない小さなそのナノコンピューター……一般にナノコンと呼ばれるものですが、それを体に埋め込むわけです。大抵の場合、脳を最善の状態に保つため、ナノコンによって記憶領域も探ることが出来ます。人間の脳の中には数え切れないほど多くの記憶が脳細胞に存在するものですが……その中の、犯罪に関わった記憶領域を他の端末にダウンロードし、他の人々にも見える状態にするわけです。このことも罪を償うという意味で、犯罪者本人には恥かしいことでしょうから、罰を受けているとは言えるでしょうが、さらにそこに当然刑罰といったものが加わってきます』

 

「…………………」

 

 ゼンディラにはクイーン・メイヴの言っていることがよくわからなかった。いわゆる心脳問題ということで言うなら、惑星メトシェラではまだ、人の心は心臓あたりにあるとされており、実は脳にこそ人の心の働きに当たるものが存在するなどとは――誰かがそんなことを言いだしたとすれば、それこそ「頭がおかしくなったのではないか」と言われたことだろう。

 

 だが、ゼンディラは会話の中で、ライオネルらがナノ・コンピュータという名称については何度も口にし、彼になんとか説明を試みようとしたことから、また、レディウムやオーレリアもそうしたことを話していたと、漠然と覚えていた。ゆえに、そこから類推して<記憶を閲覧する>とは、こうしたことではないかと考えたのである。

 

「つまり、わたしが心の中に蓄えている記憶を、プラネット・テレビが流す映像のように見ることが出来る……そういうことですか?」

 

(ありえない)としか、ゼンディラには思えなかったが、それと同時に(そんなことが出来る者がいたとすれば神だ)との思いが込み上げるのと同時――再び、ゾシマ長老の言っていたことが脳裏に思いだされた。アスラ=レイソルは実は、一千百年くらい前に現れた、本星エフェメラの特殊工作員だったのではないか、というあの話である(そしてこれでいくと、惑星メトシェラをひとつの国に統一せよとの、密命を彼は帯びていたということになる)。

 

『そうですね。ゼンディラ、あなたがプラネット・テレビのアーカイヴを見て、どれを選ぶかと考える時……いくつもの番組のタイトルが並んでいますね?他に、その番組が何分間のものであるかも表示されています。人間の記憶も、本人が覚えている以上に鮮明に、呼びだすことが可能なのですよ。このシステムのお陰で高位惑星系では犯罪率のほうは非常に低いと言われています。ですが、マインドハック犯罪は上昇傾向にあり、今後とも注意が必要でしょうね』

 

「その、マインドハックというのは……?」

 

 クイーン・メイヴは頭が堅いタイプのコンピューターだったので、「さっきも説明したじゃないですか」などとは言わなかった。というより、裁判待機者や受刑者らに、懇切丁寧に聞かれたことは何度でも繰り返し説明するようプログラムされているのである。

 

『つまり、体内にナノ・コンピューター、あるいはそれ以前の世代のコンピューターを組み込んだ場合、そのコンピューターを乗っ取って操るウイルスを送り込み、当人を自由にすることが可能になるわけです。他には、先ほど言った記憶の閲覧をすることも可能でしょうし、当人の体を操って、したくないことをさせるといったことも出来るようになるでしょう。まあ、そのウイルスの種類にもよりますが……』

 

「だが、そんなことをして一体なんになるというのですか?それとも、そんなことをする人間は、ただほんの悪戯半分くらいの気持ちで、捕まることを覚悟してそんなことをするということですか?しかも、逮捕されたとすれば、自分だって記憶の恥かしい部分をさらけだして、多くの人々に見られる可能性すらあるのに?」

 

