(※ネットフリックスの映画「キング」に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)
ティモシー・シャラメくん主演の「THE KING」を見ました♪
「だから、どーした☆」という話ではあるのですが、シェイクスピアの「ヘンリー五世」&「ヘンリー四世」を原作にしている……ということだったので、そのあたりの関係で「見たい!!」と思ったわけです。
でも、わたしの見た印象だと――「あれ?なんか結構脚色してある?」といったような感じがしました。まず第一に、フォルスタッフが……「ヘンリー四世」の最後のほうで悲しくもハル王子(ヘンリー五世)に捨てられて(?)しまうフォルスタッフが、生きている&アジャンクールの戦いに従軍するというところ、多くの方がたぶん「そうそう!最終的に死ぬにしても、フォルスタッフにはこうした役柄が与えられて欲しかった」と思われるのではないでしょうか。
わたし自身はその点に一番「おおっ!!」となったため、映画自体に関しては好評価なのですが、たぶんこのあたりの歴史に関してもシェイクスピアの作品にもあまり興味のない方が見た場合、そんなに「面白いっ!!」となるかどうかは疑問かな……という気はします(ティモシー・シャラメくんのファンは別として^^;)。
あと、わたし的にフランス側のルイ王太子が結構好きだったかもしれませんww割と最初のほうにハル王子ヘンリー・パーシーの一騎打ち場面があるのですが、「う゛~ん。もうちょっとこう……何かあって欲しかったかなあ」といった印象だったので、その後あんまし「期待しないで見たほうがいいのかな」と思って見ていたのですが、ルイ王太子のお陰で、すごくいい映画になってたような気がします
まあ、簡単にいうとルイ王太子=フランス側の敵、ティモシー・シャラメくん演じるヘンリー五世の敵、はっきり言って感じの悪いやな奴――だったりはするのですが、漫画で言えばまあ、美形という顔立ちなのに、悪役っぽい嫌な感じの、鼻につく高慢な容姿っていうんですかね。まず彼がヘンリー五世が即位した時、テニスボールを送ってくる。これはフランス側の使者が持ってきたもので、ようするに王として即位する前までハル王子は放蕩生活を送っており、そのことに対する当てこすりというのでしょうか(王の仕事はお遊びじゃないぜ、的な)。そして、のちにルイ王太子はヘンリー王と野営地で会った時、そのテニスボールを送った理由を何気に語るわけですが……なんというかまあ、実際はちょっと違うんですけど、「ボール=イングランドの王はタマキンちっちゃいんじゃね?ギャハハッ!!」とでも言いますか(「♪大きなタマにちっちゃなペニスぅ~」的な。しかも、全然受けずにめっちゃすべった)。
こうしてはじまった(?)イングランド対フランスの戦争ですが、アジャンクールの戦いといえば、誰しも名前くらいは聞いたことのある有名な戦いであり、イングランド側が劣勢であったにも関わらず大きな勝利を収めて終わった――ということは、特にネタバレ☆ということもなく、最初からわかりきってることなわけで(^^;)
でも、最初から勝敗がわかっていても、このあたりの展開はやっぱり面白いと思うんですよねティモシー・シャラメくん主演の「キング」で言えば、ヘンリー王がアルフルールの要塞を取ったまでは良かったのですが、病気(赤痢)や飢えその他による兵士の損耗が激しく、一度は撤退することを部下から進言されることになるわけですが……ここで、(歴史上実際は存在しないはずの)フォルスタッフがある戦略をヘンリー王に授けるわけです。
ここからちょっとわたしの持ってる本から引用させていただくと、
>>1415年:アジャンクールの戦い。
・イングランド王ヘンリー5世率いる重騎兵約750および弓箭兵5,000
vs
・フランス軍の重騎兵約22,000、弩兵3,000および員数不明の農民兵が対戦。
とあります(でもウィキペディア他見ると数字違ったりするのですが^^;)。
ようするに、数の上では圧倒的にフランス軍のほうが優位であり、それなのに何故負けたのかと言えば、映画「キング」の中でフォルスタッフがヘンリー王に進言したように、戦地のほうは雨が降るとぬかるみがひどかった。その中で重騎兵が戦うとなれば、簡単にいえばまあ、馬から落ちたとすればそのまま動けなくなるほど装備のほうが重かったわけですよね(作中に三十キロという言及があるわけではありませんが、大体この時代の騎士がフル装備で戦ったとすればそのくらい重かった)。そこで、イングランド軍は軽装備によってこれらフランスの軍にあたり、自慢の弓箭兵の力と機動力によって勝利した――ということなのだと思います。
それで、例の「タマキンちっちゃいんじゃね?ギャハハッ!!」と喧嘩を売ったルイ王太子、最終的にどうなったかというと……ヘンリー王と一騎打ちすることになるかと思いきや、それ以前にぬかるみに足を取られて転びまくり――ヘンリー王が戦うまでもなく、他のまわりにいたイングランド兵らにグサリグサリと刺されまくって絶命するという……ここが映画の中で一番わたしが好きだったシーンだと思います
ええと、「中世ヨーロッパ、武器・防具・戦術百科」という本の中にある、アジャンクールの戦いのところを見ますと「こうすればフランス軍はイングランド軍に勝てたはず」みたいに書いてある箇所があって興味深かったですまあ、歴史にタラレバ☆を持ち出しても仕方ないとはいえ、「キング」という映画の中ではこうした戦略を実際には歴史上存在しないフォルスタッフが授けているところがすごく面白いところだと思ったというか
こうしてアジャンクールの戦いののちフランス王としての地位も得、シャルル六世の娘キャサリン(カトリーヌ)と結婚することになったヘンリー五世。けれど、その後テニスボールや暗殺者に関して自分の側近に裏切り者がいるとわかり、その疑いを捨て切れなかったヘンリー王はフランスと戦争するよう策謀を巡らせたウィリアム卿のことを尋問し……フォルスタッフがいみじくも、「王に友はいない。王にいるのは従者と敵だけだ」と言っていたように、王位を得るということはすなわち、非常な孤独を味わうことでもあるという、映画のタイトルが「ヘンリー五世」ではなく「キング」であるのは、そのあたりにも意味があってのことなんだろうなという気がします
フランス王の娘キャサリンは、ジョニデの娘さんのリリー=ローズ・デップちゃんが演じてますが、彼女との間に生まれた跡継ぎヘンリー六世の悲劇、それに父であるヘンリー五世が結婚した約二年後に35歳という若さで亡くなっていることを思うと……王の孤独さに加えて、色々と複雑な気持ちになるところでもあります
また、のちに薔薇戦争のほうは、このキャサリンと彼女の秘書官だったオウエン・テューダーとの間に生まれたエドマンド・テューダーの息子、ヘンリー七世(リッチモンド伯)が終わらせることになるわけですが、それがシェイクスピアの「リチャード三世」の最後のほうで語られることだったりするわけですよね(^^;)
特にわたし、ヨーロッパの歴史に詳しいわけでもなんでもないのですが、それが中世ではなく近世時代のものでもなんでも「この時、もし~~だったらなあ」とか、「この人物が亡くなっていなければなあ」などなど、本当にタラレバ☆で満ちている気がするわけですが、それはさておき、↓の第三部に関していえば、フォルスタッフが出てきます(笑)。
とりあえずホットスパーに関していえば、同じく前回出てきたわけですけど……わたしの中で実はホットスパーは、ヘンリー・パーシーとハル王子を足して二で割ったようなイメージだったり(^^;)
「キング」の中にはヘンリー・パーシーって最初のほうにちょっと出てきて終わりって感じの役柄なんですけど、わたし自身はハル王子とホットスパーって、立場その他が違えば実は友達、それも親友にさえなれた可能性があったのでは……なんて、ちょっと思ったりしたので。。。
これもまあ、一種のタラレバ☆ということになるのかどうかはわからないんですけどね
それではまた~!!