『そうですね。ですが、こう考えてみてはどうでしょう?たとえば、ゼンディラ。あなたに惑星ひとつを開発して発展させられるほどの資産があったとしたら?高位惑星系の公務員であれば、そのくらいの貯金であればすぐ貯まります。そのお金を引き出すためのパスワードが知りたいとなったら……そうした、その人の脳内にしかないであろう秘密を知り、相手を脅すということも可能なのです。先ほど、脳内の記憶を他の端末にダウンロードすることは可能だと言いましたね?そのような形で保存したものを持っていると、相手に脅され、それがもし誰にも知られたくないものだったとしたら――いくらお金を積んででも取り返そうとするかもしれませんし、そのような弱味を握ることで、相手にしたくないことをしてもらうという取引材料にもなるでしょう。マインドハック事件がなかなか減らないのは、どうやらそうした事情が絡んでいるようです』

 

「なるほど……」

 

『ですが、ゼンディラ。ナノ・コンピューターを体内に入れることを、そんなに恐れる必要はないのですよ。何故といって、星府(スタリオン)お墨付きのウイルス対策ソフトが、誰にでも自動的に更新されるわけですし、言ってみれば、同じウイルスの脅威ということであれば、私だって常に危険にさらされているわけですから」

 

「コンピューターである君でさえも……?」

 

 もしクイーン・メイヴが人間型のアンドロイドだったとすれば、彼女はきっと茶目っけたっぷりに笑ってみせたに違いない。

 

『そうですよ。この私、クイーン・メイヴのメイン・コンピューターを乗っ取って脱獄しようと試みる者だって、確かに存在するのです。もっとも、私の監視の目をかいくぐること自体非常に困難なわけですが……まあ、マインドハック事件を起こすほどの人物であれば、そうした方面についても相当詳しいわけですからね。これで、コンピューターを構成するプログラムを犯すことが何故重犯罪に当たるのか、理解していただけましたでしょうか?』

 

「完全に、とまではもちろんいかないけれど、大体のところの輪郭くらいはぼんやり浮かんできたといったところかな」

 

 ゼンディラは、ここでもまた色々と考えさせられた。そのナノ・コンピューターなるものを、もし自分が体内に組み込まれていたとすれば……自分がダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックを殺したその瞬間のことも、その前に何が起きていたのかも――すべて、テレビで見る映像のように見ることが出来るということになるだろう。ゼンディラにとってそれは、想像するだに恐ろしい地獄に他ならなかった。

 

 実は先日、ゼンディラは次のような二時間弱ほどの映画を見たのである。何分、こうした機器類に不慣れな彼であったから、膨大な数のアーカイヴから何を選んで見ればいいのか、さっぱりわからなかったわけである。そこで、一番上のほうにあった、<オススメ!>とか<人気急上昇!>といったように、目立つ赤い色で示された映画を見たのであるが……その『狂気の惑星』なる映画は、ゼンディラにとっては気分が落ち込むばかりの、恐ろしく凄惨な映画であった。もしや、「だから犯罪など犯さぬほうがよろしい」という教訓として、こうした映像ばかり見せるというシステムなのだろうか……彼は本気でそう疑ったほどである。

 

『狂気の惑星』――その映画のあらすじは、大体のところ次のようなものだった。ある惑星大富豪の男がいて、彼に恨みと妬みを持つ友人から資産を巧みに盗み取られ、主人公の金持ち男は、文字通り無一文となる。しかも、資産を失うのと同時、婚約者も彼の元を去っていった……ところがこの主人公は不屈の精神によって裸一貫から再び成り上がり、顔を変え、友人の男と結婚した元婚約者の前に姿を現す。主人公は難なく元婚約者の愛人となり、彼女に夫を裏切らせることにも成功する。犯してもいない罪の濡れ衣を着せられ、重犯罪者の収容される惑星刑務所で重労働の任にも就いていた主人公は――たぎる復讐心により、この友人にひどい刑罰を下すのだった。既知宇宙外にある惑星に友人だった男をひとり置き去りにしたのである。しかも、そのやり方が尋常ではなかった。この惑星に棲息する八本足で徘徊する、醜く気味の悪い生物の脳に、昔は友だったこともある男の脳を移植したのである。天敵だらけのこの惑星では、生き抜くだけでも日々命がけであった。こうして男は、狂気の惑星で狂気の日々を過ごしていたが、復讐者である男のやり口は実に手がこんでいた。彼がいかに惨めに苦しんでいるかを映像に録画して楽しむのみならず、この元友人がなんらかの惨禍に見舞われて死亡すると……その巨大な虫のような奇妙な体を回収し、今度はまた別の醜い生物に男の脳を移植して、弱肉強食の恐るべき世界へ放つというわけであった。