↓ちなみに、ルイ王太子はアジャンクールの戦いには参戦してなかったというのが史実のようです(^^;)
↓映画の「キング」自体は、「シェイクスピアの「ヘンリー五世」とも史実とも違うような」といった印象が強かったのですが「面白かったから、なんかどうでもいいや」とか思って見終わったような気が
↓映像の一部に出てくるウディ・アレン監督についてですが、このあたりの顛末について描かれたドキュメンタリー「ウディ・アレンVSミア・ファロー」、とてもお薦めです衝撃の内容すぎたので、感想についても書いたのですがするのを忘れてしまってました(^^;)
惑星シェイクスピア-第三部【9】-
ロットバルト州の州都、ロドリアーナにおいて、ハムレット・ペンドラゴンは憂愁の日々を送っていた。というのも、先王エリオディアスの息子として、この国の王となるに相応しいと告げられ、その証拠にと与えられた<神の人>であるギべルネが、彼の元を去っていったことにそれは起因する。もちろん、<神の人>ギべルネは言った……自分が一時的に立ち去り、<東王朝>へ向かうことこそ最終的な自分たちの勝利に必要不可欠なことなのだと。今はその理由がわからなくとも、いずれわかるようになるとも、そのように星神・星母の神から託宣があったのだとも……。
ハムレットやタイスとて、ヴィンゲン寺院で僧として育てられたのであったから、建前の理屈としてはそのように信じるべき……ということは一応わかっていた。けれど、ハムレットは常日頃から、自分よりもずっと信仰心が篤いと感じてきたタイスの動揺のほうがよほど激しいのを見、驚いたのであった。また、<神の人>ギベルネは、軍事会議においても必要最低限口など聞かず、例のバロン城砦の強固な三重城壁についても、特段神から託された奇策なるものを持ち合わせているわけでもなさそうだったのである。
にも関わらず、タイスのみならず、カドールやランスロット、ギネビアやレンスブルック、ホレイショに至るまで……彼らの<神の人>ギべルネがディオルグやキャシアスとともに東王朝へ旅立って以来、みな元気がなかった。なんだかまるで、『よく考えたらバロン城砦の強固な三重城壁を破るだなんて、まったく夢見物語のようじゃないか……しかも<神の人>までいなくて、我々は今一体ここで何をしているんだ?』とでも言外に語っているかのようだったのである。
実をいうとこの中で、唯一キリオンだけが元気であった。無論彼も、ギべルネ先生がディオルグやキャシアスと旅立つという時には瞳に涙を浮かべていた。けれど、数日もすると元気になり、熱心に大弓の訓練をはじめるようになっていたのである。
普段、キリオンはウルフィンがいなければ何も出来ないのではないかというくらい、ある意味自分からは何もしない少年である。従者であると同時に、異母兄弟でもあるウルフィンが起こさなければずっと寝ており、着替えも彼に手伝ってもらい、食事の時間も彼に知らせてもらう……その他、何か不都合があればウルフィンに買ってきてもらって問題を解消したりと、エレアガンスとは別の意味で「彼のいることで、ハムレット王子に一体どんな益があるのだろうか」と感じられる人物であったかもしれない。
もっとも、カドールやランスロットやギネビアなどは、最初に出会った時からキリオンがハムレット王子とともにおり、親しげな関係性であったことから、そのあたりの有益性についてなど考えてみたこともなかったろう。それはキリオンがギルデンスターン侯爵の息子であることから見てもそうであったろうが、彼の人懐っこい愉快な性格が、何より誰にもそうした疑問を抱かせなかったのである。だが、「戦争が近い」という今この時になって、彼は突然何かに目覚めたように、己の弓の腕のほうをウルフィンとともに鍛えはじめたのであった。
実際のところ、狩猟好きなロドリゴ=ロットバルト伯爵などは、中庭で的に向かい、キリオンとウルフィンが矢を射る姿を見、まったくもって驚いたものである。ふたりは最初に50ヤードほど離れた位置に的を置き、次に60ヤード、70ヤード、80ヤード……とさらに離していったのだが、驚いたことには100ヤード離れたところにおいても、ズバリ真ん中の白い点とそこに極めて近い場所とを、三回続けて射抜いていたのである。
「流石でございます、キリオンさま」
「そう?おまえさ、ぼくに花を持たせようと思って、少し手を抜いたんじゃないの?」
しきりに拍手して主を褒め称えるウルフィンを、キリオンはこの時若干白い目で見た。彼は唯一弓術のことでは、少々神経質なところがあるのだ。
「いえいえ、俺などまだまだキリオンさまの足許にも及びませぬ。ここ、ロットバルト州は森が多く広いこともあって、腕のいい猟師がたくさんいるということでしたが、弓の腕でキリオンさまに敵う者はひとりもいないことは間違いないところでございましょう」
「いや、ぼくはそんなこと、どうだっていいのさ」と、キリオンは的からガチョウの羽の矢を抜きながら言った。「そんなこと、おまえにだってわかってることだろ?さて、デモンストレーションはこんなところでいいとして、ロットバルト伯爵は狩猟好きで有名だからな……ギべルネ先生が東王朝のほうへ行ってしまって以来、ハムレットも元気がないし、少しくらいは気晴らしになっていいかもしれない。ま、狩猟のほうはハムレットや伯爵殿に花を持たせるとして、なんでもロットバルト州では剣術や槍術のみならず、弓術も同じくらい盛んらしいからな……特に弓兵たちの前でぼくたちのこの技を見せつけ、他州からやってきた人間ではあるが、このあっぱれな弓の達人にならば従ってもよいという、そうした気になってもらわねば困る」
「そうですね。ちょっとした腕自慢の弓術大会でもあると良いのですが……ですがまあ、何かとその土地の人というのはよその州の人間に打ち負かされるのを好まないところがありますし、そうした意味で、ロットバルト一の弓使いをこてんぱんにのしてしまうというのは多少なり空気を読む必要があるやも知れませぬ」
――といった、キリオンやウルフィンの考えていた策術のほうは、その後面白いほどうまくいった。夕食の席で、ロドリゴ伯爵から狩猟へ行きませんかとの誘いを受けたのだ。無論、直接誘いの言葉をかけられたのはハムレットである。また、その際に執務室から見たキリオンやウルフィンの弓術の腕前の素晴らしさを掛け値なしに褒め称え、彼らふたりもまた是非とも一緒に、という話運びになったわけである。
勢子が猟犬を使って獲物を追い込まなくとも、大きな牡鹿や美しい雌鹿、赤狐にハクビシン、他に幾種類もの鳥類など、この季節の森は獲物の宝庫であった。その中でも唯一、勢子たちが面目を果たしたのは、イノシシが現れた時のことであったろうか。ハムレットは大きな牡鹿を射止め、ロットバルト伯爵はそれに次ぐ雌鹿をすでに得ていたから、キリオンはウルフィンに合図して頷きあうと、ふたりで呼吸を合わせ、勢子が猟犬によって追い込んだ狂暴なイノシシを危険も顧みず射止めていたわけである。
カドールやランスロットといった華やかな騎士たちに比べると、地味な立場にいたキリオンではあるが、この瞬間からすっかりハムレット軍にこの人ありとばかり、彼らと同等の立ち位置に踊り出たと言って過言でない。特に、伯爵方の共をしていた騎士の中には、剣術や槍術を得意とするとともに、同じくらい弓術に通じた人々がいたから、こうした信頼すべき人物の口を通じて、ハムレット王子側の軍には、ランスロットやカドールといった名だたる騎士のみならず、並でない弓の手練れがいるようだ……とまで噂されるようになっていたのである。
もっとも、キリオンやウルフィンにしてみれば、自分たちの名誉欲を満たそうとしてのことではなく、彼らには彼らの思惑があったのである。ほどなくして、キリオンとウルフィンの弓術の腕前が見たいとの、ロットバルト騎士団からの正式な要請があった。戦が近いということもあり、ふたりの素晴らしい弓術の腕前を見て、戦意高揚をはかりたいというのであった。
カドールとランスロットとギネビアは、ロットバルト騎士団とともに訓練するようになっていたが、ここへキリオンやウルフィンも加わる形となった。残念ながらロットバルト騎士団にもこのふたりの弓の腕に敵う者はなかったが、弓術大会のほうは手に汗握る接戦であったため、見学していた者の中で熱狂しなかった者はひとりもいないくらいだったのである。
こうして、キリオンとウルフィンは一角の人物としての誉れを勝ち取ると、ハムレット王子、ロドリゴ伯爵、それにロットバルト騎士団のヴィヴィアン・ロイス騎士団長以下の騎士メンバー、それに聖ウルスラ騎士団の騎士たちがいつまでもまとまらぬ軍事会議を開く中、次のように申し出たのである。「自分たちにもし、弓兵の一団をお貸しいただいて、訓練することさえお許しいただけるならば、次のような策はいかがかと存じます」と。