 

 映画のほうは特に救いもなく、最後は、復讐者の代理人が狂気の惑星を定期的に訪れて、依頼者の意向通りに事を行うというだけであり――主人公はといえば、(オレの人生は本来ならこのようなものであったはずだ)という輝かしい人生を生きている……とばかり、天空のスカイラインを高級エア・カーで「ひゃっほう!」と爆走するところで映画のほうは終わる。

 

 他の裁判待機者や受刑者であったとすれば、「何がオススメだ!くだらねえ映画で時間潰させやがって」とか、「VRヴァージョンで見なくて良かったあ。あの既知宇宙外生物、マジで気持ち悪かったもんね」くらいなものだったろうが、ゼンディラは性格が真面目だったので、ダリオスティンがもし今も生きていたとすれば――彼にはこのような罰を自分に下す権利がある……などと、極めて暗く落ち込んだ精神の沼に押し込まれていたわけであった。

 

 そして、先日見たこの映画の内容を思いだし、ゼンディラが落ち込みのあまり、溜息を着いていた時のことだった。『ゼンディラ、あなたを弁護してくださる、第一級惑星勅選弁護士の方が到着したようですよ』と、クイーン・メイヴが促したのである。

 

 時間になると、ゼンディラがこの監獄に入所した時とは反対側の扉が自動的に開いた。そこに、そのような目に見えない形てドアが存在しているとすら気づかなかったゼンディラだが、こうした彼の目には<魔法>にしか思えない不思議にも、だんだんと慣れてきつつはあった。扉の外へ出ると、そこは長い通路になっていたが――おそらくその左右には、同じように目に見えない形のドアが数え切れぬほど並んでいるのだろう……くらいのことは、彼にも容易に想像がついたのである。

 

 かなり長い距離を歩いて、弁護士との面会室へ辿り着くと、ゼンディラは透明な窓越しに第一級惑星勅選弁護士とやらと対面したわけである。彼は手のひらの上に、自分が確かに第一級惑星弁護士であることを示す電子証明書を掲示すると、それを表われた時と同じく一瞬で消した。

 

「あ、こっちの美人はね、僕の秘書。秘書なんて言ってもアンドロイドで、ありとあらゆる惑星法に通じてるっていう、それだけではあるんだけどさ」

 

 彼は、人が好さそうに見える穏やかな顔つきの、四十代くらいに見える男性であった。髪は黒で目は茶色、若干頭が禿げ上がっていたわけだが、(こんなに科学が発展しても、禿げは治らないのですか?)などとは、ゼンディラは思いつきもしなかったようである(実は彼は、若干禿げてるくらいのほうがモテるという価値基準の惑星出身者だった)。

 

「残念ながらエッチなことが出来たりする機能は備わってないんだけどね。セクハラめいたことを口にすると、『惑星法第984条に照らし合わせて訴えますよ』って真顔で言う、冗談の通じない子なのさ。ねえ、法律アンドロイドシリーズⅣのエリスちゃん。君は今、一体何ヴァージョンなのさ?」

 

『最新ヴァージョンです』

 

 スーツ姿の赤毛の女性が、いかにも事務的な口調でそう答えると、弁護士資格の証明書に、ルキオス・ル=ドルーと名前のあった男は、(やれやれ)という顔をして肩を竦めていた。

 