説明のほうは主にウルフィンが行い、キリオンのほうは時々頷いたり、補足するような立場だった。とはいえ無論ウルフィンは「キリオンさまがお考えになりました策略によりますと」と、まるで太字の文字を強調するかのような具合で話しはじめたのだが、その計略の骨子は大体のところ、次のようなことであった。
「まず、キリオンさま率いる弓兵団が、バロン城塞に向かって弓を射ます。それも一時に、かなり派手に、落下する矢の数は多ければ多いほどいい。一度に五百、六百ばかりも……いえ、千も二千もであればなおよろしいかと。それを、バロン城塞の三重城壁の、一番外側の外壁――その手前にある堀のさらに手前の、向こうからはっきり見えるところに集中して射ます」
「うむ。確かにそれであれば、可動式のマントレを用いずとも、その手前あたりから射れば、向こうから応射があっても、こちらへは一矢も届くまい」
ロドリゴ伯爵はすっかり興奮したように言った。彼もまた、例の弓術大会で、キリオンとウルフィンのファンになっていたのであった。マントレとは、木製の車輪付きの大きな盾であり、攻城戦の際にはこれを横一列に並べて進軍し、上から飛んでくる矢については、おのおのが盾や冑によって頭上を守るということになる。
「これを何日か続け、向こうの様子を見ます。おそらく、数日も続ければ、夜陰に乗じて、必ず矢を取りに来ようとする者がいるはずです。何分、ここロットバルト州は森と水に溢れた美しい州です。前もって矢の準備さえ幾万となくしておくことが出来れば……こちらの備蓄が尽きることはありません。その点、バリン州は地理的には内苑州に組み込まれていながらも、もともと我々外苑州に近いところがあるでしょう?それに、王都テセウスや他のアデライール州やモンテヴェール州とは違い、森があったにしても、ロットバルト州ほど無限にも近く矢を切り出せるほど木材があるわけではありません。この点、隣接しているクロリエンス州や、他のラングロフト州やレティシア州などが、今回ばかりは外苑州が一丸となって攻めてきたということで、焦りを感じていくらでも武器その他を供給してくれたならばともかく、そうなる可能性は低いように思われます。というのも、万一バロン城塞が落ちたらば、次は自分たちが戦いの前面に出なくてはならないことになりますからね……おそらくは協力を仰いでも、出し惜しみをするのではありますまいか。外壁も中壁も内壁においても、弩(いしゆみ)をすべての矢狭間から射ることの出来る、確かにある程度の備蓄はあるでしょう。ですが、幾千もの地面に刺さった立派な鳥の羽付きの矢を見たらば、多少の危険があろうとも、必ず取りに来る公算が高いものと思われます」
「うむ。確かにそうだな」と、ハムレットもロドリゴもヴィヴィアンも、彼らの配下の騎士たちも――みな、ほとんど同時に頷いた。そしてその同意を受け、ウルフィンが続ける。
「この策の寛容な点は、もし失敗に終わったとしても、こちらが受けるダメージは極めて低くて済むだろうということです。立派な矢の数々については最悪、相手の手に渡る前に火矢を放って燃やすことになるという意味では、非常にもったいないことではあります……ですが、兵士の損耗は避けられます。また、ここからが一番肝要な点なのですが、夜陰に乗じて矢を取りに来た一団を、殺しはせずにそのままさらって連れて来るのです」
「な、なんだって!?」と、直情径行な向きのあるヴィヴィアンが、驚いて言った。「だが、どうやって?そのあたりは当然、外城壁からの射程圏内に入ってくるし、ええとだな、逆に考えてみてはもらえまいか?たとえば、俺が部下数名を引き連れ、矢を頂戴しに突撃口からこっそり出ていったとするわな。そしたら、俺やこの屈強な部下どもを殺さずにさらってくるなど、ほとんど不可能に近いぞ」
「はい……」と、キリオンが無意識のうちに返事をしていた。本当は大体のところウルフィンに説明してもらおうと思っていたのだが。「向こうから矢の届く射程距離は、強弩で最大約七~八百メートル。ですから、その手前側にまずは対抗城塔を造ります」
「対抗城塔だって!?」
(そんな話、聞いたこともない)と、ヴィヴィアンも、隣にいた彼の妹のブランカも、その場にいた誰もが思った。けれど、次の瞬間にはみなの顔が一様に、不敵なものへと変わっていった。(いや、出来ないことではない)と、東王朝のあの手この手の攻城戦を経験してきた歴史があればこそ、彼らはそう直感したわけである。
「もちろん、石造城砦を今から作ったというのでは時間がかかりすぎるので、それはナシとして……ですが、ロットバルト州の領地のバリン州と接したところに、そうした城砦を建てるというのは今後はアリかもしれませんね。無論、そのようなものがないのは、東王朝が攻めて来て奪われた場合、真っ先に戦略拠点に変えられてしまうからですが、それはさておき――これだけふんだんに木材を切り出すことが出来るというのは、我々にとって最大の地の利です。外城壁の射程圏内の外にあたる場所に、木造の簡易の城塞を立て、そこから向こうを見張り、矢を取りに来る一隊がいたらば、抵抗する者は仕方なく殺すにしても、なるべく生け捕りにして連れ帰って来て欲しいのです」
「ふむ。まあ、あまりに抵抗が激しい場合は、殺すしかないだろうがな」と、ヴィヴィアンは誰にともなくしきりと頷いている。そのような条件であれば――おそらくどうにか出来るだろうと考えたのである。
「ですが、ガレス騎士団の、あなた方のような大物に当たる騎士がやって来るということはなく、おそらくは守備隊の下っ端であるとか、そんな捕えやすい連中が多いと思うんです。また、その前に白昼堂々真っ昼間、こちらから先に大声で宣言しておくことも大切だ……『抵抗さえしなければ、我々は同国人を殺すつもりは一切ない』といったことを」
「そうだ!!わたしにいい考えがあるぞ」と、キリオンの策略に、興奮したようにギネビアが口を出す。「『おまえたちは、クローディアス王という偽りの王を戴いているが、こちらには本物の王位継承者であるハムレット王子がおられる。この方こそ、星神・星母に選ばれし、王の中の王であるぞ。おまえたちはクローディアスという偽王、それも拷問を趣味とする残虐な人物を頭として戴いているが、我々には彼に対して弓引く理由がある、何よりも正義と大義がある。いいか、おまえたち、よく聞くがいい!!我々がこれからクローディアスという僭王を倒したとしても、そこに神の怒りなど下るまいが、おまえたちが我々を攻撃するということは、神の選ばれし王、すなわち天におられる神そのものに弓引くということになるのだ……そのことをとくと考えてから、我々神の軍に挑んでくるがいい』――とまあ、このようにだな、先に戦争の正義と大義はハムレット王子という正当な王を戴く我々にあるということを向こうには知らしめてやるべきだろう」
「いいよ、ギネビア!!」と、キリオンが興奮して言う。「今のスピーチ、最高だ。その線で行こう!!とにかくそんなふうに、正義は神に選ばれたハムレット王子にあるのであって、彼らにはないということ、それゆえに三重城壁に囲まれてなどいようとも、おまえたちは必ず負けるだろうということを宣言し、その上で、もし正義と大義のあるこちらに味方するなら、正当な王であるハムレット王子に与するなら、我々は慈悲深いから決して誰をも傷つけず、殺しもしないということを強調して先に言っておく必要がある。ぼくはね……戦争なんてほんとは嫌だ。だから、なるべく犠牲を少なくして戦争を終わらせるためにも向こうが降伏してくれたらって、そう考えてるんだ」
(降伏か……そりゃ流石に難しいだろう)と、ロドリゴもヴィヴィアンも思った。だが、やはり次の瞬間――(ありえぬことでもないのかもしれない)と、ふたりは顔を見合わせ、考え直してもいたのである。
「して、その次はどうする?」
<神の人>ギべルネの不在で、軽くロス状態にあったタイスが、この時初めて、そう口を挟んだ。ハムレット軍側では、彼とカドールが参謀であると見なされていたが、カドールにしてもキリオンのこの奇策には驚かされたものである。
「ぼくが言わなくてもこんなこと、タイスにもカドールにもわかってることだろうけどさ」と、キリオンは少し照れたように笑った。こうした立場は自分のキャラじゃないと、そう思っていたのかもしれない。「戦争は、どの程度先に準備していたかで決まる。敵陣がこうして来たらああしようってこともそうだけど、この場合は攻城塔の準備や山のように必要な矢や、それを射る弓兵の訓練や……まずは、このあたりを手抜かりなくすることが絶対的に不可欠だ。それでね、もしうまく向こうから兵士が出てきて、もったいないと思って矢を取りに来たとするでしょ。何人くらいの規模でくるかはわかんないけど、残念なことに殺さざるを得なかった人はしょうがないとしても――生け捕りに出来た人は洗脳するんだよ」
「洗脳だって?」と、カドールが驚いて訊ね返した。だんだんにキリオンの策略の全貌について、わかってきたのである。