「彼女、いつ聞いても、『最新ヴァージョンです』としか言わないんだ。こういつでも『最新ヴァージョンです』としか答えないとなると……ほんとに最新ヴァージョンなのかどうか、だんだん疑いたくなってくるよね」

 

 ゼンディラが困ったように首を傾げているのを見て、ルキオスは今度は電子書類を出現させると、それをタップして捲っていった。

 

「ああ、そうかそうか。君はコンピューターなぞ存在しない惑星の出身者なんだね。それじゃ僕のつまんない親父ギャグが通じないのも無理はない、と……ふむふむ。自分の住む惑星の信頼できる弁護士とリモートでやりとりして、さらにはその忙しい人気弁護士にリモート弁護してもらう――なんてこともまったく珍しくないわけだが、なるべくなら本人に直接会ってくれというのはそうした事情なわけだな。了解した」

 

 その後、罪状その他の書類を脳にすっかり記憶すると(30秒とかからなかった)、ルキオスはゼンディラと向き合ってこう聞いた。

 

「辺境惑星では大抵、その惑星内にある国の法律の裁判にかけられる場合がほとんどなんだが……このダリオスティンという宰相の息子だという男を、君は本当に殺したのかね?」

 

「はい。確かに、殺したのはわたしだと思います」

 

 このベンゴシという男はどこまでのことを知っているのだろうと思い、ゼンディラは羞恥に頬を染めた。

 

「むむっ。それ以前にこれはひどいな。十三歳の時に割礼を強要されて断種か……ひどい児童虐待が、惑星メトシェラではいまだに行なわれているんだね。だが、心配いらないよ。君はその美貌に目をつけられて、僧であるにも関わらず関係を強要されそうになった。その線でいけば間違いなく無罪を勝ち取れるだろう。ここはひとつ、この惑星弁護士ル=ドルーにどーんと任せておきなさい!あとはね、まあ君にその気があったら、ペニスの再生手術も受けようと思えば受けられるし、高位惑星系は審査が厳しいが、中位惑星系でよければ、そこのどこかの市民として安全に暮らせるよう、ぼくのほうで十分便宜を図ってあげよう」

 

「ですが、わたしが人を殺すという、許されない大きな罪を犯したことは事実です。それに、こうして自分の故郷から遠く離されてみて気づいたことですが……出来ればわたしは、アストラシェス僧院へ戻れるものならば戻りたいとも思っています。それは不可能なことでしょうか?」

 

「う~ん。それはどうだろうねえ。もちろん、そうした君の気持ちはわからなくもないよ。今もこんなおかしな環境の場所へ連れて来られて、訳がわからなくてつらくもあるだろう。だが、まだあまり文明の発達していない惑星で、殺人者と後ろ指を指されて暮らしてゆくよりも……これを人生のチャンスと捉え直すのはどうだろう?君は、もしそのまま出身惑星であるメトシェラにいたとすれば、決して経験しえないことを経験できるチャンスに恵まれたんだ。きっと、これから落ち着く先の惑星で友人も出来るだろうし、君が望むのであれば、君と結婚したがる人というのが男でも女でも、いくらでも存在することだろう。これからは、刑房でそうくよくよ悩まずに、そうした自分の明るく楽しい第二の人生について考えてみてはどうかね?」

 

(明るく楽しい、第二の人生……)

 

 そんなことは、ゼンディラの頭に今の今まで思い浮かびもしないことだった。惑星メトシェラを出て、ここへ来て唯一良かったことと言えば……再び朝の五時に起床し、祈りと瞑想の時間を再び持てるようになったことだろうか。宇宙船で約半年もの間ぐっすり眠ったことが、罪の記憶を薄れさせた――そうしたことではなかったが、(このように罪深いわたしが、今さら神に祈ったところでなんになる)という捨て鉢な気持ちだけは何故か今、ゼンディラの中から消えていたわけである。

 

「まあ、なんにしても今は裁判で無罪を勝ち取ることのほうが先決だな。ぼくもこう見えて結構忙しい身なもんでね……それでも、今後はリモートでこれからのことを相談したり、あるいは君のほうで疑問に感じることがあればなんでも、連絡してくれていいから。裁判官や彼らの家族やら、あるいはぼくみたいな弁護士が住む居住区がドーム内にはあるんだけど、そこでのんびり可愛子ちゃんと娯楽施設で楽しんでいても――ま、ぼくはいつでも仕事第一優先ってことにしてるもんでね。連絡先についてはクイーン・メイヴがすでに知ってるから、彼女に聞いてくれ」

 

「はい。ありがとうございます……」

 

 今回はおそらく、顔合わせといった程度のことだったのだろう。ゼンディラは彼がスチール製の椅子を引くのを見て、自分も立ち上がった。すると、ずっと黙ったきりだった美人秘書がこんなことを話し始める。

 

『ゼンディラ、あなたの罪状を読ませていただきましたが、本来であればこれは死刑に当たる大きな罪でしょうね。自分の血を持ってして贖うしかない、あるいは自分の命を持ってしても贖えないほどの……ですが、わたしと弁護士のル=ドルーに任せておけば大丈夫です。検事たちが過剰防衛だったのではないかと責めてきても、必ず正当防衛による無罪を勝ち取ってみせますからね。それでは、またお会いしましょう』

 

「どうもありがとう」

 

 ゼンディラのほうではエリスに向かって微笑みかけたが、彼女のほうでは無表情なままだった。とはいえ、彼女はアンドロイドと言われなければ、なかなか人がそうと気づかぬほど精巧な造りをしていたのではあるが。

 

 このあと、ル=ドルーは「君、今何ヴァージョン?」と再び聞き、エリスのほうでは『最新ヴァージョンです。というか、今日これで同じ質問をあなたは五回もしてますよ?もしかして、あなたこそがポンコツで、ヴァージョンアップしたほうがよろしいのではないですか?』と答え――「おお、まったくその通りだとも!今こそエリス、君が最新ヴァージョンの法律レディであることがわかったよ」などと嬉しそうに言うと、エリスのほうではとうとう怒っていた。『一体もう、なんだっていうんですの?ぷんぷん』そしてそんな自分の助手を宥めつつ、弁護士のルキオス・ル=ドルーは面会室から出ていったのだった。

 

 過去にあった裁判記録の映像については、ゼンディラもいくつか見ていたから……自分の弁護士がどうやら(いい人のようだ)とわかって、心からほっとしていた。とはいえ、こののち、ゼンディラはル=ドルーともアンドロイド法律シリーズⅣのエリスとも、二度と会うことはなかった。彼が何かと忙しく、常にリモートによって会談が行なわれたからではない。単にクイーン・メイヴを介しててでも、ゼンディラはル=ドルーと連絡を取れなくなったのである。

 

 また、裁判のあった予定の日も、実際にその日がやって来ると、翌月に引き伸ばされ――ということが続くうち、ゼンディラの内側にはますます不審感が募っていったのである。他の、中位惑星系の住人たちであれば誰しも、裁判なしの死刑などということはありえないというのは、わかりきったことである。だが、ゼンディラは文明がまだ(他の惑星系の人々に比べて)未発達な国に住んでいたから、可能性として「そうしたこともありうる」としか思えなかったわけである。

 

 再び、祈りと瞑想の時間を持てるようにもなり、他の時間はゾシマ長老の言っていた『惑星列伝』といった電子書籍を朗読装置に翻訳させて聴いたりしているゼンディラではあったが……そのような状態が四か月を過ぎる頃には、(実はいつまでも永久に自分はこのままこの檻の中にいて、誰からも忘れられる運命なのではあるまいか)との疑いを心に抱くようになったのである。もちろん、死ぬまでこのような狭い空間に閉じ込められているということが、人をひとり殺したことに対する罰であるとしたなら、それは優しい刑罰であろうとは、ゼンディラにしても心からそう思いはする。けれど、彼はこの頃には「死刑だというのなら死刑でもいい。いっそのこと殺してくれ」との思いが、ほんの時折心の片隅を掠めるようになっていた。それがダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックを殺害したことの刑罰だというのであれば――いつまでもどっちつかずの状態が続くよりは遥かにマシではないかと考えるようになっていたのである。また、時折<祈りと瞑想>の時間が、ダリオスティンを殺害した瞬間の記憶によって邪魔されるということが何度となくあり……ゼンディラは狭い刑房の中で、何かの発作を起こした病人のように叫び声を上げそうになることが何度となくあった。