「そうそう。だって、今バリン州の領主は全領民に慕われていたといっても過言でないサミュエル・ボウルズ伯爵じゃないし、聞けば、ボウルズ伯が拷問死させられたことを恨みに感じている領民も多いと聞く。それで、クローディアスが次にバリン州の領主に据えた俄か男爵ってのが実に人気がないだろ?第一、このヴァランクス男爵とやらに義理立てしなきゃならないどんな恩が、今のバリン州の人々にあるっていうんだ?そのあたりことをとくとよく聞かせてだね、こっちの軍に生け捕りにしてきた人たちには、美味しいご馳走でも毎日食べさせてさ、ハムレット王に味方すれば、毎日こんなふうな楽しい豊かさを味わえるってことを教えてあげるんだ。このあと、このうちの……そうだな。なるべくなら自分から志願してきたような人たちがいいだろうな。そうした人たちは、あえて向こうに帰ってもらう。なんだったら、フェイクの戦利品として矢を一束くらいなら土産に持たせてもいいかもね。で、他の味方の守備兵なんかに、この話を広めてもらうんだよ。『おまえたちも、ちょいと矢を取りにいって、ご馳走食って帰ってこいよ。ハムレットさまはそりゃあ最高の王さまだぞ』なんて具合にね」
「確かに、キリオンの策は上手くいく公算が高いと、俺もそう思う」と、カドールが考え深げに言った。「だが一応、上手くいかなかった場合のことも考えておかねばな。あ、これはあくまでも万一に備えてという意味だが」
「それと、矢を取りにきた連中を我々が生け捕りにするとして」と、ヴィヴィアンが首を傾げて言う。「外城壁の矢狭間から弩(いしゆみ)が飛んできたらどうする?弩は鎧の装甲をも貫く力があるからな」
「その点は大丈夫さ」と、キリオンがウィンクして言う。「だって、そうだろ?味方が手前にいて、こちらが攻めていって揉みあう……そしたらさ、こちらの兵のみならず、味方の兵士にだって当たる公算が相当高いってことになる。外城壁から橋を渡って出てくるだけでも、軽く三十メートル以上あるわけだから、よほど弓の腕に自信があったとしても――間違って味方を射るかもしれないリスクを冒すとまでは思えないな」
「あ、そっか」と、ヴィヴィアンが照れたように頭をかく。妹のブランカは思わず笑ったが、他の同じテーブルの並びにいたロットバルト騎士団の面々はそれぞれ、咳払いしていたものである。実は彼らもまた、自分たちの騎士団長と同じく、唯一その点を疑問視していたのだった。
「ようし、わかったぞ!この国一の弓の使い手キリオン・ギルデンスターンさまよ!!」ヴィヴィアンはその場からがばりと立ち上がると、濃紺のマントを翻らせ、配下の者を引き連れ、出て行こうとした。「そうと決まれば、我々は戦に備えてますます剣や槍の腕を磨くというそれだけだ!!ガレス騎士団の者たちとは、ベルトラン騎士団長以下、こちらも昵懇の仲というやつだからな。きっと彼らとも剣を交えずに済む、なんらかの和解策ってのがあるに違いない」
ロットバルト騎士団の特色として、色男の騎士団長以下、装備や衣装に気を遣う荒くれ者集団といった向きがあるのだが、この時、騎士らしい胴着にガウンを身に纏った彼らの顔には、一様に喜びと興奮の色が露わだった。誰もがみな、バロン城塞についてはこれまで守る側だっただけに――この難攻不落の要塞がよもや落城するところは想像できず、さらにはガレス騎士団といった味方の騎士たちと槍や剣を交えることに対しても、まったくもって気が進まずにいたのである。
「兄上、では私はここで、会議の話の続きを聞き、のちほどみんなに伝える役目を果たしましょう」
ブランカひとりだけ、席を立たずにヴィヴィアンにそう伝えると、彼は「ああ、頼む」と妹に向かい、どこか不敵に笑って頷いた。実をいうと彼女がその場に残ったのには、もうひとつ理由がある。いまや互いに剣や槍を交えあい、すっかり好敵手となったギネビア・ローゼンクランツと、なるべく一緒にいたかったのだ。
こうしたブランカのギネビアに対する好意といったものは、同性愛的なものではなく、彼女は女性騎士を相手に初めて敗北を喫していたのである。他にもギネビアの、男性の間にあって常に対等であろうとする堂々たる態度や、先ほどのようにまるで詩人のようになめらかに演説してみせる突拍子のなさなど……ブランカは生まれて初めて、自分がその生涯と命を懸け、仕えるべき人を見出しえた幸運に、この時もまた心の奥深くで震えるほどの喜びを感じていたのであった。
>>続く。