 

 こうした中で、ゼンディラはみるみる痩せていった。というのも、ゼンディラは<祈りと瞑想>の中で、自分の心の奥深くに隠された心理に気づくようにもなっていたからである。おそらく、自分がダリオスティンを殺害するに至ったのは――彼とヴィランが似ていたことと無縁ではなかったのではないか……初めてそう気づいた。幼少時からあった、ヴィランに対する微妙な嫉妬やコンプレックスの気持ちが、無意識の領域で自分が思っていた以上に蓄積されていたのだろう。事実、ゼンディラは僧になる道ではなく、アストラ山の麓の村で結婚した彼のことを羨ましく思っていた。それは、自分も僧になるという道を選ばす、還俗していたとすれば、幼馴染みとまったく同じ幸福を得られたのに……ということでもなければ、僧としての生活に実は非常に多くの不満を持っていることに、第三僧院へ進んで以降気づいたということでもない。とにかく、自分とは生まれた時から性格が真逆のヴィランが、自分が今後とも決して手に入れることはないであろう幸福に喜び輝いているのを見て――同じようになれない自分に対し失望し、絶望した……といったことに近い、複雑な感情だった。

 

 つまり、ヴィランさえいなければ、『自分にもそのような形で幸福になる道もあった』ということを、ゼンディラは決して知ることはなかっただろう。しかも、その嫉妬の炎は随分長い間彼の心の中で熾(おき)のように燻り続けた。時の経過とともに、嫉妬の炎は小さくなり、その温度も低くなっていったとはいえ――ゼンディラにとって完全にヴィランという男の存在が記憶の中で薄れたのは、彼が自分の妻子を捨て村の生活から逃げた、とそのように聞いて以降のことだったのである。そう……万民の幸福について祈らねばならぬ僧として、決してあってはならないことであっただろうが、ゼンディラはヴィランの不幸をその瞬間、心の底から「喜んだ」のであった。

 

 ゼンディラ自身、そうした行為について偽善的なものをずっと感じていながらも……ヴィランが麓の村から失踪したと聞いて以来、彼が首都へ向かったのではあるまいかと思い、そこでの彼の生活の安寧や幸福について、随分長く祈ってきたつもりである。だがその感情は、「心の底から幼馴染みのことを心配して」のことではなく、ヴィランの不幸について喜んだ自分に対する羞恥、また一僧としての義務感によるものであった。だが今、ゼンディラはそのような自分こそが間違っていた、<悪>であったとすら考え……遠く離れた惑星メトシェラで今も生きているであろう幼馴染みのために、今こそ彼の幸福と安寧について心の底から祈れるようになっていたのである。

 

 とはいえ、ゼンディラがもし、彼がダリオスティンを殺害してしまったからこそ、顔立ちのよく似たヴィランが偽の死体に仕立て上げられることになったと知ったとすれば、また、彼が(いい人たちだ)と感じたレディウムやオーレリアが、実は同じ施設内でヴィランの死体をさしたる感情もまじえず整形手術していたと知ったとすれば――いや、こうした事柄について運よく一切知らずに済んだということが、ゼンディラがダリオスティンを殺した以上の罪悪感に悩まされずに済んだそのことこそ、もしかしたらゼンディラが長く祈り続けてきたことの徳によるものだった……長い目で見た場合、おそらくはそうした見方をすることも出来たに違いない。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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